第9話 如何なる者にも
「先生、夕が無事エキナ君を連れ出せそうです」
「さすがアデ君の弟だわ。後は私達大人の出番ね」
アデラートは学園から離れ、レインと王宮の会議室に来ていた。
エキナを──聖女をこの国で守る為だ。
会議室には国王の隣にレイン、その横にアデラート、さらに有力貴族10名が円卓を囲んでいる。
その中には公爵家当主であるディセートの父親も参加していた。
国王である、バンクォーク・セル・エスタードが会議の開始を告げる。
「まずは皆、よく集まってくれた。議題については知っての通り聖女の件だ。レインから話を聞いてくれ」
厳格という言葉を体現したかのようなバンクォークは、今回の会議を持ち出した本人であるレインに話を振った。
「2日前、皆さんは聖女──エキナを聖国へ引き渡すことで納得しましたね。私以外、全員の賛成で」
そう、この前の会議でレインは只一人エキナの引き渡しに反対をしていた。
しかし、国王バンクォークは会議の決議権を持つだけで、基本は多数決で物事を決めるようにしていた。
自分一人の意見では無く、広く多くの意見を採り入れる為だ。
レインはこれを良い王の在り方だと思っていた。今回に限っては裏目に出たが。
有力貴族の一人、ドルドク家当主アージェスがレインに横柄な態度で口を開いた。
「残念ですがレイン様、この話はもうひっくり返る事はないです。我々も暇じゃないんだ。早々に終わらせていただきたい」
アージェスに続くように、他の当主も早くこの会議を終わらせるように言った。
「レイン様、いかな貴女の懇願と言えどももはや我が国は聖女を必要としない。聖女の奇跡は聖国が我々に与えるとも約束をしている!」
「そうです。しかも多額の金銭に土地まで……一体何が不満だと言うのか!」
「我々は聖女という、謂わば国の不穏分子を危険視もしているというのに貴女というお人は……」
レインは立ち上がり、不満を持つ8名の貴族の顔を見た。
残り2名はレインの動向を見守っている。
この国に残されたまともな価値観を持つ貴族だ。
レインは冷たい声色で言い放つ。
「貴方達は、たった一人の女の子を見棄てて……恥を知らないのかしら?」
これに先程のアージェスが反発する。
「聖女は聖国で厚待遇を受けるでしょう?聖国のトップとして」
「あの国の内情を知っていて今の発言をしたのかしら……?」
「おや、怖い顔をされる。せっかくの美貌が台無しですよ」
クックック、と意地の悪い笑みを浮かべるアージェスに、レインは淡い期待を込めて確認をする。
「……本当に、貴方達は聖女を守るつもりがないのね?」
「しつこいお人だ。我々は聖女を手離し、様々な恩恵を受ける!これでいいではありませんか!!」
「……残念だわ。アージェス……」
レインは席へ座り、始まったばかりの会議は終了の雰囲気を見せていた。
しかし──
「アデ君、例の物を」
「はい、先生」
アデラートが指をパチン、と鳴らすと円卓を囲う全員の元に1枚の資料が現れた。
静観を貫いていた2人の貴族の内の1人、ライネル・アン・ウィーネがレインに問う。
「レイン様、これは?」
「この中に聖国と繋がっている人間がいる証拠よ。8人もいるとは思っていなかったけどね」
「……」
ライネルは気付いていた。
娘や部下達から聞いていたのだ、学園やこの国に明らかに"聖職者達"の手の者が多い事を。
しかし、奴らは確固たる証拠を掴ませなかった。
だからこそ、下手に聖女の問題に反発せず静観を貫いていた。公爵家であるボルゼキア家と共に。
それが聖女が発見されてからというもの行動が目立つようになり、ようやくこれが……という気持ちで資料を見た。
「これは……各貴族家の資金の総量ですか?」
「えぇ、分かるかしら?聖女が見付かった僅かな時間で8家もの資金が倍にまで膨れ上がっているわ」
「これが示すものはつまり……」
「聖国から受け取ったのでしょうね。聖女を引き渡すという議決をさせる為に」
「……よく調査されましたね」
「私には優秀なナイトがいるからね」
レインはアデラートの方を見て、優しく微笑む。
しかしアージェスを始めとする貴族達は、この資料を細部まで見もしないで反論をする。
「これが一体何だと言うんだ!こんな物が証拠になるか!!」
「そうだぞ!いくらでも偽装できるような下らない紙切れを持ってきて……!」
「こんな物で我々を脅かそうと言うのならこちらにも考えがあるぞ!」
一人が、左手で銃を取り出そうとした瞬間、アデラートがその男の元まで一瞬で移動した。
「おや、考えとやらはこの私が別室でお伺いしましょうか……?」
「き、貴様……!!」
アデラートが男の左手を掴み、ピクリとも動かさせない。
「成り上がり風情がぁ……!」
アデラートは男の肩をポンと叩き、椅子へ座らせた。
そして、貴族達に向けて言った。
「皆さん、ちゃんとした証拠が欲しいとの事でしたら、こちらをどうぞ」
アデラートが指を鳴らすと円卓の中央に動画が流れ始めた。
そこには聖国の使者として現れたゼンデンと、アージェスが写っている。
『アージェス様、対価はこちらにご用意が御座います』
『ふんっ。たかだか小娘一人の為によくも用意したものだ』
『聖女様は我々にとって絶対、神聖なお方ですから……』
『まぁ良い、どのような奇跡を起こせるかは知らんが最終的に我が家だけに恩恵を渡すと言うなら、いいだろう』
『ありがとうございます。それでは早急に聖女様の引き渡しをお願い致します──』
映像が切り替わり、別の貴族が映った。
続いて流れるのは先程と同様のやり取りだった。
8人分の映像が終わると、アージェスは円卓のテーブルをひび割れる程に強く叩き付けた。
「ふざけるなぁぁっ!!捏造した映像なんぞ見せやがってぇ!!!」
「おや、お気に召しませんでしたか?」
「小僧……どうやら死にたいらしいなぁ……!!」
「貴方程度に殺される私では御座いませんが……先生に怒られるからこれで勘弁してあげるよ」
途中からいつもの口調に戻ったアデラートは、アージェスの方へと一瞬で移動し、強烈な前蹴りで会議室の壁にめり込ませた。
「がはぁっ!?」
「あー汚いからあんまり血吐かないで……ね!」
アデラートは蹴り飛ばしたアージェスの元まで、コツコツと靴鳴らしゆっくりと歩いた。
そして魔力を帯びた右腕で、アージェスの心臓を貫く。
「き、貴様……!?」
「えーーっと……これだね!」
「ぐぉっ……!」
思い切り心臓から腕を引き抜くと、アデラートの腕には、刻印の刻まれた小さなリングが握られていた。
アージェスの心臓には何も傷は無く、魔力を帯びた右腕で、体をすり抜けながら小さなリングだけを取り出したのだ。
「そ、それは……!?」
「君達、"聖職者達"を甘く見すぎなんだよ」
リングに刻まれていたのは聖堂国家ミュステリウムという文字だった。
「君達が万が一にでも裏切ろうものなら、このリングに埋められた毒でさよならって寸法さ」
「そんなバカな……!?」
「試してみるかい?」
「くっ……!」
アデラートの予知では、彼らの内約半分がこの毒によって死んでいた。
だからこそ王国を裏切っている貴族達を追い詰める算段がついたのだ。
心臓に埋められたこのリングが決定的な証拠足り得ると。
「今から全員の心臓を僕が確認する。まぁあんまり必要無さそうだけど……覚悟はいいかい?」
その場から逃げられる者は居なかった。
※
会議室の隅に、ボルゼキア家当主とウィーネ家当主を除く、心臓からリングが見付かった8名の貴族が、アデラートの魔法で体を縛られていた。
「この国を支える私達が居なくなればどうなるか分かっているのか!?」
レインは冷ややかな視線を向けて答える。
「貴方達がやっていたのは王国から流れ出るお金を懐に入れてただけでしょう」
「それすらも他国との太いパイプが必要なのだ!!」
「もう必要無いわ。これからこの国で戦争が始まるもの。お金や話し合いで解決する気は聖国には無いでしょうし」
貴族達の一人がレインに悔し紛れの強がりを言う。
「今さら遅いわ!聖女は既に聖国の手だ。まさか取り返しにでも行くのか?」
「もう聖女は大丈夫よ。貴方達と違ってちゃんと彼女を守る英雄がいるんだもの」
「英雄だと……!?」
ハァ……とため息をついたレインは、念の為最後確認をした。
「貴方達、本当に聖女の力を知らないのね」
「ケガを癒し、災害を少し止められるくらいだろう!?」
「……聖女には死者を蘇らせる力があるのよ」
『!?』
貴族達8人は目を見開いてレインの顔を見た。
そして一体自分達がどれ程価値のある力を手離したのかを悔やんだ。
往生際悪く、アージェスは食い下がった。
「レイン様、その話が本当なら聖国を説得して必ず聖女を連れ戻します!ですのでどうかご容赦を……!!」
「要らないと言っているでしょう。それに、戦争になっても大丈夫です」
「な、なぜ!?我々が持つ戦力が戦争には必要でしょう!?」
レインは一度アデラートの顔を見た後、会議室の窓から、煙を上げ落ちていく護送船を見上げ答えた。
「私達には人類最強の男と、世界最強の英雄がいるんですもの──」
ずっとやり取りを見守っていた国王バンクォークは口角をあげ、ニヤリと笑い一言。
「結論は出たな。我がエスタード王国は、聖女エキナを如何なる者にも渡さない!!」
レインの瞳には、この国に現れた新たな英雄の姿が映っていた。




