自室にて
「疲れた……」
手足が解凍されるまでの間を獣人達との会話で過ごし、ようやく自室に戻ったのは日が暮れてからのことだった。
この部屋は死徒となってから正式に与えられた立派な個室だ。部屋には品の良さそうな家具のほか、個人用の風呂まで備わっており、俺はそこで先程まで凍り付いていた手足を休めていた。
(あれが、魔法か)
魔法をまともに見るのは初めてだが、何とも圧倒的で、理不尽な力だ。この世界で複雑な機械を見ないのは、魔法で事足りているからなのだろう。
出来ることなら、俺自身も魔法を使ってみたいものである。もっとも、俺はいつかの検査ではっきりと適正ゼロと断定されているので、叶いようもない願いだが。
「……出るか」
風呂から出て、下着だけの姿で自室への扉を開く。
それと全く同時に、ガチャリと音がして廊下側の扉も開いた。入ってきたのは見慣れた猫耳のメイド――ミオだった。予想だにしない突然の来訪者に、全裸のまま固まる俺。
「あ、人間さん。食事の時間よ」
ミオは俺の様子を一切気にすることなく、食膳台を押してずかずかと部屋に上がりこむ。俺は無言で(かつなるべく急いで)部屋着に着替えてから言った。
「勝手に部屋に入ってくるのは、やめてもらえないか」
「あら、ノックはしたわ」
テーブルにてきぱきと料理が並べられていく。それも二人分である。
「……今の件に対して何か言うことは?」
「え? ああ、貧相な体ね」
俺は忘れかけていたこの世界の不条理さを久々に感じてため息をついた。まるで動物扱いではないか。外見的にはそれほど違いはないと思うのだが、価値観の相違というものだろうか。
「さて、いただきます」
そんなことを考えていると、ミオは俺を無視して勝手に食べ始めていた。俺も仕方なく向かいの席に座る。テーブルにはパンとワインらしきもの、それに何らかの肉が香ばしい匂いを放っていた。
少し前までは考えられなかった程の好待遇である。味も量も申し分ない。唯一の問題は向かいの席でグラスを呷っているこのメイドだ。
「なあ、何故いつもここで食べるんだ?」
出会って数日しか経っていない女性と毎回二人きりで食事をするのは、正直かなり落ち着かないのだが。
「だって私だけこんな良い食事をしてるの、同僚のメイド達に言い辛いんだもの。あなたの世話係になって待遇が上がってラッキーと思ったけど、おかげで最近ハブられ気味なのよ?」
「そうかよ」
どこの世界でも人間関係の煩わしさは同じらしい。
「それよりあなた、メイド長に喧嘩売ってぼこぼこにされたんですって?」
そう言って俺の顔を覗き込むミオの顔には、明らかに愉悦の笑みが浮かんでいた。
「まあ、な」
手も足も出なかったのは事実である。しかもソフィアは明らかに手を抜いていたわけで。
「メイド長って呼ばれるくらいだから覚悟はしてたんだが。あいつが一番の化け物なんじゃないか」
「代々お嬢様のお家に仕えてきたお方が、弱いわけないじゃない」
だが、続く言葉は俺にとって意外なものだった。
「魔族でも最弱と名高いこの家が他所から襲われないのは、メイド長のおかげって言われるくらいなんだから」
「最弱? どういうことだ」
肉を切り分けていたミオの手が止まった。その顔には明らかに焦りが見える。先程までとは打って変わって、深刻な表情をこちらに向けた。
「これ、私が言ってたって絶対他の人にチクらないでよ?」
「納得のいく説明をしてくれたらな」
「はあ。あんたも大概いい性格してるわ」
ミオは決意するかのように再び酒を飲み干すと、俺の隣まで来て小声で話し始めた。
「まずお嬢様が魔族ってのは知ってるわよね?」
「ああ」
「魔族ってのはいわゆる支配階級なんだけど、その中でもこの家は一番力が弱いと言われているの」
「そうなのか? これだけ立派な屋敷に住んでいるのに」
「そりゃあ庶民よりは圧倒的にいい生活してるわよ。でも魔族の中では別。お嬢様が当主となるずっと前から、セーレの家は散々な扱いをされてきたらしいわよ」
「とてもそうは見えないけどな」
セーレの振る舞いはまさしく金持ちのお嬢様というか、傲慢そのものに見えるのだが。
「逆にそれがお嬢様の凄い所よね。巷で最弱だの言われてるのを気にもせず、私達の上に立つ者として立派に振舞っているのだから」
「へえ……」
自由奔放なお嬢様の思わぬ一面を聞いてしまい、俺は複雑な気持ちになった。だが、俺の恩人ということには変わらない。
「まあ死徒なんてものになった以上、どんな主人であろうと俺は仕えるだけさ」
「そう、その通りよ! 私も絶対クビになりたくないわ! だってここのご飯は美味しいもの! ということだから、この話は忘れましょ」
一方的に話を切り上げると、ミオは皿を片付け始めた。俺は適当に手伝った後、彼女が部屋を出るのを見送ると、そのまま寝床に着いたのだった。
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