ウサギの予兆
魔の森から、馬車でおよそ三時間ほど離れた、とある村。
そこに、真っ白な馬に乗った騎士がやって来た。
正しくは、騎士のかっこうをした女の子が二人と、彼女たちが飼っているのか、ニンジンを背負ったウサギが一羽。
「ずいぶん活気がないね、ここ。ボンボン王国とはぜんぜん違うのね」
白銀の鎧に身を包んだ女の子が、馬上から村を見回す。
ふわふわとした金色の髪を結って、リボンでまとめた彼女。
危なげのない手付きで手綱を繰る。
とても育ちが良さそうだ。
ともすれば、おっとりした性格に見られがちな優しい顔をしているため、いつも口を引き結んで、キリッとした表情を作っている。
彼女の後ろには、大きな盾を背負った黒い鎧の女の子がしがみついている。
真っ黒な髪を、頭の両側に結んだツーテールという髪型をしていて、真面目そうな顔立ちをしていた。
だが、馬の上が怖いらしく、がっちりと白銀鎧の女の子にくっついて離れない。
「ナーデ、離れなさい! 動けないでしょー。もうわたくしたち、旅に出てから三日もたったのよ? 三日も旅したら、もう一人前の旅人だわ。それが赤ちゃんみたいにしがみついてるんじゃおかしいでしょう?」
「で、ですけど姫様ー。私、馬の上がこわくてこわくて……! だって高いんですもん……!!」
ひいー、と言いながら、ナーデと呼ばれた女の子が、白銀鎧の女の子にしがみつく。
「離れてー! 離れるのー! 離れなさーい!」
じたばたと暴れる。
すると、彼女たちの前にちょこんと座っていたウサギが、すっくと立ち上がった。
「ナーデじょうは、まだまだきしとしてのじかくが足りないようですな」
「で、ですけどピョンスロット卿! 私、あくまで姫様付きのメイド見習いで、乗馬の練習はしたことなくて……」
「なに! あといっしゅうかんも馬にのればなれましょうぞ! なあミルクレープ!」
「ブルル」
ぺちゃくちゃとウサギが喋るのだが、女の子たちはそれを当たり前のように受け止めている。
「ねえ、ピョンスロット卿。わたくしは見てのとおり、馬から降りられないのだけど。なんとかしてくださらないかしら」
「ふむ。ひめさまがおりられぬのは困りものですな」
ピョンスロットと呼ばれたウサギが、ヒゲを前足でなでた。
そして、ぴょーんと飛び上がる。
「とあーっ」
気合の声とともに、背負っていたニンジンが抜き放たれる。
それは、素晴らしい速さでナーデの肩のあたりをつっついた。
「あれえー」
ナーデはバランスを崩して、馬から転げ落ちる。
これを、白馬ミルクレープが後足を突き上げ、ゆるい傾斜を作ってゆっくり転がすのだ。
ぽてっと地面に落ちるナーデ。
「ああっ、体が軽いわ! わたくしは自由よー!」
姫様と呼ばれていた女の子……ボンボン王国第一王女、ココア姫は、空に向かってガッツポーズをした。
それから、いそいそと馬を降りる。
「さあナーデ、わたくしの手を取って立ち上がりなさい。一緒に、この元気がない村の秘密を探るのよ!」
「はっ、はい、姫様~」
二人は何事も無かったかのように、村に入っていく。
入り口で大騒ぎをしていた彼女たち。当然、村人たちは気付いているのだが……。
「ちょっといいかしら!」
「は、はい!?」
ぼーっとこの騒ぎを見ていた、村人の男性。
いきなりココア姫に声を掛けられて、びくっとした。
年は一回り以上離れているのに、全く物怖じしないココア姫。
「どうして村は元気がないのかしら?」
「んー、元気がないって言ってもなあ……。ずーっと、ここはこんなもんだし」
「そうなのね!」
納得したらしく、ココア姫は満足そうにうんうんうなずいた。
「えっ、納得したの……?」
「ずっとこうなら、これが村のふつうなのでしょう? だから納得したのです!」
元気よく押し切られて、男も、まあそういうものかもしれない、と思い込みかけた。
そこで、男のすねをちょいちょい、とつつく者がいる。
「ん?」
「ひめさまでは、ききこみはむずかしいであろう。私が手本というものを見せましょう。これ、むらの人よ。たずねたいことがあるのだが」
「ヒャアー!! ウ、ウ、ウサギがしゃべったぁぁぁぁあああ!!」
男はびっくり仰天。
文字通り飛び上がると、ものすごい速さで村の中に駆け込んでいってしまった。
「……」
「ピョンスロット卿、お手本がなんです?」
「いまのはわるいお手本ですな」
「勉強になりますピョンスロット卿!」
ココアの突っ込みに、しれっと返すピョンスロット。
そんな彼の言葉を額面どおりに受け取って、感心するナーデ。
村の入口で騒いだまま、一向に状況が進展しない彼らを見て、白馬のミルクレープはブルル、とため息をついたのだった。




