第14話 追憶⑭
あたしの頭の中に、あたしが意識を失った直後の映像が流れ出した。
まるで夢を見ているかのように、俯瞰した映像だ。
あたしと、リースが血を流し倒れている。
そこにまだ意識があるマーネが、あたしの口に自らの血を飲ませている。
「……もうあまり時間が無い……師匠……奥義を使うぞ……!」
──待って、奥義って……何をするつもりなの!?
あたしの言葉は届かない。
当然だ。これはただのイメージなんだから……
「聖女の力で聖女を生き返らせる事は出来ん……でもルークなら……!!」
なっ!?
待ってマーネ……!!
「……リース、力を借りるぞ……!!」
マーネは精霊化し、リースの手を取った。
「……頼む、上手くいってくれよ──」
──目覚めろ、奇跡は俺達の中にある。
マーネの体がリースと同じ、黄金に輝き始めた。
まさか……大精霊セフィラが言ってた奥義って──
「……出来た……!これが聖女の力か……とてつもねぇな……!」
うそでしょ……?
マーネが聖女の力を!?
「……ルーク、お前は怒るかな……死ぬ時は一緒だって言ったのにな……」
そうだヨ!
それにただの人間が聖女の力の中でも一番の奇跡──死者蘇生なんかノーリスクで出来ると思えない!!
「聖女の力で俺の体も何とか動くな……末恐ろしいよ。……よっし、ルーク!」
マーネは黄金の輝きを放ちながら、死体となっているあたしの方を見た。
「約束、破ってばっかで悪いな。でもこれで最後だ。だから──」
マーネは出会った頃と同じ、愛しい笑顔であたしの頭を撫でた。
「──俺の命をくれてやるよルーク」
待って!あたしはそんなこと望んでんない!!
マーネと一緒に死ねるならそれでいい!!
マーネは両手を天高く掲げた。
黄金の輝きは空へと伸び、やがてあたしの体へと吸い込まれていく。
「……さぁ、俺の血も命もやったんだ……目覚めてくれよ……そうだ、爺さんに遺言でも残しておくか──」
あたしの頭に流れ込んだ映像はここで終わった。
※
「姫様……!?大丈夫ですか!?」
「……じ、爺や……」
ぼんやりと現実へと意識が戻ってきた。
今の……夢じゃないんだよネ……幻じゃないんだよネ……
「……爺や……教えて。マーネから遺言を聞いた時、体が黄金に輝いてた……?」
「え、えぇ。何故それを……?」
あたしは確信してしまった。
夢じゃなかった。あれはさっき実際にあったことなんだ……!!
「……どうっ……してっ……!!死ぬ時は一緒じゃなかったの!!答えなさいマーネッッ!!!」
冷たくなったマーネの遺体を思わず激しく掴んでしまった。
そんな事をしても何も答えてくれないのは分かってる!
だけどっ……!!
「あたし一人が生き残っても……!マーネの命で生き返っても何も嬉しくない!!」
「……姫様、失ったものは大きいでしょうが……戦いには勝利したのです。英雄も満足しておりますよ……」
「……これの……」
目を見開いて爺やを睨み付ける。
あたしの瞳からは大粒の涙が溢れていた。
「これのどこが勝利なのっっ!!!!」
大事な家族を失って、愛した人を失って……!!
あたしの一番守りたかったものはもうどこにもない!!
「姫様、どうか英雄の最期の言葉を聞いてやって下さい……」
「……聞きたくない。嘘つきの言葉なんて」
あたしは絶対許さない。
マーネはあたしが絶対に破って欲しくなかった約束を破った。
マーネの居ない世界で生きる意味なんて無いのに……!!
こんな事になるなら、さっさと吸血鬼にして聖女の力なんか使えなくしてれば良かった。
そうすればマーネはこんな戦いを挑まなかった。
下手に聖女の力なんて切り札なんかあったから……!
「……あたしにもう関わらないで。後の事は好きにすればいい」
「ひ、姫様!!」
あたしはその場から逃げる様に立ち去った。
目的地なんて無い。
ただ、立ち止まっているとおかしくなりそうであたしは走り続けた。
段々と、あたしの心が壊れていく──
※
今すぐ死にたかった。
消え失せたかった。
だけど、この不死身の肉体はそれを許さない。
聖者の弾丸でも無い限り──
そうだ、"聖職者達"の研究員以外は殺したってあの皇帝は言ってた。
つまり研究員は生きてる。
マーネやリースを殺した連中がまだ生きてる……
そんなの……ダメだよネ……?
あいつらは一人残らず殺さなきゃ──
「……そうだ……あいつらを全員殺して、ついでに弾丸も奪った後、あたしも死のう……」
思い付いた後は早かった。
探知魔法を世界中に張り巡らせて、"聖職者達"独特の魔力を発見しては殺す。
そんな生活を1年程続けた。
「……次は……」
今のあたしは必要最低限の栄養だけを摂り、およそ人間や魔族にふさわしい生活は送っていなかった。
少し前にあいつらの施設を潰した時に言ってた。
マーネの遺体を手に入れたって。
つくづく救いようの無い連中だ……さっさと殺して取り戻さなきゃ。
そう言えば、聖者の弾丸も誰かに使ったのかあと6発って言ってたネ。
その内1発はあたしが奪った。
あいつらを殺した後、これを使おう。
あぁ、これでマーネの顔を見るのは1年振りか……
この世界では保存魔法を使った後、埋葬されるから遺体は至って綺麗な状態だ。
でも正直見たくない。
またあいつの顔を見たら、もうあたしは動けない。
ずっとあいつの体から離れられなくなる、それだけは分かっていた。
「……ここは……」
"聖職者達"の残党の気配を感じ取って、あたしが訪れていたのはエスタード王国だった。
あれから一年近く来ていなかった。
この国には思い出がありすぎて、ずっと足が向かなかったんだ。
あたしの頭には、孤児院のみんなとの思い出が溢れ出していた。
楽しかった。幸せだった。もう戻らない日々。
子供達に合わす顔が無くてずっと遠ざけた地。
あの子達は元気にしているだろうか……
「少しだけ──」
一目見たい。
あたしの胸中はそんな気持ちで一杯だった。
孤児院にはすぐに着いた。
隣の屋根の上から、見付からないようにそっと様子を見守る。
「……みんな……!」
子供達はさらに大きくなっており、ちゃんとあたしとの約束通り、孤児院を守ってくれていた。
あたしはみんなとの約束を守れなかったというのに……
これ以上ここに居たらあたしはもう戻れなくなる──
だから、これでもうみんなとはお別れだネ。
「……元気で──え!?」
立ち去ろうとしたあたしは、足元の何かに引っ掛かって屋根から落ちてしまった。
そして辺りにカランカランと、騒がしい音が響く。
「誰だーーー!!──……ルーク姉??」
「え!?ルー姉だって!?」
し、しまった……!!
大きくなったみんなに囲まれてしまった!
え、えっと、何て言葉を掛けたら──
『ルーク姉!!』
「は、はいっ!!」
子供達みんながあたしに笑顔を向けた。
『お帰りっ!!!』
「……っ……!!」
誰一人あたしに何があったとか、何で帰って来なかったとか、マーネとリースはどうしたとか言わなかった。
ただ、全員からのお帰りにあたしは──
「……たっ……ただ……いまっ……!!」
「また泣いてんのかルー姉!」
「……泣いて、ない……!」
あぁ……3人でただいまって言いたかった。
どうしてあたしだけなのっ……
「とりあえず入れよ、俺達家族だろ?」
「……あたし、を……まだ家族だと……言ってくれるの……?」
「当たり前だろ!!」
「……ぁあっ……ぁぁ……!!!」
涙が止まらなかった。
帰って来たんだ……!
マーネとリースと一緒に帰って来たかったよ……!!
みんなは泣き崩れて動けないあたしを、リビングへと連れて来てくれた。
「ルー姉、何があったか……俺達はもう知ってるからさ、もうあんま泣くなよ」
「……ごめん……あたしは……2人を……!!」
「分かってるよ、大丈夫だから」
孤児院のみんなはあたしの周りを囲んで、まるで一人じゃないと言ってくれてるみたいだった。
「それにしてもドジだったねルーク姉。あのトラップはマーネ兄が野良猫対策に仕掛けたの忘れたの?」
「……そう、だったネ……懐かしい……!」
「おい!そんな話したらまたルー姉が泣くだろ!?」
「な、泣かないって……!」
照れたあたしにみんなが笑う。
……本当に懐かしい……
だからこそ、ここにマーネとリースが居ない事に強烈な寂しさを感じてしまう。
いけない……今はこの子達の話を聞かないと。
あたしはみんなの顔を見ながら疑問を投げ掛けた。
「……そうだ。何でみんな何があったか知ってたの……?」
「昔さ、ここに来た魔族の爺ちゃんいたじゃん?あの人が全部教えてくれたんだ」
「爺や……」
そうか……
あの日、勝手にしろと言った後どうしたのか知らなかった。
まさかこの子達に事情を伝えてくれてたなんて。
そして、坊主頭の子があたしの前に一つの封筒を取り出した。
「ルー姉、俺達はあの爺ちゃんから手紙を預かってる。ルー姉宛てだったから誰もまだ読んでないんだけど……良かったら読んでくれないか?」
「爺やから手紙……?なんだろ……」
「あの爺ちゃんがさ、ルー姉が戻って来たら必ず渡してくれって言ってたんだ。正直内容には検討がついてるけど……」
検討がついてるって、爺やからの手紙なのに?
まぁ開けたら分かるか……
「と、とりあえず開けてみるネ?」
「おう!!」
封筒を縛った紐を解き、中に入った手紙を開く。
みんなに聞こえるように、声に出して読んでみる。
「えーっと?"姫様へ、ご挨拶は省かせて頂きます。今はとにかく正確にこの言葉を伝える為に筆を執っております"」
みんなは真剣にあたしの声に耳を傾けている。
続きを朗読する。
「"一言一句違わず、ここに英雄の最期の言葉を記します。どうか彼の全てを受け止めてあげて下さい"……これって!」
「やっぱり……!」
「マー兄の遺言だ……!!」
みんなは大方予想がついていたと言ってたケド……
この続きに、手紙の文量的にあまり長くは無いが、マーネが最期に残した言葉が綴られている。
あたしは──
「ごめん……この先はみんなで──」
「貸して!!」
「あっ!ちょっと!」
あたしの手元から手紙が奪われ、坊主頭の子が続きを読み始めた。
「"ルーク、お前と──"」
「止めて!!」
あたしは目と耳を思いっきり塞いだ。
「聞きたくない!!どうせあいつはごめんとか元気でとか言ってるんでしょ!そんな事言われても絶対許さない!!だからもう止めて!!」
一息で言い放ったあたしは息を切らしてしまった。
坊主頭の子は優しくあたしの手を耳から離した。
「ルー姉、マー兄はそんな事言ってねぇぞ。いいから聞けよ」
「……っ……分かったヨ……」
あたしは大人しく続きを待った。
再び語り始めた内容に、まるで目の前にマーネがいるかのような感覚を覚えた──
※
ルーク、お前と出会えて良かった。
きっとお前は勝手な事をした俺を怒ってるだろうな。
許してくれとは言わん。ただ一つ言っておく。
待っててくれ。
輪廻転生って知ってるか?
俺はそれに賭けようと思う。
聖女の力だって使えたんだ、最後にこの輝きを未来に繋いでみようと思う。
お前は不死身だろ?
だからどれだけかかるか分からんけど……
今度こそ約束する。
例え、何百年過ぎようと、生まれる世界が違っても……俺はまたお前と巡り逢う。
その時こそお前と結婚式を挙げてーな!
……あ~くそ!お前とリースと一緒に孤児院に帰りたかった!
ルーク、みんな、今までありがとう!!
後悔なんて山程あるけど、でもやっぱり何度でもこれだけは言える。
俺はお前と出会えて良かった!
めちゃめちゃ幸せだった!!
だからさ、わりぃんだけど少しの間だけ我慢してくれ!
ルーク……いや最期くらいこう呼ぼう。
ルミナス、俺はずっと──
※
「"──お前を愛してる"」
爺やからの手紙はそう締め括られていた。
涙が止まる訳がなかった。
勝手な事をとか、文句なんて言ってやりたい事はいくらでもある……!
でも──
「……あたしも……!愛してる……マーネッ……!!」
顔をくしゃくしゃにして、膝の上に握った拳の上に大量の涙を溢す。
子供達もみんな涙を流し、マーネの最期の言葉を胸に刻んでいる。
唯一涙を流していなかった坊主頭の子が、手紙を封筒に入れ直しあたしに手渡した。
「ルー姉……これ、持っててやれよ」
「うんっ……」
「よし、これで伝える事は全部終わったな!」
坊主頭の子はニカっと笑った後──
「もう泣いていいよな!!」
「……うんっ……!!」
あたし達は泣いた。
みんな輪になって、その中心にはあたしがいる。
ようやく、止まっていた時間が動き始めた気がしていた。
マーネとリースを失った悲しみを、一年も経った今、ようやく噛み締める事が出来たのかもしれない。
あたしはずっと壊れていた。
"聖職者達"の残党を殺す為に世界を巡る中で、着実に復讐に取り付かれ、マーネとリースの事を少しでも思い出さないようにしていた。
だけど、違った。
ちゃんと受け入れなきゃいけなかったんだ。
それをここに居るみんなが教えてくれた。
それに、マーネは希望を残してくれた──
「もう一度、マーネに出逢う……!」
手紙に書かれていた僅かな希望をあたしは掴む。
絶対に。どれだけ時間が掛かっても。
"聖職者達"の残党は必ず潰す。
これから先、産まれてくる聖女の為にも。
復讐の為じゃない。
マーネとリースの為にあたしは戦い続ける──
※
あれから200年が過ぎた。
本当に、本当に……長い時間が経った。
あたしは今、自分で作ったマーネの墓の前に立っている。
あたしとマーネが出会った大きな桜の木の下に。
結局マーネの遺体はどこを探しても見付からなかった。
"聖職者達"は一人残らず殺した筈……
もしかしたら燃やされたのかも知れない。
でも今はそれよりも大事な事がある。
「上手くいってヨ……!」
墓の前に立て掛けたマーネ愛用だった剣に手を置く。
この世界にマーネの反応はちっとも見付からなかった。
だから、あたしはこの世界とは違うもう一つの世界へ行ってみる事に決めた。
成功するかなんて分からない。
でもマーネは生まれる世界が違ってもって言ってた。
きっと上手くいく筈!!
そしてもし、もう一度出逢えたらすぐに吸血鬼にしてやるんだから。
あたしの力を全部あげる!
例えそれであたしが死んでも、それくらいは許しなさいヨ。
どんだけ待たされたか、これくらいの我が儘は聞いてよネ。
「よし……行くか!!」
魔力を全開にして、異世界への扉を開くイメージで転移の魔法を発動する。
あたしが新開発した魔法。
地面には虹色の魔法陣が浮かび、衝撃が桜の花弁を散らす。
「魔術式──異世界転移!!」
体全体が軋むように痛み、それを耐えきると辺りは見たことも無い、喧騒に包まれた場所に立っていた。
「へ、変なとこ──!!!」
探知魔法を発動すると、すぐ近くにマーネと同じ魔力を感じた。
200年振りのこの感じ……一度だって忘れた事は無かった。
こっちだ!!
変な建物の角を抜けた先にマーネがいる!!
あたしは走りながら角を曲がった。
すると、ぶつかるスレスレであの懐かしい声を聞いた。
「す、すみません!!あの、怪我はしていませんか?」
あぁ……この声だ……!
ずっと……ずっと待ってた……!!
「ようやく見付けた」
あたしは迷う事無く、まだ現在の名前も知らない彼に噛み付いた。
あたしの喉に流れてくる血の味は、マーネと全く同じ味で、ホントに間違いない事を証明してくれた。
さぁ、受け取って……
もう絶対あなたを死なせないから──
お読み下さりありがとうございます!
少々長くなってしまいましたが、これにて過去編を終了とさせて頂きます。
次回、最終章第三部を開始します!
更新は申し訳ありませんが明後日4/2の1時とさせて頂きますm(_ _)m
ぜひ、最後までお付き合い頂けましたら幸いでございます!




