第12話 完全復活
ルークに力を返した後、俺は力尽きその場でばったりと倒れてしまった。
次に目を覚ましたのは学園寮の自室だった。
「あ、ユウ君気が付きました?」
「エキナか……?」
ぼんやりとした意識は未だ変わることは無く、記憶がうっすらとしている。
「ユウ君、あの手紙読みませんか?あまり時間がありませんし」
「……あぁ手紙な……ルークを撃ったあいつ、の……」
──そうだ、ルークはどうなった!?
「ルークは!?エキナ、ルークはどこだ!?」
ベッドから飛び起き、エキナの肩を掴んで確認する。
「ル、ルークさんなら昨日、ユウ君を私の部屋の前に連れてきて、やることがあると言って外へ出て行きました」
外って……いやまぁ無事ならいいんだが……
右手の甲の紋章もちゃんとある。
スーツの男が指定したのは今日だ。
あまり余裕が無いかも知れない、急いで着替えながら、俺はエキナに現在の時刻を確認した。
「エキナ今何時だ?」
「今はお昼前の11時ですよ」
え、俺そんなに寝てたのか!?
エキナが「それより」と俺に言う。
「ユウ君、手紙はどこに……?」
「あ、あぁそれならポケット……に……ん?……ない」
「え、無くしちゃったんですか!?」
「いや、そんなはずは……」
マジでどこに行ったんだ?
辺りをキョロキョロ見回すと、机の上にスーツの男が渡してきた手紙を見付けた。
「あ、あんな所に!」
「本当ですね。あれ、でもこれ封が空いてますけど……」
『まさか!?』
俺とエキナは封の空いた手紙を見た瞬間同じ発想に行き着いた。
「ユウ君、ルークさんもしかして一人で……!?」
「わ、分からないけど……とりあえず手紙を読もう」
「はい……」
手紙に目を通す限り、時刻は本日の正午12時、場所は俺達が昨日待ち合わせをしていた噴水の広場にエキナと2人だけで来るようにとの事だ。
「こ、これもうすぐ指定の時刻じゃないか!?」
「い、急ぎましょう!」
慌てて部屋を飛び出そうと俺は自室の扉を開けた。すると──
「たっだいまー!」
「痛ぇぇえ!!」
扉が俺の顔面、鼻先にクリティカルヒットした。
「あれ、ユウ?ナニしてるの?」
「ル……ルークか……?」
俺は鼻先を抑えながらうずくまり、鼻の奥がつーんとする感覚を我慢しながらルークの方を見上げた。
「お前、どこ行ってたんだよ……」
「どこって……買い物だけど?」
「心配させやがって……」
「良かったですね、ユウ君」
フフっと安堵する俺を見て笑うエキナ。
しかし、ゆっくりしてる時間はない。
「ルーク、お前もあの手紙を読んだだろう?一緒に来てくれ!」
「フッフッフ……あたしはその為に夜通し買い物をしてたんだよ!!」
「ジャジャーン!」と言って持っていた手提げ袋からルークが取り出したのは──
「カツラ……?」
「秘密兵器だよ!」
こいつ、力を取り戻しておかしくなったのか……?
「ちょっと!頭おかしい人を見るみたいな目するなー!」
「分かったから……説明してくれ」
ルークは待ってましたと言わんばかりにカツラを自分に着け「どう!?」と見せ付けてきた。
「え、説明してくれないの?俺の言葉聞いてた?」
「もうっ!見たら分かるでしょー!?」
いや、可愛いとは思うけども……
ん?グレー色に右目方向に斜めに切り揃えた前髪、ボブっぽい髪型……
「あ、エキナの髪型!」
「正解!!」
「本当ですね、そっくりです」
こいつもしかして……
「お前、エキナに変装してあのジジイの所に向かうつもりか?」
「ヒヒ、ようやく理解したみたいだネ!」
しかし、ここでエキナが待ったをかける。
「待って下さい!狙われてるのは私です!私が行きます!」
「と、言っているけど?」
俺はルークにどうするのか聞く。
ルークはエキナの方を向き、今まで一度も呼ばなかった彼女の名前を口にした。
「エキナ」
「! は、はい」
「あたしを助けてくれてありがとう。あなたのおかげであたしは今生きてる」
「いえ私はこんな事しか出来ませんから……」
「エキナは本当に凄い事をしてくれたんだよ?一生の恩人。だから──」
ルークはエキナに右手を差し出した。
「今度はあたしが助ける!」
エキナは差し出された右手に自らの手を重ね、笑顔で返す。
「そこまで言われたら断れないじゃないですか」
「ヒヒ、あいつは任せて。あたし達がぶっ飛ばしてやる!!」
「ルークさん達も気を付けて下さい!」
「……ルークでいい」
「え?」
「……さんは要らない。次から注意して……」
真っ赤になってエキナと交わしていた手を離したルーク。
エキナも赤くなり、照れたように手を後ろへ回しモジモジしていた。
「わ、分かりました。ル…ルーク……」
「……うん」
ヤダ何この空気、俺出ていっていいですか?
しかし、自然と俺まで頬が熱くなってくるのを感じる。い、意外といいぞ……何が、とは言わないが。
俺の脳内は、一人おかしな妄想の世界へ旅立とうとしていたが、ルークとエキナの話声が俺を現実に呼び戻した。
「あのさ、エキナの服貸してくんない?」
「え、構わないですけど……」
「ありがと!……ちょっと、ユウ。今から着替えるから出て行ってて」
「……へいへい」
結局出て行く事になるのかよ。もうあんま時間無いんだぞ?
5分程部屋の外で待たされ、部屋へ戻ると──
「ル、ルーク……お前……!」
「……言わないで……」
エキナが着ていた服は少し胸元の緩い白色のワンピースだったのだが……
ルークにはサイズが合わず、残念なまでにだぼだぼしていた。どこが、とはルークの尊厳の為に伝えないでおく。
「す、すみません……」
「謝らないで。泣きたくなるから……」
身ぐるみを剥がされたエキナはルークのラフなTシャツを着ていたのだが、これがまたぴっちぴち。
おいおい……!胸元にデザインされたわんちゃんが……わんちゃんが!?
「こら、ユウ!どこ見てるの!!」
「ユウ君……あんまりジロジロ見ないで下さい……」
2人に責められた俺は、敢えて正論をぶつける事でこのやり取りを流す事にした。
「落ち着け2人とも。服の交換は止めた方がいい。これじゃ敵にすぐバレる」
「そ、そうだね。ごめんね、エキナ」
「い、いえ私も何かすみません……」
「成る程。これが強者の余ゆ──」
気が付くと世界が回転していた。
ん~デジャブ。
「部屋の外で待ってなさい」
「はい……」
もうすでに部屋の外の廊下まで殴り飛ばされてるんですけどね。
衣擦れの音を聞きながら、また5分程経過する。
扉を開けて廊下に出てきたのはルークだった。
「ほら、ユウ行くよ!」
「……りょうかい」
力無く立ち上がり、部屋から顔を出したエキナが俺を見やる。
「──必ず戻ってくると約束して下さい!」
「大丈夫だ!」
力強く答えてやった。
エキナはこく、と頷いてくれた
そして次にルークの方を向く。
「ル──ルーク、もう一度エスパに行くの忘れないで下さいね!」
「ヒヒ、あったりまえじゃん!覚悟しておきなよ!」
ルークも俺と同じ様に自信たっぷりに返事をする。
だが、エキナは少し不安そうな表情を窺わせた。
「それと……帰ってきたら2人の事を教えて下さい。私だけ何も知らないのは嫌です」
「……約束する。な、ルーク?」
「そうだね。……エキナとは長い付き合いなりそうだしネ」
そう答えた俺達を見て、エキナは今度こそ明るい、彼女の持つ最高に可愛い笑顔で──
「待ってますから!!」
『行ってくる!』
声を揃えて答えた俺達は駆け足でエキナの元を後にする。
「なんか、死亡フラグがびんびんダネ」
「俺も思ったけど口にするんじゃありません……」
※
「彼らが来る前に、少し掃除でもしておきましょうか──」
黒のシックな線の細いスーツを見事に着こなし、こちらも黒色のハットを被った、口髭を生やした白髪の紳士といった風貌の男。
エスタードパークで夕達を襲撃した年老いた男は、アデラート学園から少し離れた物凄い勢いの噴水がある広場に来ていた。
「ふっ──」
彼が、一つ手を叩くと周囲にいた僅かな通行人達は首と胴体が離れ、鮮やかな血が芝生を濡らす。
「キャァァアアーー!!??」
「おや、やれやれ……私も年ですなぁ。撃ち漏らしがあるとは……」
幸か不幸か、彼の放った一撃から逃れた年若い女性は、目の前で起こった奇怪な現象にパニックに陥っていた。
コツコツと彼女の前まで踵を鳴らし近付く老紳士は、小鹿のように震えて崩れ落ちているのを見て怪しく微笑んだ。
「お嬢さん、貴女は非常に運がいい。これぞ、聖女様のもたらした幸運!!心から感謝し、これからの人生を聖女様に捧げるのです!!」
「……は、はひぃ……」
「よろしい。さぁ早くここから去りなさい。聖女様への感謝を忘れてはいけませんぞ」
「はい……!!」
震える脚を引き摺りながらもその場を後にする彼女。
そんな様子を見ながら、老紳士は独りごちた。
「あぁ、聖女様……貴女は何と素晴らしいお方だろうか……!何の意味も持たない人生を送るであろう人間にも慈悲をお分けになられる──我が身は永遠に貴女と共に。──!」
老紳士は自分の元にやってきた2つの気配に気が付いた。
1つは太古の英雄と同じ姿を持つ少年。
もう1つは禍々しい程の魔力をその身に宿した、昨日遂に見付けた聖女と同じ姿の少女。
「──さぁ、爺さんリターンマッチだ」
※
俺達が昨日待ち合わせをした広場の状況は、一言で言って最悪だった。
「おい、これはあんたがやったのか……?」
「ほっほっほ、昨日も似た様な事を聞かれましたなぁ」
「へぇ、年の割に記憶がいいんだな」
視界が赤くなっていくのを感じる。
こいつは絶対に許さない。
「何の罪も無い人間を殺して、何が聖職者だ……!」
「罪の有る人間なら殺しても良かったですかな?」
「罪が有るかどうかを決めるのはお前じゃねぇって言ってんだよ!!」
言うと同時に俺は、昨日と同じ様に殴りかかった。
「やれやれ、学習しないお人だ」
奴は俺が辿り着く前に両の手を打ち鳴らした。
しかし──
「おっと!」
体を捻り、引いていた右腕に密集していた奴の魔力を躱す。
「おや……?」
「へっ、その手はもう通じないぞ!」
「ほぅ……ならば──」
パン──という音が聞こえた瞬間、奴は俺の後ろ、エキナのカツラを被ったルークのすぐ隣に移動していた。
「ずりぃぞジジイ!!」
「ほっほっほ年季の差ですな。さて……」
奴はすぐにルークに触れる事は無く、俯いて顔を隠しているルークを覗き込む。
「その我々が忌み嫌う濃密な魔力……面を上げて貰えますかな?」
「ヒヒ、気付いてたんならさっさと逃げれば良かったのに!」
不敵な笑みを浮かべ、顔を上げたルークは奴の右腕を掴み、肩を押さえ根元から引き千切った。
「グゥッ……」
「……ユウの腕を落とした分はこれでチャラにしてあげるよ」
奴は膝を着き、左手で千切られた右腕の根元を押さえている。
奪った右腕を奴の足元に投げ捨て、ルークは冷たく見下ろす。
奴はルークを見上げ睨んだ。
「恐るべき力を取り戻した様ですね……!」
「違うよ。これはあいつと──そしてユウがくれた新しい力ダヨ!!」
噴水の方に奴を蹴り飛ばしたルーク。
俺はルークの側に近付き、頭を撫でてやる。
「完全復活だな」
「ヒヒ、今なら誰にも負ける気がしないネ!」
奴は噴水から立ち上がり、全身を濡らしながらも俺達に怒声を上げた。
「許さんぞ貴様ら!!聖女様の姿を謀るだけじゃ飽き足らず、この様な仕打ちを……!!」
「おー怖い怖い、狂信者が。高血圧で死んじまうぞ?」
「貴様ァァ……!」
狂った様な眼力向けてくるが、俺はそんなものは気にせず、ルークに笑顔を向ける。
ルークも俺の方を見て、嬉しそうに答えてくれる──
「さっさと終わらせるぞ、ルーク」
「了解、あたしの英雄」




