その鳴き声を辿る先
好奇心はいつだって新しい道を教えてくれる。
かのウォルト・ディズニーの言葉である。
どんな些細なものでも、好奇心を持ち続ければ必ず道を指し示してくれる。夢破れても、好奇心を失わなければ新たな道が用意されるというのである。
己の存在価値を問い続け、疑問を抱き苦悩する現代の若者達にこそ必要な言葉であり、答えでもある。
で、この冒頭に何か意味があるのかって?意味なんてない。でもたまにやりたくなる。これも単なる好奇心。
「ゆ、ゆゆ幽霊⁉︎ 」
ガタンと。香織が椅子から身を引いて尻餅をついていた。丸出しの動揺っぷり、こっちまで恥ずかしくなる。ほら見ろ、クライアントまで困惑しているだろ。
「あ、あの……」
「あぁ、コイツ単なる怖がりだから気にすんな。続けてくれ」
ちょっと!後ろから抗議の声がこちらに飛んできたが、気にせず目の前の女の子へ話を促す。
えーと、確か名前は酒井とか言ったか。胸元のリボンはピンクだから一つ下の下級生、栗色のポニーテールがよく似合う女の子だ。テーブルを挟んで頭一つ分くらい小さい。
「はぁ……それで、ですね。最近夜中になると奇妙な声っぽいのが聞こえるって噂があって」
「………」
この娘が部室にやって来たのはつい10分前くらいだった。相談、ということで。
「それで、気になって友達と実際に夜の学校に忍び込んでみたんです」
映画なら死亡フラグ一直線である。
「つーか、夜の学校って入れんのか?セキュリティとか厳しそうだけど」
「あー、えっと、そうですね。柵さえ超えれば、校舎へはちょっと抜け道みたいのがあって」
「随分アグレッシブなスクールライフだな」
まぁ忘れ物や文化祭とかの準備とかの為、先人が残したものなんだろう。負の遺産にならなければ良いが。
「そしたら、本当に聞こえたんです‼︎ 」
「っ」
「唸るような、明らかに人間のものじゃない声が!何度も! 」
後ろでまた息を呑む気配。怖いなら聞かなきゃいいものを、しかし彼女の好奇心がそれを許してはくれないらしい。
「んで、それを俺たちに調査してほしいと」
「はい!このままじゃ私怖くて、忘れ物もおちおち取りに戻れません」
「忘れ物しなきゃいいんじゃね? 」
まぁ、相談は概ね理解したが。
「内容は把握したけれど、どうして私達に相談に来たのかしら」
隣に座る霞が口を開いた。まぁもっともな疑問だ。化け物退治なら新聞部よりももっと確実な組織があるだろう。特別○外活動部とか。まー俺はゆかり派だね、いやいや皆色々言うけど本当に一途で凄く良い娘じゃないか、フェスを終えても尚好きだ!因みに劇場版の絵はとても良かったね願わくば屋久島のストーリーをもっと───話進めろ。
「あ、それはクラスの男子に話を聞いて。竹長っていうんですけど、相談事ならここがオススメだって」
「おー!その子見る目があるね! 」
アイツ……そうか元気でやってるのか。青春を大いに謳歌してさっさと破裂して欲しい。
しかしまた口コミからやってくるパターンだ。
てか、最近うちの部室に相談に来る人増えて来てない?ここはお悩み解決的な部活ではなくて、新聞部なのだが。いや、まぁ記事にするネタを持って来てくれるというのはありがたいのだが……ん?そういう方向性にしたら部としてより活動価値が上がるんじゃないか?
「うんうん!そういう事なら私達が何とかしない訳にはいかないね!」
思わぬ評価が得られた為かすっかり気を良くしている我らが部長。先程の狼狽えっぷりはどこへやら。
「私達に任せといて!そのお悩み、ばっちりスクープに変えてみせるから! 」
なにその決め台詞みたいなの。しかもよく考えるとそれじゃあ悩み解決することになってなくね?
ともあれ、女の子を帰して早速作戦会議に移ることにする。
「しかし、良いんすか部長」
「何が? 」
「あんな安請け合いして。モノホンの幽霊だったらどーすんですか? 」
若干ひきつった表情もすぐに首を振って向井の言葉を一笑する。
「この世に幽霊なんていないわ、あるのは無知への恐怖だけ」
「科学で解明できないこともありますよ? 」
「それは全て脳の錯覚よ。人間が人間たらしめる脳の一時的なエラー!それが怪奇現象の全て! 」
なるほど。まぁそう言えなくもない。知覚とは結局脳に収束するものであり、つまり我々が感じること全ては脳次第なのである。水槽の中の脳という有名な例もある。
「あら、香織にしては言い得て妙な反論ね」
「あぁ、珍しく納得しちまったわ」
「そこっ!変な意気投合しないっ」
霞と俺にびしっと釘を刺してくる部長。しかし向かいに座る向井(洒落じゃない)や粋先輩もこくこく頷いている。満場一致である。
「けど、事実夜中に何かしらのトラブルがあるのは間違いなさそうだ」
ToLoveる?違うか。
「解決に尽力すると言った以上、早いとこ現地調査を済ませなきゃならないだろう」
「学校で噂になってんなら、記事にするにも申し分ないネタでしょうし」
粋先輩に続いて向井も頷きながらメモ用紙にすらすらと走り書きをしている。
「まぁ、多分大したことない真実なんだろうが」
「それはそれで、オチもついて良いのではないかしら。万が一、ということも考慮には入れておかなくてはならないけれど」
霞の言う万が一、とは別に幽霊が実在したとかそういう事だけではない。夜中の学校だ、物理的な危険をはらんだ出来事があるかもしれない。唸り声、というのが具体性を欠くのだが。
「つまり、とにかく夜の校舎に行ってみないとだね。よしっ!」
香織の言葉に頷く一同。夜の校舎なんて真っ先に嫌がると思っていたが、コイツもなんだかんだで部長として成長して──
「私は自宅で司令塔をやるから、実行部隊は本日の夜から速やかに行動を開始して下さい! 」
丸めた紙で力一杯叩いておいた。
夜。すっかり学園から人気がなくなった午後11時過ぎ。俺たち新聞部は学校の正門前に集まっいた。条例とかはこの際気にしないことにする、学校の問題解決を優先しなくてはならないのだから。布団にくるまって外出拒否を訴えていた幼馴染を引っ張り出し、連れてくるのに手間取った。
オレンジ色のシャツにベージュの上着、赤いスカートと暖色系で決めているのは、怖さを打ち払うべく香織の最後の抵抗か。
「いやー、べ、別に大して何にも変わったところはないね!じゃあもう遅いし帰──」
「えらねーすよ」
「うぐっ」
往生際の悪い部長である。
「ま、一見深夜の学校だな」
「うん」
チェック柄の上着に濃い青のジーパン姿と動きやすい格好の粋先輩。一緒に辺りを見回すが、ひたすら静かな通学路が坂の下に続いているのみである。
「うぅ〜、かすみん〜」
「ちょっと香織、苦しいからくっつき過ぎないで……」
香織にべったりと引っ付かれている霞。薄手の白いカーディガンと黒いスカートと涼しそうな私服だ……スカートの裾を掴まれてなんかひらりとあぶなげに揺れる、知らずに視線が吸い寄せられ──目が合った。睨まれた。
「で、どっから入るんすか? 」
腰に手を当てる向井。赤いパーカーにジーンズ姿、俺も似たような格好だが夏にしては少々厚めだ。
「彼女が言ってた抜け道ってのを聞いてきた。そっから入ろう」
「知ってるんすか? 」
「ちょっとだけな」
帰る前に竹長を呼び出して尋ねたところ、彼も抜け道の存在を知っていたのだ。二つ返事で答えてくれたので助かった。
正門の反対側にある抜け道を使って(今後は出来るだけ使わないようにしたい)敷地に入り込む。
「な、何だかスパイみたいだね!ほらMIのチームみたいな 」
「初っ端からチーム壊滅するけどな、あれ」
「何でそういうこと言うのよぉっ」
最終的にほとんどの人物死んじゃうしね。
頑張って明るくしようとする部長の努力をしっかり折りつつも、噂にある校舎の前までやってくる。
「あー、これが午前0時になるとダンジョンに変わるっていう例の」
「ここはいつから月○館になったんだ」
劇場版第3弾も全力で応援します。
「苦しい……」
香織は相変わらず親友にひっつくように密着している。てか、心なしか顔赤くないですか霞さん?え、そういう展開?
「むしろアリだな」
「死霊のような燻んだ目でこちらを見ないでくれるかしら」
そんな目はしていない。
「で、これからどうする? 」
「そうですね──」
言い終わらぬうちに、それは響いた。思わず背筋に寒いものが走る感触を覚える。
真夜中に奇妙な声。そう囁かれた噂を思い返して、納得してしまう。それほど大きく無く、しかしじわじわと這い寄ってくるような不気味な音。前方の校舎の方から、確かに耳へと飛び込んできたのだ。
奇妙だ、少なくとも人の出す音ではない。
「──っ‼︎ 」
香織は声にならない悲鳴とともに、霞を抱きしめていた。
「……ここは、二手に分かれましょう」
「え? 」
「先輩は香織達とここで見張りお願いします。俺と向井は校舎の方の様子見てきますから」
男子を集めて、耳元で静かにそう囁く。
一瞬首を傾げた粋先輩だったが、やがて意を察したのか眉をひそめた。
「危険じゃないか?だったら俺が校舎に」
「いえ……何かあった時二人を任せられる役目が必要ですから。それは先輩しかいないです」
「そうか」
まとまって移動しては何かあった時に対処が限定されてしまう。比較的安全と思われる(今の所は)場所に見張りとして置いておくグループと、問題の箇所に向かうグループに分けるのが対応としては適当だと思われる。
……香織のあの様子では、身動き一つ取るのが一苦労だろう。あと抱きしめられて身動きがとれない霞もだ。必然的に二人は見張り。で、物理的な強さを考えると、粋先輩に二人の側へいてもらうのが一番安全だ。
「んじゃ、俺らは機動部隊って奴っすね」
「単なる見回りだよ」
「そう言ってるキャラが大抵始めに喰われますよね」
「………」
99%、ほぼ確実になんてことはないオチが待っているに違いがないのだ。だからと言って、危険が全く無いのかと言われれば断定は出来ない。世の中に絶対なんて無いのだ。もし仮に、俺らの手に負えない危険があった時……あるわけないか、マンガの読み過ぎだ。はっはっは……これフラグじゃね?
三人を入り口付近に残して、俺らは校舎へ潜入する。因みに経路は竹長に教えて貰った抜け道─単に警備システムが無い古い扉だった─を使った。サンクス竹長、砕け散れ。
「……薄気味悪いな」
「深夜で賑やかだったらそっちのがヤバいでしょ」
「だろうけどさ……」
校舎1階。西側から忍び込むものの、暫く先程の声は耳にしない。空耳……ではないはずだ、確かに聞こえた。時折顔を見合わせながら、西から東へと校舎を移動していく。太陽の行動に逆らうことも時には必要である。アホか。
馬鹿な事を考えて気持ちを落ち着けながら、おっかなびっくり教室を回っていく。
「このまま永遠夜中の学校に閉じ込められたりして……」
「おい止めろ物騒過ぎるぞ」
「なんかありましたよね、そんなゲーム」
あれほとんどのキャラ生き残れないゲームなんだけど……
「夜中の教室なんて……開けるだけでも勇気いるな」
「突然閉まったりして」
「ちょっと?お前俺の味方じゃないの? 」
なぜこの男はこんなに平然としていられるんだ。二人でも結構怖いんだけど俺。
月明かりが窓から薄っすら射し込み、窓際の机や黒板の端を照らす。柔らかなその光に落ち着こうとするも、室内の片隅から蠢くような暗闇がこちらを覗く。それは徐々に辺りを蝕むように広がってゆき、しまいには俺たちの足元にまで巻きつくように伸びていた。
「……こっわ。時間帯違うだけで普段過ごす場所が結界の中みたいになってんな」
「あぁ、校庭出たら弓使いと槍使いが戦ってる例の」
「おい止めろとんでもない戦争を持ち込むな」
「心臓を一突きですからね」
本当に物騒極まりない。
「けど、暗いってだけで特に変わった所は無いっすね」
「さっきの音も聞こえないしなぁ」
「次行きますか」
飄々と出て行く向井。まるでいつもとは違う景観を楽しむ観光者のように、その足取りは軽い。
「ちょ、ちょい待った」
一人残されたことに気付いて慌ててその後ろ姿を追う。これじゃあ香織のことを怖がりと笑えないな……けど実際怖いぞ、深夜の教室。
A組から順をおって一階の教室を覗いていったが、特に異常がある場所─あったらあったで大スクープだが─は見受けられなかった。一階最後の教室もただ暗いというだけで不審な点は無い……と思う。
「一階は何も無し、か」
「今にも赤い女とか飛び出して来そうだけどな」
「あれ全部出会うと手紙届くらしいっすよ」
「ホーム画面開きたくねぇ…」
「んで、それ読むと今度はタイトルから赤い女が──」
「怖がらせてどうするつもりだ俺の財布には230円しか無いぞ」
この間衝動的に高いブックカバー買っちゃったからね☆
一階を粗方見回って、さて階段に足をかけようとしたその時だった。先程耳にした、あの君の悪い呻き声のような音が響いてきたのである。
「っ、今の」
「ええ、聞こえました」
当たり前のように響いてきたので、一瞬思考が働かなかった。音の方向からして上階ではない、確かに一階からの音だ。
「戻りましょう」
階段ホールから再び廊下へと出る。先程と違って、低い音がずっと鳴っている。音の高さは一定、のようで時折うねるように波を打つ。……大丈夫、どうせつまんないオチだ。どうせ。
「これ……外じゃないっすか? 」
「みたい、だな」
教室側ではない、窓を挟んだ校舎の裏側から聞こえてくる。
向井は窓を開けて、軽い身のこなしで足をかけた。
「どうします?取りあえず俺一人で見てきましょうか? 」
「また寝覚めの悪い提案してくるな……」
飛び降りた彼に続いて俺も窓から外に出る。後でちゃんと閉めとかないとバレた時に面倒そうだ。
校舎の裏側は軽い林になっている。緑豊かな景色を廊下から一望出来る安らぎのひと時も、深夜になれば魔界への入口かと思わせるほど不気味な景観に様変わりだ。どこまでも続いていそうな闇は、風に揺れる葉々につられて生き物のように蠢いている。緑は黒に染まり、揺れて奏でる音はさながら死霊の足音を思わせるほど。
極めつけは、その奥から呻き声が響いていることである。
「……なんかいるのは間違いなさそうですね」
「倒れたドラム缶に風が反響してるってオチを期待したいんだけどな」
「記事にしやすそうなオチなら、まぁ」
ガサっ。手前の茂みが大きく揺れた。
くっ、いよいよ来るかっ………何が?
「誰? 」
少し低めの、通りの良い声が響いた。暗闇にこだましていた木々のざわめきの中でも、その澄んだ声ははっきりと耳に残る。
「「………」」
続けて。草を掻き分けるような音と共に、姿を現したのは……
「……」
不思議な光景だった。
黒林の奏でる葉の音、暗闇に吸い込まれてゆく微風、おぞましく蠢いていた闇夜でさえそれはごく自然に思えた。恐怖はいつの間にか掻き消え、風は心地よい感覚で頬を撫でた。
魔法使い。
一瞬そんな荒唐無稽な考えが浮かんだのは、前方の〝彼女〟の格好のせいだ。黒いローブ……映画で西洋の魔術師とかが身につけている服装に思えたからだろう。
ゆっくりと近づいてくる。思わず距離をとろうとしたが、声に敵意は無さそうだ。
月明かりに照らされ、その姿が徐々にはっきりとしてくる。
よくよく見れば、なんてことはない。ただのフードだ。両手の袖口を余らせた大きめの黒い上着を身に纏っていたから、ついローブのように見えてしまったが。
容姿ははっきりとは分からない。目深に被っているフードからは白い肌が覗く。
肩口から伸びた長く黒い髪は、月明かりに反射して優しく輝いて、黒曜色の瞳がこちらを捉えていた。
「………」
思わず息を呑んだ。恐怖とか驚愕とかそういうんじゃない。
不気味だった暗闇の景色を、一瞬で幻想的とも思えるものに変えてしまった。目の前の〝彼女〟にはそれだけの美しさがあった。
綺麗とか美人とか可愛いとか、そういったものとは異なる形容し難い何か……根源的なもの。
フードでろくに姿を目にしてもいない癖に、そう感じてしまった。
それほど絵になっていたのだ。その姿全体が。
「……貴方達は? 」
再びかけられた声に思わずドキリとしてしまうが、ここはつとめて平静を装おう。人間誰しも大切なのはファーストインプレッションだ。ここで変な印象を与えてしまうのは社会の常識的にまずいし、彼女との今後の関係にも悪い影響がある。いや今後っていうのはアレだよ、変な意味じゃなくて仕事的なアレだから。高一男子は決して夢ばかり見ている訳じゃないのだ。そう、俺たちは異変の取材に来ているわけで、その関係者っぽい方なんだから話を聞けないといけないのだ。だから例え未知との遭遇を果たしても、いつも通りの対応が求められる。友達少ないけどここは頑張れ俺」
「……先輩わざとやってません? 」
「予定調和だ、問題ない」
オッケー、超クーリッシュ。あのアイスすぐには食べつらいよね。いやいや俺はつとめて冷勢だ……違った、冷静だ。
「このろくでもない人はおいといて」
「お前にだけは言われたくないんだけどそのセリフ」
「じゃあ二人ともろくでなしってことで」
「まぁ、それなら良いか」
幻想的に思えた光景は、瞬く間にただの深夜に引き戻された。緊張感が欠片も感じられなかったともいう。もう雰囲気もへったくれもない。
「………」
ほら、彼女も呆れたような半目でこっち見てるし。と思ったらおもむろに上着のポケットから携帯を取り出した。ちょっと?
「……もしもし、警察の方ですか?はい、そうです、明条です。不審な男が二人ほど──」
「待てぇ‼︎ 」
TSUHO!しちゃってるよこの娘☆
いやいや人生終わる!何もないまま人生のシアター劇場閉館しちゃう‼︎バツイチは場合によってはプラス要素になっても前科は絶対にならないから気を付けてね皆‼︎
人生を繋ぎとめる為、全力で止めようとした所で、フード少女は携帯をスリープにしてポケットにしまった。アレ?
「……冗談よ」
無気力そうなその一言に、ガックリと膝をつく。心臓止まるかと思った……てかとなりの向井くん冷静すぎません?何これ仕込み?
「で? 」
「で、とは? 」
「何故、こんな遅くに学校の敷地内にいるの?そもそも誰? 」
抑揚の感じられない声で問われる。
それはそのままこちらの台詞でもあるわけだが。むしろ格好からして、素顔がよく見えない彼女の方が怪しいと言えば怪しいよね。
「それは、俺らが……あーっと、先輩ヨロです」
「雑にしても程があんだろ」
向井はごく普通に説明しかけて、いきなりスルーパスをこちらに放ってきた。ゴール前空いてんのに何でわざわざ回したの?
「いやー、俺だと上手く説明できないですから」
「………」
訳:めんどくさい
「えっとだな、まず何者かだけど、ここの学生だ」
「……… 」
「だから不審者とかじゃない」
言動は限りなく不審だったかもしれないけど、振り返ってみると。
「俺達は新聞部に所属してるんだ。最近、『夜中の学校で変な声が聞こえる』って噂が流れてるみたいでさ、その調査というか」
「聞いたことないけど」
「最近のものみたいだからな、その噂」
「新聞部って方」
あ、そっちか。香織が聞いたら落ち込みそうなので黙っといてやろう。
部活の説明を一からするのも手間ではあるので、今ここにいる理由について伝えることにした。噂について依頼が来たこと、その調査の為に夜中の学校に忍び込んだこと。
「変わったことしてるのね」
「否定はできないかな、最近は」
取り敢えず理解はしてくれたみたいだ。いい方向ではないかもだけど。
「君こそ、こんな時間に何してたんだ? 」
「私? 」
「あぁ、そもそもこの辺でさっき声を──」
気付く。黒いフードの付いた上着を羽織っている下は、明条の制服姿だった。ラインの入った赤いスカートに、シャツの胸元には赤いリボン。
彼女もまた、学校の生徒だったのだ。しかも赤ってことは、同学年か。
その時だ。また、あの奇妙な音が聞こえてきた。予想外のタイミングに思わず肩がびくついてしまう。
しかし、以前素顔の分からない少女は、冷静に小さく息をはいてみせた。
「……ひょっとして、この音のこと? 」
「あ、あぁ……そうだけど、知ってるのか? 」
「………」
少女は答えることなく、くるりと背を向けて、そのまま暗い茂みの方へと歩き出す。暫くすると、振り返ってひょいひょいと手招きをしてみせる。
「……どうします? 」
「ま、付いて行くしか」
顔を見合わせてから、俺達もその後に続いて茂みの奥へと入っていった。
……よく分からないが、あの奇妙な呻き声の正体が明らかになる。生徒達を震え上がらせている怪奇現象の原因が、遂に───
「みゃー」
ダンボールから顔を覗かせるのは灰色の猫だった。あら可愛い。
ずざざ───っ!
声を抑えて地面に思い切りずっこけておいた。結構痛い。
「何してんすか? 」
「いや、取り敢えずリアクションをな」
まぁ、そんなこったろうと思ったけどサ。色々フラグものっぽいの立てたのに何一つ回収できなかったなぁ。
「噂の音って……コイツなのか? 」
「どの音のこと言ってるのか分からないけど」
少女はそっと膝をついて、ダンボールの中の生き物に手を伸ばす。
「さっきの音なら、この子が鳴らした声よ」
「「…………」」
優しく手を頭に乗せる。猫は随分と少女に懐いているのか、気持ち良さそうに目を閉じた。喉を撫でればゴロゴロとされるがままに鳴いてみせた。
「この子、先週くらいから捨てられてたみたい。よりにもよって、学校にね」
先週か、時期的にも辻褄があう。話を聞いた限り、先程の声は恐らく生徒達が聞いた奇妙な声で間違いはない。
「ううぅぅーっ」
「おっと」
向井が猫に近づこうとすると、唸るような低い声を出し始めた。間違いない、校舎でも耳にしたあの声だ。しかも近くで聞くといやにでかい。
「人間に捨てられて、随分警戒が強くなってたみたい。時折、大きくうなされるみたいな声で鳴くのよ」
「なるほど」
肩を竦めて手を引っ込める。この少女以外には心を許す気はないようだ。
「ここは一階のすぐ裏側。近く横切った人間の気配を察して怖がって声をあげていた……そんなとこっすかね」
「あぁ」
恐らく、ここがこの猫のねぐらなのだろう。深夜に、しかも中等部に忍び込んでいた人間にはピンポイントで聞こえてしまう怪奇現象の完成である。
「君には懐いてるのな」
「………」
返事がない。何かを考えているのか、目深に被ったフードからはうかがい知れない。理不尽に噂にされたことに怒りを感じているのだろうか……
「え? 」
単に上の空だったようだ!ボーっとしやすい娘なのかな?
「猫、随分懐いてるんだなって」
「……何かね」
再び手を、優しく頭に乗せる。猫は安心しきったように、甘えた声を出した。
「初めて会ったのも、夜のこの場所。ぼろぼろのダンボールに入れられてたの」
「夜によくこんな場所通ってたな」
散歩。フードの少女は抑揚のない声色でそう返す。
ダンボールは彼女が替えてあげたのだろうか、新しいものになっていた。
「……一人ぼっちで震えてて。何だか、放っておけなくて」
どこか自嘲気味に口元を小さく緩める女の子。ちゃんと表情は見えないのに、どうしてか彼女が気になった。初めて感情らしいものを見せたからかもしれない。
「それで、毎晩こうして世話をしてるんですか? 」
「………」
「私の家は、犬や猫は厳禁だから」と力なく頷く。
「昼間は、人気のない旧倉庫の裏にいるけれど。……人通りが多いと耐えられないみたいね」
「でも、夜はここに戻ってくるんですよね? 」
小さく頷く。
昼間は人気の来ない倉庫裏に隠れて、夜はこの校舎裏に戻ってくる。ねぐらだからか、最初にここに捨てられたからか。或いは──
「夜、ここで待ってれば……いつかコイツの飼い主が戻ってくる」
身勝手な人間の為に、一方的に飼い慣らされて、一方的に捨てられてしまう。力の弱いものは〝彼らの決定〟に抵抗できずに殺されてゆく。それでも、どこかで期待している。
よくある話だ。幸せが当たり前じゃなくて、1日を生きることが当たり前じゃなくて。でも、だからこそ小さな希望を生きる糧にする。優しかったご主人様が、またあの暖かい手を差し伸べてくれる日が来ることを。
「……どうします、先輩」
向井は静かに問うた。依頼の原因は突き止めた。これを説明してやれば、事業所に連絡等をして解決するだろう。
こういう問題は数が知れず、関わり始めたらキリがないのが常だ。このまま手を引くのか、それでも関わるのか。彼はその目で問うていた。
「………」
フードの下から覗く黒い瞳。目が合った。逸らさずに見つめてくる。表情は相変わらず分からない。
どんな言葉を続けるべきなのか。
身勝手に捨てた人間への怒り?行き場のない猫への同情?
違う、それは無責任な偽善だ。どれもこれも、結局俺は何一つ事を知らないのだから。飼い主だって、やむを得ない事情があったのかもしれない。
だから、同じ偽善ならば──
そっと腰をおろして、俺もダンボールに近づく。灰色の猫がピタリと動きを止めてこちらに目を向けた。琥珀色の瞳に捉えられた。
おもむろに右手を伸ばす……猫は微動だにしない。警戒を解いたわけでもないが、威嚇するつもりもないようだ。
「………」
そっと。そっと手を乗せた。ふわふわと柔らかい感触、気分を害さないように丁寧に撫でてやる。
「みゃー」
気持ち良さそうに鳴いてくれた。
「……驚いた」
隣に屈む少女は、小さくそう呟いた。言う割に驚いてるような声色じゃないけれど、しかしその瞳は意味ありげにこちらを捉えている。
「ほとんどの人には威嚇しかしなかったのに……」
「まぁ、そっちにも懐いてるし……そういうこともあるんじゃないか? 」
「………」
話を聞く限り、この猫は彼女にも最初から懐いていたらしい。
「流石先輩。動物には好かれやすい性質をお持ちなんですね」
「ちょっと向井くん?悪意ないその言い方、動物〝には〟って」
「それか、先輩を同類と見なしているか」
「はっ、舐めるなよ。猫は群れじゃないと生活出来ない人間共よりよっぽどタフでカッコいいからな。伊達に十二支に入り損ねてねーよ」
ムハンマドだって猫を愛してたっていうし、日本の伝統招き猫は金運の象徴だ。黒猫は人を恐れさせたというし、単独でここまで力発揮する動物はそういない。猫は今の流される若者にこそお手本にされるべき存在なのである。
「にゃう」
ふと。笑った気がした。猫が、だ。気のせいに違いないのに、何故かやけに納得してしまう。
そうか、まだお前は笑えるんだな。
「みゃうぅ」
喉を撫でるとゴロゴロと満足気にうなる。なんだ、警戒してるといってもそんなんじゃないな。みゃおと、猫は肯定するように鳴いてくれた。
「……探してやるか」
「え? 」
少女は初めて驚いたと明らかに分かる表情を向けてきた。
構わず立ち上がると、向井の方へ振り返る。
「向井、今回の依頼って何だっけ」
「……奇妙な声が聞こえるので、何とかして欲しいという依頼ですね」
「この依頼って、原因究明に加えて原因解消も含んでるよな」
「……まぁ、捉えようによっては」
ふむ。新聞部に対しての依頼だ。こんな時香織だったらどうするか……考えるまでもない。
「なら探そう、新しい飼い主を」
「………」
関わり出したらキリがない。けど、目の前のこの猫を放置することは出来そうもない。
向井は暫くこちはを見つめていたが、やがて肩を竦めてため息をついた。
「ま、部長でもそう言うんでしょうね」
理解が早いな、相変わらず。
「……えっと」
くいっ。服の裾が引っ張られた。
振り向けば少女が戸惑うような声で二の句を探していた。
「さっきも言ったけど、俺ら新聞部だからさ」
「新聞部って、そんな事までするの? 」
「どうだろうな」
普通は多分しない。けど、うちの新聞部は大分お節介らしい。
と、裾がもう一度強く引っ張られた。
「……火渡、優理」
「ん? 」
「私の名前」
さっと、少女がフードを捲った。
月明かりに照らされて露わになる素顔。伸びた黒髪は絹のように美しく、光を帯びた瞳は黒い宝石のようだった。先ほどとは違った意味で、また息を呑んだ。
「みゃー」
出会いは一期一会。どんなきっかけがあって、どんな選択があるかも分からないが、その一つ一つにはきっと重要であるはずだ。だから──
「俺は──」
「向井聖麻です。よろしく」
「おーい」
だから、この選択にもきっと大切な意味がある………よな?
今回から黒鉄様の投稿キャラが登場します!
今回はまだ一人ですが、これからもう一人登場してくる予定です。
大体今回のエピソードも3話くらいかかる予定です。
よろしくお願いします!




