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第四話 システムエラー:対象が存在しません

「――ブラックリスト入りだ。永久にね」


アレンの冷徹な宣告が、王都の目抜き通りに響き渡った。

その声は決して大きくはなかったが、不思議と周囲のざわめきを切り裂き、その場にいた全員の耳に届いた。

まるで、世界の審判が下されたかのような絶対的な響き。


地面にへたり込んだギルバートは、アレンを見上げながら、パクパクと口を開閉させていた。

言葉が出てこない。

怒り、屈辱、恐怖、そして理解不能な事態への混乱。それらが脳内でスパークし、思考回路がショート寸前だったのだ。


「ぶ……ブラックリスト……? な、何を言っている……?」


ようやく絞り出した声は、掠れて情けないものだった。

だが、アレンはもう答えない。

彼はただ、虚空に浮かぶシステムウィンドウを操作し、淡々と処理を進めていた。

その瞳は、ギルバートたちを人間として見ていなかった。

バグを起こしたプログラム、あるいは処理落ちの原因となる不要なデータ。

それらを削除するための事務的な作業を行っているだけの目だった。


「アレン! 無視するな!」


ギルバートは激情に駆られ、立ち上がろうとした。

このままでは終われない。

衆人環視の中で、かつての下僕に完全に見下されたまま終わるなんて、勇者としてのプライドが許さない。


「俺は勇者だ! 選ばれし者だ! お前ごときが調子に乗るなあああッ!」


ギルバートは懐に隠し持っていた短剣を引き抜いた。

装備を没収された際に隠しておいた、最後の武器だ。

聖剣ではない、ただの鋼鉄のナイフ。

だが、不意を突いて喉元を狙えば、人を殺すには十分だ。

彼は獣のような咆哮を上げ、アレンに向かって突進した。


「きゃあああっ! アレン様!」


群衆から悲鳴が上がる。

距離はわずか数メートル。

無防備に背を向けてウィンドウを操作しているアレンに、殺意の刃が迫る。


しかし。

アレンは振り返りもしなかった。

避ける動作すら見せない。

ただ、指先でウィンドウの『決定エンター』ボタンを軽く叩いただけだった。


《システム警告:不正な攻撃動作を検知》

《対抗措置:物理法則の局所的改変を実行》

《対象の摩擦係数をゼロに設定》


「――は?」


ギルバートの足が、氷の上を滑るように空転した。

勢いよく踏み込んだはずの地面が、まるで油を撒いたガラス床のように滑ったのだ。

突進の勢いはそのままに、体勢だけが崩れる。


「う、わ、べあッ!?」


無様な悲鳴と共に、ギルバートは顔面から石畳に激突した。

ゴシャッ、という鈍い音が響き、鼻血が噴き出す。

勢い余ってそのまま数メートル滑っていき、アレンの足元でピタリと止まった。

それはまるで、アレンに平伏し、許しを請うために土下座(スライディング土下座)をしたかのような格好だった。


静寂が場を支配する。

数秒後、誰かが「ぷっ」と吹き出したのを皮切りに、爆笑の渦が巻き起こった。


「見ろよあれ! すげぇ勢いで土下座したぞ!」

「勇者様(笑)の新しい必殺技か?」

「ダサすぎるだろ!」


嘲笑の嵐。

顔を上げると、目の前にはアレンの靴があった。

かつて自分が「磨いておけ」と蹴りつけた、安物の革靴。

今は一点の曇りもなく磨き上げられ、逆に見るも無惨な泥まみれの自分の顔が反射して映っていた。


「……見事な平伏だね、ギルバート君。でも、今さら謝罪されても困るんだ」


アレンは見下ろす視線を外さず、淡々と言った。


「く、そ……っ! な、何をした……! 魔法か!? 卑怯だぞ!」


ギルバートは鼻血を流しながら叫んだ。

アレンは呆れたように肩をすくめる。


「卑怯? 君が僕に剣を向けた瞬間に、君の足元の摩擦係数をいじっただけだよ。僕の管理領域テリトリー内では、物理法則も僕の許可なくは機能しない」

「い、意味が分からないことを……!」

「分からないだろうね。君はずっと、僕が整えた『快適な設定』の上で踊っていただけだから」


アレンは指をパチンと鳴らした。

すると、空中に巨大なスクリーンが現れた。

そこに映し出されたのは、過去の戦闘記録ログだった。


「見てごらん。これは三年前、君がオーガ・ロードの攻撃を『見切って』避けた時の映像だ」


スクリーンの中で、若き日のギルバートがオーガの剛腕を紙一重で回避し、カウンターを決めている。

観衆からは「おおっ」と感嘆の声が漏れる。


「かっこいいだろう? でも、実際のデータはこうだ」


アレンが指をスライドさせると、映像に赤い解析線が重なる。


『被弾予測:直撃(即死判定)』

『管理者介入:対象座標を緊急転移(0.1秒)』

『自動補正:攻撃軌道を強制誘導』


「え……?」


ギルバートが絶句する。

映像のスロー再生が始まる。

オーガの棍棒がギルバートの頭蓋骨を粉砕する軌道を描いている。

だが、直撃の瞬間にギルバートの体が不自然に横へズレていた。

本人の意思ではない。何らかの力で『動かされた』のだ。


「君は避けたんじゃない。僕が君の座標を書き換えて、当たらない位置に移動させたんだ。攻撃もそうだ。君が適当に振り回した剣が急所に当たったのは、僕が敵の防御力をその瞬間だけゼロにして、当たり判定を拡大していたからだ」


アレンは残酷な真実を、事務的な口調で暴露していく。


「エリスの魔法もそうだ。彼女の詠唱はいつも間違っていた。発音が甘いし、マナの構築も雑だ。本来なら暴発して自爆しているところを、僕が裏で術式を書き換えて発動させていた」

「う、嘘よ……! 私は天才魔導師だって、宮廷の先生も褒めてくれたわ!」


エリスが青ざめた顔で反論するが、アレンは即座に別のウィンドウを開く。


『エリス魔法詠唱ログ:エラー率98%』

『自動修正パッチ適用数:15432回』


数字という動かぬ証拠が突きつけられる。

エリスはその場に崩れ落ちた。


「ミナの回復魔法もね。君は祈りが届けば治ると思っていたようだけど、実際は僕がポーションの効果を霧状にして散布し、視覚効果エフェクトで光らせていただけだ」

「そ、そんな……神への冒涜ですわ……!」


ミナが涙目で喚く。

アレンは冷ややかに笑った。


「神? ああ、神なら僕に言っていたよ。『あいつら、世話が焼けるから頼むわ』ってね。君たちの祈りが届いていたのは天界じゃなくて、僕の受信トレイだったんだよ」


会場はどよめきに包まれた。

これまで彼らが築き上げてきた「勇者伝説」。

その全てが、実は一人の裏方による捏造ねつぞうであり、彼らはただのお飾りだったという事実。

それは、彼らの存在価値を根底から否定するものだった。


「ふざけるな……ふざけるなッ!」


ギルバートは立ち上がった。

顔は恐怖ではなく、屈辱で歪んでいる。

真実を認められない。認めてしまえば、自分はただのピエロになってしまう。


「俺は勇者だ……! 俺が最強なんだ! アレン、お前こそが詐欺師だ! こんなインチキ映像で民衆を騙そうとしても無駄だぞ!」


ギルバートは狂ったように叫び、周囲の観衆に訴えかけた。


「皆、騙されるな! こいつは魔王の手先かもしれない! 俺たちを貶めるための幻術だ! 俺を信じろ! 俺こそが王都を救った……!」


しかし、誰も彼に同調しなかった。

人々が見ていたのは、ギルバートの頭上に浮かび上がった、真っ赤なマーカーだったからだ。


《対象認定:敵対的脅威(Hostile)》

《種別:害獣(Vermin)》

《懸賞金:0ゴールド》


「な、なんだあれ……?」

「赤い名前……モンスターと同じ表示だぞ?」

「あいつ、人間じゃなくなったのか?」


ざわざわと広がる恐怖と嫌悪。

ギルバートは自分の頭上を見上げることができないため、何が起きているか分からない。

だが、周囲の目が明らかに変わったことは肌で感じ取った。

軽蔑から、明確な「敵意」へと。


「アレン、お前……俺に何をした!?」

「言っただろう。ブラックリスト入りだって」


アレンは淡々と告げた。


「君たちの個体識別IDを、システムの『保護対象(人間)』から『排除対象モンスター』に変更したんだ。これでもう、この世界のあらゆる都市の結界は君たちを拒絶する。店で物を買うこともできない。宿に泊まることもできない。何より……」


アレンは一拍置き、残酷な笑みを浮かべた。


「正義感に溢れる冒険者や衛兵たちからすれば、君たちは『街中に現れた討伐対象』に見えているはずだよ」


その言葉が合図だったかのように。

人垣の中から、石が飛んできた。


ガッ!


「いったぁっ!?」


ギルバートの額に石が直撃する。

投げたのは、子供だった。


「ママ! モンスターだよ! やっつけなきゃ!」

「そうね、悪いモンスターは追い出さないと!」


次々と石が飛んでくる。生卵が、腐った野菜が、罵声と共に降り注ぐ。


「出て行け化け物!」

「英雄様を騙る詐欺師め!」

「アレン様に近づくな!」


「や、やめろ! 俺はギルバートだぞ! 痛い! やめろぉぉぉ!」

「私のドレスが! 汚い! 臭い!」

「きゃあああ! 石を投げないで! 神罰が下りますよ!」


三人は頭を抱え、逃げ惑う。

だが、どこへ逃げても赤いマーカーが彼らの位置を知らせてしまう。

衛兵たちが槍を構えて近づいてくるのが見えた。

彼らの目は、完全に「害獣駆除」の目だった。


「ひ、ひぃぃッ! 殺される!」

「逃げるわよ! 早く!」


ギルバートたちは転がるようにして、人垣の隙間を縫って路地裏へと逃げ込んだ。

かつて王都の大通りをパレードした英雄たちの、あまりにも惨めな敗走。

その後ろ姿には、かつての栄光の欠片も残っていなかった。


アレンはそれを追おうとはしなかった。

ただ、静かにその背中を見送っていた。


「……殺すよりも、生きて絶望を味わう方が辛いこともある。精々、泥水を啜って生き延びてくれ」


それは慈悲ではない。

これから彼らを待ち受けるのは、人間としての尊厳を全て奪われた、終わりのない逃亡生活だ。

勇者の夢を見ていた彼らにとって、それは死以上の地獄だろう。


「終わりましたね、アレン様」


隣にいたレナが、そっとアレンの手を握った。

彼女の瞳は、崇拝と愛情で潤んでいる。


「ええ。これですっきりしました。ゴミ掃除は完了です」


アレンはウィンドウを閉じ、深く息を吐いた。

肩の荷が下りたような、清々しい気分だった。

長年背負わされていた理不尽な重圧、裏切りによる心の傷。

それら全てが、今の騒動と共に洗い流された気がした。


「行きましょうか、レナ。王様が謁見を求めているそうです」

「はい。真なる勇者様の誕生を、国中に知らしめなくてはなりませんね」


二人は再び馬車に乗り込んだ。

歓声が上がる。

「アレン様!」「ありがとう!」「世界を救ってくれ!」

今度の歓声は、偽りではない。

アレンの実力と、その圧倒的なカリスマに向けられた本物の称賛だった。


馬車が動き出す。

アレンはふと、空を見上げた。

どこまでも高く、澄み渡る青空。

それはまるで、これからの彼の未来を祝福しているようだった。


だが、アレンは知っていた。

物語はここで終わりではないことを。

ギルバートたちが逃げ込んだ闇の先には、まだ蠢く悪意があるかもしれない。

あるいは、この強すぎる力が、新たな火種を生むかもしれない。


けれど、今の彼には恐れるものなど何もない。

隣には信頼できるパートナーがいて、手の中には世界を書き換える力があるのだから。


「さて、と。ここからが本当の『俺の物語』の始まりだ」


アレンは小さく呟くと、前を見据えた。

その瞳には、かつての臆病な荷物持ちの姿はなく、世界を統べる王のような、力強い光が宿っていた。


馬車は光の中へと進んでいく。

新たな伝説の幕開けを告げる鐘の音が、王都中に高らかに響き渡っていた。

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