たまには抱負も良いかもしれない
今回は新聞部についてはあまり触れません。
クラスメートとのんびりする話です。
因みに、次回からは例の霞の幼馴染みが本格的に登場する予定です。
では、今回もよろしくお願いいたします!
「絶対絶っっ対に負けないんだからっ!」
「……あのさ、眠いんだからもう少し静かにしてくれないか?」
快晴、とまではいかないがいつもより多めの雲の上には壁紙をかけたように青い空が広がっている。
気分的には75%晴れって所か。
「もう!そんな調子じゃ委員会の人達に負けちゃうじゃない!
皆一緒に新聞で世界を目指すって約束だって……」
「んな約束、例え朦朧したって言わないからな……」
3/4晴れな本日、午前7時45分明條学園高等部職員室前。いきり立つ香織を横目に俺は深々とため息をついた。
「大体、うちと委員会とじゃ部数も頻度も範囲だって違うんだから、比較にならないだろ?」
「そこは……気合いでカバーすれば」
「話噛み合って無いからさ……」
たった今、印刷した四面刷りの新聞を顧問の先生に渡してきた所だ。
各クラス一部、中高合わせて30部、これを先生を通して教室に置いて貰う。部の新学期一号新聞はこれにて完成した訳である。
「土俵が違うんだ。
あちらさんは学内の記事を書いてるけど、こっちは学内外問わず自由な内容なんだから。別物なんだよ、お互いに」
「俊也、相変わらず理屈っぽい。可愛くないなぁ……」
「可愛かろうが無かろうが事実は事実。いい加減無駄に勝負事にさせないでくれよ、面倒だから」
頬を膨らませる香織に俺は頭を掻きながらそう釘を刺しておいた。
まぁ彼女がいつも以上に気合い、基ムキになっているのも分からなくは無い。
昨日のショッピングモールで偶然にも出会った白ノ宮とのやり取りにより火が付いてしまったのだろう。
白ノ宮は自分達の委員会にプライドを持っている為かはたまた別の理由かは分からないが、新聞部を目の敵にしている節がある。昨日も売り言葉に買い言葉で色々言い合っていたが、それで香織もカチンとくるものがあった、とか。
「どうせ、昨日白ノ宮に何か言われたんだろ。『非公式の癖に』とか」
「別に、それとは関係無いわよ……」
一応委員会の方が正式と名乗るには相応しい。創立以来設置されてきた“委員会”の一つであり、活動の歴史も長い。そもそも学校教育の一環であるのだから正式なのは当然だ。
一方、新聞部は俺達が入学してくるよりほんの少し前に発足したばかりのもの。
部活の中でも新米にあたるポジションな訳だから、元より正式な活動機関がある以上非公式と言わざるを得ない。
香織はその呼び方を好ましく思っていない為、頻繁にその呼称を使う白ノ宮(+取り巻き二人)とはよく衝突したりしている。
まぁ、白ノ宮も悪い奴じゃないんだけどな。あんな難儀な性格だから素直になるのが難しいのだろうが。
「所詮戯れ言。そんなもの、一々気にする事なんて無いわ。何と言われようと私達は私達、明條学園新聞部である事に変わりは無いのだから……」
「かすみん……」
香織の隣─こちらから見たら反対側─に並んでいた霞何とも芝居がかったセリフと共に声をかけてきた。わざとらしく低い声色もその要因、それでも彼女の言葉は香織には響いたらしい。
「うん、そうよね……
分かった!野次なんて気にしないで正攻法で勝つわ!!」
「全然分かってないからな……」
「やっぱり、春は空が広いな……」
あっという間に昼休み。
午前中の授業を睡眠ですっ飛ばし、勉学の記憶などほとんど無いままに俺は屋上に来ていた。
「空も良いけど、ちゃんと昼もとれよ?休み時間限られてんだから」
隣から飛んできた注意にようやく視線を地面に落とした。
傍らにはビニール袋に入った丸っこいパン。お昼時だ、無論昼食中である。
「またかお前は。ホントに好きだな、そのパン」
「何じゃ。俊也のお気に入りの食いもんなんかの」
隣には同じくパンを片手にお昼を過ごす男子二名。数少ない友人の一人、東堂進一とまだ知り合って間もない近藤弦である。
「お気に入りというか……何だろうな、癖というか何というか」
二人の視線の先は俺の傍らにあるビニール袋。パンの入ったビニール袋だ。一見何の変鉄も無いあんパンのような丸っこいパン。
「美味いんか?」
「うーむ……」
弦の問いに俺は改めて手に持ったパンをまじまじと見つめる。
商品名【日替わり虹色パン】、通称にじパン。購買部にてパンコーナーの一角にひっそりと並んでいるパンの一つである。一見普通のパンに見えるが………
「で、今日のは何味なんだ?」
「まだ食って無いよ」
そう、このパン。食べてみるまで中に何が入っているか分からないという代物なのだ。
しかも、ただ味が分からないというだけでは無い。
「この間はカスタードクリームとソースフライの組み合わせだったよな」
「ああ、暫くトイレから出られなかったな」
「な、何じゃあ!?
そがなおっかない味があるんか!?」
とんでもない味が出た時、その反応を楽しむという悪趣味極まりない意図の上に考案、制作された我が校の名物の一つなのだ。その反応は、まさしく虹色の如く。
驚いて飛び退く弦の反応を見て俺達は顔を見合せる。ま、初めて聞く奴は大概こんな反応になる。
仕方ない。ここはこの商品の常連である俺が直々に説明してやろう。
「このお楽しみパンはな、毎日毎日違う味に変わるんだ。その種類は底知れず、そしてその味すらも底知れない未知のパン。それが虹色パン、略してにじパンだ」
「毎日って……そげなたっくさん種類があるんか?こんパンに?」
「あぁ。沢山どころじゃない、この中身のサイクルを全て知った人間は未だに一人としていないって話だ。数々のコレクター精神を持った学生達をことごとく打ち破ってきた話は最早伝説!三年間食い続けた猛者もいたそうだが、一日とて同じ味があった事は無いそうだ。つまり最低でも1095(365×3)種類は中身のレパートリーがある事になる」
「おぉ……!!」
未知なる食物、おたパンを天高く掲げてみせると弦はまるで神でも崇めるかのような声を洩らす。
ちょっと大袈裟に演技をし過ぎたな。
俺だって毎日買ってる訳じゃない、香織の弁当が無い日は買う事が多いというだけなのだから。今の説明は受け売りだ。
「けど、そんな危険なパンよく買う気になるよな」
「ま、何と言いますか……」
進一の言う事も最もで。
『にじパン=危険』
これは明條の生徒の共通認識だ。故に手に取る生徒は極僅か、変人か冒険野郎か或いは。
「……もう癖になってんだよなぁ」
これが中々どうして難儀な癖でありまして。
中等部に入学した頃からの付き合いだ。惰性、というのかは分からないが。
「ま、食うのは良いけど。残して捨てたりするなよ?でないと、藍さんにぶっ飛ばされるぞ」
「分かってる」
このパンを食べるにあたってルールが一つ。絶対に残さないこと。
もし食えずにポイなんてしようものなら、明日は無い。
「………」
俺は一呼吸置いて、ビニールからパンを取り出す。そのまま一気にかぶり付いた。
「はむ……」
*
「おーい、大丈夫か?」
「………」
お昼休みも残す所後10分くらい。俺は屋上の隅っこ座ってペットボトルで口を潤していた。
口に残るのは先程食べたにじパンの味。
きな粉と生チョコレートのまったりとした甘さ、どっぷりとしたキャラメルクリームと極めつけにどろりと濃い黒蜜が胸焼けと胃もたれを誘う。
菓子パンと考えても限度を遥かに越えた糖度だ。
「クリームフライの方がマシだった……」
「マジでか、凄まじいな」
大の甘党でも無い限りこれを食べたら暫く甘味料は見たく無くなるだろう。
20分、水で口直ししてようやく15%回復といった所だ。
わ、わーにんぐ……
「そうじゃ、せっかく屋上におるんだからの。アレをやるか!」
「「?」」
さて、そろそろ教室に戻ろうかと考えていた時だった。不意に弦が立ち上がってこちらに顔を向けてきた。
「アレって?」
「アレっちゅーんはコレの事じゃ!」
はてと首を傾げる俺だが、弦は構わず学ランのポケットから色紙を三枚差し出してきた。
「折り紙じゃ、これで紙ヒコーキを作る」
「は?」
「紙ヒコーキじゃ!
知らんかの?」
いや、紙ヒコーキは知っている。聞きたいのは何故紙ヒコーキを作るのか、という事である。
「わしが昔居た学校で教えて貰っちょったまじないなんじゃが、願いを書いた紙をヒコーキにして飛ばすんじゃ。したら願い事が叶うっちゅーのぅ」
「へぇ、そんなのがあるのか」
「おぅ。
春は始まりの季節じゃからの。まぁ元担ぎみたいなもんじゃのぅ」
「面白そうだ。やってみよう」
元担ぎ。弦はそう言いながら、既に乗り気進一に折り紙を渡す。そのまま俺にも一枚回ってきた、用意周到にペンまで。
香織ならノリノリで参加しそうだが。
「……願い事ってもなぁ。
別にこれと言って思い付く訳でも」
「そか?何でもええんじゃが、例えば焼肉が食いたいいう願いはどうかの?」
「それを人生の願いだと言って飛ばす絵面は想像したくない……」
いざ願いと言われても漠然し過ぎていて簡単には思い浮びそうにない。
俺は折り紙と睨めっこしたまま首を捻る。
と、何かを思い付いたのか進一が立ち上がって折り紙を指差してみせる。
「だったら、今年の抱負をにしてみないか。それなら深く考えなくてもいいし、一生ものって訳でもないだろ?」
「おぉ!それはええ考えじゃな!」
なるほど、抱負か。
まだぼんやりとはしているが願い事よりは明確に思い浮かべられるかもしれない。弦も大きく頷いている。
「因みに四字熟語な」
もれなく条件付きだった。
「………」
抱負、抱負。
白紙をぼんやりと見つめながら考えている間にも、隣の二人はさらさらと紙に言葉を書いていく。
「よし、出来た」
まずは進一。
彼は自信満々に紙を俺に見せてきた。
『県大優勝』
造語だった。
「剣道の県大会優勝だ。
今年こそは科瀬を倒す!!」
「科瀬って、確か中学の県大会で優勝した奴だっけか?」
「ああ、三年連続で県の優勝杯を拐ってった化け物みたいな奴だよ」
三年連続で県大会準優勝の成績を残している奴がよく言う。こちらからしてみればどちらも超人だ。
「けど、それは中学時代の話だ。高校大会になったからには、もうアイツの好きにはさせねぇさ!」
「お熱いことで……」
青春謳歌、大いに結構。
そのまま熱血スポーツ街道を突き進んでくれ。
「わしも書いたぞ!」
お次は弦が紙をヒラヒラとさせて書かれた文字をこちらに向けてくる。
『国士無双』
最早野望だった。
「好きな時代劇に出てきた言葉での、よく意味は分からんのじゃが、格好ええ言葉じゃろ?」
「………」
「何ぞ変じゃったか?」
「まぁ、良いんじゃないか。でかい目標ってのは大切だろうし」
天下統一でもするのだろうか。
とにもかくにも、二人は抱負(?)を書き終えた。俺もとっとと書いてしまおう。床を下敷き代わりにしてペンで思い浮かべた言葉を書き記した。
「……よし、出来た」
「「どれどれ……」」
覗き込んでくる二人。
『下方修正』
「何だこりゃ?」
「読んで字の如く」
怪訝な表情の進一に俺は紙をヒラヒラと揺らしてみせた。
「目標だ抱負だ、俺達学生は浮き足だって何かと無謀な計画を掲げて泣きをみるのが常。だったら、これからは予め目標を下方に修正しておこうという……」
「新学期早々諦めモードになるな!書き直し!」
あっという間に進一の手が俺の紙を取り上げる。
隣では弦がけらけらと愉快そうに笑っていた。
「あっはっは!!俊也は冗談も面白いのぅ!」
「………」
結局新しい紙を渡されて抱負そのものを修正することに。せっかく上手い言葉を考えたというのに。
「……仕方ない」
「「………」」
ため息を一つ、先程より丁寧にペンを走らせ四つの漢字を並べた。
『一歩前進』
「おぉ……!」
「へぇ……」
意外そうな声が二つ。確かに柄じゃないよなぁ。
「今年から高等部だし。まぁ、中等部の時より少しはマシになればと極僅かに思わない事もないというか……」
「なるほど、なるほど。
良い抱負じゃないか」
ニヤリとして俺の肩を叩く進一。見透かされているようで何だか妙に恥ずかしい。
大体お前が書き直しとか言うから、時間も無いし候補外の言葉を書いてしまったんだ。
「んじゃ、折って皆で飛ばそうかの!三人一緒に空に向かって」
弦の言葉に従い紙を折って飛行機を作る。そして屋上のフェンスの前まで、地平線の果てまで広がる空を見上げた。手に持った紙ヒコーキをそっと掲げて。
「よーし、そんじゃ行くぞ!」
「おぅ!」
「………」
まずは弦の手から紙ヒコーキが放たれ、それを追うように進一からも。
そうして最後に、自分の手からも。
「おっしゃー!飛んでけ国士無双!!」
「県大優勝!」
弦と進一はまるで打ち合わせをしていたかのように、ほぼ同時に叫んでいた。
抱負の書かれた紙は風に乗って飛んで行く。春風にフワリと押され、どこまでも広がっていく無限の青を航行してゆく。
「………」
柄にもない抱負を書いてしまった。
そんな後悔も三つ並んだ紙ヒコーキとそれを包む青空を眺めていると薄れていく気がした。
悪くない、かもしれない。
視界を手に取っていたカメラの画面越しに変えて、ゆっくりとシャッターを切った。
*
キーンコーン……
「次は応用問題だ。
これは今までの基礎から“一歩前進”したものだ、しっかり考えれば解けるぞ。
では、藤咲!」
「……え?」
………えーと、図形のxがアレでyがコレで、方程式が当てはめられるのは……何だったかな?
「どーした、藤咲?」
「え、いや〜……あはは」
「ったく、また寝てたなお前は。
穂坂、前のバカの代わりに答えてやれ」
「はい!」
先生、やっぱり抱負は“下方修正”でお願いします。
今回は新聞のことにはあまり触れませんでしたが、次回はちゃんと新聞について書きたいと思います。
どのような新聞を完成させたのか、反響は、等々。
そして次回から前回ちょっとだけ出てきた霞の幼馴染みをちゃんと登場させようと思います。
では、次回もよろしくお願いいたします!




