31話
ある日の昼休み。
私は、クラスメイト女子数名に誘われ、図書室へ向かっていた。
その時、背後から名前を呼ばれた。
「あ、結城さん」
その時、振り返ると、そこには担任の姿があった。
「先生、どうしたんですか?」
「あのね、一応伝えておこうと思ってーー」
「……え?」
━━━━
放課後。
私は、友達の誘いを全て断り猛ダッシュで家へ向かう。
昼休み、に担任から累くんが体調を崩して早退したと報告を受けた。
そこからの記憶は、あまりなかった。
図書室へちゃんと向かう事ができたのか。
午後の授業のノートは取れているのか。
そんな事が一瞬、脳裏をよぎったが、今は家へ1秒でも早く帰ることが最優先。
最近、忙しかったから、体に影響が出たんだ……。
早く帰らないと……。
それは、大好きな推しだからではない。
大切な大切な兄だから。
「ただいま!!!」
勢いよく玄関のドアを開ける。
授業の徒競走よりも走った気がする。
「はぁ……はぁ……」
あがる息を整えながら、靴を脱ごうとすると、知らない靴が目に入った。
パパのでもない。
マネージャーさんのでもない。
累くんのでもない。
子ども用にしては少し大きくて、大人用にしては少し小さいスニーカー。
(……誰?)
胸がざわっとする。
あがっていたはずの息は、一瞬にして止まった。
ゆっくり廊下を歩き、リビングのドアを開ける。
カーテンの閉められたリビングのソファに、横になっている累くんの姿が見えた。
(……顔色、悪っ)
そして……。
そのソファの横……。
(え!?誰!?)
地べたに座って累くんを心配そうに見つめる男の子がいた。
「……あれ?」
気配に気づいたのか、振り向いた彼と目が合う。
黒髪で、累くんと同じくらいの背丈。
制服ではないのに、どこか“現場慣れ”した空気。
……どこかで、見たことある気がする。
「……誰?」
男の子が首を傾げる。
いや、それ、私の台詞!!!
と、内心ツッコミを入れつつ、頭の中をフル回転させる。
親戚設定で大丈夫だよね?
近所の子にしとく?
ていうか、累くん、大丈夫!?
「あ、えっと……」
言葉を探していると、男の子が先に口を開いた。
「あ、ごめん。驚かせたよね。俺、歩。累の……友だち」
あ。
思い出した。
彼は、高野瀬 歩くん。
LU:CENTのブルー担当で、冷静沈着なリーダー。
累くんとは子役時代からの仲間だった子。
……なんでこの人が、家に?
すると歩くんは、リビングの入口で立ち尽くしている私の元へ近寄ってくると、顔をじーっと見つめ口を開いた。
「君……もしかして……累の——」
やばい。
終わった。
その瞬間。
「い、いとこです!!」
突然、奥のソファから、瀕死だったはずの累くんが跳ね起きた。
体調不良でも妹関係は即復活。
きっと、地獄に落ちても、底から這い上がってくるんだろうなぁ。
歩くんは、ゆっくり累を見た。
「……起きれる元気、あるじゃん」
「……反射で……」
「ふーん」
そして、今度は私を見る。
「……そっか。いとこね」
どこか、納得しているようで、していない顔。
「いとこちゃん。名前、なんて言うの?」
「愛姫です」
「……ああ、なるほど」
今度は、“腑に落ちた”顔。
「累さ、ずっと寝言で“めごたん”って言ってんだ。この子のあだ名?」
私は俯いた。
あだ名バレしてる。
ヒヤヒヤしていると、歩くんは、フッと笑うと立ち上がった。
「じゃ、俺そろそろ帰るね」
帰宅する歩くんを、累くんに代わりに玄関まで見送る事にした私。
靴紐を結び終えた歩くんは、ドアノブに手をかけたまま振り返ると口を開いた。
「じゃあね……いとこちゃん」
「……う、うん」
その不敵な笑みがちょっと怖い。
「また来るね……妹さん」
「え……ちょっと待っーー」
バタンっ
扉が強制的に閉められた。
私は、しばらく思考停止する。
……あれ?
……完全にバレてない?
血の気が引いた。
どうしよう、とりあえず、マネージャーさんに?
いや、でもまだLU:CENTは結成前だし……。
そんな事を考えながら、リビングへ戻る。
「……累くん」
ソファの累くんを見ると、また苦しそうにうなされていた。
その顔を見ると、妹バレの恐怖なんて、今はどうでもよくなった。
私は、そっとその手を握る。
「……お兄ちゃん」
返事はない。
荒い息だけが返ってくる。
それでも、心配をかけまいと、ほんの少しだけ握り返ってくる。
「……ばか」
その声は届かない、ひとり言だった。




