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065 模擬戦1

 出来ればみんなが幸せであって欲しい。

 けれど、家の事情はそれぞれ違うし、幸せに思う基準は人それぞれだ。


 明らかに赤い目をして教室に入ってきたリリアに、私たちは精一杯、先程の修羅場に対し、見て見ぬふりを決め込むことにした。


 正直今の状況では、それしか最善策が思いつかなかったからだ。


 リリアはしばし落ち込んだ様子を見せていたものの、時間と共にいつもの元気を取り戻した。


「あれ、柱の支えに丁度いいパンがないわ。誰か知ってる?」


 普段通りの様子になったリリアにそう問われた時、私たちは一斉にビクリと肩を揺らした。


 みんなの顔に浮かぶ、どこか恨めしそうな視線から察するに、「リリアがユアン様を強打したのち、投げつけていたじゃない」と、思っていたに違いない。


「あれ、どこかに使ったかな」


「こ、このパンはどう?」


 パティがササッと新たな、しかし我が家が提供していない、普通の美味しそうなフランスパンを差し出す。


「んー、硬さがいまいちだけど、仕方ないわね。これを使うわ。ありがとう」


 リリアが新たなパンを手にした瞬間。

 ホッとする私たちの心は一つになったと思う。


 そうこうしているうちに、私はヨシュア殿下と約束した時間になってしまった。

 リリアの一件もあり、申し訳ないと思いつつ、中抜けしてもいいかみんなに訪ねたところ。


「みんなでシャーリーのツガイである、ヨシュア殿下を応援しに行こうか」


「そうだよね。クッキーを餌にしても、結局男子は一人も来ないし」


「やれるだけはやったもの」


「悔いはないしね」


「賛成ー!」


 私たちは、満場一致でワークショップを閉じる事にし、ヨシュア殿下の模擬戦を応援しに行く事にしたのであった。




 ◇◇◇




 私たちが会場に着いた時には、すでに試合も終盤だったらしく、観客席はまさに人で埋め尽くされているという状況だ。


「あと少し遅かったら、座れなかったかもね」


 私はぐるりと周囲を見回し、そんな感想を漏らす。


 現に観客席にはクラスメイト達みんなで並んで座れるような場所もなかった。そのせいで二、三人づつに別れて応援する事になってしまったのである。


「まぁ、戦ってる男子って、三割増し格好良く見えるものね」


 ジュリエットの実直な感想に、私は大きく頷く。


「シリル様は何試合目に出るの?」


「え、知らない」


 素直に答えると、ジュリエットは目を丸くする。


「そういう会話しないの?」


「んー、しないことはないけど、主にお金儲けの話か事件の話が多いかな。まぁ、事件の話は一方的にシリルがしてくるだけだけど。今回の模擬戦は聞くのを忘れたし、シリルも何も言ってこなかったから」


 知らないだけ。だからって特に仲が悪いとも思っていない。お互い興味の被るジャンルが、お金儲けと事件の話なので、主にその話が多いだけという感じだ。


 どこの家庭もそんなもんじゃないのだろうか。

 そう思ったのだけれど。


「バーミリオン伯爵家らしいかも。うちはお金の話はしないかなぁ」


「まぁ、うちは伯爵家と言っても貧乏だから」


「あ、ごめん」


 ジュリエットが気まずそうな表情を私に向けた。


「ジュデイに悪気がないことはわかってるって」


 私は笑顔で返す。貧乏なのは事実だし、変に気を使われるのも嫌だ。特に親友ならなおさらその気持ちは強くなる。


 ジュリエットはそんな私の気持ちを察してくれたのか、すぐに笑顔に戻ってくれた。


「それにこのご時世だからね、お金は大事よ」


「そう?」


「だってないよりあった方がいいでしょ?」


 ジュリエットは私のモノマネをして言い放つ。

 それがおかしくてクスクス二人で笑い合う。


「お静かに。模擬戦とは言え、彼らは真剣に勝負してるんですから」


 隣に座っていた、騎士学校の制服を着た生徒に叱られ、私とジュリエットは小さくなる。


 どうみても制服が大きめで幼い感じ満載な彼の首元には「Ⅰ」というバッチが付けられている。


 どうやら今年入学したばかりの一年生のようだ。


 騎士学校は十二歳で入学出来るので、たぶん正義感溢れる彼もそのくらいの年齢なのだろう。


 ふわふわの栗色の髪に、ぷにぷにしたほっぺ。

 なんだか、シリルが騎士学校に入った頃を思い出す。


 それから今の殿下も可愛いけれど、きっともっと可愛かったんだろうなと想像し、思わずニヤけてしまった。


「なに?」


 さりげなく観察していたことを気付かれてしまったようだ。

 幼き彼に睨まれてしまった。


「いいえ。何でも」


 ニコリと微笑みその場を濁す。


 それから私は言われた通り、静かに口を閉じ観客席に目を向けてみる事にした。


 現在闘技場では、二人の男子が剣を交わしていた。模擬剣と呼ばれる、刃をつぶした剣を使っているとはいえ、当たると怪我をしそうな勢いの剣戟(けんげき)だ。


 二人の男子は互いに一歩も譲らず、真剣な面持ちで剣をぶつけあっている。


「あ、ヨシュア殿下だ」


 私は競技場の端に設置された、白いテントの中から出てくる人影にいち早く気付く。


 どうやら彼は次の試合に出場するらしく、その手に模擬剣をしっかり握っている。


 次に試合を控えたはずの彼は、呑気に観客席を見回していた。


 これはもしやと私の勘が働く。


「殿下は私を探してるのかも」


 先程注意されたばかりの私は小声で呟く。


「手でも振ってあげたら」


「恥ずかしいから無理」


 やはり小声で、しかし、ちゃっかり私をからかうジュリエットに即答する。


「流石にこんなに人がいたらわからないよね」


 そう告げた瞬間、観客席に目を泳がしていたヨシュア殿下がこちらに目を向けた。それからすぐ、私に軽く微笑んでくれる。


 やっぱり私を探していたんだと幸せいっぱいな気分で殿下に笑顔を向けていると。


「うわぁ、殿下が僕に笑顔を送って下さった!」


 隣にいる彼が、嬉しそうな声をあげる。


「え、私にじゃないの?」


「それは流石に、自意識過剰じゃないですか?」


 推定四歳年下の男の子に、ふんと鼻で笑われた。


「シャーリー、自意識過剰ですって」


 ジュリエットは必死に笑いを堪えている。


「いや、違うと思う」


 私は冷静に指摘する。


「いいえ、違いません。あ、シリル先輩だ」


 隣の彼が興奮気味に双子の兄の名前を口にする。滅多に経験しないシチュエーションで、何だかとてもむず痒い。


 ただ、彼の言う通り、テントの中からシリルが登場していた。シリルはスタスタ歩くと、ヨシュア殿下の隣に並び立つ。そして殿下がこちらに視線を向け、シリルが私を確認した。


「あっ、シリル先輩も僕を見てる!!」


「そうなる気がしてた」


 私は思わず苦笑いする。というか、無邪気な彼は憎めない。むしろ可愛く思えてきた。


「シリル様が出てきたということは、もしかしてヨシュア殿下とシリル様が剣を交えるってこと?」


 ジュリエットが、期待に満ちた声色で私に質問してきた。


「あの二人は騎士学校のツートップですから。でもたぶんシリル先輩が勝つと思うけど」


 私の代わりに隣の彼が己の予想と共に答える。


 しかし一年生と侮るなかれ。その予想はあながち間違っていないと、私は思う。


 なぜなら、殿下は二番に固執していると、シリルが以前話していたからだ。


 それは兄であり、王太子であるヘルフリート殿下と確執を生まないための策だということも、私はマクシミリアン様から聞いて知っている。


 シリルの口調からするに、普通に考えればヨシュア殿下のほうが強いのかも知れない。


 けれどヨシュア殿下は二番がいいので、この勝負は、きっとシリルが勝つ。


 とはいえ、普段顔なじみのシリルとヨシュア殿下が剣をかわすのが、興味深い事は確かだ。


「どっちが勝つと思う?」


 ジュリエットはワクワクした表情で私に訊ねる。


「んー、互角じゃないかな」


 私は華麗に誤魔化す。


 そうこうしているうちに、今行われている試合が終了した。


 勝者に盛大な拍手が贈られ、いよいよ次はヨシュア殿下とシリルの戦いだ。


「瞬きしないようにしなくちゃ」


 隣の彼はそう言うと、闘技場に熱い視線を向けた。


 その姿に微笑みつつ、私もこれから始まる試合をしっかり見届けようと、視線を円形の闘技場の中央に向けたのであった。

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