064 交流会2
歴代の著名な騎士の絵画や騎士の旗の装飾などが飾られた、騎士学校の広いロビー。そこに我が美術学院の教授、ユルゲン・キューネルの作品を見つけた。
そこから発展し、ユルゲン教授のモノマネをするジュリエットに笑い転げていた私。
そんな楽しい気分満載であった私の前に、悪魔が降臨した。
「あら、私の大事なツガイに、まるで痴女のように唇を奪おうと迫って拒絶された、哀れなミランダ様じゃないですか。ごきげんよう」
私はムカムカする気持ちを堪え、優雅に淑女の礼を取る。
「……っ!」
私の侮辱的な言葉を受けたミランダ様は顔を真っ赤にした。けれど最初に酷い言葉をかけてきたのは彼女なのだから、自業自得だ。
「まぁ、ミランダ様は人のツガイを奪おうとなさったの?なんてことかしら!」
ジュリエットがわざとらしく、口元を覆う。
前回騎士学校の校門前でやり合った時は、多勢に無勢で完敗したけれど、今日は私にも頼もしい援軍がいる。
だから「受けてたとう、その勝負」と私はズイとミランダ様の前に歩みでる。
「そういえば、殿下のツガイの証である痣の件は残念でしたわね。新聞によると、ただの痣であったと、王妃殿下が訂正発表されてましたけれど。お気の毒にと思いましたのよ」
オホホホホと私は高笑いをする。
そう、ミランダ様の痣の件はすべて王妃殿下に仕組まれた悪戯だったのだ。
『だって、ヨシュアとあなたがいつになってもモダモダしているから。そこに痣が出来たなんて馬鹿な事を言い出す子が現れた。その時私は思ったの、これはまさに「飛んで火にいる夏の虫」だと。だからこのチャンスを逃す手はないと思って、利用させてもらいましたのよ。でもそのお陰で二人は上手くいったわけだし。オホホホ』
ヨシュア殿下を訪ねて登城した時、まんまと捕まった王妃殿下から悪びれた様子なく明かされ、唖然とした記憶はまだ新しいもの。
王妃殿下のこの悪戯のせいで、ヨシュア殿下はツガイ狂いになりかけた可能性もある。けれど、そもそも私がミランダ様と向き合えと殿下に伝えてしまったせいでもある。
だから、両成敗ということで、王妃殿下とは笑顔で和解した。
ただ、王妃殿下が絡んだ事もあり、ミランダ様が偽の痣を申告した件は罪には問わないという決定が陛下より下された。
そこだけは、未だ納得いかない。
「まぁ、お気遣いをありがとう。それにしても殺人鬼のモデルなんて、流石美術学院の生徒だわ。私にはそんな度胸がないもの。皆様はどう?」
私の口撃をしれっと交わしたミランダ様は、取り巻きに顔を向ける。
忘れもしない。騎士学校の校門前で私を貧乏だと馬鹿にした人達だ。
「恐ろしいわ」
「そもそもあの方には、女性の噂が絶えなかったもの。近づく方が愚かですわ」
「そうよね。まさかあなたも男女の関係に?」
「まぁ、こんな所で下品ですわよ」
「「「「オホホホホホホ」」」」
馬鹿にした高らかな笑い声をバックに、私はブルリと震える。
なぜなら、狂気に囚われた表情をしたコリン様が、私と子を成そうとしていると明かす場面が記憶の中に鮮明に蘇ってきたからだ。
あの時は本当に怖かった。
「女子学院の方って、案外下品なのね」
「ほんと。もっと上品な方だと思ってたわ。私たちとあんまり変わらないみたい」
クラスメイトたちが援護してくれる。というか、たぶんいつも通り包み隠さす感想を口にしているだけのような気もするけれど。
とにかく援護になる言葉は、有り難い限りだ。
「ほんと。すでにツガイがいる方の唇を奪おうとする方が、私は悪質だと思うわ」
ジュリエットが肩をすくめて、「ヨシュア殿下もお気の毒に」と続ける。
「お待たせしま……し……た」
絶妙なタイミングで騎士学校の案内担当の生徒が現れる。
その顔に浮かぶ感情はただひとつ、困惑だ。
「あら、あなたがそうなのね」
ミランダ様達は今さら取り繕う事もないと思ったのか、それとも自分のお眼鏡に叶う人物ではなかったからなのか。
フンと鼻を鳴らして踵を返した。けれど、立ち去る前に私の方を振り返る。
「ねぇジュリエット様。そんな貧乏人の相手をしていたら、シュタイン伯爵家の格が下がりましてよ」
ジュリエットにミランダ様が言い放つ。
「まぁ、私の親友の事は名指しで侮辱しても、シュタイン伯爵家の格を心配して下さるなんて、ミランダ様はお優しいですわね」
ジュリエットも負けてはいない。
「ふふっ」と互いに笑い合う二人の間には、バチバチと火花が散っているように見えて仕方がない。
「シャーロット嬢、それから美術学院の皆さん、お待たせしちゃったかな。なんせ今日は朝からバタバタしてて」
この場の空気を変える救世主が、私の背後から現れた。
「いえ、私は全然大丈夫です。ごきげんよう、ヨシュア殿下」
私は慌てて淑女の礼をする。
「なんだか今日は君が普通に見える。やっぱり学校だからかな。そもそもここに君がいるのも不思議な気分だし、あ、もちろん嬉しいけどね」
こちらも通常運転のようだ。
ヨシュア殿下は呑気な言葉を私にかけると、人類全てをときめかせる、恐ろしく眩しい笑顔を惜しみなく私に向けた。
「殿下!」
「うわ、本物だ」
「なんか発光してる」
「今すぐスケッチしたい」
「あー!!マリナ、鼻血が出てる!ハンカチで早く止血しないと!」
「いけない、騎士学校の床に赤い花を咲かせちゃったわ」
私と同じ。心の声がただだ漏れしがちな、頼もしいクラスメイトたちに、私は思わず頬を緩める。
「殿下。お久しぶりです」
ミランダ様を始め、女学院の生徒たちが整列する。性格はどうであれ、彼女たちの立ち姿はピンと背筋が伸びており、華やかで美しい。けれどその分、迫力もあるなとそんな感想を抱く。
「そうだね。今日はみんな楽しんで」
ヨシュア殿下は、優しく微笑む。
まるでミランダ様とあった色々を綺麗サッパリ水に流したかのようだ。
ただ、私は目ざとく気付いてしまう。
彼が下ろした手を強く握る瞬間を。
あれは先程私がコリン様を思い出して震えた類の恐怖なのか、それとも単純な怒りなのか。殿下を知ろうと決めて日が浅い私には判断出来なかった。
どっちにしろ、私は殿下を救わなければと強く思う。
「ヨシュア殿下、こちら、私のクラスメイトなんです。楽しく学院生活を送れているのは、彼女たちのお陰なんですよ」
私はヨシュア殿下の意識をこちらに向ける作戦に出た。
「そうか。美術学院の皆様、僕の大切な人がいつもお世話になっています。今日は楽しんでいって下さいね」
ヨシュア殿下がクラスメイトたちに優雅に微笑むと、彼女たちは一斉に頬を赤らめた。
その姿を見て、「私のツガイは最高でしょ?」と鼻が高い気持ちになる。
たぶん私は相当性格が悪いのかも知れない。
「さっ、行こう」
ヨシュア殿下の手が、さり気なく私の手に触れる。私はそのエスコートに応えるべく、彼の隣に寄り添った。
「では、失礼しますわ」
私はこちらを睨むミランダ様の脇を殿下と共に優雅に通りすぎる。
「……っ!」
悔しさのあまり声にならない音を発したミランダ様。
この勝負、今日の勝利は私のようだ。
◇◇◇
私たちはヨシュア殿下の案内により、騎士学校の空き教室に案内された。
「あんまり強いところは見せられないかも知れないけれど、模擬戦は是非見にきてくれると嬉しいかも……じゃ、また後で」
殿下はそう私に言い捨てると、あっという間に教室の外に飛び出した。
私は慌てて殿下を追いかけて廊下に飛び出す。
「絶対行きます。だから頑張って下さいねー!」
「ありがとう」
すでに少し離れた場所にいた彼は、はにかんだ笑顔を私に向け、小さく手を振ってくれた。
私はそんな可愛い彼の真似をして、手を振り返す。
「はぁ‥‥幸せ」
思わず呟き、顔に熱がこもる。
何だか最近、自然に殿下を愛おしく感じるようになってきた。
コリン様に抱く気持ちは、苦しいことが多かった。けれど殿下に対し抱くのはほんわかと幸せで安心する気持ち。
たぶんどちらも恋というジャンルにわけられる気持ちなんだと思う。
「なんか、良かったね。上手くいってるみたいで」
教室から顔を出したジュリエットが、ニヤけた表情をこちらに向けている。
「まぁね」
色々あったからねと心で付け足し、少し大人になった気分で私は、廊下の先に消えていくヨシュア殿下から視線を引き剥し、教室に戻った。
するとすでにクラスメイト達は、今回のワークショップ用に作ったお菓子の家を組み立てている所だった。
今回私たちは悩んだ末、どうせ誰も来ないので、自分たちの好きな事をやろうという案に落ち着いた。
その結果、子どもの頃に憧れたお菓子の家を作成しようという事になったのである。
といっても、全部をお菓子で作る事は無理なのでお菓子の絵を描いたキャンバスを何枚も合わせて作った家を土台にして、所々本物のお菓子やパンを貼り付け、それっぽく見せる事にした。
因みに、来場者にはジュリエットの家、つまりシュタイン伯爵家のタウンハウスのキッチンを借り、皆で焼いた芸術的なクッキーをプレゼントする事になっている。
クッキーで男子生徒を釣ろうという作戦は、本当に採用されたというわけだ。
「本当は砂糖菓子とかを上に貼りたかったんだけどなー」
「ベトベトするじゃない」
「ちょっと、そこの柱用のパンは違うってば」
「パティ、食べちゃ駄目」
「あ、ごめん」
「早く終わらせないと。もう時間がないわよ」
私は賑やかに作業するクラスメイト達に合流し、お菓子の家を組み立て始める。
「この硬いフランスパン、ありえないくらい頑丈で、壁の支えに丁度いいわ」
リリアが手にしているのは、我が家の朝食でおなじみ、フェイスライン矯正パンだ。
お役に立てているようで何より。
パンもきっと喜んでいるに違いない。
「あの、お忙しい所、申し訳ありません!」
突然滑舌の良い男性の声がして私たちは作業の手をとめ、一斉に教室の入口に顔を向ける。
するとそこには、なぜか思い詰めた様子で騎士学校の制服を着た青年が立っていた。青年の髪は薄いキャラメルのような色で、瞳は若葉のような綺麗な緑色。袖を通した制服もシミ一つなく、清潔で硬派な感じがする青年だ。
「自分は王立騎士学校五年、エクハルト子爵家のユアンと申します」
ユアンと名乗る青年は慌てた様子で頭を下げた。
五年というと、留年していなければ私たちと同じ十六歳前後だろう。
「ユアン、何であなたが……」
我が家の硬いパンを手にしたリリアが小声で呟く。
その声は、固唾を飲んで状況を見守る状態である、シンと静まる教室内に響き渡ってしまう。
「それは、君が僕を避けるか――」
ユアン様が言い終える前に、リリアが彼の頰をパンで強打した。リリアが彼を強打したのは、もちろん我が家の固いパンだ。
「な、何よ! 私はあなたみたいな浮気性な人なんて知らないし!」
リリアはそう叫ぶと、持っていたパンを彼に投げつけ、教室から出ていってしまった。
「違う、誤解なんだ。リリア待ってくれ!」
ユアン様がリリアの投げた、我が家のパンを持ったまま、教室を飛び出して行く。
リリアを追いかけて行く、彼の頬が赤かったのは、どうみても我が家のパンで殴られたせいだろう。
「我が家のパンが凶器になる日がくるとは」
思わず天を仰ぎ呟く。
そして修羅場を目撃した私たちは、なんとも言えぬ沈黙に包まれ、取り残される。
「えーと、今のはリリアの何?」
私は思い切ってたずねる。
「状況からすると、婚約者っぽいけど」
困惑した表情のジュリエットが予測を口にした。
リリアには婚約者がいたのかと、納得しかけたところでふと思い出す。
「でも王城であった舞踏会の翌日、リリアは母親に言われるがまま、沢山の男性と踊ったって言ってなかった?」
私は誰ともなくたずねる。
忘れもしない。ヨシュア殿下と出会い、そして私が逮捕されかけた日の翌日の出来事だ。
クラス中にアポロン様の事を責められたあの日。
リリアは私に文句を言いつつ、自慢していたはずだ。
「確かにモテ自慢してた」
「してたねぇ。そしてアポロン様を抜け駆けしてる人もいたねぇ」
クラスメイトがとりあえずは、同意してくれた。
「これはお母様情報なんだけど、リリアは今回のコンクールで入選しないと、カーマン伯爵と婚約させられるらしいわ」
マリナが遠慮がちに暴露する。
「え、カーマン伯爵って言ったら、十五歳も離れた上に、後妻としてでしょ?」
「やだ、パティ。なんでそんなにカーマン伯爵に詳しいのよ」
ジュリエットがすかさず気になる指摘を飛ばす。
「うちの姉に打診がきたから。もちろん父が断ってたけど」
パティがケロリとした表情で答える。
「確かリリアの家はお姉さんが、恋愛結婚されるみたいな事言ってなかった?」
「だからって、妹を後妻になんて酷くない?」
「酷いかどうかは何とも。明日は我が身だし」
一気に暗い雰囲気に包まれる教室。
後妻だからと言って、全てが不幸かどうかは私たちには判断できない。
「でもあの感じだと、リリアはユアン様の事が好きそうな感じがする」
思わず呟くと、みんなが一斉に頷く。
「リリアを救いたい気持ちはあるわ。だって友達だから。でも、どうしたらいいの?」
ジュリエットの言葉を受けた私達は、一様に固く口を閉じたまま、作りかけのお菓子の家を見つめるのであった。




