第23話 皆を守りたい
「リレミト伯爵、メリアの葬儀以来だね。少しは元気になったようで安心したよ」
「えぇ……」
俺は抱えたままだったエキナを降ろし、ライネルさんと向き合った。
ライネルさんは、俺の肩に手を置きながら気さくに声を掛けてくれる。
だが俺は過去のやり切れなさから、目を逸らしてしまう。
「アデラート学園長から聞いたよ。ここは君の故郷なんだって?良かったら紹介してくれないか?」
「そ、そうですけど、兄貴にとっても故郷ですから、あいつからでも──」
「私は、君から聞きたいんだ」
「ライネルさん……」
ライネルさんは、俺が逃げる事を許さなかった。
俺の肩に置かれた手は重く、俺を信用しているのが凄く伝わってくる。
──ライネルさんは先輩一人助けられなかった俺に、自分の命を預けられるのか。
この信用に応えたい。
出来るならば皆を守りたい。
けれど俺は一度、いや二度か。
守りたかった命を守れ無かった。
そんな俺に、皆の命は背負えないよ……
「ライネルさん……俺には……」
やはり俺には無理だ。
そう伝えるつもりだったのだが、ライネルさんがそれを遮った。
「私達の命を背負わなくていいさ。自分の身は自分で守る。こんな異常事態でも君と合流出来たんだ、ここに居る者なら大丈夫さ。だから君は──」
ライネルさんは先輩と同じ瞳で俺を見つめた。
この瞳から視線を外す事は、俺には出来なかった。
「──君は、メリアが守りたかったものを守ってやってくれ」
「……!」
先輩が守りたかったもの──
俺はエキナを見た。
彼女は、持ち前の慈愛に満ちた笑顔を見せてくれている。
そして上空に居るルークを見た。
彼女は、太陽に照らされる月のように眩しい笑顔を見せてくれている。
最後に、ここに居るレオンやオリウス達、皆を見た。
皆、俺を信じるという、強い意思を持つ瞳で笑ってくれている。
「……俺は……」
皆を必ず守るとは言えない。
この先、誰かを失う事になるかも知れない。
だけど──
「皆を守りたい。ルークやエキナを大事にするってそういう事だと思うから」
「それでいいんだ。私達は君を守るし、君も私達を守ってくれ──な、英雄殿」
「英雄は止めてください……」
「お、調子が出て来たじゃないか。それじゃ早速この後どうするかを──」
ライネルさんの言葉を、ルークの叫びが遮った。
「ユウ!!あっちの方に聖樹の魔力が!!」
「なに……!?」
ルークの指差した方角は、ここから西の方角。
そちらへ意識を向けると、確かにあのバカデカイ樹の魔力を感じた。
だが俺の感知じゃ、あの樹に邪魔されてこれ以上探れない。
俺は大声でルークへ、あいつの魔力を確認するよう頼んだ。
「ルーク!高坂もそこにいるか!?」
「……ん~~~……居る……カナ……うん、微妙だけどあの女の魔力もあると思う!!」
さすがだな。聖樹のせいで分かりづらいってのに。
それにしても……
「この方向、京都だね」
「! 兄貴やっぱりか」
「夕、ルーク君をこちらへ呼んでくれ。すぐに転移する」
「分かった──」
俺はルークをこちらへ呼び寄せ、兄貴の転移魔法の範囲内に入って貰った。
「皆、すまないがまた転移するよ。備えて!」
全員がこくん、と頷くと兄貴は転移魔法を発動させた。
特有の浮遊感と共に、目に写る景色が一気に変わる。
「……ユウ君、ここは……?」
転移が終わると同時に、エキナが不安そうに俺の腕にしがみついた。
エキナを安心させる為に頭を撫でてやりながら、質問に答えた。
隣にいるルークが少しだけむすっとしたけども。
「……ここは俺の世界で、京都と呼ばれる所だ。こんなデカイ樹は無かったけどな」
俺の記憶が正しければ、ここは京都駅だ。
ビルの途中から、生えるように聳える京都タワーの隣に、聖樹がツインタワービルのように並び立っているがな。
……ツインとは言ったが、聖樹の高さは天辺が見えない程だ、比べるには京都タワーは貧弱すぎる。
「夕、来てみなよこれ以上進めないみたいだ」
「えっ、結界ってことか?」
「恐らくね」
「エキナ、悪い」
「あっ……はい……」
俺の腕にくっついていたエキナに離れて貰い、兄貴の方へ駆け寄った。
……エキナのむすーーっとした気配を感じるが無視だ。
京都タワーの真下、交差点の所に居た兄貴は、まるで壁を伝うかのように、何も無い場所へ手を伸ばしている。
ここから先は入れないという、パントマイムを見せられているみたいだ。
俺も兄貴に倣って、そっと手を伸ばすと──
「どれどれ……え?」
「夕……入れるのかい?」
「あ、あぁ……」
俺は兄貴よりも一歩先へ踏み出す事が出来た。
その後、俺の方へ来れるか全員に試して貰ったが、誰も来る事は出来なかった。
これを見てディセートが一言。
「……まるで、貴方を招いているみたいですわね」
「……そうだな……」
高坂、ここに居るのか……?
お前はこんな風に世界を変えて、何がしたいんだ……?
俺が聖樹の頂点を見上げていると、レインさんに名前を呼ばれた。
「ユー君、一旦戻って来なさい。今日は暗いし、明日出直しましょう」
「そうですね。まぁ俺とルークは夜の方が都合がいいんですが」
「分かってるけど、何も混乱続きの中行くことは無いわ。休む時間も必要よ」
「はい……!」
俺は結界の中から皆の方へと向かう。
しかし、今日の宿はどうしようか。
しばらくこっちの世界に居る事になるだろうし、拠点も必要だ。
幸いにも近郊には旅館やホテルが沢山あるから、問題は無いと思うが。
「夕、ここから少し歩くけど烏丸の方に、いいホテルがあったの覚えてるかい?」
不意に兄貴にそんな事を言われたので、記憶の奥へ検索を掛けた。
ヒットしたのは、俺が中学生の頃に京都へ家族旅行に来た時の事だ。
「……あー……あれか、チャペルがあってかなり高級感溢れる……」
「そうそう、皆をそこへ案内してあげて欲しい。僕は少しこっちの世界を調べてみるよ」
「分かった。何かあったらすぐ戻って来いよ」
「あぁ、それじゃ頼んだよ」
言うや兄貴は一人、転移魔法でどこかへ消えて行った。
さて、俺も皆をホテルへ連れて行くか。
「皆、俺が案内するから付いて来てくれ」
俺はぞろぞろと数十人を引き連れて、目的のホテルへと向かった。
道中、レオンが修学旅行みたいだなと言ったのが、妙にしっくり来てしまったよ。
……ルークとエキナが俺の両腕にしがみついて、皆からの微笑ましい視線だけが辛かったけども。
※
『おぉー……!!』
あちらの世界とは違い、荘厳な作りのホテルに、みんなが感嘆の声を上げている。
久しぶりに来たけど、相変わらず綺麗な所だなぁ。
入り口から入ると、すぐにウエディングチャペルが出迎える。
それを見て、ルークとエキナが俺を挟んでうっとりとしている。
いつの間にかルークは魔装を解き、エキナと同じ見覚えのある制服を着ている。
どこのだっけあの制服……
「ル、ルーク……私達もこんな所で式を挙げたいですね……」
「そうだネ……こんな所で結婚式が出来たら、どんなに幸せだろうネ……」
「……後ろの皆の視線が痛いから、もう行くぞ」
『むぅーー』
膨れても駄目。
俺は無人の受付からカードキーを取り、久方ぶりにエレベーターのスイッチを押した。
チン、と到着を知らせる音が鳴り、ドアが開く。
10階と書かれたボタンを押し、皆が乗り込むまでエレベーターのドアを開けていると、レオンが難しそうな顔で呟いた。
「……凄まじく文明の発達した世界だな」
「そうか?」
「俺には未来に来たようにしか思えないぞこれ……」
「ハハ、こっちの世界があっちの世界の未来ねぇ。笑えねーよ……」
「だな……」
雑談をしつつ10階へ着いた為、俺が取ってきたカードキーを全員に渡し、使い方を説明したのだが──
「ねぇユウ、あたしユウと同じ部屋がいいんだけど」
「あ、ずるいですルーク!抜け駆け禁止ですぅ!」
「お、お前らなぁ……緊急事態だって分かってるか……?」
しかし後ろを見ると、他の方々も似たような事を言い始めていた。
「殿下、せっかくですから今宵は私と一緒に……」
「あぁ、構わないよディセート」
「あらあらディーちゃんったら大胆ねぇ。あなた、私達もたまにはご一緒しましょうか?」
「そうだな。しかし明日に差し支えるような事は無しだぞ」
「父上……息子の前でその発言はどうかと……」
おいおいオリウス達だけじゃなく、国王とレインさんまで……
ちなみに、ディセートのご両親はいつも二人で寝ているらしく、最初からカードキーを一つしか受け取らなかった。
後はメリア先輩のご両親達だが──
「リレミト伯爵、私達は別々で構わない。お互い、一人になる時間が欲しいんだ」
「え、えぇ分かりました」
俺はそれぞれから、カードキーを渡したり、返されたりして、全員に配り終わったタイミングで皆に声を掛けた。
「ここ、13階に温泉があるから行きたい人は自由に行ってくれ。俺は食事の準備をしてくるから。あ、ルーク手伝ってくれるか?」
時刻は19時頃だし、そろそろ皆お腹も空いてるだろうからな。
調理室に行けば今日のディナーで出す筈だった料理があるだろう。
ルークは俺の呼び掛けに、嬉しそうに答えてくれた。
「うん!!」
「あ、ルークが行くなら私も……!」
「分かったエキナも頼む。よし、なら一旦自由時間だな、皆また後で!」
全員がそれぞれ割り振った部屋へ戻って行った。
俺達も食事の準備に取り掛かろうと、2階にあるディナー会場へ向かう為、エレベーターのスイッチを押すと──
「なぁユウ、俺の事忘れてるだろ」
「あ、レオン悪い悪い。で、何の用?」
「え、俺ってそこまで存在感無い?部屋だよ部屋!!」
「あれ渡して無かったっけ?」
「……俺は根に持つタイプだからな」
「ハハ、俺もだよ」
手に持っていた、余りのカードキーをひったくったレオンは、ぶつぶつ文句を言いながら消えて行った。
「やれやれ……」
「あいつ、可哀想だネ……この中で唯一お一人様だし……」
「ルーク、そんな事言ってやるなよ……涙で前が見えねぇよ……」
侘しいあの背中に敬礼。
「あ、エレベーター?が来ましたよ!」
「レオンの為にも旨い飯がある事を祈るよ……」
「そうですね……」
若干テンションが下がりつつも、俺達は調理室へと向かった──
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