21話
小学校入学を目前に控えた春。
私はランドセルの前で、正座していた。
「めごたん、本当にこれでいい?」
「なにが?」
「サイズ」
「普通だよ?」
「重さは?」
「まだ空っぽ」
「でも教科書入れたら――」
まだ始まっていない心配が、すでに三周目に突入している。
「……おにいちゃん」
「なに?」
その純粋な笑顔がもうなにも言えなくなる。
困っていると、インターホンが鳴った。
「こんにちはー」
マネージャーさんの声。
今日は珍しく、男の子を一人連れて入ってきた。
「こんにちは、愛姫ちゃん」
「こんにちは!」
「紹介するな。この間話していた、息子の優。愛姫ちゃんと同い年、6歳」
「はじめまして!」
「はじめまして」
累くんは無言で私と優くんを見ていた。
警戒レベルが1段階上がったのを私は見逃さなかった。
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優くんは床に座り、ブロック遊びを始めていた。
「パパ、見てー!」
「お、いいじゃん」
……普通だ。
驚くほど、普通の親子だ。
一方こちら……
「……めごたん」
「なに?」
「喉、渇いてない?」
「いま飲んだ」
「もう一杯持ってこようか?」
「いらない!」
「本当に?」
「本当に!!」
マネージャーは苦笑いを浮かべながらコーヒーをひと口飲んだ。
「……愛姫ちゃん、入学、不安ある?」
答える前に、累くんが割り込む。
「あります」
「本人に聞いてる」
「通学路が危険です」
「まだ聞いてない」
「GPSは二重に――」
「聞いてない!!」
優くんが、ふと立ち上がりマネージャーさんの元へ近づく。
「パパ、僕、トイレ」
「おう、行っておいで廊下出て右な」
「はーい」
優くんは、返事をすると1人で廊下を歩いていった。
「……今の見たか?累」
「見た」
「俺の息子、一人でトイレに行ったぞ」
「見た」
マネージャーさんは、あえて淡々と言う。
「6歳児だ」
「……」
「愛姫ちゃんと同い年だ」
「……」
「そして今、俺は追いかけてない」
沈黙。
累くんは、ゆっくりと私を見た。
「……めごたん」
「なに?」
「一人でトイレ、行けるの?」
「行けるよ」
「……ほんとに?」
「ほんとに!」
ため息をついたマネージャーさんは続ける。
「累」
「はい」
「比べるのは酷だと思ってる。でもな……お前のそれは“兄”じゃない」
「……じゃあ、なんですか」
「保護者だ」
沈黙。
「……でも」
「でも?」
「めごたんが泣いたら、迎えに行っていいですか」
私は思った。
同い年が基準だと、
累くんの異常さが
よりはっきりする。
(小学校……ちゃんと通えるかな)




