幼馴染みの思い出
今回は俊也と香織のちょっとした昔話を中心にした回ですです。
毎回、章の切りがよくなった所にちょくちょくこのような回想の話を入れていこうと思ってます。
所謂アイキャッチ的なものです。
よろしくお願いいたします!
「んーっ!
そろそろ4月も終わっちゃうね〜」
「だな……早いもんだ」
茜色に染まる空の下、俺と香織は並んで歩いていた。
部活帰り、朝通った通学路をゆっくりとした歩調で逆戻り。通りに沿った小川も朝とはまた違った様相をなしている。この感覚が結構好きだったりするんだけどな。
グッと伸びをする幼馴染みの言葉に軽く頷きつつ、空を見上げる。先月に比べて日が延びてきたし、月日の流れを感じるな。
「昔から変わってないよね、この辺の景色って」
「まぁ、ここは郊外だからな」
「うん!
良い事だよねっ、思い出の風景が残ってるって」
今の通学路と小学校の時の通学路は大体同じ。だから通学時の景色もあまり変わらなくて、学校が変わったなんて実感が湧きにくかったのを覚えている。
ついでに言えば、俺達が住んでる街は都会から少し離れた郊外で急激に開発が進んだりする場所じゃないから景色も昔とあまり変わっていないんだ。
何てぼんやり考えていたら、隣を歩く幼馴染みがそっと近くに寄ってきた。
「手、繋ぎたい?」
「は?」
「今俊也、昔の事思い出してたでしょ?
だから手繋ぎたくなっちゃったかなー、って」
言われてみれば、昔はよく彼女と手を繋いで通りを歩いていたな。まぁ、あれは繋いでいたというより無理矢理引っ張られてたという方が正しいが。
「お前は繋ぎたい訳?」
「わっ、質問返しはズルいよ」
「分かっててやってるから気にするな」
「……性格悪いなぁ」
ニヤリとそう言ってみせると彼女は軽く頬を膨らませるようにこちらを睨んでくる。
「ここで照れたりしてくれれば可愛いのに……」
「すみませんねぇ、生まれつきの性格なもので」
「もう良いよ。そういうひねくれ者には無し、繋いであげないからっ」
「そりゃ残念」
拗ねたようにぷいっと顔を背けてしまい、そのまま先に歩いていく香織。
まぁいつもの事だし、特に気にせず彼女を追うように再び横に並ぶ。
「そういやさ、明日提出の英語の宿題出てたよな」
「あったけど……
文法と和訳の宿題でしょ?」
童話の一節を和訳しろだとか、文法の問題を解けだとか、英語の先生が授業終わりにプリントを配っていたんだよね、確か。
「そうそれ、もう終わってたりする?」
「うん、一応ね」
「流石香織だな、部活で忙しいにも関わらず勉学にも手は抜かないその姿勢、立派だぜ」
「まーねー♪」
この通り、誉めるとすぐに怒っていた事を忘れてしまう。どころか、ちょっと嬉しそうに胸を張ってみせる香織。
本当に簡単な奴で助かる。
因みに俺はまだ終わってないどころか手付かず状態なので、後でテキトーに香織のプリントでも見せて貰うとするか。
「あ、この橋も変わってないよねー」
「またその話?」
「んっ、何だか話してたら色んな景色昔と比べちゃって」
とぼとぼと歩いていた俺達は小さな石橋に差し掛かった。通学途中や帰宅途中に毎回必ず通る小さな橋。下には綺麗に澄んだ小川が流れていて、周りに生い茂る草木はまだまだ春を感じさせる。
「この橋って幼稚園くらいの時もこのまんまだったよね」
「ま、橋なんてそうそう変わるものじゃないからな」
とはいえ、修築くらいはちょっとずつされているかもしれないけど。
「昔はとっても大きくて長い橋だったのに、もうこんなに短かかったんだねー」
「そりゃ、あの頃はまだこんなだったしなぁ。
あの頃の景色なんて、もう見られないさ」
「……そだね」
俺が身体の半分くらいの高さで手をひらひらと振ってみせる。彼女はそう言って微笑んだが、その表情は何処となく寂しそうにも見えた。
「ね、俊也……」
「ん?」
「………」
そっと。風にかき消されそうな程微かで、しかしはっきりと彼女は名前を呼んだ。
何かを言いたげに、彼女は暫くじっとこちらを見つめてくる。紅い瞳は揺らいで、蒼い髪は春風にさらわれる。
流れる静寂。
小川のせらぎが、風の音がやけに耳に残る。
「………やっぱり何でもない」
が、すぐに首を横に振ってみせた。何か言おうとしていたのか、結局止めてしまったようだ。
「良いのか?」
「ん、気にしないで」
「そか……」
何だかよく分からないが、彼女が良いと言う以上無理に聞き出す事は無いだろう。
再び俺達は歩き始め、今となっては短くなった石橋を通ってゆく。
「あ、俊也!あれ見て!」
「あん?」
橋を通り終えた時、ちょうど香織が声を上げた。
彼女の指先を辿るとたった今通った橋の側に一つの水道管のような深緑色の筒が通っていた。橋と並ぶように、例えて言うならば丸く小さな橋のような。あ、勿論渡るものじゃないけどね。
「これ、覚えてる?」
「?」
「小学生の時、ここ渡ったんだよねっ」
一体何を思ったのか、香織はくるりと身体の向きを変えて橋の横にある筒の前に。
「よっと!」
「ばっ、お前……」
かと思いきや、彼女はいきなりその筒に飛び乗ったのだ。軽い跳躍でガードレールを越えて、トンと革靴で深緑の上に立つ。
いきなり何してんだコイツは。
「こんな風に、ね!」
「何やってんだっ、降りろって!危ないだろっ」
「大丈夫大丈夫!
私、運動神経良い方だから」
慌てて彼女の乗る筒の前に駆け寄ると、香織は危なげない足取りで元気良くこちらに笑いかけてくる。
運動神経とかそういう問題じゃ無くて、そこは人が乗る場所じゃないんだって。
「分かったから、取り敢えずこっちに降りてこいって……!!」
「あれ、心配してくれてるの?」
「あのなっ……」
柵に身を乗り出したと同時、不意に頭に思い浮かぶ思い出があった。
そういえば、前にもこんな状況があった筈。
あれは確か小学生の放課後だったな……確か。
───────────────
「ちょっと!!
貴方達ねぇ!」
「やーいっ!」
「べーっだっ」
当時小学四年生だった俺と香織は学校が終わった帰りに、通学路にあるとある石橋の前に来ていた。
まだまだ俺達二人とも小さな子供で。
平々凡々な俺とは違い、当時から香織は幼い容姿ながらクリッとした大きな瞳と今より長めの蒼い髪が特徴的な美少女だった。
「香織、取り敢えず落ち着いて」
「んーっ!」
橋の側にある深緑色の水道管のような筒。
香織は自分の身長より低いガードレールから身を乗り出すように、その筒の先を睨み付けている。小さな頃の俺は、今とあまり変わらず隣で宥めようとしていたが、彼女は前方に怒りに満ちた視線を向けていて。
「やーいっ!」
「ばかばーかっ」
怒りの視線の先、緑色の水道管には三人の男子生徒が乗っていた。彼らは明らかにこちらを挑発するように筒の上で小躍りして。
よく落ちないなとちょっと感心。
「“ほさか”は“ふじさき”とラブラブしてろよ〜」
「ラブラブふうふ、ラブラブ〜」
「うっさい!!
今それは関係ないでしょ!」
昔から俺と香織はいつも一緒に行動していたので、そうやって周りに─特に小学生の時─『恋人』だの『夫婦』だのからかわれる事が多かった。俺は当時からテキトーに無視していれば良いと思っていたが、香織は逐一否定したりしていたので周りは余計にヒートアップしていたっけ。
「それより、貴方達!!
結衣ちゃんに謝りなさいよ!」
「なーんでー?」
「おれたち何にもしてないもーんっ」
「そーだそーだ」
この時は確か、香織の友達の“結衣ちゃん”が筒に乗っているその三人にちょっかいを出されるという事件があったのだ。その結衣ちゃんはかなり大人しい子で、普段からよくちょっかいを出されたりしていたのだが、度が過ぎたのかその日はついに泣いてしまった。
普段から厳重に注意していた香織だが、流石にこの時はキレてしまい放課後に三人に奇襲談判をかけたのだった。
「結衣ちゃん泣かせたでしょ!!それだけじゃない、いつもちょっかいだして」
「はー?」
「おぼえてなーい」
「っ……」
が、先程からいくら謝れと三人は全く取り合おうとしてくれなくて。その時の香織の怒りは上昇するだけだっただろう。
あの三人がその娘が好きでちょっかいを出していた事は何となく分かってたけど。
まぁともかく、クラスメートを泣かせた野郎共三人は全く反省する気無しという訳で。
「じゃあさ、おれらみたいにここ渡れたら謝ってやるよ!」
「そーだ、人にたのみ事する時はそれくらいしろよー」
三人はいつの間にか水道管を橋のように渡り終えて向こう側にいってしまっていた。
その彼等曰く、この水道管を渡れれば言うことを聞いてやると。
普通考えればこんな無茶苦茶な言い分に乗る必要なんて無くて。単に橋を通って向こう側に行けば良いだけなんだけど。
「良いよ!受けてやろうじゃない!」
「は!?」
当時の香織は今以上に、本当に色々と無茶する奴だったからそうもいかなかった。
言うが早いか、彼女は軽い跳躍でガードレールを飛び越えて水道管に飛び乗ったのだ。
「ちょっ、香織!何してるの!?」
「あいつら、向こう側までいって謝らせる!!」
「だったら橋通れば良いでしょ!落ちたら危ないよ!!」
当時の俺達はまだ小学生で、管から下を流れる小川までの高さは結構あるように思えて。恥ずかしい話、幼心にもし落ちたりしたら死ぬんじゃないかって思ったりもしてたんだ。
その時、香織に何かあったらなんて考えるとゾッと背筋が寒くなったのは今でも覚えてる。
「大丈夫!
あたし、運動得意だし」
「いやだから……」
そういう問題じゃないんだと、口に出す前に彼女は危なげない軽快なステップで水道管の上を渡っていく。
(あーっ、もう……!!)
俺はガードレールを越えると芝生の坂を急いで下っていった。
彼女と一緒に菅に乗ったんじゃ何かあった時に対応出来ないと思ったのだろう、橋の下の小川前まで降りていったんだ。
「やーいっ」
「ここまで」
あいつら、そんな挑発するような事言ったら香織はますますいりき立つだろうに。
「何をーっ!」
ほら見ろ。
慎重にならないと、足元が危ないったらない。
「わ、わわっ……!!」
「!!」
案の定、彼女は勢い余って丸い筒の上で足をもつれさせてしまう。よろよろと右に左に揺れたかと思うと、次の瞬間。
「危なっ!!」
「きゃっ……!!」
筒の上から滑り落ちてしまったのだ。
俺は咄嗟に彼女の真下に駆けていたけど、所詮小学生の力なんてたかがしれてる訳で。
ばしゃぁ。
格好良くお姫様抱っこで助けるなんて芸当はてんで無理。落下した香織も、助けようと手を伸ばした俺も、二人まとめて身体ごと小川にどぼん。
傍から見たらきっとよほど滑稽な姿に違いない。俺の背中が下敷きになるような形で香織へのクッションになっていたからそれは良かったけど。
「ざんねーん、落ちたー」
「びしょぬれだー!お前らびしょぬれー!」
「おにあいだぜー、ぬれぬれふうふ!」
野次の言う通り俺達はずぶ濡れ状態。全くその通りなので特に腹立つ事も無かった、と思う。つーか、最後の野次は色々とアレだけど。
「痛つつ……」
香織が立ち上がったのを確認して俺もそっと身体を起こした。
あーぁ、こりゃ酷いずぶ濡れだ。
「怪我、してないか?どこか痛い所とかないか?」
「う、うん……ありがと」
彼女は立ち上がっていずまいを正すと、少しだけ恥ずかしそうに礼を言ってくれた。
まぁ結局、例の三人組はそのまま俺達二人を散々冷やかして逃げてしまったんだよな。
悔しがる香織を宥めるのも俺の役目で大変だったっけ。
「もう良いだろ、また明日にすれば」
「良くない!!」
疲れたから、というかびしょ濡れだから早く帰ろうという俺の意見は却下されて。
「この水道管、もう一回渡る!!」
「………は?」
何を思ったのか、彼女はもう一度この筒を渡ると宣い始めたのだ。
当時の香織はそれはもう頑固者で、俺がいくら危ないだの風邪を引くだの止めようとしても全く聞く耳を持たないで。
それから一時間近く、彼女が渡り終えられるまで橋の側で待たされる事になったんだよな、確か。
当然、翌日俺は風邪をこじらせて熱を出して。自分のせいだと香織が学校を休んで一日中看病してくれたりしたけど。
母さんの『うちの愚息なんて熱出しても放っておきゃすぐケロッとする』という無責任極まりない言葉はよく覚えている。
例の三人組のちょっかいの件は翌日、水面下で解決した。
俺が『結衣ちゃんの事が好きだからいじめてるんだろ』と脅しをかけたらすんなり止んだって訳。
───────────────
「思い出した。
お前のせいで風邪引いたんだよな」
「だーかーら、あの時は悪いと思って一日中看病してあげたでしょ」
「そうだっけか?」
「私の悪いトコばっかり覚えてるんだから!」
勿論覚えてるけど、何だか素直に肯定するのも癪だからとぼけてみせたり。彼女は口を尖らせてこちらを軽く睨んでくる。
「とにかく戻って来いって!川に落ちたらびしょ濡れになるぞ、前みたいに」
「へーき!
もうあんなヘマしないよっ」
同じような事言って前も落っこちたろうが。
「濡れたら下着透けるぞー」
「あ。もしかして、期待しちゃってる?」
「一応男だからな」
「もう、エッチ」
クスリと可笑しそうに微笑む香織。さっきまで小さな頃の香織を思い出していたからか、全く不本意にもその仕草は少しだけ可愛いと思ってしまった。
「……ま、お前の貧相なスタイルなんてあんま興味は無いけど」
「なっ!?
ひ、貧相って!!貧相って言った!?」
しまった。照れ隠し的な感覚からつい余計な一言を。
そんな風に必要以上に振り返ったりするから、当然の事ながら香織はふらっとバランスを崩してしまう。
「わっ、わわ!!」
「馬鹿っ……!!」
俺は慌ててレールを越えて芝生を下る。そのまま水道管の下に駆けていくも、時既に遅し。
ばしゃあっ!
「はぁ……」
香織は見事に小川に落下してしまった。全く、どんなお約束なんだかね。
「ほら、手出して」
「う〜……
スカートびしょびしょ……」
ため息混じりに彼女の手を取ると、やや強めに陸へ引き上げてやる。
スカートどころか、白いブラウスも濡れて見事に白い下着が透けてしまっていたり。
「今日は白か……」
「わ、ばかっ!
見るなっ!!」
だから言ったのに。
慌てて自分から離れると、身体を抱き締めるようにして透けたブラウスを隠そうとする香織。
「……風邪引くから、さっさと帰るぞ」
「へ?」
俺は脱いでいた学ランを彼女に向かって放る。そのままだと風邪を引いてしまうから。後、周りの目もあるしね。
「おー、俊也にしては珍しく優しいね」
「よし、学ラン返せ。
お前は濡れたまま帰れな」
手を伸ばそうとするもヒラリとかわされる。
「冗談だよ。
ありがと、俊也」
そのまま学ランを羽織る幼馴染み。最初から素直にそう言えば良いのだ。
「貧相なスリーサイズを隠してやるんだ、もっと感謝してくれ」
「このっ……」
わなわなと拳を震わせる香織から半ば逃げるように先を歩くのだった。勿論早足で。
因みに。
香織の母が急用で家を空けていた為に、香織はうちのお風呂を貸してやる事になった。洗濯も一緒に。
「シャワーまで、ありがとね俊也」
「今度お返ししてくれれば良いよ」
「うちのお風呂入りたいって事?」
「……いや、やっぱ何でも無い」
何か色々と誤解を生みそうな発言だったので撤回しておく。
「さてと………覗かないでね?」
「そう言われると覗きたくなるのが人間って生き物なんだよな、コレが」
「警察に行く準備が出来てるんだね♪」
割りと洒落にならない脅し文句だった。
思い出回 一回目です。
小さな頃から二人はこんな関係でした。
ただ、俊也は香織の事に関して今よりももっと心配性でした。今も結構心配性な一面は見せてますが。
次回からは新聞部の活動になると思います。
よろしくお願いいたします!




