部活へようこそ!
今回は香織視点です。
基本的には俊也視点の本編ですが、時折視点が移行する事があります。一話のみの時もあれば、数話に渡る事も。
移行するのはメインキャラクターが多くなります。
P.S.今回から月光閃火様のオリキャラが登場します。
放課後。
私、穂坂香織はいつものように部室に来ていた。
教室一つ分あるか無いかの広さ、けど必要以上の本棚やら無駄な部の用具やら先輩達が残していった荷物やらで実際の間取りより結構狭かったりする。
これが明條学園新聞部の部室なのだ。
「ふむふむ……」
そんな部室の中央にある長いテーブル。その一角に座る私の手には新聞。といっても学内の新聞で、背面は白の冊子といった方が正確かな。
勿論、私達が今日出した新聞。
何回もチェックしたけど、改めて中身をしっかり閲覧中。自分達が作ったものをじっくりと読み込む。この瞬間が私は三番目くらいに幸せだったりする。
因みに一番はスクープが飛び込んできた時!あの瞬間はもう心の奥底に眠る何かが燃え上がるって感じ。
「ふわぁ……」
なーんて人が思いに耽っていたのち、かなり間抜けな欠伸が思考を邪魔してきた。
「………」
真向かいには、相変わらず退屈そうな表情でデジカメを弄っている男子生徒の姿。私は思わず目を細めて彼に向ける。
「また空ばかり見てる……」
「んー?」
藤咲俊也。
やる気の無い返事を隠そうともしない彼は私と同じ新聞部のメンバーだ。
ついでに言えば私の幼馴染み、というか腐れ縁でもある。
でも感覚的に言えば兄弟や姉妹のそれと似た感じ。
あ、勿論私が姉ね。
「写真も良いけど、ちゃんと新聞も読みさいよ。
せっかく今日完成したんだから」
「あー、うん……」
生返事。
私の話なんて全く届いていないのは明白、どこ吹く風だ。
「ちょっと目を通すだけじゃ無くて、しっかり読み込むのが……」
「……いや、まだ見てない」
「はぁ!?」
思わず声を上げてしまう。
目を通してすらいないというのか、この男は。
全く俊也めっ、部員としての自覚が足りな過ぎる。
睨むような視線を送ってみたが、顔を上げようともしないので効果無し。
「言っても無駄よ香織。彼はいつだって、“空”にお熱なんだから」
「はぁ……
ま、分かってるんだけどさ」
隣から冷静な声。
テーブルの横にある机と椅子。そこに腰掛けていた成條霞、通称かすみんが呆れたようにこちらを見ていた。中等部二年の時からの付き合いで、私の大切な友人の一人だ。
「うーん……」
俊也が今、デジカメで見ている画像はどれも空の写真だろう。その数やもう何百枚、いや何千枚、SDカード何十枚目かも分からない程。何せ空が大好きな空オタクなのだから。
「これは、っと……」
授業中からずっとあの調子。寝てるか、カメラをいじっているか。
せっかく新聞を刊行したのに……今度お弁当作るときに変なものでも混ぜてやろうか。
「ところで、かすみんは何の本読んでるの?」
あの空オタクはもう放っておいて、隣で本を読むかすみんに話を振る事に。
「一昔前の都市伝説を集めた資料本よ。古本屋で見つけ出したの」
「なるほど、今回は都市伝説か〜」
確か、人面魚とかミミズバーガーとか結婚相手が分かる占いとか、そんな根拠の無い噂だよね。怖い話から間抜けな話まで色々。
「今度はそういうオカルト関係の取材もしてみたりしちゃう?」
「そうね、中々に面白そう……」
私の言葉にニヤリと不適に微笑むかすみん。
確かに面白そう、そういう取材の為に皆で歩き回るのって青春っぽいもんね。
「けど、場合によってはとてつもなく怖い取材になる事も。例えば深夜に廃病院の調査とか」
「えっと……それは」
「クスクス……」
し、深夜に廃病院……
廃って事はやっぱり、廃墟になっている訳で。そ、その病室とかオペ室とか霊安室とかに……で、出たり。
慌てて一歩下がるとかすみんはますます楽しげに口元を緩めてみせた。
か、かすみんはちょっとイジメッ子な気質あるよね。
「さてと……」
「「?」」
そんな会話をしていると、向かいの席から俊也がゆっくりと立ち上がった。
あれ、何処かに行くのかな?
「俊也?」
「ちょっと、美術室行ってくるよ」
美術室?俊也が?何故?
私が首を傾げると彼はいつの間にか手に持っていた本の数冊見せてきた。
「本、渡しに。
桜さんと約束したからさ。四時過ぎに美術室まで持って行くって」
「あー、そっか。愛華達の絵の話?」
「そーゆーこと」
この間教室で愛華とつぐみちゃんがそんな事を言っていたような。絵を書く題材を“空”にするとか。それでこの空オタクに空の絵本を借りる、と。
「んじゃ、ちょっと行って参ります」
「はいはい、ごゆっくり〜」
なるほど、それでさっきとは打って変わって上機嫌な訳ね。態度からも言葉の端々を聞いていても分かるくらい、これも長い付き合いのせいってやつ。
ヒラヒラと手を振って部室を出ていく幼馴染みにわざとらしく皮肉めいた口調で返してやった。
「ふふ……気になる?」
「別にー
俊也が誰と会おうがラブラブになろうが私には関係ありませんよー」
「あら、私は愛華がどんな絵を描くのかが“気になる”か聞いたつもりだったのだけれど?」
「う……」
流石かすみん、策士!
あれ、本当に策士?
「でも、私も気になるのは確か……」
「何で?」
「それは……」
スッと目を細めたかすみんがじっと私の方を見据えて一言。
「彼の事が……好きだから」
「………」
「異性として」
我慢するつもりだった。
今日こそはって。けど……
「……く、くくっ、あはははは!」
やっぱりダメ。堪えきれなくなっちゃって吹き出しちゃった。
「今回も私の勝ちね」
「はは……はぁ、ズルいよかすみん。いきなり真面目モードからの奇襲だもん」
そう言うとかすみんは小さく肩を竦めて再び本を開いた。
勿論、今の彼女の言葉は冗談であって。私を笑わせる為のものだったりする。それで、私は負けるもんかーって我慢するんだけどやっぱり奇襲には敵わなくて。
もう何回と繰り返されたやり取りなのに笑ってしまったのだ。
冗談にされている俊也の事はちょっぴり罪悪感もあったりだけど。
「けれど、“そんな可能性”も万が一にも起こらないとは言い切れないわ」
「え……?」
「彼は男子、私達は女子。つまりは異性、男女の関係というのは」
え、えーと……これは真面目に言ってるのかな。
と思っていたらかすみんの瞳がギラリと光る。
「つまり、不意に発情した彼がドSに目覚め、私達を監禁して奴隷とし、霰もない姿を晒させてあんな事やこんな事を……」
「………はぁ」
やっぱり冗談だった。
かすみん、女の子なんだからそう言う事はあんまり言わない方が良いと思うよ……
*
「あ、もう皆居たんだね。こんにちは〜」
「あ、部長!」
俊也が美術城に囚われた愛華姫を助ける旅に出てから30分くらい経った頃だった、部室の扉が開いて部長である島先輩が顔を覗かせた。
「こんにちは!」
「こんにちは、先輩」
私達は立ち上がって挨拶、部長も柔らかく微笑んで挨拶を返してくれた。
ちょっと頼り無さそうな感もあるけど、誰にでも優しく分け隔て無くて誰もが親しみを持てるそんな雰囲気。それがうちの部長。
退屈そうで眠ってばかりで、空にしか興味の無い誰かさんに見習って欲しいくらい。
「あれ?俊也君が見当たらないけど……今日は帰っちゃったのかな」
「あー、良いんですよ。あんなバカの事なんて放っておけば」
「あ、あはは……香織ちゃん今日はやけにバッサリだね」
私がひらひらと顔の前で手を振ってみせると、部長は苦笑混じりにそう答えてくれた。
が、彼はいつものようにテーブルには着かずに扉の付近でうろうろ。
「先輩?」
「どうか?」
不思議に思って尋ねたのは私とかすみんがほぼ同時。先輩は『俊也君が居ないままでいいのかな』と少し曖昧な表情をしてみせたので、特に根拠も無く私が大丈夫だと言うと彼はにこやかな表情で閉じられた扉に手を向けてみせた。
「えっとね、皆に朗報があるよ」
「朗報?」
かすみんに視線を向けるが、彼女は小さく肩を竦めるだけ。私も何の事かさっぱり。
「実はね……」
先輩はいつの間にかワクワクしたような表情になっており、扉をゆっくりと開けてみせる。
「念願の、新入部員が来てくれたんだよ〜」
「!!」
新入部員。
その言葉に私は思わず立ち上がってしまった。頬が上気していてそれだけ興奮しているのが分かる。目は輝いているのだろうか。
四人。たったの四人が今までの新聞部。五月を過ぎれば先輩も引退してしまう訳で、そうしたら部は定員不足で解散になってしまうかも。
しかし、ここで新入部員!
「あ、新しい仲間だって!!かすみん!!」
「香織、落ち着いて……」
隣のかすみんの手を取ると彼女は冷静な声色でやんわりとこちらをいなす。
と、そんな会話を交わしている間にも先輩が部室のドアをゆっくりと開けてみせた。
「島先輩、まだ仮入部ですよ。気が早い」
「あ、そうだったね〜
ごめんごめん」
入ってきたのは一人の男子生徒。その姿には見覚えがあった。
ツンツンとした黒髪にちょっと赤みがかった瞳、高い身長に制服をちょっと着崩した男子生徒。
「あ……」
思い出した。確かこの前かすみんと話していた人だ。
彼女曰く……
「あの人って、かすみんの幼馴染みって」
「そう言えば……今日は彼が部活に来るってメール貰ったわ」
ポツリと彼女が一言。
「えぇ!?
どうしてそんな大切な事言ってくれなかったの?」
「……忘れてた、割と素で」
分かっていたら部活紹介の準備とか片付けとか大慌てでやってたのに。
「よ、霞」
「………」
かすみんの幼馴染み─確か先輩だったはず─は落ち着いた足取りで彼女の前まで片手を挙げて挨拶。かすみんも黙ったコクリと頷いて返す。
これがいつもの挨拶なのかな、そう思っていたらかすみんの幼馴染みさんはこちらに顔を向けてきた。
「それと、初めましてだね。君が香織ちゃんかな、霞から話は聞いてるよ」
「あ、初めまして!
穂坂香織です。いつもかすみん、じゃなかった霞にはいつもお世話になってます」
いきなり手を差し出された手に少し驚いたものの、すぐに握手を返して自己紹介。って、これじゃご両親への挨拶みたい。
「うん、よろしく。
俺は折濱粋、霞とは古い付き合いでね。昔は……」
「余計な事は言わなくて良いわ……」
先輩が何かを口にしようとするとピッと人差し指を差し出したかすみんに制止させられた。
おや、これはもしかして。かすみんの恥ずかしい過去を聞けちゃったりするかも?
「じゃあ、個人の挨拶も済んだ事だし……部の挨拶でもしてみよっか。えっと、香織ちゃん、お願いね」
「へ?」
突然の部長の振りに私は間抜けな声を洩らしてしまった。部の挨拶って
「そういうのは部長がやって下さいよ」
「僕はほら、そういうの苦手だからさ。香織ちゃんは得意だよね、一言で良いから」
「もう!部長なんですからもっと自信を持って貰わないと!」
「あはは、まぁまぁ。
部活紹介のリハーサルだと思って、ね?」
私の当然とも言える主張はやんわりと拒否られる。
確かに、今年の部活紹介は私達一年生がやる事になるけど、それとこれとは全く関係無い訳で。
「………」
なんて言った所でこの部長さんには通る筈も無く。
頼りなく微笑む彼に背を向けて、かすみんの幼馴染み先輩に向き直った。
部活の挨拶、はともかく。まずはこれを言わないと始まらないから。
元気良く一言。
「明條学園新聞部にようこそ!」
『まだ仮入部だけどね』という先輩からのツッコミは笑って誤魔化した。
 




