第3話 君には覚悟があるかい?
「どういう事だアデラート!!!」
俺は今、アデラート学園の学園長室に一人で乗り込みに来ていた。
理由は、昨日ルークからエキナが精霊と契約した聖女であるという事が、全世界に向けて発表されたと聞いたからだ。
今日は秘書の人は席を外しているようだ。
「お前が居ながらどうして──」
「やられたよ。僕も今回の件は頭に来ている……!」
「!? 何があった!?」
アデラートは椅子に座ったまま、俺に背を向けて語りだした。
「一週間程前の事だ──」
※
「先生、奴はどこに?」
「こっちよ」
アデラートはエスタード王国の王宮。その地下牢獄来ていた。
先生と呼ばれたのは【レイン・セル・エスタード】この国では珍しく黒髪で、あまり飾り気の無いシンプルな白いドレスを気に入ってよく着用している。シンプルが故に際立った胸元は見た者を魅力する。
2人が、なぜわざわざ犯罪者を捕らえている地下牢獄まで来たのか。
答えは地下牢獄の最奥、極一部の凶悪犯が収容される場所に捕らえられている人物に用があったからだ。
レイン達が目的の人物の前に辿り着く。
「おや?珍しいお客様ですなぁ。いよいよ処刑のお時間ですかな?」
飄々と答えた老人は右腕が根元から千切れ、頬はこけ、紳士風の堂々としていた肉体は見る影を残していなかった。
以前、ユウ達を襲撃した要注意団体"聖職者達"の一人だ。
「ほっほっほ……今さらこの老木に何の用ですかな?」
アデラートは檻の中で座り込んでいる男を見下ろし、恐ろしく冷たい殺気を放ちながら問う。
「貴様が"聖職者達"幹部のキングだな?」
「お若いの、よく調べましたなぁ」
「貴様のせいで僕の貴重な時間が奪われているんだ。無駄話はよせ」
「ほっほっほ、これは失礼」
「ディープフリーズ状態で眠っていたから殺せなかっただけだ。あまり調子に乗るなよ」
「おぉ……おっかないですなぁ」
さらに、圧力を強め質問を続ける。
「聖堂国家ミュステリウムに聖女を発見したと報告したな……!?」
「えぇ、1日程時間があったので我らが治める国へ容姿が写った写真、それと名前を綴った文書を送りましたぞ」
「貴様……!!」
アデラートは檻をガシッと掴み、鬼の形相を見せていた。
普段の冷静な彼からは想像もつかない姿だ。
「アデ君、落ち着きなさい……」
「……先生、僕はっ──」
「分かっているから。今は冷静に。ね?」
「……すみません」
レインに優しく諌められ、少しずつ落ち着きを取り戻したアデラートに、キングと呼ばれた男は煽るように言う。
「おや、貴方の顔……よく見れば覚えがある。髪の色が変わっていて気付きませんでしたが──あの時の少年。今日はご友人は居ないのですか?」
「──殺す!!!」
「アデ君!!止めなさい!!!」
レインは、涙を流しながら檻からアデラートを引き離す。
そして、アデラートの頬を思いきり手のひらで打ち付けた。
「冷静になりなさい。今この男を殺してもシー君は喜ばないわ。どうしても殺したいなら私を殺してからにしなさい」
「……っ……先生っ、僕は……こいつらを一人残らず殺す為にここまで……!!」
歯を食い縛りすぎて口から血を流しながらも食い下がる。
「駄目よ。この男にはまだ利用価値がある」
「……クソォ……シーエル……!!!」
牢獄の床に自らの拳を叩き付けたアデラート。
人類最強と呼ばれた男は、その身に宿した尽きる事のない復讐の炎を、今は静かに抑え込んだ。
※
「つまり……あの爺さんがエキナが聖女だと広めたって事か?」
「あぁ、そしてこれが昨日聖堂国家ミュステリウムからエスタード王国に届いた文書だ」
アデラートから、コピーされたであろう文書を一枚受け取る。
そこには──
「おい、エキナを渡せってどういうことだ!?」
「文書の通りだよ。聖女とはこの世界の希望だ。魔を払い、人間を導く存在──都合良く解釈すればね」
「……?」
アデラートが含みを持たせた言い方をしたので続きを待った。
「先代の聖女は"聖職者達"によって拘束され、災害が起こればその奇跡を行使させ、病気が蔓延すれば癒しの力を世界にバラ撒く。後は聖女の力を継いだ子供を産む為の道具として利用された。結局精霊と契約できる聖女は200年生まれてこなかったけどね」
「また"聖職者達"か……!」
ルークを失いそうになった原因である、あのクソジジイの顔が俺の頭を過った。
アデラートは俺の苦い顔を見て、「さて」と続けた。
「エスタード王国がこの文書に対して出した結論だが──」
「んなもん当然却下だ!酷い扱いをされると分かってて──」
「残念ながらエキナ君を引き渡す方向で話がまとまった」
その言葉を聞いた瞬間、俺はアデラートの胸ぐらを掴み掛かっていた。
「もう一度言ってみろ。殺すぞ?」
「……君に人が殺せるのかい?」
「!」
「やはりまだ克服していないのか。──人の死を」
「お前に俺の何が分かる……!」
こいつに分かるのは未来の事だ。
過去の事など知るはずが無い。
アデラートがパチン、と指を鳴らすと俺は部屋の壁へ弾き飛ばされた。
「いてぇっ!
「僕はあくまで国の見解を伝えただけだ。早とちりしなでくれ」
「……何が言いたい?」
「夕、僕からの極秘ミッションだ。君が集められる最高のメンバーでエキナ君を守れ……!
……なかなか良い事言うじゃないか。
しかし、あともう一押し欲しいな。
「お前は待ってるだけか?」
「まさか──作戦進行の指揮はこの僕が執る!」
「そうこなくっちゃな!」
立ち上がりながら、アデラートの考えを聞いた。
アデラートは概要を説明する。
「予知では、明日にでも聖国から使者が送られてくる。エキナ君を1度は渡さなければいけないだろう。引き渡した後、彼女を極秘裏に奪還するんだ。とにかく今は僕が国と交渉する時間が欲しいからね」
「お前、何でエキナにそこまで拘る?」
「彼女は僕の学園の生徒だ。守るのは当然だろう?」
嘘くせぇ……
まぁいい、俺達の目的は一致している。
──絶対にエキナは渡さない。
「成功確率は?」
「50%だね」
「そんだけありゃ十分だ!」
早速メンバーを集める為、学園長室を出ようすると──
「夕、出来れば少数精鋭がいい。メンバーは5人までだ」
「どっちにしろそんなに友達いねぇよ。思い付く人数とピッタリだ」
「分かった。それと、エキナ君の話をちゃんと聞いてあげるんだよ。そこが成功確率を大きく変える要因だ」
「了解だ!」
アデラートは「最後に」と付け加えてきた。
「今の君は真祖の力を持っているのかい?」
「……今の俺はただの吸血鬼だ。真祖の力は全てルークに返した。でも──」
「……?」
一呼吸置いた後、今度こそ扉に手を掛け、背を向けて続きを口にする。
「──俺とルーク、今は2人で世界最強だ」
「最高の答えだ。行ってこい!!」
学園長室を出て、思い付いた5人の元へ急ぐ。
必ずエキナは守ってみせると、決意を固めながら──
※
──時はユウが上級生メリアに土下座をしていた時に巻き戻る。
エキナはユウに自分を痛め付けた女を見張るように言われ、大人しく廊下で待っていた。
「ユウ君大丈夫かなぁ……」
一体彼がメリア相手に何をするのか……
大方の予想は付いていた。
ルーク相手にスライディング土下座を敢行したメンタルの持ち主だ。
自分を守る為なら土下座くらいやってしまうかもしれない。
しかし、止める間も無く中庭に行かれ、またこのリーダー格の女の子も放ってはおけず、エキナはやきもきするばかりであった。
「うっ……」
「あ……だ、大丈夫ですか……?」
「……!はい、大丈夫です。お手数をお掛けして申し訳ありません」
エキナは自分を痛め付けている時とは真逆の態度に驚きを隠す事が出来なかった。
「い、いえっ……でも、もうああいう事は止めて下さい……」
「えぇ、大丈夫です。もう試練の序章は終わりました」
「え、試練って……?」
「どれだけ傷付けられても折れない心を持つか、そういう試練です」
「あの……意味が分からないんですけど……」
急に殊勝な態度を見せた彼女はエキナに向かって手を地面につけそこに頭を乗せる。
「ずっとお待ちしておりました聖女様──」
※
「さて、まずは皆集まってくれてありがとう」
俺は学園長室から出て、すぐに思い付いた5人の元を訪れ、3時間後少々狭いが寮の自室に来て貰っていた。
「まさかエキナちゃんが聖女だとはなぁ」
「そうだね、でも彼女も僕の国民だ。必ず守ってみせるさ」
「ちょっとユウ!狭いんだけど!!」
「え、後輩君何で私呼ばれたの?」
さすがに5人も居たら色々ときついな……
集まってくれたのは、レオン、オリウス、ルーク、そしてメリア先輩だ。
俺はとりあえず一番エキナと面識が無いメリア先輩の疑問に答える事にした。
「先輩、俺友達いないんですよ」
「あ~女の子を殴り飛ばせる性格だもんね!」
「しかも顔面をね!ハッハッハ!」
……この場に居た全員から冷ややかな視線を感じた。
静かになってくれてありがとう。
「ま、楽しそうだから手伝ってあげるよ!感謝しなよ後輩君」
「先輩……ありがとうございます!」
俺達は今小さめのテーブルを囲って立っている。
俺はそのテーブルの中心に例の文書を置いた。
「皆、明日になると聖堂国家ミュステリウムから使者が送られてくる。恐らくは軍艦3隻程で乗り込んでくるだろう」
全員がきちんと俺の言葉を聞いていてくれる。
皆と目を合わせながら、続きを説明した。
「1度はエキナを向こうに渡し、渡した上で隠密に奪い去る。あいつらには手ぶらで帰って貰う」
俺がここまで説明を終えると、ルークが「はーい!」と手を挙げた。
「ほい、ルーク」
「それさ、そもそもその軍艦消し飛ばしちゃうのはダメなの?」
「駄目だな。んなことしたら戦争待った無しだ」
「いいじゃん!今のあたしならまとめて吹き飛ばせるし!」
「ハイハイ却下却下」
「ムゥーーー」
しかし、これは聖国と戦争にまで発展してもおかしくない状況だ。
最悪の未来も考えるべきだな。
同じ事を思ったのかオリウスが口を開く。
「発言いいかい?」
「あぁ」
俺が返事をすると、オリウスはこく、と頷いて話し始める。
「これは少しでも下手を打つと即戦争となる問題だ。国の貴族方としてはさっさとエキナさんを手放したいんだ」
「アデラートからもそう聞いた。でも易々聖女を手放すとは欲が無いんだな」
俺の感想にオリウスは否定の言葉を返してきた。
「易々じゃ無いさ。聖国は彼らが保有する領土の70%、さらに国一つを興せるだけの金額を差し出してきた」
「な!?たった一人の人間の為にそこまでするのか!?」
俺の問い掛けにオリウスは顔を横に振る。
「人間じゃない。"聖女"の為だよ」
「それだけの価値がエキナにはあるのか……」
「さぁね。それに聖国はこの先、聖女が起こす奇跡は全て、我が国にも恩恵を与えると言っている。ここまでされちゃあ、ね……」
この場にいる全員がオリウスの言葉に沈黙してしまう。
「もしも国にエキナさんを守る方針を選ばせるなら、これらを越える価値を国に示さなくてはならないんだ」
オリウスは俺の意思を確認する為に、瞳に強い力を宿して聞いてくる。
「リレミト伯爵、君には覚悟があるかい?」
「……何の覚悟だ?」
「たった一人の女の子の為に、聖国……あるいは世界を敵に回す覚悟だ」
大袈裟……とは言えないな。
この国だって敵になるかも知れない。
それでも、答えなんて決まりきっている。
「エキナの為なら──全てを壊してやる」
「よく言った」
その場にいた全員が俺の言葉にそれぞれの反応を示した。
「俺は聞かなくても分かってたけどな!」
「ユウがヘタレたら本気でぶっ飛ばしてた所ダヨ。まぁこういう時だけはヘタレないの、知ってるけどネ」
「やるじゃん後輩君!後であたしがご褒美あげようじゃない」
メリア先輩の言葉に「ハァ!?」と睨むルーク。
オリウスは「まぁまぁ」と宥めながら、俺に問う。
「それと、作戦の指揮は誰が?」
「アデラートだ。あいつが無線を使って俺達を誘導してくれる」
全員からおぉ~と感嘆の声が上がる。
中でもレオンは人一倍感心しているようだ。
「学園長が指揮を執るなら怖いもん無しだな!」
「へぇ~やっぱ凄いんだね学園長って」
「そりゃ勿論っすよ!あの予知に敵うもんなんかない!何より──」
レオンがメリア先輩に、アデラートの凄さを語ろうとし始めたのをオリウスが遮る。
「一番の問題なんだけど、エキナさんはどう思っているんだい?」
「え?そりゃここに居たいだろう?」
「万が一、彼女自身が別に聖国に行ってもいいと思っているとどうしようも無いけど……確認は?」
「き、聞いてない……」
「ユウ……」
ルークまで俺を残念そうな顔で見ないでくれ……
「ほら、行って来なよ。寮に居るはずだろう?」
「あ、あぁ作戦は皆で詰めといてくれ!後でルークから聞いておくから!」
「おい、ここまで人任せなリーダーがいるか?」
うるさいぞレオン。
とにかく、後は皆に任せ俺はエキナの元へ向かった。
エキナから大事な話があるというのを忘れて──




