冒険者ギルド
門をくぐったネイノートは中の様子に驚愕した。
何処を見渡しても人、人、人である。
物心つく頃から森で暮らしていた彼にとって、そこはまさに別世界であった。
大きな道路を大きな荷馬車が行きかっている。
道路の両端には人が歩くらしい道が備えてあり、さらにその外側には美味そうな匂いをさせる出店が立ち並ぶ。
全てが初めて見るものばかりで、少年は目を輝かせた。
森を出てから何も食べていないネイノートは、匂いに釣られて出店へと近づく。
目の前にはジュウと音を立てている肉の串焼き。
少年の眼はその串焼きに視線を奪われた。
「お、らっしゃい。坊主。何本食うんだ?」
威勢のいい声に視線を正面に向ける。
筋肉隆々のねじり鉢巻きをした男だ。
ネイノートはズボンの中から硬貨を取り出すと、男に突きつける。
「この中の金で買えるか?」
出された硬貨に店番の男は驚くと……
「おーおー景気のいいこって、えーと……これで一本だぜ」
そういって満面の笑みを作り、茶色い硬貨を一枚つまんで見せた。
「じゃあそれで一本くれ」
残りの硬貨と串焼きを一本貰い、すぐにかぶりつく。
焼き立ての肉から熱い肉汁があふれ、口の中を満たした。
「金勘定もできないってぇと、相当田舎から出てきたのか?そいつは『ムト肉』つうんだ。憶えときな」
あまりに美味そうに串焼きをかじる少年に、店番の男は笑いながらそう言った。
その気さくな態度、明るい笑顔に少年は父の面影を見る。
ネイノートは幼き頃より森で暮らしていた。
母は彼を生んだときに死んだと父から聞かされ、父も彼が幼き頃、彼を魔物から庇って死んでしまった。
故にこれまで人とほとんど交流せず、買い物すらしたことがない。
字の読み書きや金銭感覚等、大体の常識は父から教わっていたネイノートだが、使わない知識は所々抜け落ちてしまっている。
そんな彼でも、この串焼きが無料でないことは分かった。
昼食も済ませ、ネイノートは大通りを行く。
人ごみの中を歩くのは大変だったが、森の中を颯爽と歩く事ができる彼はすぐに慣れてしまった。
道路わきにある看板を頻りに見ながら歩く。
袋のような絵に剣の絵、鎧の絵、コップのような絵と様々だ。
目当ての絵は、盾の上に剣が二本交差してあるもので、父に教わった『冒険者ギルド』の模様である。
大通りを歩き続けていると、程なくしてその絵は見つかる。
通りから大きな広場に入り、その真ん中に位置する建物の入り口。その上に掲げてあった。
看板の下には大きく冒険者ギルドと書かれている。
非常に大きな建物で、ネイノートの家がいくつも入りそうだ。
両開きの戸は開け放たれ、武装した人が何人も出入りしている。
ネイノートは気を引き締め、その建物に向かった。
中は大きな一つの部屋になっていた。
真正面にはカウンターがあり、五人の男女がそれぞれ同じ服を身に着け忙しなく動いている。
カウンターの両脇には階段があり、どちらも二階に向かって伸びているようだ。
また、カウンターに向かって左側には、紙が張られている大きな板に、机と椅子のセットがいくつか置いてある。
右側は飯屋になっているようで、人々が酒や料理に舌鼓を打つ姿が見えた。
ネイノートは物珍しくあたりを見回しながら、人が並んでいる真正面のカウンターへ向かった。
暫く並んでいると自分の番になる。
「こんにちは。初めて……ですね?当ギルドに何用でしょうか」
カウンターの中は少し高くなっているようで、綺麗な女性が上から声をかけてくる。
金色の長い髪を靡かせ、彼女は笑顔を向けた。
「ギルドに加入したいんだけど」
そう聞いた職員は一枚の記布を取り出す。
「かしこまりました。こちらに記入いただけますか?」
差し出された記布には、入国時に書いたものとほぼ同じものが書いてあった。
ネイノートは言われるままに書き記すと職員に手渡す。
記入漏れがないことを確認して、職員は告げた。
「ではあちらでお待ちいただけますか?入団試験を行いますので」
彼女は右手を上げ、紙の張られた板の方を指し示す。
「試験?」
疑問に思いネイノートが彼女に問いかけると、彼女は笑顔を崩さず端的に答えた。
「冒険者はとても危険な仕事です。自衛の力があるかどうか、それを確かめないことには入団させることはできませんので」
そこまで言って頭を下げた。
次の冒険者が迷惑そうにネイノートを見たので、足早に彼女が指した方へ向かう。
そして板の近くにある椅子の一つに腰かけた。
「おい、そこの」
少しして突如声をかけられる。
ネイノートが声の方を向くと、そこには一人の少年が立っていた。
年は若くネイノートと同じくらいに見える。金色の短い髪は顔を動かすだけでさらりと靡き、更には質のよさそうな服を着ている。
腰には高そうな剣と銃。
ギルドに似つかわしくないその風貌は、明らかに周りから浮いていた。
「貴様も入団志望者か?」
明らかに見下したその言葉に、顔を顰めながらもネイノートは答える。
「そうだけど……お前もか?」
ネイノートの言葉に少年は気を悪くしたらしい。
少し語気を荒くし、腕を組んで吐き捨てた。
「無礼な奴だな。やはり平民とは話すものでない」
その口ぶりといで立ちから、どうやら少年は貴族のようだ。
どう対応しようか、とネイノートが悩んでいると……
「貴方がそんなのと話す必要ないでしょう?」
声と共に少年の後ろから一人の少女が顔を出した。
炎のように真っ赤な長い髪。黒いローブを着ているところから魔法使いだろうか。
腰にはやはり銃を携え、背中には杖を背負っている。金髪の少年と仲が良く、年も近く見える。
彼女も貴族なのだろうか。
ネイノートは文句の一つでも言おうとしたが、その言葉を飲み込み黙って机に突っ伏した。
争いになれば負けるのは分かっているのだ。
実力如何の話ではなく、立場の問題で……
それでも下手に出る気がないネイノートは無視という方法を取る。
無視を始めたネイノートに何度か罵声をかけていた彼らだが、一切反応しなくなると黙って別の席に着いた。
気まずい空気が暫し流れ、やがて彼らの前に一人の男が現れる。
「入団志望者はこちらへいらしてください」
職員と同じ制服を着た彼はそういうと踵を返し、二階へ上る階段に向かう。
追随するのはネイノートと先ほどの二名。
両者は仲良く話しながら先を歩く。
時折ちらりとネイノートを見ては嘲笑を浮かべた。
ネイノートはあくまで無視を決め込む。
職員は二階の一室の前で立ち止まり、戸を開けると中に入るように促した。
「ではこちらにお入りください」
言われるままに三人は部屋に入る。
机も、椅子も、何もない部屋。
背後からバタンと戸が閉まる音が聞こえると、部屋の床が光り輝いた。
その光はどんどん強くなり、ネイノートの視界は真っ白に染まっていく。