3・夜更けのウサギ騎士
「あー、あったかぁい」
水浴びから帰ったら、ピョンスロット様が焚き火をしていてくださいました。
タオルで体を覆いながら、火に当たります。
「ひめ、あたたまったら、ふくをきられると良いです」
「はい。なんだか頭がスッキリといたしました! それに、きれいなものや楽しいものをたくさん見られました。夕日も素敵でしたし、カエルさんは可愛かったですし、不思議な生き物は喋りながら流れて行きました」
「それはなによりです。……ふしぎないきもの?」
焚き火の中に棒を差し入れ、火加減を調整していたピョンスロット様、わたくしを見て首を傾げられました。
「はい。灰色の毛皮で、のんびりしたお顔をなさってて、どこかピョンスロット様に似ているのですけどもっと大きくて……」
「喋ったということは、私の仲間かもしれませんな。川の流れは、シュリンプ王国へと続いています。また会えるやもしれませんな」
ピョンスロット様が目を細められました。
笑ったみたいです。
表情がよく分からなかったウサギさんも、実は表情豊かなのです。
ショコラは最近、だんだん分かるようになってきました。
「シュリンプ王国へ行くのはとっても久しぶりです。それに、たくさんの人を連れて行かないで、ショコラとピョンスロット様の二人だけっていうのも……」
「きんきゅうじたいですからな。さあ、そろそろ服をきられるとよい。ゆうしょくにしましょう」
ピョンスロット様のもふもふが、焚き火に照らされて輝いて見えます。
わたくし、思わず手を伸ばし、ウサギさんを抱きしめてしまいました。
「あーっ、ひめ、なにをーっ。せめて服をー」
「うふふ、やっぱりもこもこのピョンスロット様は、こうして抱きしめてるとふわっふわです!」
ピョンスロット様は慌てておいででしたが、もこもこふわふわを、こうして直に抱きしめるのは、なんて贅沢なことなんでしょう。
ちょっぴりだけ、わたくしはこの感触を堪能いたしました。
夕食も終わり、歯を磨き、テントの中でうつらうつらしています。
テントの外では夜通し火が焚かれ、時折ヴィヴィアンさんの鳴き声が聞こえます。
ピョンスロット様もお休みになったのでしょうか。
多分、火の番はヴィヴィアン様がなさるのでしょう。
「ピョンスロット様?」
何とはなしに声を掛けてみました。
そうしますと、テントの入口から可愛らしい顔が覗いてきます。
「どうされました、ひめ?」
わたくし、呼んでみただけとは言えなくって、口をむにゃむにゃさせます。
「あ、あの、ちょっと寂しくてですね」
あっ、苦し紛れに、なんだかとっても恥ずかしいことを言ってしまいました。
もうすぐ成人する娘が口にする言葉ではありません。
あー、恥ずかしいー。
わたくし、タオルケットを掴んでもじもじします。
「はじめての旅ですからね。ふあんになられるおきもちもわかります」
ですがピョンスロット様はそうおっしゃると、テントの中に潜り込んでこられました。
「さいわい、この身はウサギです。ねむるまえに、ぞんぶんにもふもふされると良いでしょう」
そう言って、ピョンスロット様は両手を広げられたのです。
ああっ、もこふわのお腹がむき出しです。
なんという甘美な誘惑なのでしょう。これはショコラには耐えられそうもありません。
結局、存分にもふもふさせていただくことになりました。
そうしますと、不思議と気持ちが和らいできます。
あ、多分わたくし、不安だったのです。
それが今、ピョンスロット様をもふもふすることで落ち着いたのです。
アニマルセラピーです。
「ありがとうございます、ピョンスロット様。ふぁ……ショコラ、眠れそうです」
「それはなによりです。私はそとにおりますから、こえをかけてくだされば、いつでもまいりますぞ」
ピョンスロット様は最後に、背伸びしてわたくしの頭をなでなでして行かれました。
ウサギさんは肉球が無いので、髪に触れるとサラサラと音がします。
落ち着く音です。
わたくしは、頭を撫でられる内に、夢の世界へと落ちていったのです。
そして朝です!
おはようございます!
わたくしは爽やかに目覚めました!
「おはようございます!」
声を掛けながら外に出ます。
すると、消えた焚き火の横で、ピョンスロット様がぐうぐうと寝ておられました。
仰向けで寝ています。
可愛いです。
隣にヴィヴィアンさんもおられて、ピョンスロット様はフクロウさんを枕になさっています。
仲良しさんですねえ。
あんまりにも可愛いので、じーっと二羽を見ていました。
しばらくすると、ピョンスロット様がもぞもぞされて、うーん、と伸びをなさいました。
そして、ハッとしてわたくしを見ます。
しばらく固まりました。
「おはようございます、ひめ! この森はへいわですな。きけんを感じないので、すっかりねてしまいました」
「いいのですよピョンスロット様。わたくし、寝ているピョンスロット様は可愛くて大好きです!」
「ありがとうございます。しかし、おはずかしいところをお目にかけました」
ピョンスロット様が照れておいでです。
可愛い。
「さあ、ひめ。かおをあらってきましょう。ちょうしょくをすませたら出発ですよ。きょうのうちに、シュリンプ王国へはつけるはずです」
「はい、ピョンスロット様!」
目的地はもうすぐです。
その前に、チーズの兵隊たちを切り抜けなければなのですけれど、ピョンスロット様となら、出来ないことなんてきっとないのです。
ありはしませんとも!




