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すくーぷっ!!  作者: 伽藍云々
Summer Time !!
54/91

昨日の敵の今日は相手次第

 


 


「──という訳なのです!! 」

「またえらく飛んだなオイ」


 放課後。

 部室のホワイトボード。書き連ねられた文字の上から叩き付けられた手に、一同の注目が集まる。


「だから、何としても夏休みが明ける前に部員を確保しないといけないんだよ!! 」


 ボードの前に立ち熱弁を振るう新部長さん。いつになくテンションが高く、やたらと張り切っている様子。


「……相変わらず、厄介事が絶えない部ね、ここは」


 頬杖をついて、ほぅっと小さく息をつく霞。ふわりと翡翠色のショートカットが揺れて、やや眠たそうな眼をパチクリと瞬きしている様子はどこか幼げさを残していて可愛く──


「何? 」

「ん、いや別に」

「不気味な視線をこっちを向けないでくれるかしら」


 相変わらず口も悪い。


「けど、いきなりだね……生徒会長さんも無茶を言うな」


 霞の向かいには難しい表情で唸る粋先輩。やるせないようにため息をつきつつ、生徒会室がある方向に目を向けた。


「本当ですよ!!

あの人、完全にあたし達の事根に持ってます」

「そりゃ、まぁ色々楯突いたからな……今までも」

「むぅ」


 腕を組んで小首を傾ける幼馴染み。


 彼女が皆に話していたのは勿論、生徒会から受けた通告の事である。同好会への降格。それに伴う予算案の大幅減額。一応、条件を満たせばそれらを考え直す方針になるとは言っているのだが……


「とにかく、事は一刻を争います!何としても、期日までに人数を集めないと!」

「「………」」


 それがいかに大変な事であるかは、言うまでも無いだろう。

 一般的に言われる入部期間はとっくに過ぎている7月現在、3ヶ月前にあった部活紹介の後も誰一人見学にさえ訪れて来なかったというのに。


「会長さん、随分せせこましい手を使って来るのね……」

「そりゃまぁ、色々楯突いたからな」

「不愉快極まりないわ」


 心底不快そうにこちらを睨み付けてくる霞。例えるならば、好感度メーターはマイナスの青いゲージの更に下に突き抜けたかのよう。

「と言っても、悔しいけど言い分は間違ってないんだよな……」

「なんですよね」

「部活に割ける予算は限られているからね。学園としても結果が芳しくない部よりは功績を残して名を広めてくれる部を優遇するのは仕方ないことだ」


 仰る通りだ。


「でも、新聞部以外にも部活なのに功績を残してないところなんていっぱいあるのに……」

「それは……」


 一方で、香織の言うことも最もで。何も形すら残していない部もこの学園には存在している。そんな中で、敢えて新聞部(うち)が槍玉にあげられた。

 そこはもう、完全にタイミングが悪かったと言う他ない。生徒会長に目を付けられるタイミングが。


「……いつか表舞台から引きずり降ろされればいいわ、無様にね」

「トーンがマジだって、霞さん」

「怖いからさ」


 いつの間にか新書を開いていた霞がボソリと恐ろしい事を呟いた。本に隠れて表情は見えないが、粋先輩も若干顔をひきつらせている。……幼い頃に何かあったのだろうか。


「それで香織、人員確保に何か宛はあるの? 」

「だね、何にしてもそれがないと始まらない」

「それは勿論──」


 自信満々に頷く香織。当面の壁になり得る問題だと思ったが、意外にも彼女には考えがあるらしい。流石、伊達に部長に選ばれた訳では──


「これから考える!! 」

「………」


 流石である、その前向きさが。


「えっと、そういう訳で。早速人員確保作戦を考えていきたいと思います!では、何か案がある人!」

「先生、いいですか」

「はい、俊也くん! 」


 ノリが良いのは結構だが。


「もう下校時刻っすよ」

「え」


 時刻は既に6時半。辺りも薄暗くなり初めている頃合いだ。


「あ、もうこんな時間……」

「つー訳で、このままだと作戦会議はお開きになりますけど」

「うぅ……」


 困ったように時計と室内を交互に見る香織。こんな消化不良な状態じゃ終わるに終われないのだろう。とはいえ、下校時刻は下校時刻。


「んじゃ、今日はこれを使うか」

「俊也? 」


 ポケットから取り出したのは一枚の紙切れ。黄色い縁取りの線、真ん中には『から寿司』という文字がでかでかと載っている。


「あ、それって」

「実は、一昨日商店街の福引きで食事券当てたんだよ。回転寿司食べ放題、しかもちょうど4名様まで」

「おー! 」


 ヒラヒラと軽くと振ってみせると、香織は文字通り目をキラキラとさせて身を乗り出してきた。


「だから、今日はこれでご飯にでも行って。そこで話し合えば時間も無駄にならないんじゃない? 」

「俊也、それナイスアイデア!」


 そして、心底嬉しそうにポンと手を打ってみせた。こんなんで元気になってくれるなら、福引きもやった甲斐があるというものだ。


「お寿司……」

「霞は好きだったよな、確か」

「えぇ。俊也が醜く醜態を晒すのを眺めるくらいに好きよ」

「えらく捉え所のない好みですね」


 歪みねぇ。


「寿司、か」

「先輩、お寿司苦手ですか? 」

「いや、大好きだ。随分久しぶりに食べるなぁ、楽しみだよ」


「味は保障しますよ。あ、値段の割りにですけど」


 たまに利用する店だから、香織の家族と一緒にだったりと。

 というか、問題は食べ物じゃなくて話し合いの場所を確保することだから──


「じゃ、早速行こっ!お寿司お寿司!! 」

「……一応話し合いも忘れるなよ、部長さん」

「まずは炙りサーモン……いや、〆サバかな? 」

「………」


 ……ま、いっか。


 

 


 


 


 


「ん~っ!!サーモン美味しい♪ 」

「んん、これで90円は安いな。あ、エビも一つ」

「俊也、そこの赤いフタの醤油取って」


 一皿基本90円、種類は握りからデザートまで数豊富。カウンターは直接注文、テーブルはモニター注文可能な回転寿司店だ。値段も安く、それに味も結構良いという事で平日も休日も客足は多い。

 夕飯時とあって、20分くらい待ったが一番奥のテーブル席に俺達は着く事が出来た。出来たのだが……


「次はアジを──あ、かすみんも食べる? 」

「えぇ、頂くわ。あと中落ちも……」

「あ、だったら俺も貰おうかな」

「はい、じゃあ3つを──」

 えー、三人とも完全に目の前のお寿司に夢中になっておりまして。話し合いをしようとしてた事自体忘れている模様。

 けど、美味しいからいいか。


「っと……俺は」


 席は俺と香織がモニター側で向かい合って、香織の隣には粋先輩、こちらの隣には霞が二人通路側に向かい合って座っている。という事で、お皿を取るのもモニターも俺達の仕事だ。




 目の前に積まれたお皿はそれぞれ10皿くらいか、皆だってそろそろお腹も膨れてくる頃だし本題に──


「さて、と。そろそろ中トロと穴子を」

「ってお前、まだ食うのかよ」

「これからだよ、これから! 」


 香織(こいつ)意外と食えるからな。

 回転寿司って、普段より食べれてしまう事ってよくあるけど。


「……太るぞ」

「うぐっ」


 ピタリと手が止まる。目に見えて動揺する辺り、日頃から意識してるんだろう。


「で、でも!

珍しく俊也が奢ってくれたのに」

「いや奢ってないから、券があってだな……」

「一コ食べても十コ食べても同じなら、勿体ないじゃん」

「まぁ、そりゃそうだけど……」


 手を伸ばしてお皿を取る。何だかんだ言っても、結局食欲には勝てないと言ったところだろうか。


「俊也、そのお皿取って」

「お前もよく食べるよな」


 霞も、その小柄な体格に似合わず結構食べている。香織ほどじゃ無いにしても、俺よりは食べてる気がする。


「貴方が軟弱で少食なだけよ」

「そりゃまぁそうだけどさ……」


 軟弱は頂けないが。


「食えないもんは仕方が──」

「女の子より食べない男子は全然モテないらしいわね」

「さてと、ここからが本番だな」

「ふふっ」


 あと10皿は堅いぜ。やっぱ無理、4皿。


「む、香織ちゃん……中々やるな」

「先輩こそ、まだまだ余裕ありそうですね」

「ま、これくらいはね」

「私だって、まだまだ! 」


 隣同士ではいつの間にか皿の数バトルみたいな流れになってるし。


「んっ……」

「えっ」


 ギュッと。いきなり右手に柔らかい感触、手を握られたのか。誰だなんて問うまでもない、霞だ。

 突然の事に心音が一気に高まった気がした。


「か、霞? 」

「………」


 隣を見ると、きゅっと両目を閉じて何かに堪えるように小刻みに身を震わせていた。その間も、彼女のその小さな手はしっかりとこちらを握ってきて……こ、これは一体


「……さび」

「えっ」


 小さくポツリと呟くとゆっくり目を開く。涙で潤んだ瞳が恐る恐るといった様子でこちらに向けられる。どこか色っぽくもあるその仕草に思わずドキリとしてしまったのは言うまでもない。


「わさび……多い」

「あ、あぁ、わさびか」


 な、なんだ……びっくりした。


「わさびくらいで大袈裟だな」

「……俊也、口を開けて」

「は? 」

「いいから」

「いや、いいからって……」


 箸からもう一貫のお寿司を口元に寄せられる。というか、無理矢理口に放り込まれた。


「んっ……!? 」


 口内に広がったのは、お寿司の味よりわさびの味。鼻から突き抜けるような痛みが一気に、じわりと目尻が熱くなるのを感じた。

 

「これ、わさび多いの……」

「って、わざわざ食わせなくても口で言えば良いだろ」

「俊也に食べて欲しかったの」

「いや可愛く言ってもダメだからさ」


 まぁ可愛いけど。


 じゃなくて、涙を拭いつつ熱めのお茶で何とか流し込む。まだ若干残ったわさびがヒリヒリするが。


「それより、手を」

「? 」

「離してくれると、助かるかなーって。右手使えないから」


 未だに握られたままの右手に目を落とす。柔らかい感触もそのまま、正直恥ずかしいというのもある。


「………」

「痛っ!? 」


 いきなり手の甲を叩かれて弾かれた。表情もいつもの無愛想なものに逆戻り、しかもフイと顔を背けられる始末。

 やっぱり可愛くねぇ……


「お前なぁ……」

「俊也! 」

「え? 」

「そのイクラ取って!あ、早くっ、行っちゃうから」

「お前はどんだけ食べる気……」



 結局、回転寿司では皆普段の倍近くの量を食べてしまった。食事券的には十分に甲斐があったと思うが、肝心の話し合いはほとんど出来ずに終わるという低たらく。


「あ、明日……明日の昼休み! 」


 というとんでもなく行き当たりばったりな計画の上の日程となった。まったく何の為の提案だったんだか。


「ホント、こういう時は予想を裏切らないよなお前は」

「だ、だって!お寿司、美味しかったし……」

「それは何より」

「うぅ」

「太るぞ」

「ぐぬぬ……」


 苦い顔でお腹の辺りを擦る。やはり自分でも食べ過ぎたと思っているのだろう、これはまた面倒な事を言い出すとも限らないな。『ダイエットするから付き合え』とか。

「俊也だって、かすみんとベタベタしてたじゃん」

「いやいや、どこが」

「してたもん、手なんか握っちゃってさ」

「あれはアイツが……」

「アーン、とかまでしてたし」

「それも霞が──」

「私もかすみんとイチャイチャしたかった! 」


 んな事言われても。


「それより、本当にどうするんだよ部員の話。まさか待ってるだけじゃ事態は変わらないぞ多分」

「そんな受け身の姿勢じゃダメだよ、もっと積極的にいかなきゃ!」

「だからどう──」

「スカウト!ビビっとくる人材をスカウトするしかないよ」


 ……ビビっと、ねぇ。


「宛は? 」

「まだ無い、けど……それをこれから探すの」

「はぁ」


 それが一番難しいという話なんだがなぁ。せめて幾つかツテがあれば話は別なんだが。


「………」

「何だよ? 」

「別に、何でもないかも」


 香織の視線を感じたが、振り返ったらプイっと顔を背けられてしまった。何だよと、追及しようした所でいきなり両手をパンと合わせる幼馴染み。


「それより、作戦会議しよ!あたし達だけでも」

「それはいいけど」

「だから、取り敢えずお菓子とジュース買いにいかなきゃ!会議を円滑に進める為に」

「いや考える気ないだろお前」


 お寿司ですっかり幸せになってしまったらしい。券一枚で笑顔になってくれるならばとは、しかしどうやら本格的な話し合いは明日以降になりそうだ。


 と、思っていたら……



「聞きましたわよ穂坂香織!! 」

「「………」」


 翌日。


「窮地に追い込まれた新聞部!ついに廃部の危機、このまま成す術無く朽ちてしまうのか!?ですわ!」

「……妃希ちゃん」

「おーっほほほほ!!長きに渡った私達の戦いにも遂に終止符が打たれる時が来たようですわね?新聞委員会(わたくしたち)の完全勝利という形でっ」


 金髪を華麗に靡かせお嬢様ロールは今日もバッチリに颯爽と登場した白ノ宮妃希によって、学園の朝が始まった。


「……相変わらずの地獄耳」

「あら、私にとっては誉め言葉ですわ」

「うぬぅ……」


 犬猿の仲は朝っぱらから健在。にやりと口角を上げる白ノ宮に対して悔しそうに唇を噛む香織。なんというか……どちらも一向に学習しない辺り、似た者同士な気もする。


「残念ですわ、まさかこんなにも呆気無い幕切れを迎えることになるだなんて。どうやら私、貴女を予想以上に買い被っていたみたいですわね」

「ま、まだ終わった訳じゃないよ!寧ろこれからが本番に──」

「ふふ、負け犬ほどよく吠えるとはまさにこの事。見苦しいですわね」

「んなっ」


 煽る白ノ宮も白ノ宮ならば、乗る香織も香織である。


 ……朝っぱらから、正門前での二人の口喧嘩は正直目立ってしょうがない。高校生になっても変わらないその光景を、いつの間にか少し離れて傍観すること10分弱。


「では、私はこれで。これ以上貴重な時間を割くわけにはいきませんから」

「そっちから話しかけてきたんでしょっ! 」

「あら、どうだったかしら」


 軽やかに髪を靡かせ、豊満な胸を揺らし、ふわりとスカートを翻し去ってゆく白ノ宮。そんな優雅な仕草が本当に様になっている、流石本物のお嬢様。


「べーっ」


 一方幼馴染みは舌を出してあっかんべーの体制。

 ………去り際では完全に負けている気がする。あと胸でも──


「痛っ!? 」

「こうなったら、何がなんでも見返してやらないとっ」

「いや何で蹴ったの今」

「俊也失礼なこと考えてそうだった」

「………おっかない女」


 とはいえ。白ノ宮の登場で余計火が付いた、もとい焦り始めた彼女が行動を起こしてもどうも空回りを連発しそうだ。これはもう長年の勘から言えることである。


「………」


 宛は、あった方がいいだろうな。


 階段を登り教室に着いたが、香織に気付かれる前にすぐさま教室を後にする。向かう先は隣の教室……ではなく、隣の棟にあるパソコン室へ。

 そこを拠点としている方々に用事があった。


「失礼しまーす」


 広い正方形の室内にはずらり最新のOSを搭載したパソコンが何列も延びている。その部屋の入口付近にある長テーブルの前に集まっていたのは……


「あら、藤咲さん? 」

「どーも」


 新聞委員会。香織曰く『最大の天敵』とまで言わしめる集団。学園を運営する上で必要らしい委員会の1つ、学校側に公式に認められている新聞作成の組織である。要するに、部活より学校側に近い集まりだ。


 その方々の中の一人、白ノ宮がこちらに気付いて近付いてきた。


「どうなさったのかしら、新聞委員会に何かご用ですの?ひょっとして、ようやく新聞部を離れ私達と活動に参加する気に」

「いやなってないけど」

「うぐっ、そうですの……」

「てか、委員会というより白ノ宮に話があって」

「わ、私ですの? 」


 余程意外なのか、2、3回目をぱちくりさせると慌てて首をブンブンと振り始めた。


「お、落ち着きなさい白ノ宮妃希。これはチャンスですよ、今ここで藤咲さんを仕留めれば新聞部は勿論私の……」

「聞こえてるからさ」

「はぅっ」


 仕留めるって何かとんでもなく物騒な言葉が……聞き流しておこう。


「そ、それで、何ですの?私とて暇じゃありませんことよ」

「あぁ、悪い。ちょっとお願いしたい事があって」

「? 」


 小首を傾げる彼女に、軽く咳払いをして一つ間を。


「さっきの話なんだけど」

「さっき? 」

「ほら、部員数の問題でうちの部が危ないって話でさ」


 あぁ、と納得したように頷くのを見てから続ける。彼女がどこで新聞部(うち)の状況を知ったのかはこの際どうでも良い。


「で、まぁ単刀直入にお願いしたいんだけど……」

「はぁ」

「今回の件で、新聞部の力になってくれそうな人材の宛とか、何かあったら教えて欲しいなーなんて」


 ポカンと、しばらく呆けたような表情でこちらを見つめる白ノ宮。かと思ったら、いきなり両手をバタつかせてきた。相変わらずリアクションが大きい。


「な、何を仰っているのですか貴方は!敵である新聞部を助けろだなんて!」

「まぁ落ち着けって」

「貴方が変な事を口にするからですわっ」


 ぴょこぴょこと頭のアホ毛が、まるで犬の尾っぽのように左右に揺れる。


「別に変な事じゃないって。実は至極真っ当なお願いだと思うんだ」

「どこがですかっ」

「それは、こっちの言い分を聞いてくれ」

「全然ダメですの!」

「取り敢えず落ち着けな」


 何とか鎮まらせて一呼吸。ここからである。


「確かにさ、このまま行ったら新聞部は解体しちまうかもしれない。けど……」

「けど? 」

「白ノ宮、お前は本当にそれで良いのか? 」

「は? 」


 わざとらしく、俺は天井を仰いだ。


「このままだと何もせずに勝利になるのかもしれない……でも、それって本当に勝利といえるのだろうか」

「………」

「本当の勝利ってのは、相手と正々堂々向かい合って、拳をぶつけあって初めて得られるものなんじゃないか」

「!? 」


 頬がひきつった。明らかに動揺している。


「白ノ宮ってそういう精神を大切にするものだと思ってたんだけど」

「………」

「正々堂々、気高く美しく、皆のお手本のようなリーダー格で」

「も、もも勿論ですの!! 」


 両手を思い切り掴まれて、途中で無理矢理止められてしまう。


 そして、自己主張の激しい胸が大きく揺れるほど大袈裟にふんぞり返るお嬢様。


「私を誰だと心得ていらっしゃるのですか!白ノ宮の名を背負って恥じない生き方を」

「つまり……」

「当然! 」


 びしっ、指を突き付けられた。その瞳には揺るぎのない光が宿っている……ような気がした。


「こんな情けない形で私達が勝利したとて、そんなもの何の意味も持ちませんの!私達に必要なのは完全勝利、実力の違いをはっきりと証明することですのよ」

「うん」

「故に、貴方達にここで自滅されては困りますわ」


 さっきと言っている事が180°違う結論が導きだされた模様。


「仕方ありません、今回は白ノ宮の精神に免じてお願いを聞いて差し上げますわ」

「相変わらず乗せられやすくて助かるよ」

「何か仰いまして? 」

「流石白ノ宮だな。利よりも義を重んじるその姿勢、カッコいいぜ」

「おーっほほほほほ!当然ですの! 」 高らかに響くお嬢様の笑い声、室内の生徒達は何事かとこちらに視線を向けてきていた。一年生ながら、彼女がある種リーダー的なポジションにあると言ってもいいのは仕事の出来やそもそもの意識の高さから窺える。


「それで、私は何を教えて差し上げればよろしいんですの? 」

「あぁ、それなんだけどさ」


 白ノ宮ともなれば人脈もかなり広いはず、増して学園という狭い範囲ならより。そんな人脈網を伝っていけば、直接的にしろ間接的にしろ新聞部の力になってくれそうな人材の宛に辿り着くだろう。という考えから、この場に赴いたのだった。このままだと香織がまた変な暴走してしまうとも分からないのだ。




 大まかにその旨を伝えると、彼女は胸元のポケットから黒いメモ帳を取り出してみせた。


「……でしたら、この方に当たってみてはどうでしょう? 」

「これは? 」

「以前、先輩方がスカウトしようと思った方で」


 スカウトしようとした?

 彼女の口から飛び出したそのあまりに意外な言葉に暫し首をもたげる。


「まぁ、当人がかなりの変わり者で結局断念してしまったらしいのですが……」

「へぇ」

「けれど、その洞察力と観察眼はかなりのものだとか」

「……どっかの推理小説の主人公みたいだな」


 しかしこれは中々良い宛になのではないか。新聞委員がスカウトしようとした、という情報もまた然り。


「先輩方は何とか引き抜きたかったらしいですが、私に言わせれば必要ありませわ。今の体制でも万全ですから」

「なるほど」


 ニヤリと自信満々に胸を張る。


「他にも幾らか宛はあるとは思いますが……これだけにさせて頂きたく思いますの」

「えっ」

「私達新聞委員でも落とせなかった人材、それくらいどうにかしてくれる力が最低限、新聞部(そちら)にもありませんと困りますわ」

「これまたなるほど」


 ほぅ、と小さくため息をついてメモ帳をポケットにしまう白ノ宮。しかし何を思ったのか、こちらに意味ありげな視線を送ってきた。


「それにしても……やっぱり、藤咲さんは穂坂香織のことばかりなんですのね」

「? 」

「だって、貴方がこうやって走り回るのは彼女の為でしょう。いつもいつも、中心にいるのは彼女でなくって? 」

「どうかな」

「言わなくても分かりますの、伊達に新聞委員をしてきている訳ではありませんもの。人間観察は人よりかなりあると自負しておりますわ」


 そう言われてもなぁ……


「そんなに大切なんですのねぇ」

「まぁ大切かな」

「にゃっ!? 」


 聞いておいて何故自分で驚くんだ。


「そ、な、何でそんなあっさり──」

「自分の学園生活がかかってるからな」

「ですから──って、え? 」

香織(あいつ)に一人で突っ走られたらどうなるか……とばっちり食うのは大体俺だしさ」


 昔からそうだった、というかそれ続きだったのだ。まだ幼く善し悪しの区別も付かなかった幼稚園、活発に無茶を通せた小学校、その無茶が何故か激化した中学校……それだけ長ければそりゃ嫌でもこうなる。

 謂わばこれは防衛本能のようなものとも言えるのではないだろうか。


「そういう事でしたの……ちょっぴりびっくりしましたわ」

「びっくりって」

「な、何でもございませんわ!

それより私、これ以上貴方にお時間は割けませんの。そろそろ終わりにして頂けませんこと? 」

「あぁ、悪い。

ありがとう、助かったよ」


 委員会の仕事があるという白ノ宮、礼を言って彼女と別れる。どの程度目的が果たせたのかは分からないが、取り敢えず教室に戻る事にした。


「あ、俊也。どこ行ってたの? 」

「進路指導室、ちょっと将来設計に不安があって」

「嘘付くなら笑える事言いなよ」

「………」


 辛辣のミート。三遊間を鋭く破るヒッティング。


「ところで、部員の件なんだけど……」

「あ、うん!今日から始めるよ、取り敢えず片っ端から中等部の教室を回って──」

「待て待て待て」


 予想通り行き当たりばったり感100%の計画を突き進めようとし始めていた。これは成功どころか二次災害を招くとも限らない。


「そうじゃなくて、宛を少し聞きかじったんだけど」

「え、ホント!? 」

「ホント」


 先程パソコン室で聞いた話を香織に伝える。勿論、情報源が白ノ宮であることは隠しておく。


「なるほど……それは興味深い人材君だね」

「話によると、洞察力と観察眼が一際優れているらしいからな」

「おお! 」


 キラキラと目を輝かせる。


「下級生らしいから、進級とかですぐ引退する心配もないし」

「うんうん!」

「けど、如何せん結構な変わり者という話だけどな。新聞委員も勧誘諦めたらしいし」

「それだよ!」


 どれだよ。


「あの妃希ちゃん達が失敗した人材!これは私達が確保しなきゃならないしなくてどーする!」

「まぁ、それはどうかな」

「何より!!

観察眼と洞察力、新聞部(うち)には絶対に必要だもん」


 そう言うと思ったからこそ話した訳だが。

 因みに勧誘を諦めたのは白ノ宮でなくその先輩だそうだが。



「変わり者上等!

こういうのは得てして壁が立ちはだかるもの、それを乗り越えてこそでしょ!!」

「だったら……」

「うん、早速放課後アタックしてみよ♪ 」


 パチリとウインク。可愛らしいその仕草も、いよいよテンションが上がってきた証拠だ。


「朝っぱらから何イチャついとるんじゃ二人は」

「ふっふっふ、寧ろ燃えていると言ってほしいな、弦くん」


 不思議そうに顔を覗かせた弦もきょとんとした表情のまま。

 怪しげ、含んだように笑う香織を見ていていると少し心配になってきた。これはこれで暴走に拍車をかけてしまったのではないだろうか。



「……結局止められない運命なのか」

「俊也、どうしたんじゃ?何じゃ顔色が──」

「何でもねーよ……つか、購買行こうぜ」

「おぅ、それは構わんが──」

「俺、日替わりパンとコーヒーな。よろしく」

「いきなりたかる気!? 」




 放課後のことを考えるとやや不安から胃が痛む気もする朝。日替わりパンは杏ジャムとケチャップマスタードという悪意の組み合わせで胃痛が悪化したとか。



 




 向井聖麻。

 白ノ宮から紹介を受けた宛、唯一分かっている中等部三年生の男子生徒の名前だった。







条件クリアに向けて本格的に動き始めました。

次回、龍王の光翼様から投稿頂きましたオリジナルキャラクター様を登場させて頂きたく思います。長らく時間をかけてしまい大変申し訳ありませんでしたm(_ _)m

これから、キャラクター様を扱わせて頂く上で色々とよろしくお願いいたします!!


はてさて、部員問題はどんな形に進んでゆくのか。

次回もよろしくお願いします!

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