第11話 イレギュラーたる少女
この世界には重なり合うように、別の世界が存在している。
私達精霊は、2つの世界を管理するのが役目だった。
神様なんて居やしない。居るのは人間と魔族、そして精霊だけだ。
知ってるかい?モンスターの類いはもう一つの世界、滝川夕あんたの居た世界から溢れた、負のエネルギーの集合体なんだよ。
「そもそも負のエネルギーって何なんだ?ルークが負のエネルギーの塊だって言ってたが……」
「字面の通りさ。ありとあらゆる生物から溢れた出る、マイナスの感情……それらは放っておけばいずれ天災を引き起こす。あんたの世界でも地震とかあるだろう?」
「……なるほど……」
私達精霊は生まれたその瞬間から、それら負のエネルギーをどうにかして浄化するよう、思考がある種プログラムされているのさ。
神様なんて居ないこの世界で、世界自体が必要とした存在が私達なのかもね。
そして、始まりの精霊──この私は、未だ人類が居ないこの世界で突然目覚める事となった。
もう一つの世界は既に文明が起こり、何度も負のエネルギーで、世界の存続が危うくなっていたからね……こちらでは同じ轍を踏まない様に救済措置を用意したんだろう。
やがて、こちらの世界でも人間が誕生し、そちらの世界と同様に、負のエネルギーが発生し始めた。
問題だったのは聖女という存在だった。
聖女は負のエネルギーによって覚醒し、天災をも静めてしまう。
そこまではいいさ。
ただね、人間達は聖女の遺伝子をどうにかして遺そうと考え始めた。
するとどうだい、今度は負のエネルギーを浄化させるはずの聖女自身に、負のエネルギーが蓄積され始めたのさ。
聖女は浄化し切れない程、負のエネルギーを蓄積させ、やがて聖女自身が負のエネルギーの塊となり、天災を起こし人類自体を何度も滅ぼしてきた。
滅ぼして来た、という言い方は正しく無いね。
リセットしてきたんだ。
歴史は繰り返すもんさ。
何度も人類は誕生し、その度に聖女も生まれる。
そしてまた破滅の道を辿る。
世界の監視者たる私達は、正直人類にはほとほと呆れたよ。
しかし、これはこれで安定はしていた。
もう一つの世界の負のエネルギーさえも聖女は吸い込んで、この世界の人類をリセットする事で浄化をしてくれてたんだからね。
私達精霊は苦せずして、2つの世界をコントロールする事に成功した。
そして何度もこの世界に人類が誕生する中で、ある代の聖女が溜め込み過ぎたエネルギーを、天災では無く、新たな生命を生み出す力として利用したんだ。
「まさか……それが……?」
「……そうさ、ルーク・エリザヴェート。彼女は聖女が生み出した、この世界をリセットする力を持った存在だ。だと言うのに──」
「ルークは世界のリセットなんか望まず、ただ生きている事を楽しんだんだな」
「……あぁ。両親はおらず、ただ生まれ落ちた瞬間から世界を壊す使命を負った筈なのにね」
私はこのルークという少女に興味を持ったんだ。
精霊と同じ様に刷り込まれた本能がある存在。
でも本能のまま破壊を望む筈なのに、彼女は全然そんな素振りを見せない。
リセットをされなかった世界には、また負のエネルギーが溜まり出したが、聖女はまた魔族を創る事で浄化をし始めた。
魔族は素晴らしい存在だったよ。
体内の魔力を回復する方法を、他者から奪う以外に持たず、適度に人間を減らしてくれた。
まぁそのせいで、人間と魔族は完全に敵対する事になったけどね。
こうして人類と魔族はお互いにその数を調整し、魔族が孕んだ子供が負のエネルギーを蓄積して生まれてくれる。
これ以上無い環境だった。
だけどね、悠久の時を一人で過ごしたルークは、愛に飢え始めていた。
同族の中でも、天災を引き起こす程の大いなる力を持って生まれたせいで、力を利用されるだけで、誰もルークという女の子の中身を見ようとはしなかった。
──そして転機は訪れる。
ルークは、愛を見付けてしまった。
何の因果か、マーネという精霊の力を操る才能を持った男とね。
「そうだ、そもそも何故前世の俺は精霊の力を操れたんだ?」
「……もしかしたら、徐々に心に持ち始めていた私の願望がそうさせたのかもね」
「願望?あんたの目的の事か?」
「そうさ」
聖国に生まれたマーネは、私の元を訪れた時にこう言ったよ。
──師匠は毎日つまんなさそうだな。ってね。
大いに笑ったよ。
私はね、この世界の現状に飽き飽きしていたんだよ。
運命に導かれたかの様に、私を師事してきたマーネのその言葉を聞いた時にね、思ったんだ。
「──ルークがやらないならこの私が世界を壊そうってね」
「……それがあんたの目的か」
「もううんざりだ。私欲しか考えていない人間共はね。どちらの世界も変わらず人間は負のエネルギーを生み出した続けて、ほとほと迷惑なんだよ」
この世界に生まれた、謂わばイレギュラーたる少女は一向にその役目を果たそうとしない。
おかげで今までとは違った運命を辿り始めたこの世界に、一体何が起こるかも分からないからね。
いっその事、もう世界を終わらせてもいいんじゃないかと考えた私は、"聖職者達"という組織を作り、ルークを殺せる武器を開発させる事にした。
人間達をどれだけ犠牲にしようが私は構わない。
やがて出来た聖者の弾丸には、喜びを禁じ得なかったよ。
これを持ってルークを亡き者にしようとした時だ。
私は気付いちまった。
ルークが精霊の力を持つ人間と子供を作ったら、聖女を越える力を持つ存在が生まれるのでは?と。
その子供の力を聖女に与えるか、子供に聖女の力を与えるかすれば、世界の破壊だけじゃない──創造さえも可能なのではないか?
でも、少し待ってもルークとマーネは子供を作らず、ならばと追い込んでやる事にした。
聖女の覚醒にも都合が良かったしね。
危機を乗り越えた後、2人の絆はより一層強くなり子供をばと期待したんだけどねぇ……
あの皇帝は思ってたよりも厄介な男だったよ。
まぁ、子供が生まれれば世界を破壊出来るルークは殺すつもりだったんだけども。
新たな世界を壊されては敵わんからね。
だが、鬱陶しい誤算の後に嬉しい誤算もあった。
マーネが聖女の力を使いこなし、輪廻転生を成し遂げようとした。
これならば子供は要らない、ルークが今度こそ死なせない為に、転生者を必ず吸血鬼にするだろうとも思ったからね。
後はそいつを真の意味で覚醒させるだけだった。
「……ルークを殺せば俺は覚醒し、更にそいつをエキナに移す事で世界を創り変える。それがセフィラ……あんたの目的か」
「ふぅ長かったね……」
あぁそうだ。
ついでに言えば、あんたはルークを自分で生き返らせるだろうから、あんたも殺すつもりだった。
エキナなら、あんたら2人が居る世界を目指して必ず世界を創り直すだろうからね。
滝川夕、あんたは聖女の力を持ったせいで生き返る事は出来ないしね。
「……一つ、分からない事がある」
「言ってご覧」
「この話を聞いても俺はルークを生かす決断しか選ばないぞ……?」
「本当にいいのかい?」
「……どういう事だ……?」
「分からないのかい?ルークは──」
──ルークはいずれ世界を滅ぼすよ。
「な!?あいつがそんな事する筈無いだろう!」
「いいや、するね。あいつはもう欲しい物を全て手に入れた。後は本能に従って世界を滅ぼすさ」
「何を根拠に──」
「生まれた時から使命を課せられ、それを自覚してきた私と同じ様な生まれ方をしたからね。根拠と言うなら、この私が今現在生きている事だ」
「お前を生かしてもどの道世界を滅ぼすんだろ。なら俺はルークを選ぶ」
「違うね、私は世界を創り変える。ルークはリセットをしてまた同じ歴史を繰り返すだけさ。まぁ……後はあんたの血の中に居る本人に聞いてみればいいいさ」
「俺の中に居たのか!……悪いが俺も聞いておきたい事がある。喚ぶぞルーク」
「あーあぁ……血が飛び散ったじゃないかい……」
「うるせぇな……俺だって痛いんだよ。なら喚ぶぞ──」
「──目覚めろ、ルーク・エリザヴェート」
お読み下さりありがとうございます!
今回、今までと違った構成ですが次回からはいつも通りに戻ります。
また次回もよろしくお願い致します!




