第1話 ただ一人、貴方の為に
伝説の吸血姫ルーク・エリザヴェートを余命1ヶ月の運命から解き放つ。
そう決め、彼女を救う為に闘ったあの数日から2ヶ月程の時間が流れていた。現在6月後半、季節はもうすぐ夏──
「なぁレオン、彼女って出来たことあるか?」
「唐突だな?いや、無いけど」
俺【滝川夕──この世界ではユウ・ジル・リレミト】は、俺よりも背が少し高く短めの茶髪の爽やかイケメン【レオン・デル・ハーミット】と、
夏に向けて衣替えをした薄手のシャツをパタパタさせて涼みながら、次の授業に出席する為に廊下を歩いていた。
「ハッ、すまない。相談する相手を間違えたな」
「え?何お前、俺以外に相談する相手を作ってから今のセリフを言ってくれ」
険悪な雰囲気だが、こいつとの絡みはいつもこんな感じだ。
ちなみに前の世界を含めても友人と言えるのはこいつだけ──
悲しくなってきた……
「……まぁお前でいっか」
「まだ相談を受けて貰えると思っているお前にびっくりだよ」
そんな事を言いつつも、結局聞いてくれるんだよなぁ。本当いい奴。
「俺さ、今2人の超絶可愛い女の子から言い寄られてるんだよね。どうすりゃいいと思う?」
「死ねばいいんじゃないか?」
「真面目に聞いてくれよ。結構真剣に悩んでるんだから……」
俺のげんなりした顔から何かを察したのか、レオンはため息を付きつつも本腰を入れて俺の話に耳を傾けてくれた。
「ハァ……分かったよ。何があったんだよ?」
「それが──」
※
「ユウ君!」
「ユウ!」
『どっちがいいの(ですか)!!』
2人の女の子に詰め寄られている俺。
俺を君付けで呼んだのは【エキナ】前髪を右目が若干隠れるように斜めに切り揃え、ボブっぽいグレーの髪で胸の大きい美少女だ。
そしてもう1人──
世界最強の吸血姫、太古の英雄と契約を交わし、死の運命から解き放たれた【ルーク・エリザヴェート】
俺を吸血鬼にした張本人で、現在は俺と新たに契約を結んでおり、それぞれの右手の甲には特徴的な紋章が浮かんでいる。
彼女は、持ち前の色素の抜けた美しい薄紫の長髪を靡かせた、こちらも掛け値無しの美少女。
さて、何故俺がこんなにも責められているのか──
答えは簡潔だ。
一体どちらとデートに行くのか。
一週間程答えをはぐらかし、のらりくらりとやってきたのだが……いよいよ痺れを切らしたらしい。
「え、えーと3人で遊びに行くのじゃ駄目なのか?」
「出たよ、ユウのヘタレモード」
「確かに3人でお出掛けするのも楽しいですけど、たまには一人占めしたい時だってあるんですから……」
呆れた様に肩をすくめるルーク。
エキナの方はと言えば、もじもじと可愛い事を言っている。
しかしだな……
「俺達別に付き合ってる訳じゃないんだし、一人占めも何も無いだろ?」
『!』
2人はヒソヒソと話し始めた。
──同時にルークがパチンと指を鳴らすと、俺の耳は何の音も拾わなくなった。
(た、確かに私告白とかはしてません……!)
(あたしは好きだって伝えたけど特に何も言われてナイ……)
(ユウ君……ヘタレさんだとは思ってましたけどそこまでとは……)
(エキナの気持ちにも気付いてるかちょっと怪しいネ……)
(さ、さすがに気付いてくれてるはずですけど……何も言ってくれませんね……)
(これは──強行手段に出るしかない!)
(どっちが勝っても恨みっこ無しですよ!)
(ヒヒ、負ける気は無いよ!)
(わ、私だって!!)
お話合いが終わったのか、俺の耳に仕掛けられていた耳栓代わりの魔法陣が解かれた。
「……結論は出たか?」
エキナとルークはお互いに顔を見て頷き合う。
「ユウ君」
「ユウ」
冒頭と同じ様に、それぞれが俺の名前を呼んだ。
な、なんだ……?
2人から割と真剣な雰囲気を感じる。
一呼吸置いた後、口を揃えて──
『大事なお話があります』
2人の乙女は、絶対に逃がさない──そんな強い意志を俺にぶつけてきた。
※
「あれ絶対告白されるよ俺!?」
「んだよ、真面目に聞いて損したわ」
「あぁ!?何でだよ!?」
「だってお前が出せる"答え"なんか分かりきってるし」
「ハァ?それが出せないから困ってるんだろう?」
やっぱり相談する相手を間違えたな。
俺達は次の授業の教室のドアを開け、後ろから3番目くらいのドアから離れた席に着いた。
どうでもいいがこの学園、高校と同じ様に教師が来るスタイルじゃ無いのがだるい。
学園長であり、戸籍上の兄でもある【アデラート・ジル・リレミト】は、どうやら自主性を大切にしているらしい。
まぁ、イマドキの高校はこうして自分達で受ける授業を選択する、大学の様なスタイルも増えてきているみたいだが。
レオンが教科書をカバンから取り出しながら、先程の話を続けてきた。
「でもあれだな、これで告白とかじゃ無かったら、それこそ死ねるくらい恥ずかしいな!」
「そ、それは……」
「お前鈍感男っぽいのに、よくされても無いことでそこまで悩めるよな」
「バカ野郎、俺は鈍感どころか超敏感なんだ」
今でこそ10代の見た目だが、中身は25年間童貞を貫いた男だぞ。魔法使いも危うし……
マジでこれが勘違いなら、本当に天に召されちゃうよ俺?
「ま、頑張れよ若人よ」
「他人事だと思って……」
俺達の話が切れたタイミングで教授がやってきた。
授業にはイマイチ集中出来ず、俺の頭は悩み続けていた。
──一体どちらを選べばいいのか、と
※
放課後、レオン以外に友人のいない俺は特にやることもないのでさっさと寮に戻ろうとしていた。
何も無い自由な時間──何て甘美な響きだろうか。
しかし、俺の安寧の放課後は後ろからやってきた足音と共に終わりを迎えた。
「ユウ・ジル・リレミト、今お時間よろしいかしら?」
「よろしくねぇよ。じゃあな」
「なぁっ!?ぶ、無礼ですわよ!この私に向かって!?」
キンキンと喧しい女は【ディセート・メア・ボルゼキア】
公爵令嬢にして、輝く金髪を縦に巻いた、もはや化石の様な姿のお嬢様だ。──相変わらず失礼極まりない紹介だな。
この国の王太子である【オリウス・セル・エスタード】と婚約しているらしい。
俺は彼女の方を振り返りながら、気だるさを隠そうともせず何の用か尋ねた。
「あのね、俺こう見えても忙しいわけ。そんな俺の大事な時間を奪って何の用なの?」
「……見たところ暇をもて余していましたわよね?」
「暇を楽しんでたの。暇な時間って大事だからすぐ終わっちゃうの、お分かり?」
「ハァ……この私にそんな態度を取るのは貴方くたいですわよ……まぁ時間があるなら着いて来て下さいまし」
「ちょ、引っ張るなって!」
無理矢理制服の袖を引っ張られ連れて来られたのは、彼女が寮に持つ自室だった。
寮と言ってもさすが公爵令嬢……俺達とは部屋の豪華さが違う。
ディセートは俺を豪勢なソファに座らせ、少し小さめの円形のテーブルを挟み、向かい合っている。
「はい、私自らが用意しました紅茶と茶菓子ですわ」
何か恩着せがましさを感じたが、彼女が用意したそれらは、俺が店先で購入する菓子等とは一線を画していた。
「う……美味い……」
「あら、お分かりになられますの?」
「いや、美味いかどうかが分かるだけだ。詳しい奴が知り合いに居てな」
「貴方にもそんな友人がいらしたのですわね、大事しておやりなさいな」
「……そうだな」
大事にするまでもなく、そいつはもうこの世には居ないんだがな──
と、暗くなっている場合じゃなかった。
俺は「それで?」と切り出した。
「婚約中のお嬢様が自室に男を連れてどうしたんだよ?」
「防音魔法を掛けますわ。少々お待ちを──」
ディセートが胸に手を当て、魔法を行使するのに集中する。
お、おぉ、薄い制服のシャツ越しに伝わるあの質量……
エキナには勝らないが、それでも劣る面があるとも思わない。やるじゃないか。
「フゥ……これでいいですわ」
「お疲れさん。で?」
「単刀直入に申します。私の取り巻きに裏切り者が居ますの。調査をお願いしたいのですわ」
「……」
すぐにオーケーと言える内容では無かったので返事に時間がかかってしまった。
「事態は急を要します。報酬はそれなりの額を用意していますわ。引き受けて下さらないかしら」
「そう言われてもな……どうして俺なんだ?」
「今現在取り巻き達は信用出来ず、誰が裏切り者と繋がっているかも分かりません。確実に王宮のゴタゴタに興味が無く、尚且つ相当に実力のある人物──貴方しかおりませんでした」
「オリウスにでも頼めばいいだろう?」
「で、殿下にはご迷惑をお掛けしたくありませんので……」
俺になら掛けていいのかよ。
顔を赤くして俯いているディセート。
美人のそういう顔はずるいだろ……
「──容疑者の検討は全く付いてないのか?」
「! 引き受けて下さるのですか!」
「俺は優しいからな」
「一度殺されかけましたけどね」
「……助けてやったろ?」
「そう考えると貴方も少し怪しいですわね」
「引き受けてやらんぞ」
「冗談ですわよ、それで容疑者ですが──」
ディセートが容疑者として挙げたのは5人。
彼女の取り巻き、その全てだった。
「そう言えば、ダンジョンでモンスターに襲われた時、お前の取り巻き全員逃げたんだもんな」
「はい。ですが全員から謝罪を受け、我が家はそれを受け入れましたわ」
「懐の広いこって。でもそれなら何が問題なんだ?」
俺の疑問に、ディセートはやや暗い顔をして答えた。
「私は裏切り者からこの命を狙われています。今朝も朝食に毒物が……どうか守って欲しいのです。もし、裏切り者が他国の人間だった場合、報復に戦争が起こってしまいます──殿下には戦場に行って欲しくありませんから」
ただ一人、オリウスの為に自分は死ぬ訳にはいかない。
そう答えたディセートは、俺に頭を下げる。
ここまでされて見捨てるのはあんまりだろう。
こいつには俺を無罪にして貰った恩もある。
だから──
「頭を上げてくれ、期待はするなよ。でもお前の期待には応えてやる」
「ふふ、なんですのそれ」
「上手くいかなかった時の保険だよ」
「締まらないことですわね──ですが本当にありがとうございます」
もう一度頭を下げたディセートは少し涙声になって喜んでいた。
今日のディセートはしおらしく、いつもの彼女に戻れるように──少し手伝ってやるか。
※
「遅かったネ、どこ行ってたの?」
寮の自室に戻ると、ルークが俺のベッドに横たわりゴロゴロしていた。う、羨ましい……
最近の彼女は俺の血の中に戻らず、俺が学園へ行っている間はこうしてゴロゴロしたり、外をぶらついたりと、自由に過ごしていた。
少し前まで、こんな未来があるとは思えなかったからな……本当にルークを助けられて良かった。
「ちょっとな。それより──」
「待って」
急に俺の方に近付いたかと思うと、クンクンと犬の様に俺の体を嗅ぎ始めた。
「──メスの臭いがする」
ホラー映画も真っ青といった恐ろしい表情と声で俺を睨んで見上げてくる。
「ネェ……どこに行ってたの?……何で言わないの……?」
「ヒィィ!?」
俺の頬を両手で挟み、万力よろしく俺の顔面を締め上げていく──
「ユウ……?浮気は許さないって言ってるよネェ……?」
「ぶ、ぶばきなんがじでだい!(う、浮気なんかしてない!)」
「せめてエキナならあたしも──いや……でも違う臭いだった……あ!」
言うやいなや急に頬から手を離すから反動でこけてしまった。
「イテテ……何なんだ……」
「ユウ、大事な話があるって言ったよね?明日、先にエキナから話があると思うからちゃんと空けといてネ!」
「へいへい……」
お前は今言えばいいだろうと思わないでも無かったが、もし本当に告白だったら言われても困る。
ルークの気持ちはもう痛いくらいに解っている。ずっと一緒にいてやるとも言った。
それでも、俺達の関係を何かの形にしてしまうのが怖かった。
今の──そう、今の俺達を失ってしまう気がして。
これだから童貞を拗らせたら駄目なんだ。
……花街でも行ってみようかしら。後で殺される気がするけど。
「それより、今日の晩飯はなんだ?」
「聞いて驚けー!ユウの実家から送られて来た──お肉様だー!!」
「な、なんだとぅ!?」
「すき焼き用だったので、今日は豪勢にいきます!!」
何百年の月日を過ごしてきたルークは意外にも家事全般が得意だった。
と言うか、絵画や音楽など有りとあらゆる方面で高いスペックを持っていた。
つまりはあれだ。嫁度が高い!
……本当俺には勿体無い奴だよ。
「ほら、ぼさっとしてないで手伝ってよユウ!」
「分かった!!」
俺を養子として預かってくれたのに、実の息子の様に可愛がってくれるリレミト夫妻には、今度お礼を言いに行かなくては!
「ユウ……ヤバいよこれ……霜降りがこんなにも……!?」
「は、早く用意しよう!!」
その日の晩は蕩ける様なお肉様を頬張り、本当に幸せに眠れた。
現実と夢に落ちる瞬間の狭間で、口元に柔らかい感触を感じながら──




