第28話 今度こそ、あたしを幸せにしてくれる?
俺は数度羽ばたくだけで、京都タワーの隣に高く聳える聖樹にまでたどり着いた。
皆がホテルからこちらまで来てしまう前に、さっさと聖樹に触れる事にした。
恐らくこの太い幹に触れるだけで、聖樹内部に侵入することが出来る筈だ。
兄貴も同じ事を考えて聖樹に触れたんだろうが、高坂に弾かれてしまったんだろうな。
「高坂……今行くぞ……!」
俺は上空6メートル程の所から、聖樹に両手を触れた。
瞬間、樹の幹が白く輝き出し、俺の体を包み込むように枝が伸びて来た。
俺の体に絡み付く枝達は、やがて体全てを覆い、視界は真っ暗になった。
──やはり、高坂は俺を招いている。
疑心は確信へと変わり、俺は聖樹の中へと吸い込まれていった。
※
「ここは……」
次に目を開けた時、俺の視界に広がるのは真っ白な空間だった。
いつだったか……そう、ルークと契約を結んだ時、あの時に訪れた何もない空間と少し似ている。
ここに高坂が居るのだろうか……
少なくともここが聖樹の中である事に間違いは無いだろうけど……
俺は思い切って大声で呼んでみることにした。
「高坂ーーーー!!居るのかーーーー!?返事をしてくれーーー!!」
返事は無かった。
何かが襲い掛かってくる事も無いし、これじゃ出来る事が何もないぞ……
「どうなってんだよ……」
仕方ないし、少々歩き回るか。
歩いている間も、高坂への呼び掛けも続けてみる。
「高坂ーー!俺だ!居るんだろう!?」
依然として返事は無い。
だが、一つの変化が訪れる。
「あれ……?」
気が付くと、遠くの方に誰かが十字架に磔にされているのが視界に入った。
「誰だ!?」
俺はゆっくりとそいつに近付いた。
そして、顔がはっきり見える程に近付くと、そこに居るのが誰か、すぐに分かってしまった。
「俺か……?」
全裸で十字架に磔にされているのは、前世の俺と同じ顔をした男だった。
──その時だ。
「マーネ!!!」
「え!?」
俺の背後から、薄紫の髪を靡かせた美少女が、前世の俺の前へと駆け出している。
「ルーク!?どうしてお前……!?」
だがどうやら俺の言葉は彼女には届いていないみたいだ。
ルークは、太古の英雄──マーネの体を十字架から降ろし、その亡骸に抱き付いた。
「マーネ……!!やっと……やっと会えた……!!」
ルークは脇目もふらず泣き出していた。
……少しそっとしてやるか。
200年振りの再開な訳だしな。
その時、前世の自分相手に、少しモヤっとした気持ちを抱えてしまった事に苦笑してしまう。
……嫉妬してるんだ。ルークが他の男の為に大粒の涙を流している事に。
他の男って言い方は正しく無いのかも知れないけど……とにかくモヤモヤする。
「マーネ……マーネ……!うぅ……!!」
「ルーク……」
俺はしばらくの間、泣き続けるルークの後ろ姿を眺めていた。
※
「ルーク……大丈夫か?」
「……ぐすっ……うん、ごめんネ……」
ようやくルークは落ち着き始めた。
マーネの亡骸に、俺が着ていた上着のジャケットを被せる。
背中をさすってやりながら、俺はルークに何でここに居るのかを訊ねた。
「いや、いいんだ。それより、お前なんでここに……?」
「……どうせ、ユウの事だし一人でどっか行っちゃうだろーなって思ったから、血の中に戻ってたの」
「なるほど……だからお前も聖樹に入って来れたのか……」
……それにしたって行動パターンが読まれすぎじゃないか?
まぁ目の前に居る、前世の俺のせいなんだろうな。
さて、そもそも何でこの亡骸がここにあるのかも疑問だが、そろそろまた高坂を探さないとな。
「ルーク、お前はここに居るか?」
「……居たいケド、今あたしが一番一緒に居たいのはユウだけダヨ。マーネとはもうお別れはしたし……さっきは取り乱してごめんネ」
「なら、遺体は置いて行くぞ。高坂から後で引き渡して貰えばいいさ」
「……うん……!」
──ルーク、置いて行かないでくれ。
「え……!?」
「だ、誰だ!?」
俺達の頭に突如響いた声……
俺とよく似ている……
「まさか……!?」
俺とルークは同時にマーネの遺体を見つめた。
すると、再び頭の中に声が聞こえてくる。
──ずっと一緒だって約束したろ?なぁ、ルーク。
「……止めて……お願い……」
「ルーク!耳を貸すな、何か変だ!!」
ルークは微かに体を震わせながら、じっと遺体見ている。
まずい……高坂の仕業か……!?
遺体からの声は続き、次第に光を帯び始めた。
──ルーク、こっちに来い。あの時出来なかった結婚式を挙げよう?
「……本当にマーネなの……?……今度こそずっと一緒に居てくれる……?」
「ルーク!!!」
俺は声まで震わせているルークの肩を掴んで、一歩遺体に近付こうとした彼女を止めた。
「……ユウ……そのまま離さないでネ。あたし、たぶんもう戻れなくなるから……」
「……バカ野郎……!」
どれだけ大好きだったんだよ……!
同じ魂の器を持った相手だが、俺にはマーネに勝てない。
事ルークとの思い出、その深さには隔たりがある。
だから、俺にはこんな事しか言えない。
「ルーク、前も言ったろ。太古の英雄は死んだんだ、俺がここに居るのがその証明だろ」
そんな事、ルークだって言われなくたって分かってるだろう。
でも、今の俺に言える事はこれくらいしか無かった。
ルークは肩を掴んだままの俺に、振り向く事もせず答えた。
「……分かってるの……頭では分かってるの。でもネ、あたしの魂がまたマーネと一緒に居れるかも知れないって喜んでるの……バカだよネ、だけど……!!」
ルークはまた涙を流し、体全体を激しく震わせ始めた。
そして同時に、光を帯びた遺体が浮き上がり、僅かだが生気を取り戻していく──
「……ルー……ク、さぁ……こっち……に……」
「……マーネ……!!」
青白い顔のマーネは、ルークに手を伸ばそうとしている。
ルークもその手を掴もうと、更に一歩踏み出──
「──そこまでだ」
俺は掴んでいた肩から手を離し、ルークの体全部を抱き締めて、数歩後ろへ飛び退いた。
「ユウ……?」
涙を隠そうともせずに、俺を見上げるルーク。
俺は未だルークに手を伸ばそうとしているマーネを睨んだ。
「もうこいつはお前の女じゃねぇよ残念だったな」
「……えっ……!?」
「……返……せ……ルーク……俺の所……おい……で……」
こいつも大概しつこいな。
気付けば、俺は今まで口にする事は無かった、ルークへの想いを声に出していた。
「ルークは俺の女だ!他の誰にもやらん!返せだと?ふざけんなよ……いいぜ、お前がほったらかしにした女を、お前の目の前で俺のものにしてやる──」
「ユウ……んっ……!?」
俺は、マーネの目の前でルークの唇を奪った。
目を閉じる事はなく、俺とルークは見つめ合ったまま数秒の間キスをしていた。
「……ユウから……初めて……」
「ルークもいい加減目を覚ませ!今お前が愛してる男は誰だ!?」
「ユ、ユウダヨ……!」
「だったらもうマーネの事は忘れろ!好きな女が他の男の事を考えてるのは我慢ならん!!」
「あ、あたしの事……好き……!?」
「好きだよ、大好きだよ!結婚してやるから、もう俺から離れるなよ!!」
勢い余って、すげぇ恥ずかしい事言った気がするけど、いいさ。これくらい言わなきゃ、ルークはマーネの所に行ってしまう。
俺がマーネに勝てるとしたら、今この瞬間ルークを幸せにしてやれる、その一点だけだからな。
目を見開いて固まっているルーク。
……何も言ってくれないとフラれたみたいじゃないか。
「……返事は?」
「……本当に結婚してくれる……?子供は2人は欲しいヨ……?浮気はダメダヨ……?あたし、重いヨ……?」
マーネの遺体がずっと手を伸ばしたまま動かないからって、悠長にしてる場合じゃないんだけどな。
……ちゃんと答えてやるか。
「どんなルークでも大好きだよ。安心しろって」
「……なら、最後に聞かせて──」
俺の腕の中のルークは、一度視線を外した後、涙の筋を光らせて口を開いた。
「──今度こそ、あたしを幸せにしてくれる?」
「当たり前だ。だけどちょっと言い方を変えてもいいか?一緒に、幸せになろうぜ」
「! うん!!大好き、ユウ!!」
俺達はもう一度、甘く蕩けるようなキスをした。
それを見て、マーネの遺体はゆっくりと光を失い、今度は暗いオーラを纏い始めた。
俺達の頭にまた声が響く。
──どうしてなの、滝川。
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