さらばリスの騎士
「魔王殺しの騎士がもとに戻っただって!? 冗談じゃないよ!!」
魔女フォクシーは目を見開き、飛び上がった。
工房の床にばらまかれたお菓子がうねり、フォクシーを持ち上げていく。
まるでお菓子で造られた螺旋階段だ。
だが、階段なんか無視をして、大きなイノシシになったグレがお菓子の壁を駆け上がっていく。
「武器は……これで良かろう!」
ボーリスは流れてくるお菓子の中から、特大のプレッツェルを手にした。
変わった形のそれを幾つか組み立てて、槍のような形にしてしまう。
「来るんじゃないよ! 子どもがどうなっても……!」
「ししょー!!」
「どうなっても良くはない。故に、我が弟子ヘーゼルを助け出す!」
ボーリスはプレッツェルの槍を投げる。
それはあっという間に魔女にたどり着き、その腕を強く叩いた。
「ぎゃあー!」
魔女が悲鳴をあげる。
取り落とされるヘーゼル。
「う、うわー!?」
「グレ、ヘーゼルを頼む!」
「ぶもー!」
イノシシの背中を蹴って飛び上がったボーリスは、魔女と同じ高さに着地した。
「お、お前……お前さえいなければ、アテの計画は成功していたのにぃ……!!」
恨み言を口にする魔女に、ボーリスは真面目な顔で否定を入れる。
「それは違うでござる。誰もが戦う力を持っていた。あとは、立ち上がる意志があればよかった。お主の敗因は、皆が持っていた強さを甘く見ていたことにある」
ボーリスが取り出すのは、松ぼっくり。
それを、手のひらの中で弾ませる。
「そして、森はお主を拒絶した。お主が森と共に生きようとせず、森を利用しようとだけしたからだ。だから、人と森は最後に、お主を追い詰めたのでござる。覚悟せよ、魔女」
「おのれ、おのれー!!」
ここは、お菓子の迷宮の最上階。
既に外へむき出しになったここからは、魔の森の全てが見通せる。
森のあちこちから、人々が、そして動物たちが集まってきている。
みんな、戦う意志を持ってお菓子の迷宮を取り囲んでいた。
魔女には、この現実が認められない。
どうして弱いものが立ち上がったのだ。
どうして強いものである自分が追い詰められているのだ。
誰が悪いのだ。
みんな、みんな眼の前の騎士が悪いに違いない。
「騎士ーっ! ここでお前をやってしまえばーっ!!」
「変わらぬ! くらえ、魔女め!! やあっ!!」
ボーリスは手にした松ぼっくりを、思い切り投擲した。
それは襲いかかろうとしていた魔女の体にぶつかると、光を放つ。
「お、おおお、おおおおおっ!!」
光が広がり、魔女を包み込んでいく。
「どうして、どうしてこんなことにぃーっ!!」
魔女フォクシーは、最後まで現実を認められなかった。
魔女は光に飲まれて消えていく。
それと同時に、ボーリスの体もぷしゅっと煙が上がり、リスに戻ってしまっていた。
「むむ、ほんのいっしゅんのことなのでござるな。……むむっ」
お菓子の迷宮が揺れ始めている。
魔女の魔法が消えて、魔法によって命を与えられていた、増やされていたお菓子が消え始めているのだ。
「みな、にげるでござるぞー!!」
崩れ落ちていくお菓子の迷宮。
その中から戻ってきた、双子と少女騎士たちを見て、人々が歓声をあげた。
勝った。
自分たちは、魔女に勝ったのだ。
ようやく、その実感が持てたからだ。
魔の森が宿していた、妖しい気配が消えていく。
そこは、どこにでもある普通の森だ。
危なくないわけではない。
だけれども、剣も弓も効かない獣人が歩き回って、子どもを生贄に要求するようなことは絶対にない。
その日、地図の上から、魔の森は消えた。
「じゃあね、ボーリスさん」
「ししょー、まだいろいろ教わりたかったんだけど」
とある村の入口。
双子の前で、リスの騎士はこくこくとうなずく。
「おぬしたちはつよい。それに、こじんのつよさだけが、たたかうすべではござらん」
「ぶいぶい」
ボーリスの隣で、うりぼうが「そうだそうだ」と言いたげに鳴いた。
ボーリスは彼をじーっと見ると、そのお尻を押し出した。
「グレ、おぬしはあっち」
「ぶいー」
うりぼうを抱っこするグレーテ。
彼女の目は潤んでいる。
お別れの時なのだ。
後ろには、双子の両親がいる。
「これでさよならなの?」
「俺、やだよー」
「えいえんのわかれではない! かならずや、またあうことをやくそくしよう!」
「うん」
「うん」
ボーリスと双子が、順番に握手していく。
そして、うりぼうの鼻にちょんと触れた。
「ぶい」
それでお別れだ。
リスの騎士は、トコトコと走り出した。
振り返りはしない。
魔女は倒れた。
だから、この地に騎士が残る理由はないのだ。
騎士は戦い続ける。
「さあ、行きますわよ!」
「姫様、私たちも帰りましょうよー」
「……ナイトリーダー。なぜこのふたりがいっしょにいるのでござるか?」
「うむ。はなせばながいのだが、それには私とかのじょたちのははのせだい……かのショコラーデひめさまとのぼうけんのはなしをせねばならないのだ」
「ながそうだ」
「ヒヒーン」
二人と一羽と一匹と一頭が、ぶらぶらと街道を去っていく。
彼らが向かう先からは、潮の香りが漂っていた。
~魔の森のふたごとリスの騎士~ おわり




