1・プロジェクトC(チーズ)
マーチンからは、チーズの兵隊が国境沿いを守っていると聞いたのだが……。
「なるほど、たしかにチーズ頭がたくさんいるが……。おおすぎじゃないか」
姫を馬車に残し、先行偵察に出た私だ。
眼の前には、国境に沿ってスクラムを組み、ぎっしりと並んだチーズの兵士たちと言う光景が広がっていた。
私が一人突撃し、暴れてあれを倒すということも可能ではある。
だが、あれだけの数がいると、倒しきれなかったチーズの兵士が私を抜け、後方の姫に襲いかかる可能性もある。
これは一時的に退いて、姫へ報告する必要があるだろう。
私は、彼らから離れた茂みの中に、ごそごそと潜り込んでいった。
「──ということです、わがしゅくんよ」
「ピョンスロット様! ひとつ、ショコラからお話があります!」
ショコラーデ姫は、腰に手を当ててぷくっと膨れている。
ご機嫌斜めだ。
どうしたことであろう。
「わたくし、確かにピョンスロット様を自分の騎士に任じました。ですけれど、ショコラの名前は主君ではありません! ちゃんと、ショコラの名前を呼んでくださらないとイヤです!」
この主張を聞き、私はハッとした。
年頃の少女の可愛らしい我が儘と見ることも出来るだろう。
だが、これは主君からすれば、たった一人の騎士との心の距離を少しでも詰め、運命共同体として共に戦おうという意思なのではないか。
この若さで、彼女はそこまで考えているのだ。
いたずらに距離を取っていた我が身が恥ずかしい。私は自然と、彼女をただの保護対象だと思っていたのかもしれない。
私はウサギの身を、彼女の前にうやうやしく跪かせた。
手足が短いので、変な姿勢でしゃがんでいる姿にしかならなかったが。
「かしこまりました。今より、おなまえをおよびしましょう、ショコラーデひめさま!」
「ええ、そうしましょうピョンスロット様!」
姫は嬉しそうに、ぴょんぴょんと飛び跳ねた。
すかさず、私をもふもふしようと迫ってくる。
「あーっ、ごむたいな、ひめ、今はじちょうしてください」
「ぶう。ショコラはピョンスロット様を見ると、いつももふもふしたくて堪りませんのに。ですけれど、今は我慢します。チーズの兵隊をどうくぐり抜けるか考えないといけませんものね」
ここで、作戦会議となった。
国境線を抜ければ、そこはシュリンプ王国。
魔女の手が及ばない外の国だ。
チーズの兵隊は、魔女が私達を外に出さないための最終防衛線なのだ。
「きみたちも何かいけんはあるか」
私は、他の仲間にも意見を求めることにした。
一人……一羽は、姫の腕の中で半分寝ているヴィヴィアン。
すっかりショコラーデ姫に慣れたようだ。
「ホーウ」
「なるほど、空からていさつ。それはいいな」
「カタカタカタ」
もう一人……一頭は、魔女シュネーケが生み出した魔物、骨の馬ミルクレープ。
別に忠誠心も何も持っていなかったようで、あっさり魔女から我々に寝返った。
魔女も、まさか馬が裏切るとは思っていなかったようだ。
今では、ショコラーデ姫に撫でられたり、ぺたぺた触られたり、労いの言葉をかけられるのが楽しみらしい。
「カタカタ」
ミルクレープが、私が偵察してきた側を前足で指す。
そして、その足で、地面に何かを書き始めた。
「ミルクレープさんにアイディアがあるのですね! 賢いお馬さん!」
姫が骨の馬をなでなでした。
ミルクレープは、嬉しそうに首を左右に揺らす。
「ほう、だがこれは悪くないさくせんだと言えますね」
私は唸った。
彼が図示したのは、チーズ兵の壁の、一番薄いところを貫いて駆け抜けるというものだ。
「ホッホウ」
「ふむ、空からヴィヴィアンがてきのはいちをしらべ、私たちにしらせてくれるのだな。ならばこれはてきかくなさくせんになる!」
私は鼻息を荒くする。
ウサギの髭がプルプル震えた。
「ピョンスロット様がやる気です! わたくしもなんだか、武者震いして参りました! じゃあ、ヴィヴィアンさんがおめめパッチリになる夜に決行するのですか?」
「そうなります。今はよるにあわせてねておきましょう」
「はい! と、言うことで!」
ショコラーデ姫がにっこり微笑むと、私をがしっと抱きしめた。
「うーわー」
「ピョンスロット様。ショコラが安眠するためには、ウサギの毛をもふらないといけないのです。そう、これは主君としての力を発揮するため、仕方のないもふもふなのです」
「な、なんというさくりゃく……! しかし、これは、むむむー」
作戦開始までの数時間。
私は姫がお昼寝するまで、存分にもふられる事になるのだった。




