072 オペレーション・ポイズンブレイク1
現在私たちは『女性のための絵画コンクール』の入賞者発表に参加するため、騎士学校のホールに佇んでいた。
ホール内には、私たちの他にも、騎士学校、女学院、それから美術学院の男子生徒の姿もある。
騎士学校、女学院の生徒たちはすでに意中のお相手と小さな輪を作って歓談しているようだ。
そういうグループは一刻も早く、コンクールの受賞者発表が終わればいいと思っているに違いない。
因みに、私たちを避けた美術学院の男子生徒達は、壁際でひっそりと固まっている。勿論女学院の灰色の制服姿は、彼らの周辺で見かけることはない。
とは言え、私たちの周囲にも騎士学校の青い制服姿は見当たらないので、彼らを馬鹿にすることはできなそうだ。
「あいつらも、素直に私たちの誘いに乗っておけばさ、ボッチにならなくて済んだのにね」
「でも私たちもわりと蚊帳の外よ?」
無情な現実に、私たちは一斉に肩を落とす。
「ま、私達は今日、わりと騎士学校の男子と触れ合った気がするし」
「ほんと、ほんと。過去最大級で騎士学校の男子と対面した気がする」
前向きな意見が出た私たちは「そうよね」と、今度は一斉に顔を明るくした。
「後夜祭かぁ。今年もがっっり食べよっと」
男子と交流することを完全に放棄したらしい、マリナが豊富を語る。
「わかる。早く食べたいよね」
私もマリナに同意しつつ、ホール内を見渡す。
ホール内は、色とりどりの花やリボンなどの飾り付けにより、賑やかな雰囲気に包まれていた。
高い天井からはシャンデリアが優雅に揺れ、輝くろうそくの灯りが室内を柔らかく照らし、壁にはヴュッフェ形式で、美味しそうな料理がズラリと並べられている。
そんな中、ホール前方にある壇上に、白い布がかけられたイーゼルが四つほど並べられているという状況だ。
「四つ並んでいるって事は、大賞、準大賞、優秀賞、審査員特別賞って各一名ずつという可能性が高いのよね?」
私は誰ともなく確認する。
「そうなるよね。せめて審査員特別賞は五名くらい、大盤振る舞いしたっていいのに」
「マーシャル商会って、意外とケチね」
「いえてる」
何となく輪になっている私たちは、ヒソヒソと会話を交わす。
「でもさ、私たちのほかに、女性画家っぽい人がいないってことは、学院の生徒が、つまり私たちが賞を総なめなんじゃない?」
パティが期待に満ちた顔をみんなに向ける。
「今日は発表するだけだからでしょ。授賞式はまた別の日にやるんじゃないの?」
ジュリエットが秒でパティの期待をぶった斬る。
「そうそう。後日マーシャル邸でやる予定らしいよ。絵の具チューブ発表記念パーティーで食べた食事が美味しかったから、入賞しなくても行きたいなぁ」
マリナが懇願する表情を見せる。
「だよね。参加賞でパーティー参加券くらいは欲しいよね」
私はやっぱりマリナに同意する。
ヨシュア殿下がツガイ反応を起こして散々な記憶が残るけれど、確かにあのパーティーの雰囲気は良かったと思う。
ただ、あの時主役だったコリン・ウィンドリアという画家はもう二度と表に出てこれないのだと思うと、少し残念に思う気持ちがある。
とはいえ、彼のした事を思えば、当然なのだけれど。
「それではこれより、マーシャル商会主催、第一回女性のための絵画コンクールの授賞者発表及び、授賞式を行います」
アナウンスと共に、舞台袖からマーシャル商会を代表し、何故か制服からエメラルドグリーンのドレスにお色直し済のミランダ様が登場した。
「鮮やかなグリーンで素敵なドレスね」
「ほんと、初めてみたわ、あんな色」
「性格は悪いけどドレスだけは素敵かも」
「本当ね」
ジュリエットやマリナ、それからパティがミランダ様の衣装を絶賛する。
確かに、彼女の性格は最悪だけれど、エメラルドグリーンのドレスはとても上品で美しい。
さすがはマーシャル商会のご令嬢だと、思わず感心してしまうほどだ。
「あの色で、新緑の葉っぱの絵を塗ったら、綺麗かも」
思わず呟くと。
「確かに綺麗かも」
「絵具として発売されたら、人気が出そうよね」
ジュリエットやマリナから賛同を得ることができた。
「それではまずはじめに、マーシャル紹介を代表し、ミランダ・マーシャル様より開会のお言葉を頂戴したいと思います。ではミランダ様どうそ」
司会者の男性がミランダ様を壇上の中央にエスコートする。
大勢の前でも動じず、優雅に歩く姿は敵ながらあっぱれと言った感じだ。
「皆様、本日はこのような機会を頂きありがとうございます。わたくしミランダ・マーシャルが、今回のコンクールの審査結果を発表させていただきます。我がマーシャル商会が発売した絵の具チューブの発売に合わせ、開催されたコンクールにおいて、非常に沢山の女性からの応募を頂きました。父に代わりお礼を申し上げます」
彼女が淑女の礼を取ったとたん、辺りから拍手が上がった。
「そして、皆様から品薄で困ると嬉しいお言葉を頂く絵の具チューブですが、実は今日私が着ているこのドレスは新色として発売された我が商会の絵の具チューブ、エメラルドグリーンの顔料で染め上げたものとなっております」
ミランダ様が拍手に応えるかのように、自分の体をひと回りさせる。
そんな中、先程口にした願望や予想が的中した私たちは、思わず顔を見合わせる。
「元々絵の具のチューブにはグリーンの絵の具が入っているのですが、このドレスは絵の具チューブに特殊な顔料を混ぜることにより、より発色が良くなり、そして美しい色合いが実現できたと自負しております」
確かに彼女のドレスは美しい。
悔しいけれど、その事に異論はない。
「では、皆様のお腹が悲鳴をあげる前に、私の宣伝はここまでといたしますわね」
ちゃめっけたっぷりでミランダ様は微笑む。すると会場内がドッと笑い声で湧き上がる。その様子を眺めていた私は、父親譲りなのか、彼女には商才がありそうだと思わず感心してしまう。
「それでは、只今より女性のための絵画コンクール最優秀賞の発表を行います』
観客席から拍手と共に歓声が上がる中、私は一人ドキドキと胸を鳴らしていた。緊張で吐きそうになるくらい鼓動が激しくなる。
「こちらの作品は、クラシカルで安定した作風と、技術力の高さが評価されました」
ミランダ様の声がホールに響くと同時に、審査員たちが拍手する音が聞こえる。その音を聞きながら、ミランダ様の次なる言葉を固唾を飲んで待つ私たち。
「最優秀賞は、王立美術学院――」
「お待ち下さい!!」
ミランダ様の声を遮るように、突然会場に乱入してきたのは、黒い騎士服に身を包む集団だ。
「どうぞ、みなさま。落ち着いて下さい。騎士学校の生徒はオペレーション・ポイズンブレイク、レベルツーのマニュアル通りに、他校の生徒を保護すること!」
なぜか壇上の前を陣取るマクシミリアン様が、大きな声で命令を飛ばす。
「それって、毒物だということじゃないですか!!」
一人の騎士学校の生徒が声を張り上げる。
その声に反応するように一気に会場内がざわつく。
もれなく私たちも反応する。
「毒物って聞こえたような」
「まさか、殿下を狙ったのかしら」
「マクシミリアン様が陣頭指揮を取ってるから、今入ってきたのは、殿下付きの近衛なのかも。どうしようヨシュア殿下が、私のツガイが狙われてるなんて……」
私は一気に不安に襲われる。
そんな中、みんなの注目を一身に受けるマクシミリアン様が険しい表情になる。
「君、名前は?」
マクシミリアン様は、先程「毒物」と声をあげた生徒の元に歩いていくと、厳しい視線で問いかける。
「あ、あの……僕は二年の」
「そうか。二年生では仕方がないか。しかし、緊急時こそ我々守る立場の者が動揺しては、現場に混乱を招く事がある。こういう時こそ、冷静に判断出来るように日々の訓練を頑張りなさい」
「……はい」
しょぼんと項垂れる騎士学校の生徒。
とはいえ、マクシミリアン様の言う通りだ。
彼の一言で会場は一気に混乱したのだから。
「申し遅れました。私はルトベルク王国第二騎士団ヨシュア殿下付き近衛騎士隊、第一班、マクシミリアン・ヴァルトハウゼンと申します。この会場には、確かに毒物があります。しかし、すでに所在は把握済みですのでご安心を。また、毒物レベルはツーとなっています。ですから長期的に接種しなければ健康に害を成す事はないためご安心下さい」
マクシミリアン様のよく通る声が会場内に響き渡る。
やはり、ヨシュア殿下が狙われたのかも知れないと私は密かに確信する。
「私のツガイを毒殺しようとした人をむしろ私が毒殺する。絶対に毒殺してやるんだから」
私は低い声で呟き決意する。
「やだシャーリー、すでに五人は毒殺してそうな顔をしてるわよ?」
ニヤニヤしたジュリエットに、脇腹を肘でつつかれた。
「レベルツーですぐに人体に影響はない。つまり、そんなに怖がらないでいいってことよね」
リリアが冷静に指摘する。
「というか騎士学校の生徒が、誰一人として私たちを守りに来てくれないってことの方が、毒なんかより大問題よ!」
パティの魂からの叫びに、思わず一同、大きく頷く。
なぜなら私達の周囲では、女学院のグレーの制服を着た女子たちが、騎士学校の青い制服を身につける男子生徒たちに、必死にしがみつく光景が映り込んでいるから。
「こ、怖いですわ」
「大丈夫です。レベルツーですから」
「わたくしは、死んでしまうのかしら」
「いいえ、レベルツーですから、ご安心を」
キリッとした表情で女学院の生徒に伝える騎士学校の青年たち。
実に頼もしいし、絵になる光景だ。
「というか、私たちも絵筆しか持てない、か弱き淑女なんですけど」
思わず薄目で呟く。
「シャーロット嬢、ここにいたんだね」
ヨシュア殿下の声がして、私は顔に笑顔を貼り付ける。
「殿下、こわーいですわ」
女学院の生徒の真似をして、胸の前で手を組んでみたのだが。
「え……」
ヨシュア殿下は、恐ろしいものを見たかのように固まった。
「シャーリー、ふざけてる場合じゃないし」
シリルが私たちに合流する。
「リリア、レベルツーだし、大丈夫だから」
ユアン様が迷わずリリアに駆け寄る。
「別に怖くないわよ、レベルツーだし」
ユアン様にツンとした態度を取るリリア。
先程中庭で、情熱的な視線を絡め合っていたとは思えない態度だ。
なるほど、リリアはユアン様に対してはぶっきらぼうな態度を取りがちなのかも知れない。でもそれは、信頼し、仲良しだからこそとも言える。
そうこうしているうちに、私たちの周りを青い集団が取り囲む。
「大丈夫ですか?」
「落ち着いて下さい、レベルツーです」
「人体に即影響はありませんので」
「何か不安なことがあれば、すぐにお知らせください」
どうみても殿下が連れてきてくれたと思われる、騎士学校の男子生徒達に過剰に囲まれる私たち。
騎士に守られる淑女の図に、思わず鼻を伸ばしかけていると。
「マリナ、ハンカチ用意!」
パティがすかざす、指示を出す。
「もうすでにあててるわ」
マリナは自信たっぷりな言葉通り、すでにハンカチを鼻にしっかり当てていたのであった。




