第5話 追憶⑤
「……こ……殺してやる……!!!」
無意識に溢れ出した魔力が孤児院を揺らす。
魔力の余波は、周囲の机や窓ガラスを割り、隣に居たリースを吹き飛ばしてしまった。
「きゃっ!!」
「……!!」
怒りで周りが見えていなかったあたしは、リースの悲鳴で自我を取り戻した。
「ルーク姉さん落ち着いて下さい!マーネ兄さんは私が助けます!!」
壁にぶつかったリースは、驚くべき事を言っている。
にわかには信じ難いけど、マーネを助けられるなら──
「リースお願い!!あたしはあいつの相手をする!!」
「はい!!」
あたしは、孤児院を襲った男の方を見る。
あいつの隣で、下半身が完膚なきまでに吹き飛んでいるマーネ。
──もう少しだけ頑張って、必ず助けるから。
「……あんた、こんな事して覚悟は出来てるよネ……?」
「我々はお迎えに上がっただけですよ。そこにおられる聖女様を」
「うるさいヨ。とりあえず死んで」
怒りで強く握っていた右手を開き、謎の男に向ける。
麦わら帽子を深く被り、顔の見えないアロハシャツのふざけた格好だ。
本当にイライラさせられる。
こいつは必ず殺してやる……!
あたしが開発した7つの魔法の中でも、必殺の魔法を発動する。
「──コアブレイク」
魔力をあいつの心臓付近に集中し、開いていた右手を握り込む。
どんな生物にも核となる部分が存在する。
これはその核を直接潰す魔法だ。
しかし──
「あ、あんた心臓が……!?」
「心臓ですか?我々のトップ、皇帝に捧げましたよ。貴女の開発した契約の儀を応用して、心臓が無くても皇帝の魔力が常に送られてくるのでね」
「嘘……!?」
こ、こいつらはまずい……
あたしの魔法の対策や応用まで出来るなんて……!
ほとんど見せた事が無い筈なのに一体どこまで調べ尽くしているのか……
「ルーク姉さん!急がないとマーネ兄さんが!!」
「!!」
いけない……今する事はこいつを殺す事じゃない……
マーネを助ける事なんだ……!
あたし達の会話を聞いて、アロハシャツの男はマーネから少し離れた。
「あぁ、彼を助けたいのですね。どうぞどうぞ、聖女様の力を本当に持つのか、確認もしたい所ですから」
「悠長に確認なんてさせないヨ!!」
この男を部屋の外へ追い出すべく、全力で魔力を集中させる──
「──インパクト!!!」
魔力による波状の衝撃が、亜音速でアロハシャツの男に到達する。
男は腕をクロスにし衝撃に備えたけど、この魔法は多段式に衝撃が加わる。
1、2、3、4──
5回目にしてようやく耐えきれなくなったのか、そのまま部屋の壁にぶつかり吹っ飛んでいった。
「さすが、吸血姫ですね──」
大事な孤児院にさらに大穴を空けてしまったケド、とりあえずあいつを遠ざけることに成功。
……今しかない!!
「リース!!マーネをお願い!!」
「はい!!」
マーネはリースに任せ、あたしは吹き飛んだあいつを追う。
孤児院の庭先で、全ての衝撃を受け終わったのか倒れている奴を発見した。
参ったネ……全然堪えてなさそう……
インパクトは普通3キロは吹っ飛ばせる魔法なんだけど、あいつは僅か数十メートルで耐え切ったって事だ……
ぼろぼろになったアロハシャツを脱ぎ、Tシャツ1枚になった奴は、「やれやれ……」と言いながら立ち上がった。
「このシャツお気に入りだったんですけどねぇ」
「……今度は顔面の方をぼろぼろにしてあげるヨ」
冷や汗を流しながらも、強気に返事をした。
正直、こいつを倒す事は出来る。
ただ目的が分からない……
我々って言ってたから何かの団体だとは思うケド、情報を吐き出させないと……!
「……あんた達、何者なの?」
あたしの問い掛けに、めんどくさそうに低い声で答えた。
「あー……やっぱ気になりますよねぇ……」
「言わないなら今すぐ殺す……!」
男は頭をポリポリ掻きながらあたしを冷たく睨む。
「それは困りましたね。まぁいいでしょう、我々は聖女を崇める聖職者の集まりです。"聖職者達"とでも呼んで下さい」
初めて聞く集団だ。
ただ、聖女を崇める国家は存在する。
──聖堂国家ミュステリウム。
恐らく、その中で力を持った人間の集まりだと思う。
聖国は契約の儀の広まった世の中で、唯一魔族を受け入れ無かった国として有名だ。
ここまで考えた所で、一つの推測が浮かぶ。
問い質してみるか……
「あんた達……魔族との共存が出来る世界を恨んでるの……?」
「驚いた……!思いの外頭が回るようですね」
カチン、と来たけど冷静にあたし……
「貴女の言う通りですよ。我々はこの世の中を許しません。今まで魔族にどれだけの人類が殺されたと?」
「それはあんた達も同じでしょ……!皆過去を受け入れて未来を歩いているの、邪魔しないでヨ!!」
あたしの必死の言葉に男は──
「クックック……過去を受け入れて……?未来を歩く……?」
乾いた笑いが耳に残る。
あいつから漏れ出す魔力は、金属性の冷たさを感じさせ酷く歪んでいる。
「……目の前で両親を魔族の糧にされた私の気持ちが分かりますか?私の時間はあの時から一つも動いて無いんですよ……!仕方ないでしょう……」
「そ、それは……!」
こいつの言いたい事も分かる。
だけど、お互い様なんだヨ……
魔族だって人間に一体何人が殺されたか……!
たぶん説得は無理だろうケド、せめて一言伝えておきたい事がある。
「あんたは──」
あたしが言いかけた時だった。
「──お前は復讐を言い訳にして殺戮を楽しんでるだけだ、無関係な人間も殺そうとしやがって……」
孤児院の庭先に出てきた人物にあたしの言いたかった事を取られた。
この声はマーネ……!?
「ルーク姉さん、間に合いましたよ……!」
親指をグッと向けたのは、マーネの後ろにいるリースだった。
「マーネ!!良かった……リースありがとうネ……!」
「俺はそう簡単には死なんって言ったろ?」
ニヒヒっと笑ったマーネ。
リースは魔力を使い過ぎたのかふらついている。
ホントに良かった……!
リースには後でいっぱいご褒美をあげないと!
「リース様……と仰るのですね。貴女様が聖女様で間違いないようだ……!!」
両手を広げて、喜んでいる奴は両手をパン、と打ち鳴らした。
すると、あたしの目の前に居たはずなのに、気が付くとリースがいる後方から声がする。
「聖女様、私と一緒に来てくださいませ」
「い、嫌です……!貴方はマーネ兄さんに酷い事を……!!」
「ふむ……ならばこれでいかかですか?」
再び両手を鳴らした瞬間、あたしの視界が斜めに歪んだ。
「え?」
「ルーク姉さん!!」
「……ルーク!?」
あたしの右膝から下が見事な断面で切り落とされていた。
「……ァァアアッ……!!」
「次は英雄殿──」
倒れ込んだあたしは、今まで受けた事の無いダメージに悲鳴を上げてしまう。
今度はマーネに魔力が集まっているのに気付いた。
「マ、マーネ!!」
「止めて下さい!!私行きますから!!」
リースの一言にニヤリと笑った奴は、マーネに向けた魔力を霧散させる。
「クックック……ありがとうございます。それでは早速──」
「やめろ、リース!俺が守ってやるから!!」
「──さよなら、マーネ兄さん。大好きでした」
マーネが必死に伸ばした手は無念にも届かず、パンッという音と共にリースは消える。
リースが居た場所には1粒の雫が残るのみだった。
お読み下さりありがとうございます!
明日も25時頃の更新となる予定ですのでよろしくお願い致します!




