けれど、彼はそれを掴む
他人から学ぶ女の子へのアプローチ。などと言っても、別段大層なことをする訳ではない。今現在、竹長の身近な協力者は新聞部男子部員3名のみである。ゆえに、俺たちが女の子へのアプローチのお手本を見せて参考にして貰うという単純極まりない方法だ。
……止めときゃ良かった。僕、女の子にアプローチとかしたことないんですけど。もう流れ的に後には引けない。
「トップバッタージャンケン! 」
ジャンケンで勝った順に1番から3番を決め、尚且つランダムに選んだ学園の女の子へ声をかける。相手には事情を知らせていないので出来レースではない。
割り箸に書かれた女の子の名前を引き当て、その娘に偽アプローチをしかけるというものである。勿論後でネタばらしをするのだが。
「最初は……俺か」
トップバッター、粋先輩。
マジかよいきなり大本命がトップバッターかよ。俺と向井でボケまくってからの粋先輩でスッパリ解決という流れができないじゃん。……いや、真面目にやるよ?
「じゃあ、割り箸引くぞ……」
「「………」」
ゴクっ。緊張の一瞬である。
『西条麻友』
「「………」」
………取り敢えず呼び出してみよう。
未知のコールにかけると、二つ返事で快諾された。流石、粋先輩となると話の通りやすさが違うな。
3分後。西条さんが登場した。因みに待ち合わせスポットは木漏れ日の当たるロマンチックな中庭の一角である。
「スミマセン、お待たせしてしまいました! 」
ぺこりと頭を下げる西条さん。黒髪のストレートにメガネのよく似合う女の子……どこかで見たことあるような気もするなぁ。
「待ち時間も計算のうちだよ」
出たー!
女の子が一度は言われてみたいセリフベスト400には確実に入る決め台詞!流石粋先輩、サラッとさりげなく言うあたりポイント高すぎるぜ、竹長メモ取ってるか?
「はいっ、ロンもちです」
「何で聞こえてんだよ」
つーか古いな。
「あ、あの……ご相談というのは? 」
「そうだな」
木漏れ日が麗らかに射し込み、先輩を優しく照らす。演出としては最高のタイミングだ。自然にまで愛されているというのかっ。
クルリと背を向け、先輩は
「……実は、ある人のことが気になってるんだ」
「え⁉︎あ、ある人⁉︎ 」
さぁ始まるぞ。魅惑に彩られたレクイエムの旋律がっ。
「それは約束通りにここに来てくれて、ちゃんと話を聞いてくれている……」
「そ、それって……」
「あぁ。今、俺の正面にいる──」
振り返ろうとした矢先、その声は唐突に響き渡った。
「あ、こんにちわ。粋先輩! 」
「……え? 」
粋先輩の目の前を。通り過ぎざまに挨拶していったのは………東堂進一であった。
「なるほど……なるほどなるほどなるほど‼︎ 」
「え」
次の瞬間。西条さんがわなわなと肩を震わせて、顔を真っ赤にして呪文のようになるほどと繰り返していた。慌てて振り返る粋先輩。
「遂に……遂に実現したのね」
「え、あの、西条さん? 」
「私の……私の特別な、スペシャルマイドリームがぁぁぁああ‼︎ 」
そして爆発した。因みに日本と英語の意味被ってるからな。
「折濱×東堂‼︎これぞ黄金コンビ!これぞ最強ユニット!これぞ全女子の夢‼︎即売会なら1000部完売間違いなしっ‼︎ 」
「………」
「降りてきたぁぁ、×の神が降りてきたァァァアアア‼︎ 」
絶句である。×の神って何?邪神?
「これからは同人活動なしにそれが見られるというのね‼︎こうしてはいられない、早く皆に知らせなきゃ‼︎ 」
「………」
「キ・マ・シ・タ・ワァァァアアア‼︎ 」
脱兎のごとく駆け出す西条さん。その瞳は欲望と欲望と欲望が混沌と入り混じった恐ろしい色を成していた。
「だあぁぁああ‼︎ちょっと待てぇぇえ‼︎ 」
その後を追いかける粋先輩。
その後ろ姿を眺めながら、俺はふと思い出していた。西条……それは中等部で俺におぞましい世界を布教しようとした西条凛さんの発した言葉だ。
『私の妹も、明条にいるんだー』
まさか……あれが西条さんの妹だというのか。いやもう性格的にほぼ間違いないと言っていいだろう。俺は西条家の遺伝子に心底震えるのだった。西条の血、恐るべし。
「……すまない。俺は何の力にもなれなかった」
「いやもう完全に相手と運が悪かったです。気にしたら負けです」
落ち込む先輩を宥めつつ、続いては向井の番である。ジャンケンでまた負けた。
俺たちはいかなる犠牲を払おうとももう進むしかないのだ。という訳でオープン!
『シャーマン・F・益田』
コールをすると二つ返事で快諾された。
俺はこの学園の存続が本気で心配になってきた。
3分後。向井の待機する中庭にシャーマン・F・益田なる人物が現れた。ところで何故皆3分きっかりにやって来るの?3分に憧れでも?ラ○ュタとかウルト○マンとか、選ばれた人間だけが示すことの出来る高貴な数字が3分だったりする。じゃあカップ麺は嗜好品なんだね実は。因みにウルト○マンの3分は視聴者にとっての10分なんだよ。そこは突っ込んでやるな。
「ひょっひょっひょ」
どこぞのインセクター野郎みたいな奇声を発しながら、シャーマンさんは千鳥足で向井の前まで歩いてきた。てか、やばくね?白目剥いてるんだけどあの人。救急車呼んだ方が良いんじゃ──
「シャーマン益田、だな? 」
「ひひ……」
や、やる気なのか向井!アドリブ対応力高いとか最早そんなレベルじゃねーぞこれは。アイツ向かう所敵なしかよっ。
「今日、アンタを呼んだのは他でもない……」
「……」
「貴女の心に巣食う病を、取り除く為だ」
聞こえ様によっては告白ととれるかもしれない。ほら、恋の病を取り除くみたいな?状況は気にせずセリフだけは一応メモっとけよ竹長。
「了解です!」
「だから何で聞こえてんだよ」
いつの間にか竹長の表情はハキハキしたものになっている。昨日とはえらい変わり様だ。
それはさておき。向井は腕を組んだまま、ゆっくりと語り出す。さながら探偵のように。
「近頃校内で話題になっててな……夜な夜な校舎を徘徊する女子生徒がいると」
初耳なんだけどそれ。
「そんで。これ以上騒ぎが大きくなる前に、解決しとかねーとってね」
「お前に何が分かる……」
シャーマンがぷるりと震えた。白目がギョロッと回る。……ちょっと向井くん?方向性が怪しくなってきましたよ?
「お前に、お前に何が分かる………憎しみと苦しみの連鎖にがんじがらめにされた私の……ワタシノナニガワカルウウゥウウ‼︎ 」
「っ! 」
振り上げられたのは拳ではない。大きな包丁のような、鉈だ!
向井がすんでの所で回避するも、突き刺さった地面は抉れ、更にそこから黒い液体が溢れだした!
「くそっ、見境なしかっ」
「コロス、コロォォォス‼︎ 」
やっと、目で追うのがやっとだ。
さながら閃光のごとく振り抜かれた鉈の一撃。常人ならばなすすべもなく両断されていただろう、しかし向井は違う。必要最小限のステップでそれをかわしてゆく。サイドステップ、バックステップ、軽やかな動きを最大限に活かして回避を繰り返す。
対するシャーマンの斬撃は最早光すらも超えるのではないかと言うほど速く、そして強力なものになっていた。振り上げられた鉈が、向井の頬をかすめた。ツーッと血がしたたり落ちる。
ニヤリ。シャーマンは笑う。次は抉るぞと。しかし向井も不敵な笑みを返してみせた。
「悪りぃな、憎しみだけに囚われたアンタの負けだ」
「ナニィ⁉︎」
そう、シャーマンは気付いていなかった。彼女の足元にあるものに。
「ふ、封魔結界術式⁉︎ 」
「あの世で閻魔様にでも裁いてもらうんだな……‼︎ 」
足元の魔法陣は紫色の妖艶な光を映し出し、シャーマンは声にならない悲鳴を上げて──
「はいカーット」
茂みから夏服の制服を着た、小太りの男子が出てきた。赤いメガホンを首から下げている。
「あいやー、良い絵が撮れたよ。向井くんありがとう」
「向井くん、ありがとう! 」
「いや、このくらいお安い御用で」
男子に続いて、シャーマンかんも人が変わったように晴れやかな笑みでお礼を口にする。そうして、二人は笑顔のまま去っていった。
「彼らはアニメ研究会の部員でして。前から戦闘シーンの手伝いをお願いされてたんすよ。ちょうど良い機会だったんで、新聞部ってことで記事の許可貰う代わりに依頼引き受けたんす」
聞いてもいないのに説明してくれた。
「あれ、シャーマンさんの演技? 」
「えぇ」
「あの黒い液体は? 」
「墨汁でしょう」
「あの魔法陣」
「電球繋げて作ったみたいですね」
「因みに割り箸くじはどうやって? 」
「先の方に小さな目印つけときました」
マジかよ。恐るべき隠れたスペックを持つアニメ研究会とパイプが出来た。アッミーゴ!それ別のゲームだ。
「まぁそんな訳だ竹長。時に恋愛は打算ややらせって現実もある。それでも人は恋をするんだろうな……」
「なるほど……深いです! 」
仕込み100%の向井のターン。終了。
「最後は俺ですか……」
「散々ボケを作ってきたからな、俊也くんにバッチリ決めてほしい所だ」
おかしいなー。それは逆の役割だったはずなのに。
「くじ引く前に、ちょっと下準備を」
「「下準備? 」」
「えぇ。俺はシチュエーションで攻めます」
同じ苦境を共にした者同士には情が芽生えやすい。それを恋愛面に応用したのがいわゆる、吊り橋効果というやつだ。ドキドキを近くにいた男子への想いと勘違いするという例のアレだ。
この効果でくっついたカップルは別れやすいとか何とかいうが、そういうカップルはきっとどんな方法でくっついても破局する。吊り橋から本当に愛し合うカップルだっていくらでも誕生しているのだ。要するに、きっかけだ。きっかけを作るならばより印象的で鮮明なものの方が良い。故に、吊り橋効果は比較的わかりやすいきっかけになり得る。
「まず、あの中庭の一角にある……あの木にダンボールを設置します。本をいっぱい詰めたような重いやつを」
作戦はこうだ。何か物を詰め込んだダンボールを木の枝と枝にギリギリで引っ掛けておく。そのダンボールにロープをくくりつけ、ピンと伸ばしてダンボールが落ちないように茂みまで引っ張り支える。
ターゲットがやってきたら、木の近く(念のため、元々ダンボールは当たらない位置)に誘導して俺は彼女と対峙する。合図とともに、茂みに隠れた仲間がロープを離し、ダンボールがぐらつく。
俺は咄嗟にターゲットを庇い押し倒すようにその場から逃れる。二人は抱き合う形で吊り橋効果の完成である。
「完璧だな」
「完璧に頭が抜けてますよ、先輩」
多分今回に至っては誰にもそれを口にする権利はない。
「ダンボールの説明は? 」
「もう一人の仲間が、「ごめーん、窓から落としちゃった」と顔を覗かせればオッケーだ」
つまり三人で一つの作戦とも言えるだろう。
「そうだな。ダンボールの取り扱いには細心の注意に払って、やってみよう」
という訳で下準備。10分足らずで必要なものの準備は終わった。あとはダンボールをひっかけて、ロープで支える役と校舎窓での待機役の配備で完成だ。
「それじゃあくじっすね」
「あぁ……」
やはり緊張の一瞬である。前2人のようなぶっ飛んだ方々ではなく、出来れば普通の女の子が良いのだが……
『成條霞』
……あれ?おかしいな、見たことあるよこの名前。
見れば粋先輩も向井も実に面白そうな顔つきでこちらを見ている。ちょっと待てちょっと待て、お兄さん。
「いやー、これは先輩のお手並み拝見させて頂きたいっすね是非」
向井くん。
「タイミングは任せとけ!見事な演出を期待してるぞ俊也くん」
粋先輩。
「勉強させてもらいます! 」
竹長。
「君の心の色は彼女に瞳にどんな色彩をもたらすんだろうね……」
誰だお前は。
仲間だったはずの三人は皆一様に、さも楽しそうに持ち場へと向かっていってしまった。……腹を括れと、そういう意味か。
「もしもし、あ、霞か──ておい!何でいきなり切るんだお前はっ」
そんな事を繰り返し、コール4回目にてようやく会話になった。場所を指定して呼び出す。あのやり取りの後では不安だったが、暫く待っていると、律儀にもやって来てくれた。
ありがたい。あとは俺が上手くやるだけだ。ここまで来たらやってやる、勢いそのままに近くの木陰から飛び出した。
「よう霞、はっ──」
その瞬間ロープが離される。ダッシュ。訝しげな表情でこちらを見つめる少女へ向かって猛然と突っ込んでゆき──
「危なぁぁい‼︎ 」
ひょい。かわされた!
「何ぃ⁉︎ 」
グシャッ。ダンボールが俺の背中を見事に捉えていた。
「ぐはっ……」
像にでも踏みつけられたのかと思うほどの圧迫感が一気に押し寄せてくる。続いて上からは間の抜けた向井の声が。
「すみませーん。間違って落としちゃいましたー」
TPOを弁えろ。見ろ、この状況を。しかし悲劇というものは連鎖するらしい。
「きゃー!理科室の実験で使う大量の蜂の子の入ったケースが! 」
「は? 」
どばぁぁ。何か白い物体が大量に……
「しまったぁ!理科室の研究会で使う大量のナメクジが入った水槽が!」
どばぁぁ。今度はヌメヌメしたのが体のあちこちに……
「ああーっ⁉︎理科室で秘密裏に開発されていた不老不死薬の材料の一つである大量の墨汁が入ったバケツがー! 」
「オイィィ‼︎理科室もう封鎖しろぉおお‼︎ 」
ざっぱーんっ。視界は瞬く間に闇に転覆した。
■
後片付けを済ませて再び集まる頃にはもう三時を回っていた。アホに始まりアホなことで半日潰した訳である。三人揃えば何とやらである。
「……」
霞に至っては最早言葉すらくれずに、冷淡に一瞥して帰ってしまった。どうだ竹長、これを反面教師として参考にしてくれ。
「いや無理です」
拒否られた。
「ですけど、何となく分かりました僕」
「竹長? 」
「大事なのは、行動してみることなんだって!行動しなきゃ始まらないんだって! 」
グッと拳をつくる竹長。
……良い面構えになったな、こいつ。ここに来たばかりの時はただオロオロしてるだけの奴だったのに。
俺たち三人は顔を見合わせる。ふっと粋先輩が微笑し、それは向井と俺にもうつった。
終わり良ければ全て良し。何かイイハナシダナー的な感じで終わらせとけば世の中大体オッケーなのである。
「僕、今からハンカチを返して……想いを伝えます‼︎ 」
まだ本番にすら突入していなかった。
「さて、ではもう後は当たって砕けろなので。特に準備することはないな」
「砕けるの前提ってのが辛いですけど、大丈夫です!」
気合いだけは十分なようだ。前向きに確実な成長をしている竹長を見ているとなんとか上手くいって欲しいと思う。アホな事しかしてやれなかったけど、それは本心だ。
「分かった。んじゃ古湊のやつを呼び出そう」
俺は携帯を取り出してみせる。
「先輩、彼女の連絡先知ってんすか? 」
「………」
携帯を閉じた。
「探して呼んでこよう」
中等部校舎にいたテキトーなやつを見繕い、古湊茉莉について尋ねると同じクラスだという。中庭に来て欲しいと伝えてもらう事にして、茂みに隠れた皆の元に戻ると、竹長が何度も深呼吸をしていた。やはりとてつもない緊張を感じているようだ。
「どうだった? 」
「多分、10分くらいで来るかと思いますけど」
待つこと15分。ようやく古湊が姿を現した。キョロキョロと辺りを確認するように見回しながら、ひょこひょこと小さな足取りで。両手は後ろで重ねて、微風に黒髪を靡かせながら。うーむ、その仕草でさえ計算されているように思えてしまう、ら
愛華だったら絵画になるくらい様になるけどね、巨匠どころの話じゃない。僕の心のルネサンス、何言ってんださっきから。
現れた最後のボスだ。竹長はグッと拳を握りしめると、大きな一歩を踏み出そうと──
「あの……」
「どした?ここまで来てやっぱ無理なんて言い出すなよ? 」
「いえ……無理というか」
竹長の表情は困惑していた。何故?それは彼の次の一言ではっきりした。
「ハンカチの人……あの人ではないんですけど」
「「「…………」」」
………ん?んん?はい?
「ええぇ⁉︎ 」
思わず立ち上がって声をあげてしまった。
当然、前方にいる古湊に見つかる。ていうか、バッチリ目があった。めちゃくちゃ訝しげな表情をされた。女子が不審者を見つけた時によくする「は?何あいつ?」並みの。
いやしかし、今はそんなことよりもだ。古湊茉莉ではない?ハンカチの人が?
「まさか、人違いとは……」
「なるほど、そーいうオチか」
茂みに隠れたままの粋先輩と向井はしまったという表情。目標の相手は古湊である前提で話が進んでいたのだ、その前提が覆さらるとは思わなかっただろう。つーか、俺のミスだこれは。
「彼女はもっとこう……あ! 」
竹長も弾かれたように立ち上がった。彼の視線の先へ、俺たちの視線も倣うように向けられる。
ここから離れた、木陰のベンチで読書をする一人の女子生徒の姿がそこにはあった。
そよ風に揺れる柔らかな長い黒髪。澄んだ蒼い瞳に桜色の小さな唇。木漏れ日にさらされながら、本のページをめくる彼女の姿はどこか儚げで美しい。まるで聖母のような、一枚の絵画として飾られていてもおかしくない景色がそこにはあった。
「ひょっとして、あの娘か? 」
「はい!彼女です!間違いありません! 」
竹長はベンチに向かって駆け出した。慌てて後を追う粋先輩と向井。俺も追おうとして、足を止める。……そうだった、古湊呼び出したままだ。元はと言えば俺のミスだし、こっちもフォローしとかなくてはなるまい。
「あ、せんぱい!こんにちはー! 」
「さっきめちゃ嫌そうな顔してたろお前。んないきなり態度変えたら不自然だろ逆に」
「? 」
小首を傾げるアピール止めろ、角度とか目線とか計算されつくしてるのが手にとるように分かるから。切ないから……なんか、周りの他の男子が。
きっとまだ苦さをしらない純粋な男子は多くの涙をのんできたに違いない」
「せんぱい? 」
「いやなんでもない」
知って欲しいけど知らせてあげたくないことも世の中には沢山あるのだよ。世の中矛盾だらけだ。
「それより、私ここに呼び出されたんですけど……」
「あー、あぁそれなぁ」
「ひょっとしてせんぱいですか? 」
今となっては竹長は全く関係ないからな。そういうことにしておくしかない。てか呼び出したのは俺で間違いないしな。
「……ま、まさかっ」
「あん? 」
「愛の告白ですかっ 」
「だったら? 」
「チェンジで」
最後の一言物凄く良い笑顔で言い放たれたんだけど。笑顔で振るとか、女の子って怖い……
流石に誤解されたままなのもアレなので、かなり言い訳がましくはなってしまうが正直に事情を説明することにした。取り敢えず間違って呼び出したことについては誠心誠意謝罪もする。
「なぁーんだ、では何もかも勘違いなんですねぇ」
「まぁそうなるな、悪かった」
「いえいえー、安心しました。せんぱいに告白でもされたらどう断ろうかとっても悩んじゃいますよー」
「さっき笑顔でチェンジって言ってたような……」
断るのが前提にきてるのね。まぁしっかりしてるってことで納得しよう。別に速攻で振られて悲しんでる訳じゃないよ?
「で、その男の子どうなったんです? 」
「あ、そういやそうだった」
俺も早く彼等の元へ向かわなくてわ。ということで、竹長が走っていった方へ。何故か古湊もちょこちょこ付いてくる。何この娘?振った男の子にそんな風について来ちゃっていいの?それともピクミンか?だとしたら確実に白ピクミンだな、うん。
「………」
木陰のベンチでは、例の女の子と竹長が仲睦まじく肩を寄せ合って座っていた。
え?何か展開が早すぎて僕もうついていけませんよ。アレだ、休載しまくって単行本もう2年くらい出てないマンガの最新巻がようやく出たから買ったは良いけど内容がさっぱり分からなくて、よく見たら一巻飛んでたみたいな気分だ。
「何がどうなったんですか、粋先輩」
「あー、うん。それがな」
粋先輩は苦笑しながら頭を掻くと、簡潔に言葉をまとめてくれた。
「竹長が告白して、彼女がそれを受け入れたって感じかな。因みに彼女の名前は古賀みゆきというらしい」
「マジですか」
まぁ、失敗したらあんな風に仲睦まじく座ったりしてないよな。いやでも展開早すぎじゃないかしら。
「ハンカチを返した勢いで、思い切り告白したんだよ。そしたら、実は彼女の方もずっと想ってたらしくてな。だからハンカチを思わず貸しちゃったみたいなんだが、とにかく両思いだったって話だな」
「わぁ、何だか素敵な話ですねー! 」
いきなり古湊が両手を胸の前で合わせてキラキラとした笑顔を見せた。キラキラ付けられるとかコイツどんだけスペック高いんだよ、これなら遠征困らないぞ。
「えーと、事情は」
「はい、藤咲せんぱいから概ねうかがいました」
「あー、そっか。申し訳なかったな、俺からも謝るよ」
俺のミスだというのに、謝罪を付け加えてくれる粋先輩。あれ、何この気持ち?俺が女子だったら一発でおちてるね、うん。本当にありがとうございます先輩」
「せんぱい、果てしなくドン引きです」
「思ってても口にするな、そういうことは」
ヤッタネ!これでマツリちゃんのドン引きポイントゲットだぜ!皆もポイントを集めて素敵な景品を手に入れよう!アホか。
「しかしまぁ、こういう結末もアリっすね。サクセスストーリーも記事としては悪くない」
「……そうだな」
幸せそうだ。竹長は心の底から幸せそうな笑顔でいる。
新聞部に来た頃はオロオロして、周りの顔色ばかり伺っていた男子だったのに……戦いの中でどんどん成長して、遂には幸せを自分の力で掴んだのだ。拍手を送ってやりたい気分だった。
「さて、じゃあ邪魔者は退散するか」
「ですね」
「記事、書く準備もしますかね」
待って下さい!
その声に振り向くと、竹長がこちらを真っ直ぐ見つめて立っていた。
「僕がここまで来れたのは、皆さんのおかげです!」
やはり黙って背を向けたまま、その声だけを耳を傾ける。
「皆さんは僕に、僕に青春の意味を教えてくれました!本当に大切なものを教えてくれました! 」
忘れませんから!僕、ずっとずっと忘れませんから‼︎
俺たちしかいない中庭に、力強い声が響き渡る。
「めっちゃお世話になりましたぁ‼︎ 」
振り返るわけでもない。声をかけてやる訳でもない。ただ、俺たち三人はそっと微笑する。
あの日(昨日)、あの始まりの日(昨日)から今日まで、俺たち繋いでくれた友情を。彼の目に焼き付けて欲しくて。……
青春に別れはつきものである。
「ハッピーエンドで良かったですねー」
「あの状況を何一つ触れずにスルーするお前の順応力に驚きだよ俺は」
最早君しかいなかったんだけどね、ツッコミ役は。ボケは一定以上放置されると取り返しがつかないんだよ、怖いね。
「あ、そういえば! 」
「ん? 」
「折濱先輩に聞きたいことあったんです」
ていうか、もう当たり前のようについて来てる古湊の順応力が怖い。友達かと勘違いしちゃうよホントに。
「折濱先輩、東堂先輩とどういう関係なんですかっ」
「なっ、え、まさかそれ」
「今女子の中で大拡散してるんですけど。もしかして麻友ちゃんの話ってホントに⁉︎ 」
「誤解だぁぁああ‼︎ 」
恐るべき西条の拡散力。もう最新鋭のパソコンウィルスよりタチが悪い。
その後、西条麻友の噂が誤解だと解けるまでに暫くの日数を要したという。
青春にアホはつきものである。




