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プロローグ――最悪の世界

「さァ! 道行く紳士淑女の皆様方、どうぞご覧あれ! 今朝港に着いたばかりの新鮮な人間だヨ! 器量の良いのから肉付きの良いのまで選り取り見取り! 見てくれそこの旦那様、このメスの髪と肌のツヤ! 他の店じゃお目にかかれない上玉だろう? 当然()()()()なしの初モノさァ!」


 異臭と喧騒で溢れかえる路地裏に、キンキンとした甲高い声が響く。


「悪りぃなあ、今日は食用を探しに来たんだ。大体、オレが人間を抱くような()()()()に見えるってのかい?」


「こいつァ失礼しやした、竜人の旦那様! 食用ならこっちの赤肌はどうです? この歳まで農業奴隷としてさんざコキ使われて、旦那好みのいい筋肉質になってると思うんですがねェ? 今なら500Gポッキリですぜ!」


「おう、わかってるじゃねえか。最近じゃ市場に出回るのは、女子供の好きそうな脂身ばかりの人肉でなあ。ウチの『山賊亭』で出すのはこうじゃねえとな……ほれ、代金だ。」


「毎度! 3日前から糞抜きしてたんで、新鮮なままいけますよォ! おら3029番、ボサっとしてねえでテメェの足で歩け!」


「ヒィッ……」


 呼ばれた男は怯えながらも、自らの足で檻の外へと出てきた。その足取りは鉛のように重く、目の色も同じように濁っている。その首輪から伸びた鎖を掴むと、竜人の男は軽やかな足取りで去って行った。


 そんなやり取りを尻目に、俺は明りの灯る方へと駆ける。

 怪しげな出店の角を曲がろうとしたところで、ふと場違いな少女の声が耳に入った。


「おばさん、目玉の青を4つくださいな! それとメスの髪を二巻(ふたまき)分と、それから精液をボトルで1本。なるべく新鮮なやつね!」


「あら、キリムマ魔道具店のお嬢ちゃんじゃないかい。おつかいとは偉いねえ。ほら、こいつはおまけだよ」


「わぁ、ブラッドキャンディ!おばさんのとこのが一番スキなの! ありがとう!」


「もうじき夕食の時間だろうから、食べすぎないようにねえ。ほら、気をつけてお帰り」


「大丈夫だいじょうぶ……キャッ!」


 魔女帽子を被った少女に危うくぶつかりそうになり、俺はとっさに身を翻した。

 相手は年端もいかない少女なのだから、普通は謝るべきなのだろうが──先の会話を聞いた俺はとてもそんな気にはなれず、目も合わせずに走り続けた。

 そしてようやく路地を抜けると、そこは更に人通りの多い、開けた市場のような場所だった。


 ……いや、()()()という言葉は正確ではないだろう。


 指先まで緑青色に輝く鱗で覆われた者、二足歩行だが頭の位置に無数の蛇が生えている者、フードの下から顔面の大半を占めているのであろう巨大な単眼が覗いている者、それから、それから────


「はあ、ちくしょう……」


 俺はとうとう足を止め、その場にへたりこんだ。

 悪い夢であればいいと心から願った。今この瞬間にも目覚ましが鳴って、いつものように怠さを感じながらもベッドから這い出たいと思った。

 しかしそんな俺の願いも空しく、耳に入る喧騒は一時も止むことはない。



 万が一、これが夢でないのなら。


 ここは────地獄だ。


本作は設定の都合上、序盤は暗い描写が続きますが、バッドエンドにはならないことをご承知おきください。

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