第2話 私の大好きな人
「ユウ君、おはようございます」
「あ、エキナかおはよ~」
今日の1限目に選択していた授業が同じだった俺とエキナ。
俺は空いていたエキナの隣の席に座る。
彼女は教室に時刻ギリギリでやってきた俺に優しい笑顔を向けてくれた。
「ユウ君って本当朝が苦手ですよね」
「あぁ体質的には夜行性だからな……」
「そういうものなんですか?」
「……ふぁあ~……見ての通りだよ……」
エキナには俺とルークが吸血鬼であり、主従の契約を結んでいること、俺が異世界から来たこと、全てを話した。
話した後彼女は、「だからって私から見たユウ君とルークは何も変わりません。ずっと私の大切な人達です」と言ってくれた。見よ、これが天使である。
そんな天使が俺に好意を寄せてくれている(はずだ)、これ以上天使な事などあるだろうか──いや天使!!
言葉の使い方を忘れてしまった俺のアホ面を見たエキナは、少し顔色が悪い様だ。
「……寝不足か?」
「え?い、いや大丈夫ですよ」
「無理すんなよ?」
──ガラガラガラと、ドアを開け教授がやって来た。
授業中も横目でエキナを見やるが、やはり体調が優れないようだ。
エアコンで冷えない様に持っていた膝掛けをエキナに渡し、小声で「あんま冷やすなよ」と言った。
「ユウ君、何か勘違いしてませんか?」
「え?」
「ふふ、でも嬉しいです。ありがとうございます」
小声でやり取りをしつつ、受け取った膝掛けを嬉しそうに、頬を赤くしながらも使ってくれるエキナ。
さて、そろそろ真面目に授業を聞くか。
「哲学的な観点、それから我らが持つ魔力、それを持って繊細な力加減により加熱し続けることで発生する──」
うぉ、ヤバいヤバいめっちゃ難しそうな事言ってる──
「イースト菌の働きは──」
「パンを膨らませる事くらいだよ!?」
大声でツッコんでしまった!!
教室中の視線を集めた俺に教授は──
「素晴らしい!ミスターユウ!!ぜひ、前へ来たまえ、ここまで私の講義を理解している生徒は君が初めてだ!!」
パチパチパチ……とまばらな拍手が聞こえてくる。
エキナと離れて前の席へ移動させられた俺は、そこから講義が終わるまで、熱心にイースト菌について、とくとくと語られるのだった。
※
「俺達は何の講義を取ったんだ……?」
「えぇっと……」
地獄の講義から解放され、2限が空きコマだった俺とエキナ。
1限目で作ったパンをもしゃもしゃと、ぼっち御用達の中庭で、少し早いが昼食代わりにしていた。
ほんのりと温かく、塩気のあるパンは優しい味がした。
「魔術的側面と哲学的な知見を組み合わせて起きる──」
あれ、だよな。そうそう、ちゃんとした講義名だったはずだ。
「──イースト菌とは」
「だからパンを焼けるくらいだよ!」
「しかもこれ必修です……」
日本にいた頃に読んだ本で似たようなネタを見たことがあるが、まさか自分が体験する事になるとは……
しかも必修だと!?
アデラートはこの学園で何を教えたいんだよ……
「ま、まぁ食糧難に陥った時、こういう知識は役に立ちますから」
「いや……否定はしないけどさ……」
「……あ、ユウ君すみません、お手洗いに行ってきますね!」
「はいよ」
エキナは余ったパンを俺に預け、中庭から廊下へと続く扉を開けて、すたすたと駆けて行った。
あぁ……そろそろジャムが欲しい……
※
「遅いわよ」
「す……すみません……」
私がユウ君の元を離れたのは、お手洗いに行きたかったからではありません。
ここ1週間程、ディセートさんの取り巻きさん達に、1日に1,2度こうして呼び出しをされるんです……
手に持った鏡をキラキラ反射させる──これが合図です。
ユウ君には嘘をついてしまい申し訳がありません。
女性の5人組に中庭を出てすぐの廊下で囲まれ、足がすくんでしまいました。
「あんた最近調子に乗ってない?」
「そうそう!友達が出来ないからって男にすり寄って!」
「あの学園長の弟?顔は普通だし、性格も終わってるのにどこがいいの?まぁ身分だけはそこそこだけど!あ、それ目当て?」
「あんた顔とスタイルだけはいいもんねぇ。体使えば男なんてチョロいし~?」
「ユ、ユウ君はそんなことは!……あ、ありませ、ん……」
「はぁ?なに?はっきり言ってみろよ!!」
く、悔しいです。ユウ君のどへんたいさんな所だけは否定できません……
でも、ユウ君は私を仲間だと言ってくれました。
ここに居てもいいと言ってくれました。
だから──
「私の大好きな人をバカにしないで下さい!!」
「……あんた一回ちゃんと教育した方がいいみたいね。みんな──」
取り巻き達さんの中でもリーダー格の方が私の髪を掴み、誰も居ない女子トイレに連れ込みました。
ちょっと痛いですが、ユウ君をバカにされたままでいるよりかはずっといいです。
私の髪を掴んだ方を中心に、他の4人が私の手足を押さえつけ、私の左頬に平手打ちが飛んできました。
「っ!」
「痛い~?あんたに暴言吐かれたうちらの心の方が傷付いてるんですけど、ね!!」
今度は腹部を殴られ、倒れそうになりました。
しかし、倒れる事は私の手足を押さえつけている4人が許しません。
「ユウ……君……」
「ちっ、男にすがってこのビッチが──」
ごめんなさいユウ君、戻るのが遅くなるかもしれません。
私がそう思い、また彼女が私を殴ろうとした時、女子トイレの扉が蹴破られ──
「お~いあんたら、なにやってんの?」
※
「……おそい」
エキナの奴、もう20分は経つぞ……?
いやいや、女性用トイレはよく混んでるのを見るし、そういうものなのかも知れない。
それに──まぁエキナも言われたくはないか。 今朝、体調悪そうだったしなぁ。
俺がうんうん、と一人で納得しようとしていると何やら廊下で物音が聞こえる。
「……カニシナイデ……サイ!」
「ん?」
俺の五感は、吸血鬼となった事で人間のそれよりも桁違いに上がっており、かなり遠くの物音でも聞こえる。
耳を澄まし、さらに音を拾う──
──パン!!
おいおい……何が起こったのか大体分かっちゃったぞ。
よし、殺すか──
※
「あんた、学園長の……!」
「ユウ・ジル・リレミトでーす。──エキナ無事か?」
「ユウ君……どうしここに……!?」
躊躇う事無く女子トイレの扉を蹴り飛ばし、醜い顔と心を持った汚物達と対面する。
当然エキナは含まれていない。ここ大事。
「まぁ……言いたい事は色々あるが……まずそこの4人、エキナを離そうか?」
ポケットに突っ込んで右手の紋章の光を見せないように注意し、冷たい魔力を浴びせてやる。
「ひぃっ……!!」
俺の魔力を肌で感じ取り、慌ててエキナを離した。
コントロールが効かず、エキナにも浴びせてしまったが、全員が動かなくなったのでまぁ上々だな。
汚物達が怯えきった面で俺を見上げている。
「あーいいね!そのまま醜い顔のままでいてくれよ?何の躊躇いも無くボコボコに出来るから!!」
「じょ、女子を殴るつもり!?この学園でひどい噂が流れるわよ……!」
「それ、自分が噂を流しますって事か?え、流せると思ってるの?」
「はぁ……!?さっきから何なのよペラペラと!!」
こいつらはまだ分かっていないようだな──
「お前らにはなぁ……この先腕のいい医者を探す日々が待ってるんだよ!!!」
手始めに、エキナの髪を掴み暴力を浴びせたリーダー格の女の顔面を、容赦無く殴り飛ばした。
「キャァァアー!!」
「ほ……本当にやりやがった……!」
「やかましい!お前ら全員病院送りにしてやるからそこで大人しくしとけ」
殴り飛ばした先で倒れているリーダー格の女の髪を掴み立たせる。
一撃で彼女は鼻が折れ曲がり、顔面のあらゆる所から血を流していた。
「……い……痛い……あんだぁ、よくも……!!」
「おーおーまだまだ元気だなぁ。エキナが受けた痛みはこんなもんじゃないぞ……!!」
「ユウ君!もう止めてください!!」
俺の魔力の余波から立ち直ったエキナ。
彼女は再び殴ろうとしていた俺の右腕に抱き付いて止めてきた。
「やりすぎです!!私はもう大丈夫ですから……!」
「……」
エキナは血に染まった俺の右の拳を、震えた手で抱え込み泣いている。
「すみません……私が弱いせいでこうなったんです。ユウ君、本当にすみません……」
周りの凄惨さを見て、やり過ぎたのだと実感する。
モブ女ども4人は震え上がり、女子トイレの床には意識を失ったリーダー格の女の血が飛び散っている。
「……悪かった。エキナ、もう何もしないから少し出ていっててくれるか?」
「え……?は、はい……」
俺は元々別の用がこいつらにはあったのだ。
丁度いいから今済ませてしまおう。
「お前ら」
『はい……!』
無駄な抵抗はしないという意思を感じる、統率の取れた返事だ。
「"聖職者達"って知ってるよな?」
「……」
4人は顔を見合わせて本当に分からないという様な顔をする。
「なら、伸びてる女か……まぁそっちは後にするか。お前ら、どうしてエキナを狙う?」
栄養失調を疑う程ガリガリに痩せたモブA子さんが答える。
「そ、それがディセート様の意思ですから……」
「違うな。あいつは公衆の面前でオリウスの為にエキナを遠ざけるだけだ。こんな闇討ちはしない……!」
「ひぃ、お、お許しを……!」
俺が語気を荒げ、睨み付けると頭を下げ許しを媚びてくる。
「そうやってディセートにも許して貰ったのか?本当情けない奴らだな!」
ハッハッハと、大仰に笑ってやった。
こいつらのなけなしのプライドをへし折る様に。
ここまですれば、もう俺達に楯突くことは無いだろう。
──だが、一応念のため最後の一押しだ。
「次にもし俺達に余計な事をしでかしたらエキナが止めても関係ない。──皆殺しだ。分かったな!?」
『はい!!!』
息を揃えて返事をする4人は、我先にと女子トイレから出て行った。
全く、二度と俺達の前に現れないで欲しい連中だ。
残ったのはずっと伸びてる女だな。
どうしたもんかなー。
血だらけのトイレを掃除する為にも一度エキナに声を掛けるか。
そう思い伸びてる女を左肩に担ぎ、扉を開けようとした。
すると、何やら話し声が──
「あ、待って下さいませんか?今全部埋まってて……」
「この人の少ない中庭のトイレが?どっちにしろお化粧直しするだけだしいいでしょ?」
「あっ!!」
ガチャ……と扉が開き、薄暗い室内に光の筋が入り込む。
「……あんた、何やってんの……!?」
滝川夕、終了のお知らせ──
※
「お願いします!見逃して下さい!!」
「えぇ~人に土下座されるのってこんな感じなんだ~踏んでみてもいい?」
俺はこの世界に来て、二度目の土下座を決行しております。
「どうぞ!!見逃して貰えるなら如何様にもして下さい!!」
「え、キモっ……引くわ……」
「そこを何とか!!!」
間の悪い事に、女子トイレで血塗れの女子を担いでいる所を見られるという、奇怪な状況を見られてしまったのだ。
慌てて中庭まで来て貰い、土下座で見逃して貰うしか道は無かった。
頭くらいいくらでも踏んでくれ!
美少女に踏んで貰えるならむしろご褒美!!
「ハァ……もういいって何かあったんでしょ?」
頭を上げると、彼女はやれやれと言った感じで手をヒラヒラしてくれた。
「あの子、平民の子でしょ?伸びてるのはあの公爵令嬢の取り巻き……状況みたら何となく分かるしね」
「ありがとうございます!!」
再び頭を下げお礼を言った。
そうしている俺に、彼女は膝を着き頭をポンポンとしてくれた。
「偉いね。女の子を守る為によく頑張った」
俺の心に彼女の言葉は優しく染み込んできた。
あぁ、今の一言だけでも心が癒されていくのを感じる。
「ほら、頭を上げて。私はメリア──メリア・アン・ウィーネ3年生。君はユウ君でしょ?1回の昇進で伯爵になった」
「は、はいでもどうして……」
「有名だよ君~、私も君だから何かあったんだろうなって思ったし」
メリアと名乗った彼女は、すらっと手足が長く、毛先を少し遊ばせている。俺よりは低いが背の高いギャルっぽい人だった。
それよりも……
3年生!?しかも姉御肌の先輩だと!?
この後俺が取れる行動は一つだけだった。
「じぇんぱい~!ありがとうございますぅ~!!」
「うぇっ抱き付いてくるなー!」
俺は年上の先輩をゲットした!
まぁ精神年齢は俺の方が上だけど。
メリア先輩は俺の顔面を押し退けながら、廊下の方を指差した。
「もうっ!それより君はあっちを何とかしたら?」
メリア先輩が言ったのは、伸びている女をエキナに廊下で見て貰っている事だ。
さすがに土下座してる所を見せたら、エキナに止められると思ったからな……
「そうですね、先輩今日は本当に──」
『ユウーーーーーー!!!』
ん?なんだ?上の方からルークの声が……するよう、な?
「大変だよーーーー!!!」
「うわ、お前何で学園内に!?」
ルークは、吹き抜けになっている中庭の屋上から飛び降りて、俺の元までやってきた。
この学園の屋上までの高さは軽く13mを越えているがな……
「え!?ちょ、後輩君、今その子飛び降りて来た!?」
「ハハハ、そんな訳無いじゃないですか。錯覚ですよ」
「……え?そ、そうよねいくら魔法を使えるからってさすがに無事では済まない高さだもんね……」
「そうですよ!ハハハ!」
俺が無理矢理誤魔化しいると、ルークが俺の脇腹を小突いてきた。
「ちょっとユウ、誰その女」
「あぁこちらはメリア先輩、……まぁ色々あったんだ」
「ふーん……」
「それと先輩、こいつはルーク。俺の……親戚みたいな奴です」
「よ、よろしくね。ルークちゃん」
「うん、ヨロシク」
ルークは、ずっとジト目で対応していたが、自分がここに来た目的を思い出すと慌てて一言──
「大変なんだよ!エキナが聖女だって世界中に知られちゃった!!」




