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069 のぞきみは密の味

 風を読む者ことヨシュア殿下とお別れした私は、クラスメイト達と中庭で合流した。


 するとそこで、興奮気味にパティが私たちに悪魔の問いを投げつけた。


「騎士学校に通う兄からの情報によると、試合を終えた男子学生は、コロッセオの裏手にある更衣室に付属する湯浴み場で汗を流すそうよ。チャンスだけどどうする?」


「ん? どうするって、迷うまでなく、絶対だめよ」


 私は断固拒否する。なぜなら、私のツガイであるヨシュア殿下が今まさに湯浴みに向かったところだったから。


 最悪、ツガイである私は、殿下の裸体を見ても許されるかも知れない。

 けれど、みんなは絶対だめだ。


「シャーリーってさ、殿下のツガイになってから、何か普通になっちゃったよね」


「わかる。昔はこういう時、我先にって私たちを押しのけるくらいだったのに」


「今はそうやって常識人ぶってるけど、本当は一番見たいくせに。男性の裸を」


 一斉にクラスメイトたちから非難の声があがる。


「でもやだよ。犯罪者になりたくないし」


 なにより私ですら未知なる世界のままであるヨシュア殿下の裸を、みんなが目撃してしまうだなんて、あり得ないし、ダメなこと。


 しかし、私たちはもうずっと男性の裸体に興味がある。


 早速パティがぬっと私の前に出た。


「わ、私だって覗きなんてイヤだけど仕方ないじゃない。でも見せてもらえないんだもの。いい?私は筋肉や骨格の構造を観察し、学びたい。そして身体の構造や比率、形態に関する理解を深めたいだけであって、決してやましい気持ちではないんだから」


 パティは負けじと言葉を返してきた。


「そうそう。観察力や描写力、色彩感覚など、さまざまなスキルを磨くことができるから、実物を見なさいってユルゲン教授も良く言ってるもんね」


「日も暮れてきてるし丁度いいないんじゃない?」


「わかった。ヨシュア殿下の裸は見ないようにする」


「そうね。各々、知り合いの裸は見ないようにするって事でどうかしら」


 クラスメイトたちはだいぶ無理ある提案に対し、神妙な顔で一斉に頷く。


 そもそも全裸で湯浴みしている所をのぞき、知り合いかどうかを確認するためには、まず見る必要がある。つまりその時点で裸を見てしまっているという矛盾について、残念ながら指摘する者がいないようだ。


「みんな本気なの?」


 私は一応たずねてみる。


「殿下の裸をタダ同然で手に入れた人はいいけど、私たちには一生に一度のチャンスかも知れないんだから」


「絶対にやらなきゃ損。それにさっきの試合。どの男子生徒も筋肉が生き生きしてて、綺麗じゃなかった?」


「わかる。剣を前方に突き出すときに、上腕二頭筋が強く収縮していたのが、すごかったわ」


「そうそう、背中の広背筋もめちゃくちゃ可動してた」


「あと、服の上からでもわかる、肩関節周囲の筋肉群の動きも凄かったよね。こうやって剣を突き出す時に、肩の上部にある三角筋と、胸骨から肩まで走る前鋸筋(ぜんきょきん)が重要な役割を果たしているって、私は物凄く理解できたわ」


「ほんと、人体解剖学の教科書を眺めてるより、よっぽど勉強になったよね」


 みんなは「わかる、わかる」と激しく同意している。

 こういう時の団結力は、良くも悪くもピカイチだと思う。


「シャーリーは先に教室に戻ってれば?」


「だね。無理に誘うつもりはないし」


「リリアもいないみたいだし。二人で撤収の用意しててよ」


「じゃ、行こうか」


 クラスメイトたちは、石畳が敷かれた小道を奥に進んでしまう。


「な、なぜ私が置いてけぼり?」


 しかし残された私には、呼び止めるという選択肢は残されていない。

 なぜなら、ヨシュア殿下の裸をみんなに晒すのは嫌だと思う一方で、この機会に殿下の裸を拝みたいと願う、邪な気持ちが私の中にむくむくと湧いてきたから。


「もちろん、学術的探究心と、観察力、技術力向上のためだから」


 私は一人言い訳を口にし、前を行くみんなの背中を追いかけた。


「こんな機会なんて、この先一生ないかもしれない。そう思うと、ドキドキしてきた」


「それは言い過ぎじゃないかな。結婚したら見れるわけだし」


 私が指摘するも、みんなの目は本気だ。


 中庭から出て、コロッセオの影に包まれた、石畳の小道に私たちは揃って入り込む。


「兄からの情報によると、この道の先に学生用の湯浴み施設があるはずよ」


 生き生きとした声で、先頭を歩くパティが告げる。


「あ、あれじゃない?」


 マリナが小道の先に見える、高いドーム型の屋根を指差す。屋根の上には金や銀の装飾が輝き、夕日を受けてきらめいていた。


「え、なんか立派じゃない?」


「あそこに男性の裸がうじゃうじゃしてると思うと、建物ですら神々しく感じるわ」


「でもさ、警備がやたら手厚そうじゃない?」


「うー、これは難易度が高そう」


 一気に意気消沈する私たちの目の前に立つのは、デーンと構えた大きな建物。

 見せないぞという意気込みを感じなくもない、周囲をぐるりと取り囲む強靭な四角い壁。その壁に覆われたエリアの中央に、私たちが目指す場所となる、ドーム型の湯浴み施設が立っている。


 湯浴み施設へと続くであろう、大きく開かれた入り口は一つ。

 そこにはさっぱりした顔で出てくる、多くの男子学生で溢れていた。


「どうする?」


「そもそも湯浴み施設に近づくことすら無理そうじゃない?」


「でもさ、ここまで来て引き返すのは、ちょっとね」


「だよね。ここまで来たんだし」


「さりげなく迷った振りをして、通り過ぎつつ、中の構造を確認しない?」


 今日はやたら冴えた様子のパティが提案する。

 その案にみんなは頷き合うと、目的地に向かって歩きはじめた。


 しかしその時だった――。


「できません!」


 甲高い悲鳴のような叫び声が、通路に響き渡る。


「え?なに?」


 私は慌てて周囲を見渡すも私たち以外誰もいない。ただ薄暗い通路が奥へと続いているだけだ。


「今の声、リリアじゃなかった?」


「そう思う。何か中庭の方から聞こえたような」


 私たちは来た道を一斉に振り返る。


「行ってみよう」


 ジュリアの号令で私たちは来た道を戻り、すぐに中庭にたどり着く。


「隠れて!」


 先頭を歩くジュリアの小声による号令がかかり、私たちはサッと生け垣の裏に各々身を隠す。


「何があったの?」


 隣の生け垣に隠れるジュリアにたずねる。


「リリアがいる。男の人……ってあれってダミアン教授じゃない?」


「あー、もしかしてコンクールの受賞者発表の打ち合わせかな」


 私たちにとっては一大イベントである、『女性のための絵画コンクール』の発表がこのあと行われる予定になっている。


 担任であるダミアン・パーカー教授は、私たちと実行委員会とを架け橋する役割なので、この場にいるのは何らおかしい事ではない。


「しかし、君だって困るのだろう?」


「でも、もう限界なんです。みんなに嘘をつくのはもう嫌なんです」


 風に乗り、二人の声がこちらに届く。


「君が黙っていれば全て済む話だ。黙っていれさえすれば、君だって今回のコンクールで大賞が確定する。そうなれば、望まぬ者と結婚しないで済むんだろう?」


「もう、諦めました」


「ふむ。しかし君はすでに、シャーロット君の作品を破壊するという罪を背負っている。後戻りが出来ない状況だという事はわかるね?」


 ダミアン教授の言葉に私は固まる。

 今、確かに私の名前が出てきた。そしてその後に、「破壊」という言葉も聞こえた。


 その事が意味するのは――。


 私はこの先の答えを知りたくないと、制服の上から胸をギュツと押さえる。


「シャーリーの、作品を壊すって言ってなかった?」


「どういうこと?」


「まさか、リリアがやったってこと?」


「うそ……そんな……」


 生け垣に隠れながら、唖然とした声を漏らすクラスメイトたち。


「これって、もしかして私たち、かなり重要な場面を目撃しちゃってるんじゃない?」


 パティが興奮した声をあげるも、それをマリナが小声でたしなめる。


「静かにしないと見つかっちゃう」


 その声を合図に、私たちは各々口を閉じ、問題の二人に集中し始める。


「でもだからって、私はもうみんなに嘘をつきたくはありません。それにどんなにミランダ様が頑張った所で、殿下とシャーリーの仲は……ツガイである二人の仲は絶対に引き裂けません」


「そんな事は最初からわかっているし、私は彼らを愚かだとすら思っている。しかし、目の前に餌をぶら下げられ、断る理由はなかった。だから協力したまでだ」


「私は教授が今回の件でマーシャル商会から教授が金銭を受け取っていること。その事を誰にも言うつもりはありません。ただ自分の罪はきちんと告白し、罰を受け入れるつもりです。では、失礼します!」


 リリアは叫ぶように告げると、その場から立ち去ろうとダミアン教授に背中を向けた。


「まて!」


 ダミアン教授はリリアの両肩を摑み、中庭の奥の方へと歩いていく。


「やだ……やめて下さい」


 リリアのか細い悲鳴がこだまする。


「一大事だわ。ジュリア、手伝って」


 私は早口で告げ、ダミアン教授とリリアの後を追いかけようと、生け垣から無我夢中で飛び出したのであった。

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