第8話 もう離れてなんてあげません
ルークは、ゼンデンと対峙しながら、彼女の持つ恐ろしく濃密な魔力を浴びせていた。
「どうやら、本当に力を取り戻したようですね」
「この前のおじいちゃんにも言ったけど、前と同じじゃないよ」
「ほう……?」
「あいつが、そしてユウが……あたしに新しい力をくれた……!」
「それは楽しみですね──」
ゼンデンは甲板の地面を蹴り、銃を構えながら突撃した。
ルークに向かって2発、弾丸を放ち、ルークはそれを避けることなく右の拳を引いた。
「……避けないとは」
「必要ない──」
ルークは、左肩と首元に銃弾を受けながら、魔力を込めた一撃をゼンデンに喰らわせた。
「ぐっ……」
「へぇ、止められるんだ」
ゼンデンは右手で握っていた拳銃でルークの拳を受け止めた。
その衝撃で拳銃は粉々になり、その破片がゼンデンの拳に突き刺さっていた。
「あーあ、その右手もう使えないネ」
「必要ない──」
ルークにお返しとばかりに、躊躇う事無く粉々になった拳銃の引き金を引き、爆発させた。
煙が舞い上がり、それが段々と落ち着くと右腕のもがれたゼンデンがそこにいた。
「なに?あんた達右腕無くすのが流行りなの?」
「あの爆発で無傷とは……本当に真祖の力を取り戻したのか……!」
「だからちょっと違うって言ってるじゃん」
ルークは先程受けた傷などとうに完治していた。
それを見て、ゼンデンは勝てない事を悟った。
「真祖よ、お前はこの先何を望む。聖女様を、英雄を失ったお前が、何故新たな時代を生きようしている」
ゼンデンの問い掛けに、ルークは空を見上げて答えた。
「200年……あたしは死んでた。マーネと、マーネが守ろうとした物全部があたしの手から零れた」
ゼンデンは単純に興味があった。
一度全てを失った者が何故、未だに生きようとする力を失わないのか。
ルークは答える。
「それでもユウが、新しい英雄があたしと一緒にいてくれるって言ったから──」
ルークは、背中から天使を彷彿とさせる翼を広げ、着ていた迷彩の服を自ら消し飛ばした。
代わりにルークが身に纏うのは濃密な魔力で出来た魔装。
太古の英雄と新たな英雄が彼女に与えた、彼女を守る力。
「──あたしは未来を歩いていける!!」
ルークの左手の紋章が薄紫に光り輝く。
薄紫色の魔力をその身に宿しながら、ゼンデンに人差し指を向けた。
「だから、ユウが守ろうとするものを今度こそ守ってみせる。あんたはここでさよならダヨ」
「ククク……聖女様は渡しませんよ……!」
瞬間、甲板から一直線に船艦の底までが消し飛んだ。
※
「よぉ、言った通りぶっ壊しに来たぞ。聖女様」
『!?』
俺が出入口の扉を勢いよく開けると、場内は騒然とした。
そして、この騒ぎはキスをする直前だったエキナと醜いおっさんの式を中断させた。
「へぇ~後輩君結構カッコいいじゃん。私も惚れちゃいそうだった」
「先輩、今そーゆー冗談要らないんで……」
俺が間の悪いメリア先輩にツッコミを入れた時、エキナの婚約者だろう醜い男が俺に叫んだ。
「何者だ貴様!!警備兵、早く摘まみ出せ!!」
「おっと、そういう訳にはいかないんだ。悪いなおっさん」
「なっ!?」
俺は右手の紋章を掲げ、黒色に輝かせた。
この場にいる聖国の人間に真祖の魔法を掛ける──
「ディープフリーズ!!」
俺の魔法に掛かった連中は、段々とその動きを止めた。
ルークとは違い、動かないのは下半身だけでまだ不完全にしか扱えていないが。
上半身をバタバタさせ、転がる連中は少し見ていておもしろかった。
中でもエキナの婚約者らしき小太りのおっさんは傑作だ。
「貴様!こんな事をしてタダで済むと思うなよ!?名を名乗れぇ!どこの国の人間だ!!私とエキナの初夜──婚約を邪魔するなぁ!!」
なんて小物っぽいんだ。
こいつに直接の恨みは無いが、どうせエキナの体をいたぶってやろうとか思ってたに違いない。 初夜とか言ってたし。
俺はエキナとおっさんの方に行き、メリア先輩が用意した、先の尖った靴でおっさんの顔面を踏んであげた。
「小僧がぁぁ!!足をどけろぉぉお!!」
「うるっさいんだよ。お前らにはエキナはやらんって。いい女だからな」
「黙れぇ!そいつは自らの意思で私の所に来た!お前など入る余地も無いのだ!!」
おっさんがそう言った時、隣に居たエキナが俺の名前呼んだ。
「……ユウ君」
──パチンッ
俺の左頬をエキナの右手が強く打ち付けた。
本当に、重い一発だった。
「おぉ!いいぞエキナ!」
おっさんが嬉しそうに腕をブンブン回している。うぜぇ……あとやっぱりちょっと面白い絵面だ。
エキナはそれを無視して、俺に問い掛ける。
「……どうして来たんですか。私、来ないで下さいって言いました」
「俺も言ったよな。必ず奪いに来るって」
俺はエキナに右手を差し出したが、エキナはそれを払いのけた。
「その手は取らないとも言いました……!」
「そうだ!お前はもう私の女なのだぁ!!」
「ちょっと黙ってて下さい!!」
「え……は、はい……」
本当に憐れなおっさんだな……
俺はじっとエキナの瞳を見つめ、エキナの言葉を待った。
「……ユウ君、自分が何をしたか解ってますか?」
「お前を奪いに来ただけだが?」
「だから、それをしたら戦争になってしまうと解ってるんですか!?」
「あぁ。それが何?」
「何って……何の為に私が我慢して……!」
「……やっぱり、我慢してんじゃねーか」
「っ……!」
ようやくエキナが本音を口にしてくれたので、いいタイミングだ。
ここに集まっているのは謂わば、聖国の中枢を担っている奴らの集まりだし、宣誓させて貰おう。
「おい、そこに転がってる奴ら、よーく聞けよ……!」
俺は大きく息を吸い込んだ。
レインさんが必ず王国のお偉方を説得してくれる。
だから、これは王国の見解だ。
「聖女はお前ら聖国にはやらん!!!」
絶対に。エキナを利用する奴らは俺が全てぶっ飛ばす。
「これはエスタード王国の決定だ!このまま花嫁は俺が貰って行くから、お前らは手ぶらで帰るんだな、ハッハッハ!!」
下半身を固められ、腕だけで抵抗を表現する聖国の連中。だから面白いんだってそれ。
その内の何人かは俺に罵声を浴びせてきた。
「エスタード王国は戦争でもするつもりか!?」
「貴様の顔は覚えたぞ……必ず殺してやる!!」
「報復に怯えながら日々を過ごす事になるぞ……!」
報復に戦争か……
くだらない。エキナの幸せとの天秤に掛けて、傾く要素は一つも無い。
だから──
「かかってこい!!世界最強の吸血鬼が相手をしてやる!!!」
出入口の前でメリア先輩と目が合った。
彼女はぐっ、と俺に親指を向けてくれた。
そして、「グループスリープ」と呪文を唱え、30人程の人間を眠らせた。
そして、メリア先輩は限界まで魔力を使い切り、貧血で倒れてしまった。
きっと、俺とエキナを2人きりにしてくれたのだ。
──ありがとう、先輩。
さて後は……
「……何なんですか、今の……」
「言った通りだ。レインさんが王国のお偉方を説得してくれてる。お前が聖国に行く必要は無いんだ」
「そうじゃありません!どうして私一人の為に戦争を……!?」
俺は、エキナの問いには答えず、この部屋に入ってすぐに思った事を口にした。
「ドレス、似合ってるよ。本当に綺麗だエキナ」
「……ちゃんと答えて下さい。私はそんなこと聞いてません」
エキナは俺を睨みながら、心底軽蔑したような顔をしていた。
……ちゃんと答えるか。
「……俺はお前を見捨てられなかった」
「……ユウ君以前言ってましたよね、初恋の人に似てたからって。それの続きですか……?」
「違う。俺はお前個人を見てそう思っただけだ」
「ははっ、もしかして私の体目当てですか?やっぱりあの時してたら良かったって。今さら思ったんですよね!?」
「違うって言ってるだろ」
「……なら……!!」
エキナは下を向いて、涙を溢しながらその小さな両手で俺の胸を叩いた。
「中途半端な同情でこんな事したんですか……!?」
「同情なんかでこんな事するかよ」
「迷惑なんですよ!私の決意を何だと思ってるんですか!!」
「……それは悪かったと思ってる」
そう言った時、エキナは俺の方を激しい怒りを伴った顔で見せた。
「悪いと思うならさっさと王国に帰って下さい!私の事なんか好きでもないくせに!!」
「何とも思ってない奴の為にここまでするかよ」
「嘘付かないで下さい!ルークがいるのに……!」
「あーもう。うるさい奴だな!」
「うるさいってなん──」
──エキナが何かを言おうとしたが、それを俺の唇で塞いだ。
「……これで分かったか……?」
数秒の後、唇を離しエキナの顔を見つめた。
きっと俺の顔は真っ赤になっていることだろう。
エキナは何も表情を変えない。
ただ、一言。
「……分かりません。はっきり言って下さい」
俺が逃げるのを許さなかった。
だから、ちゃんと言葉にして、俺の想いを伝えた。
「エキナ、お前が好きだ。だから一緒に帰──」
エキナははっきり言えと言ったのに、最後まで聞かず俺に飛び付いてきた。
もう一度俺の唇に自分の唇を重ねながら。
バランスを崩し倒れ込んだ俺達は、随分と長い時間キスをしていた気がする。
ようやく唇を離したエキナは、髪の毛で顔を隠し、その表情を窺わせてくれない。
「私……思ってるより重いですよ?」
「知ってる。怒ると怖いのも」
「ルーク以外との浮気は絶対許しません」
「別にルークの事は……」
「好きなんですよね、知ってます。ずっとユウ君を見てましたから」
敵わない、そう思った。
「もし、ルークの事を蔑ろにしたら怒りますから」
「お前はそれでいいのか?」
「ユウ君がどっちか一人を選べないヘタレさんだってよーく分かりましたから。ならどっちも幸せにして貰います」
エキナはようやく顔を上げて、満面の笑みを向けてくれた。
その顔に涙は無く、太陽の輝きのような眩しさで言う。
「もう離れてなんてあげませんから。……責任、取って下さいね」
──俺はエキナを強く抱きしめて、もう一度だけキスをした。




