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34話

夏休みも後半にさしかかった、その日。


「愛姫ちゃん、ちょっと暇?」


突然、家のリビングで歩くんがそう言った。

今日は、累くんと歩くんのドラマ撮影が家の近くであった。

その昼休憩に結歩くんは、結城家へ来ていた。


累くんはソファで仮眠中。

そして歩くんは、宿題をする私の前に立っていた。

……嫌な予感しかしない。


「午後から俺の撮影だけあるんだけど、ちょっと来ない?」


そのひと言で、私の胸の奥がざわっとした。

私は反射的に累くんを見るが、彼はソファで気持ち良さそうに寝息を立てていた。


(今、起こすのは申し訳ないな……)


視線を戻すと、歩くんは何も言わず、ただニコニコしていた。

それ以上の説明は……しないみたい。

……この人、絶対わかってやっている。

その無言の圧が、地味に怖い。


でも、正直な話。

撮影現場には、ほんの少しだけ興味はある。

以前も、マネージャーさんの親戚の子として、累くんの宣材写真撮影の現場へ行った事がある。

その時も思ったが、テレビの向こう側……累くんが立っている“仕事の場所”をずっと見ていたい。

しばらく迷ってから、私は黙って小さく頷いた。


「よし。じゃあ行こうか、いとこちゃん」


その呼び方が、もうアウトな気がする。

歩くんは楽しそうに笑うと、当然のように私の手を取った。

振りほどく間もなく、そのまま玄関へ向かう。


「……歩くん……」


小さく呼んでも、彼は聞こえないのか、ふりなのか反応はなかった。


(……大丈夫。すぐ帰るだけだし)


そう自分に言い聞かせて、私は歩くんに引きずられるように家を出た。

この時点で、もうアウトだった事を私はまだ、知らない。





「似合うね、愛姫ちゃん」


制服姿の、歩くん。

そして、私もなぜか制服姿だった。


(……最悪だ)


更衣テントから出た瞬間、ようやく現実を理解した。

完全に撮影モード。

見学とかの雰囲気ではない。


(累くんは、まさか私がここにいるなんて、思ってないよね……)


しかもスマホは、家に置いてきた。

連絡手段、ゼロ。

逃げ道、ゼロ。


「おー、歩。お疲れ」

「お疲れ様です」


スタッフさんと歩くんが、いつもの軽い調子で挨拶を交わす。

この空気に、私だけがついていけていなかった。


「あれ、歩くん、その子は?」


視線が、一斉に私に集まる。


「親戚の子です。エキストラ1人足りないって言ってたから連れてきました」

「助かる〜!よろしくね、お嬢さん」

「はい、次、幼少期のシーンお願いしまーす!」


スタッフさんの声が、容赦なく現場に響く。


「……え?」


理解する前に、歩くんが屈んで私の目線に合わせる。


「大丈夫。セリフないから」

「歩くだけ?」

「そう、歩くだけ」


その言い方が、一番信用ならない。


「じゃあ、愛姫ちゃん、行こうか」


こうして私は、

主演2人の幼少期の“クラスメイト役”として、

何も分からないまま現場に放り込まれた。


友達役の子と並んで歩く。

カメラ。

照明。

大人たちの視線。

言われた通り、ただ歩くだけ。

……歩くだけ、なのに。


完全に、

一般人・小学2年生の頭はキャパオーバーだった。

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