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070 私の絵が破壊された真相1

 リリアが、コンクール用に制作していた私の自画像を破壊したかも知れない。


 その事が真実だとしたら、信じられない気持ちでいっぱいだし、しばらく寝込みそうなくらいにはショックだ。


 けれどまだ、リリアが私の絵を破壊した犯人だという証拠を見た訳ではない。


 それに今朝私は、暗い表情を見せるリリアに「何があっても応援」すると約束した。


 その約束を果たすため、私はリリアとダミアン教授を追いかけようと、生け垣から飛び出した。


「リリア!!」


 私はダミアン教授に無理やり手を引かれるリリアに向かって叫ぶ。


 ダミアン教授はそこではじめて私に気がつき、慌ててリリアを自分の方へと引き寄せる。


「おや、シャーロット君じゃないか」


「私も、いますわ」


 肩で息をするジュリアが私の隣に並ぶと、ダミアン教授に告げる。


「ちょっと、リリアになにするつもりですか!」


「私たちの学級委員を返して下さい」


「そうよ、私たちには彼女が必要なんだから」


 みんなも駆けつけ、ダミアン教授に抗議する。


「ふむ……、仕方ないな」


 ダミアン教授はため息をつくと、ポケットから刃物のような物を取り出すと、リリアの首元にあてた。


「なんてことを」


 私は驚きつつ、よくよく目を凝らす。


 どうやらダミアン教授がリリアの首元にあてているのは、鋭利な金属製のパレットナイフのようだ。


 パレットナイフとは、絵の具を混ぜたり、キャンバスに直接絵の具を塗る際に使用される、文字通り先端が尖ったナイフのこと。


 通常パレットナイフは、絵の具を混ぜたり、ナイフの刃先や側面を使ってキャンバスにテクスチャーを作り上げたり、ラインを引いたり、輪郭を作ったりと、絵に立体感や動きを与えるために重宝するアイテムであり、今回のように人を脅かす使い方はしない。


「何でそんなものを持ってるのよ……」


 ジュリエットが呆れたように呟く。


 彼女の意見に「そうよね、信じられないわ」と同意したいのは山々だ。しかし、かつてドレスのポケットから豚の膀胱に入った絵の具をうっかり落とした経験がある私としては、ダミアン教授がパレットナイフをポケットに入れていたとしても、あり得る事だと感じてしまい黙り込む。


「全く君たちはお荷物な上に、世話がかかる生徒だ」


 ダミアン教授はリリアにパレットナイフを突きつけたまま、落ち着いた様子で話し出す。


「シャーロット君。君は今この子を助けたいと願っているようだが、君の作品にナイフを入れたのは私と、そしてリリア君なんだよ」


 ダミアン教授はハッキリと罪を告白した。


「ごめんなさい、ほんとうに」


 涙声でリリアが謝ると、ダミアン教授はリリアの耳元に唇を寄せて何かを囁く。


「ひっ」


 リリアが短い悲鳴をあげると、ダミアン教授は楽しそうに笑う。


「一体何を言ったんですか?」


 私が尋ねると、ダミアン教授はパレットナイフをリリアに突きつけながら、私に向かって話し出す。


「なぁに、簡単なことだよ。「下手な事をすれば、道連れにする」と告げただけだ」


 ダミアン教授は、吹っ切れたような顔を私に向けた。


「いいか、私はかつて彼女に「君がコンクールで優勝するにはどうしたらいいか」と尋ねた事がある。すると彼女はこう答えたんだよ」


 ダミアン教授はそこで言葉を区切り、リリアに質問する。


「さてリリア君。どうするのが一番だったかな?」


「マ、マーシャル商会のミランダ様のお望み通り、シャーリーの事を困らせればいいと、そう言いました」


 リリアは私から視線を反らし、辛そうな表情で答えた。


「その通りだよ。実はね、ミランダ嬢から事前に私に打診があったんだ。物分りの悪いシャーロット君の絵を破壊して欲しいとね」


 ダミアン教授の告白に、私はギュッと唇を噛む。


 今まで彼女からされて嫌な事は沢山あった。けれど人が悩んでようやく辿り着いた自画像を破壊しろだなんて、人の心がなさすぎる。


 私はメラメラとミランダ様に怒りの炎を燃やす。


「それでどうしてリリアが関係するのよ!」


 パティが声を張り上げる。


「リリア君のご両親から、娘を退学させたいと相談があったからだよ」


 ダミアン教授の言葉に、私たちは息をのむ。


「えっ、本当なの?」


 私はあまりの事に驚きリリアを見つめると、彼女はコクリと頷いた。


「どうして……相談してくれれば一緒に考えてあげられたのに!」


 パティは悔しそうに叫ぶ。


「そんな事無理よ」


「無理って何よ!私たち友達でしょ」


 パティの言葉に、リリアは首を横に振る。


「私ね……カーマン伯爵の後妻にならないかって、縁談がきたの。伯爵は古いお考えをお持ちみたいだから、女性が趣味の域を越えて絵に夢中になる事を良しとしないそうよ。だから結婚を決めたら、学院も辞めなきゃならないの」


 リリアは私たちに告げる。


「リリア君の親御さんはこう言っていたよ。良い縁談に向け、絵なんて道楽でしかないものに、現を抜かしていては困るとね。全く教養の浅い人間の考える事は、浅はかだと私は思ったものだ」


 馬鹿にしたように鼻で笑うと、ダミアン教授は続ける。


「もちろん私は、嫌々ながらも君達の担任だ。そこでどうしたいのかとリリア君本人にたずねたというわけだ。すると彼女は絵を続けたいと私に告白した。だから私は彼女に知恵を与えたというわけさ。まぁ、その時の決意を今はもう捨て去ったようだが。その程度の思いならば、潔く退学しておけば良かったものを」


 ダミアン教授は冷めた表情でリリアを見下ろすと、煽るように鼻で笑う。


「だから、ダミアン教授は今回のコンクールで優勝すれば、親を黙らせる事が出来る。そうリリアにおっしゃったんですね」


 ジュリエットはダミアン教授を睨みつける。


「才能があるとわかりやすく証明されたら、流石の親も様子を見ようって、そうなる可能性はあるものね……」


「わかる、うちもそんな感じ」


「そもそも、私たちの描いた作品が評価されるチャンスは少ないもの。このコンクールに賭けようとする気持ちはわからなくもないわ」


 ジュリエットに続くように発言したクラスメイト達が、しんみりとした声をあげる。


「でもリリア、本当にいいの? 本当に辞めたいって心から思っているの?」


 私はリリアに問いかける。


「でも私は、シャーリーの絵を駄目にしたから。もうみんなとは一緒にいられない」


 リリアは辛そうな表情を浮かべて首を横に振る。


「そういうの嫌。まるでリリアが辞めるのは私のせいみたいじゃない。私はリリアの絵が好きだから、続けて欲しいと思ってるのに」


 まるで駄々をこねた子どものように、私はリリアに口を尖らせ抗議する。


 正直絵を破壊された事について、リリアを許す、許さない以前に、怒りの矛先が向かう先はミランダ様一択だ。


 それにリリアは、私たちが一枚の作品を仕上げるためにどれだけ魂を削って描いているかを知っている。だから、私の絵を破壊する時に彼女は、充分心が傷付いたと思う。


 そして今までその罪を一人で背負いながら、何も知らない私とほぼ毎日顔を合わせていた事になる。それはとても辛かったはずだ。だからリリアはもう充分罰を受けていると思った。


「私だってそうよ。リリアは良いライバルだと思ってる」


 ジュリエットも、リリアを励ますように言葉をかける。


「でっでも、私は許されない酷い事をしたから……」


 リリアは不安そうに瞳を揺らしながら呟く。


「そういう甘いことを言うから、君たちはいつまでたっても上達しないんじゃないか」


「甘いですか?」


 私はダミアン教授が発した言葉に反応する。


「君たちは仲良しごっこをしに、学院に通っているのか?絵を学びに来ているのではないのか?」


 ダミアン教授は挑発するように私たちを見回すと、言葉を続ける。


「私は担任として君たちの面倒を見てきた。だがそれは、君たちの才能を底上げさせるためだ。美術学院は友人を作る場所ではないんだよ。そんな生温い考えで、よくコンクールに出ようなんて考えたものだ」


 ダミアン教授の言葉に、私は思わずムッとする。


「確かに私たちは仲良しごっこをしてるかもしれません。けれどそれは、お互いを高め合うためです。それにギスギスした中で、良い作品が出来るとは限らないと思います」


「向上心がない人間は、成長などしないよ」


 ダミアン教授は私に向かって冷たく言い放つ。


「仲良しだからって、向上心がないわけじゃないわ」


「そうです。私たちはお互い、刺激しあいながら成長するんです」


 ジュリエットとパティはダミアン教授に向かって反論する。


「ならば、結果を出すために、死ぬ気で描くことだな」


 ダミアン教授は再び冷たい目で私たちを見つめる。


「そんなの、言われなくてもわかってます!!」


 私の怒りが頂点に達したその時。


 ダミアン教授とリリアが立つ位置の背後にある生け垣から、ヨシュア殿下率いる騎士学校の生徒が飛び出してきた。そして目にも止まらぬ速さで、ダミアン教授がリリアの頬にあてていたパレットナイフを殿下が取り上げる。


「うわやめろ。私はこの子たちの担任だぞ。わかっているのか?」


 突然の乱入者に驚きを隠せない様子でダミアン教授が問いかける。しかしシリルを含む数名によって、ダミアン教授は呆気なく地面にうつ伏せで拘束されてしまうのであった。

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