073 オペレーション・ポイズンブレイク2
私はクラスメイトと共に、『女性のための絵画コンクール』の入賞者発表に参加するため、騎士学校のホールを訪れていた。
新色の顔料で染め上げたという、大変鮮やかなエメラルドグリーンの美しいドレスに身を包み登壇したミランダ様が、最優秀賞の名前を発表するというタイミングで事件は起きた。
マクシミリアン様率いる、ルトベルク王国第二騎士団ヨシュア殿下付き近衛騎士隊、第一班という舌を噛みそう、だけど頼もしい面々が突如会場に乱入してきたからだ。
彼が言うには、会場内に毒物があるとのこと。
けれどレベルツーなので、人体に即影響の出るものではないと知り安心した。
そして放置された私たちの元へヨシュア殿下率いる、騎士学校の精鋭達が現れた。
いままさに、万年壁のシミ状態だった美術学院の女子生徒達の恋の物語が動き出す――なんて事はなく。
「やめて、そんなもので私を取り囲まないで頂戴!」
ミランダ様の叫び声が聞こえ、私は壇上に顔を向ける。
するとミランダ様は、ルトベルク王国を示す竜の紋章が入った盾を持つ騎士数人に包囲されていた。
しかも彼女を取り囲む騎士の頭には、見たことがない、白くて四角いヘルメットが被せられている。ヘルメットには透明な覆いが取り付けられ、視界は良好そうだ。さらに違和感を覚えるのは、彼らの体を覆う、白い服。まるで蜂蜜取りのおじさんが着ているような白い繋ぎの服は何だか変だ。
「ミランダ様から、どうやって蜂蜜を取るつもりなのかしら?」
思わず浮かんだ疑問を漏らすと。
「流石に彼女から蜂蜜は取れないよ。あの白い服は防護服。まだ試作品だけどね。毒を除去する者は危険物に一番近づく事になるから。実用化されたらいいんだけど、通気性の問題とか、動きやすさとか、まだまだ改善の余地はあるそうだよ」
ヨシュア殿下が詳しく教えてくれた。どうやらミランダ様から蜂蜜を取るつもりではないようだ。
まぁ、そりゃそうだけど。
「あなたには毒物の容疑がかかっております。迅速に会場を御退去下さい」
壇上の下からマクシミリアン様が告げると、ミランダ様は気丈な様子で答える。
「毒って何のことかしら?そもそも私を誰だと思っているの? 私はマーシャル商会の会長、ゲオルク・マーシャルの娘よ?王宮で出す焼き菓子だって作ってあげているじゃない」
彼女の言葉に、騎士の一人が鼻で嗤った。
「こんな状況になってもまだ悪あがきをするのですか?」
「悪あがきって何よ。そもそも毒なんて持っていないわ。調べられるなら、調べなさいよ」
「……困ったお嬢さんだ」
「自らが危険に晒されているというのにな」
近衛達のボヤキが聞こえた。
他の騎士たちも「まいったな」と漏らしている。
「仕方がないですね」
このままでは埒があかないとでも思ったのか、マクシミリアン様が壇上に上がる。
彼は壇上をゆっくり進むと、ミランダ様を盾で挟み取り押さえている、一人騎士の後ろに立つ。
「あなたには、正しくはあなたのお召になっているドレスに対し、毒物であると認定された物質を使用した嫌疑がかけられております」
マクシミリオン様は、淡々とした声で告げる。
「ドレスが毒って……まさか顔料が?」
私は自分で発した言葉にハッとする。
絵の具に使われる顔料の元となる物質の中には、毒性の物が含まれている場合がある。ただしそれを指摘した論文が発表されたのはここ数年で、危険性に関する認識は未だ不十分だと言える。
「確か少し前に、塩基性炭酸鉛が健康に被害を及ぼす可能性があるからって、フレークホワイトが要注意だと、そう新聞に書いてあったわ」
フレークホワイトは長らく女性の肌を白く見せるための化粧品として売られていた。そのため絵画の世界でも、女性の肌をより白く美しく見せるために頻繁に使用される事が多い絵の具だった。
けれど、発色が良く、明るい色を作り出すことができる万能顔料フレークホワイトは、摂取しすぎると、重金属中毒を引き起こし、神経系や腎臓に深刻な損傷を与える可能性があると、新聞で発表された。
それを受け、取り扱いには注意が必要な顔料に名を連ねたのである。
「さすがシャーリー、冴えてる。とは言っても、新聞を見た僕が君に知らせてあげたんだけど」
シリルがまるで自分の手柄かのように、自慢げに胸を張る。
とはいえ、確かにシリルに教えてもらった知識なので、異議は唱えないことにした。
「ミランダ嬢が着ているドレスに使われている顔料は、他国ですでに健康被害が報告されている酸性亜ヒ酸銅‥‥つまりヒ素と銅を含んでいるんだ。しかも酸性亜ヒ酸銅は皮膚刺激や中毒症状、さらには死亡に至る可能性もある、とても危険なものなんだよ」
ヨシュア殿下はまたもや詳しく説明してくれた。
「つまりあのドレスを着続けていたら、死んでしまうって事ですか?」
「そうだね。だから市場に出回る前に、阻止しないとって事でこうなってるわけ。でもま、彼女がどうしても着続けたいと主張するなら、別に僕は止めないけど」
ニコリと微笑むヨシュア殿下。しかしいつもは透き通る青い瞳に仄暗さを感じるのは私だけだろうか。
表には出さないけれど、殿下は相当ミランダ様を嫌って……いやもはや恨んでいる域に達しているのかも知れない。
「わ、私のドレスに毒ですって!?わ……私はどうなっちゃうの?マクシミリアン様、私は死ぬの?」
状況を察したであろうミランダ様は青ざめ、マクシミリアン様にすがろうとする。しかし、防護服とやらを着た騎士の手にした盾に阻まれ、目と鼻の先に立つマクシミリアン様の元にはいけない。
「……ご同行をお願いします」
マクシミリアン様が冷たい声で告げる。
「いやよ!私は何もしてないじゃない!どうして?どうして私がこんな目に遭うのよ!!」
「何もしてない?」
突然、眼光鋭く呟いたヨシュア殿下が、壇上にいるミランダ様に向かって歩みを進めた。
「え、殿下、ちょっと毒に近づくのはまずいですって」
私は殿下の後を慌てて追いかける。
「ヨシュア殿下。これは何かの間違いです。お父様が私にそんな危険なドレスを着せるはずはないですもの。この方たちの誤解を早く解いて下さい!!」
自分の元に歩み寄るヨシュア殿下に気付いたミランダ様は、今度は殿下に訴える。
「残念だけど、誤解ではない。君のその服には毒素が含まれている……って、シャーロット嬢引っ張らないでくれるかな?」
殿下の制服のすそを背中から引っ張る私に、彼は振り向いて困惑した表情を向けた。
「だって殿下が死んじゃうのは困るんです。防護服も着てないですし、ここからでも充分声は届きますから」
私はツガイが死んだら困ると、しっかりと制服のすそを握りしめる。
「シャーロット嬢……わかった。君のためにこれ以上は彼女に近づかない。だから離して大丈夫だよ」
ヨシュア殿下は、少し困ったように眉尻を下げながらも、私に微笑む。
「ほんとに、これ以上進みませんか?」
ツガイ狂いになりたくない私は、ヨシュア殿下に疑いの眼差しを向ける。
「そんなに心配なら……て、手を繋いでおこう」
ヨシュア殿下は、私に向かって手を差し出す。
「はい!」
私はすぐに殿下の手を取る。ヨシュア殿下は照れた様子で、けれどしっかりと私の手を握り返してくれたのであった。




