第12話 追憶⑫
大聖堂を包む光は、未だ衝突している聖者の弾丸、その威力を急速に弱らせていく。
勢いを失った弾丸は地面へと転がり、やがて光の粒子へと変わり始めた。
空へと昇っていく粒子を追い、空中にいるマーネを見上げる。
すると驚く事に彼の背中から、セフィラやセレントと似た羽根が生えていた。
「嘘……人間が精霊化してる……!?」
マーネは正真正銘ただの人間だ。
何度も血を吸ったあたしが証明出来る。
でも、今あいつから感じ取れる魔力は精霊のそれだ。
マーネは空高く舞い上がり、大聖堂を見渡している。
アロハシャツの男はそれを見上げ、爪を噛んでいる。
「何なんですかあの男は……!!聖女様の力を感じる!?今すぐ消さなくては!!」
拳銃では届かないと判断し、右腕に装着している天の矛を上空へと向けた。
「やらせないヨ……!」
動揺している今なら届く!
「バニシング!」
対象を天の矛に限定する。
生物を対象にすると時間がかかるからネ……
しかし、あたしの魔法が発動する事は無かった。
「えっ!?」
思わず声を上げてしまった。
そしてそれはアロハシャツの男も。
「何故……!?天の矛が発動しない……!!」
まさか──
あたしはマーネの方を見上げて、息を呑む。
この円柱内の魔力を全て掻き消しているの!?
以前、大勢の魔族に囲まれた時は、光の円柱で魔族を吹き飛ばしていたケド……
今度は力の源足る魔力の発動を封じている。
だから魔力が動力源の地の盾は動きを止めたんだネ。
「……これじゃあたし達みんな、マーネの手のひらの上じゃん」
つくづく恐ろしい男ダヨ。
断言出来る。
今この瞬間、マーネは世界の頂点に立った。
「くそっ!!何故っ!何故だ!?」
右腕を振り回し、暴れているアロハシャツの男。
額には血管が浮き出ており、この状況がよっぽど気に入らないみたいだ。
大聖堂の広場は地の盾が稼働を停止した為、魔族のみんながぐったりと倒れ込んでいる。
──みんなありがとネ。
"聖職者達"の兵隊達もちらほらと姿を見せてるけど、マーネの圧倒的な神々しさに戦いを止めている。
潰すなら今だネ。
魔力が使えない今、身体能力がものを言わせる。
そうなればあたし達魔族は負けない。
まずは目の前のアロハシャツの男を潰す。
そう思い駆け出した時だった。
──ドォオオン……
地響きが起こる程の重低音が聞こえた。
一瞬だった。
マーネの展開していた光の円柱はその輝きを失い、再び夜の静寂が訪れる。
「なんなの……!?」
一体何が起こったのか分からず、周りをキョロキョロした。
でも何も見えない。
急に暗くなったせいで目が慣れてない……!
「……ルーク、ここだ……」
「マーネ……!?」
掠れたマーネの声が聞こえる!後ろだ!!
すぐに声の方へ向かうと、そこにはリースも居た。
「ちょっと!一体何が──マーネ!?」
段々と夜目が効くようになり、マーネから大量の血が流れている事に気付いた。
「もしかしてさっきの音!?」
「あ、あぁ……何かに撃たれた……しかも見ろよこれ……」
マーネが撃たれた脚部を見ると、左膝から下が崩れ始めている。
「これは……!?」
「聖者の弾丸の砲弾バージョンって所か?……これを造るのに一体どれだけの人間を犠牲にしたのやら……」
「マーネ兄さん、あんまり無茶しないで下さい……!」
リースの治療の甲斐あって五体満足に戻っていく。
そうだ、さっきの光の円柱は何だったのか確認しとかないと。
「あのさ一つ聞いていい?マーネ、さっき精霊化してたよネ、どういうこと……?」
「よっこいせ、あぁ……あれはな──」
治療を終え、立ち上がったマーネは背中の羽根を指差しながら説明してくれた。
「リースからさ、聖女の力を受け取ったんだ。俺は精霊の力を扱えるから、2つを混ぜたら精霊化出来るらしい」
「うそ……ていうかそもそも何で精霊の力を使えるの……」
「この剣のおかげさ、昔師匠に貰ったんだ。あんまり精霊化はするなって言われてたんだけどなぁ」
「へぇ……何でだろ。奥義はあんまり見せるなって事カナ?」
「え?これは奥義じゃないぞ」
そうなの?なら奥義って──
瞬間、背筋が凍った。
とんでもない殺気があたし達に向けられている。
う、動けない──
「一体いつまで遊んでおるのだ。のお、キングよ」
「こ、皇帝……!!!」
キングと呼ばれたのはアロハシャツの男だった。
少し離れた場所から、ゆっくりとこちらへと歩いて来るのは、無精髭を生やした恐ろしく濃密な魔力を持つ男。
嘘でしょ……あたしと同じくらいの魔力量カモ……!?
あいつ、人間が生まれ持つ魔力量を悠に越えている。
しかも、人間だからあたしよりも効率良く魔力を使える。感覚としてはほぼ無尽蔵に……!
あたし達から数メートル手前で止まり、鈍く低い声を発する。
「……我の聖国をこれ程に荒らしたのが、よりにもよって貴様ら魔族とはな……その罪、貴様らの命で償って貰おう──」
魔力が右手に集まっていく。
皇帝は右手を掲げ、濃縮した魔力を空へと解き放った。
地の盾や、魔族のみんながいる空中へ、灰色の紋様が浮かび上がる──
「ヤベェぞこれ!!」
「みんな逃げてーーーー!!!」
大聖堂の中心の広場に、天から強烈な閃光が迸る。大地を揺るがすほどの衝撃。
あたしは探知魔法を使うのを止めた。
使う必要が無くなったから……
舞い上がった埃や砂塵が落ち着き、大聖堂の中心を見る。
そこに残っている命は一つも無かった。
「何て事を……!」
リースは膝から崩れ落ち、マーネは呆然と口を開けている。
あたしは許せ無かった。
魔族のみんなを仲間だなんて思った事は無い。
それでも今、彼らはマーネの為に立ち上がってくれたのに、その結果がこれなんて……!
「許さない……!!あんたの味方だって居たでしょう!?」
「我の覇道の前に足手まといは要らぬ。それよりも早く聖女を返して貰おうか──」
「ふざけるなっ!!」
あいつ……あれだけ強烈な魔法を使ったというのに、少しも疲労を感じさせない。
それでも、リースまで奪わせる訳にはいかない!!
ありったけの魔力をぶつけてやる!!
「インパクト!!!」
多段式に繰り出されるあたしの魔力による衝撃が皇帝に向かう──
「ふんっ……小賢しい……ハァァッ!!!」
──あたしの魔法は、気合いだけで吹き飛ばされてしまった。
「うそ……!?」
「最強の吸血姫もこんなものか……下らんな。魔力とはこう使うんだ」
皇帝は右腕をあたしに向けると、天の矛に似たドス黒い閃光を放った。
──ヤバッ、速すぎるってば!!
「ルーク、避けろ!!」
「マーネ!?」
マーネは横からあたしを抱え避けさせた。
閃光が通り過ぎた後には何も残っておらず、煙を上げているのみだ。
「あ、あぶねぇ……!」
「ありがとマーネ……」
冷や汗を掻いていると、リースの方から悲鳴が聞こえた。
「止めて!離して下さい!!」
「あまり騒ぐな。本来なら今宵は我との伽の筈だったのだ戻るぞ」
リースの腕を強く掴み、抵抗を抑えようとしている。
「前回は無反応だったお前も今日こそは哭かせてやろう……楽しみだ」
「い、嫌ですっ!もう私は……!!」
「そこまで拒むか、ならばお前の家族とやらも消すしかあるまい」
「だ、駄目っ……!」
こいつ……!!
絶対ぶっ飛ばしてやる……!!
でもあの攻撃が次にこんな近さで放たれたらたぶん避けられない……
立ち上がる間も無く、濃密な魔力があたしとマーネに向けられる。
「マーネ、動ける!?」
「さっきの攻撃が足を掠めたからな……ちょいきちぃな……」
「そっか……ならここまでか……」
「バカ!お前は動けるだろ!?早く逃げ──」
ドス黒い閃光が再びあたし達に迫る。
あたしはマーネに抱き付いた。
死ぬ時は一緒だもんネ──
「駄目……!もう止めてぇぇーーー!!!」
「な、何だ!?」
リース!?
あたし達の周りに先程のマーネの光よりも、一層眩い光が立ち込める──
皇帝の攻撃があたし達に届く事は無く、暖かさを感じるのみだった。
目を開けると、あたしが見たのは驚くべき光景だった。
「……リース、その姿は……!?」
皇帝はリースの光の衝撃で吹き飛ばされ、彼女は神々しい程に全身を輝かせている。
「ルーク姉さん……今分かりました。これが聖女本来の力です」
「本来の力って──」
右手を振り上げると、みんなの死体が転がる、荒れ果てた広場が輝き出した。
そして、光が収まると──
「ヴァン!!生きてるよ私達!!」
「ヴァズ……良かった……!!」
「これは一体……?」
死んだ筈のみんなが立ち上がり、草木が枯れ果てた筈の大地に緑が戻っていく。
「リース、これは……!?」
驚いた顔をしたマーネがリースに問い掛けた。
「私の中の精霊が教えてくれました。聖女本来の力です……今なら全部を変えられそうです……!!」
あたしの瞳は確かに目撃した。
これが聖女の奇跡。
死人を甦らせる事が出来るというのは本当だったんだ。
あたしは脳裏に深く焼き付けてしまう。
この黄金の輝き、これこそが覚醒した聖女の姿であると──
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