053 制服デート1
週末になり、今日はいよいよヨシュア殿下と城下で制服デートをする日だ。
いつもとは違い動きやすい格好をした私は、身支度を手伝ってもらう事なく、一人でテキパキと用意を整える。
髪の毛くらいはあげた方がいいかなと思った。けれど、殿下は普段通りがお望みのようなので、いつもより数回ほど多く櫛を通すだけに留めた。
「持ち物はハンカチと、鉛筆と、スケッチブックと、香水と、お財布と……」
何だかんだ私もデートという行事は初体験だ。自分で思うよりずっと楽しみにしているのかも知れない。
その証拠に、普段学校の用意は、ついつい当日の朝になりがちな私が、数日前から持ち物を用意し、何度もチェックを繰り返している。
これはまさに、遠足前の気持ちと同じだと言えるだろう。
「一体どこに連れて行ってくれるんだろう」
私たち美術学院の女子生徒には全く縁がないけれど、騎士学校と女学院があるブロッサム通りの近くには、学生同士がお茶を楽しめるオシャレなティールームが軒を連ねているらしい。
なんでも女子学院にお姉様が通っている、情報通のリリアによると。
『ブロッサム通りは貴族女性が制服で入店して大丈夫なお店が沢山あるんですって。因みに今の流行りは、なんと言っても「ルナティック・カフェ」よ。雰囲気も上品で、とても上質な紅茶が飲めて、さらに個室もあるから、恋人同士に人気なんだそうよ。あ、でも行くなら予約しておかないと駄目よ?人気のお店なんだから』
意味深な視線を私に送りつつ、リリアは詳しく教えてくれた。
「やだな、殿下がルナティック・カフェの個室とか予約してくれちゃってたらどうしよう」
姿見で最終チェックをしながら、一人ニヤつく私。
「おーい、殿下がいらしたぞー」
階下からシリルが私を大きな声で呼ぶのが聞こえ、私は慌てて部屋を飛び出した。
「っと、いけない。ポシェット忘れた!」
浮かれた私は、すぐにUターンして部屋に戻る羽目になるのであった。
◇◇◇
壮大で荘厳な雰囲気に包まれた私は、現在殿下と制服デート中。
大理石や石灰岩で装飾された高い天井が広がり、光が色鮮やかなステンドグラスを通して差し込んでいる。巨大な柱やアーチが列をなし、広大な空間を支えている姿は圧巻だ。
壁や天井には細かい模様や装飾が施されており、その豪華さが一層、この場の神聖さを演出しているように私には思える。
ひたすら静謐なる雰囲気の中、私は敬虔な気持ちを与えられ、自然に胸の前で両手を組み、「なぜこの場にいるのだろう」と、神に問いかけていた。
しかしいくら待っても神様から答えが返ってこないので、私は隣に座るヨシュア殿下に、思い切ってたずねる事にした。
「ええと、ここはウエストミントン教会ですよね。なぜここに?」
「そう聞かれることは、覚悟していたんだ」
思い詰めた様子で、殿下は俯いたまま告げた。
「色々考えたんだけど、城下に僕がお忍びで行くとなると、最低五人は警備の者が必要だ。となると、経費がかかるし、何より彼らの負担も大きい。ここ最近ミランダ嬢に付き合って、色々出かける機会が多くてさ。僕付きの近衛達にイレギュラーの勤務をさせてばかりだから、悪いなと思って。ここならマクシミリアンだけで済むから……」
静寂につつまれる中、ヨシュア殿下の声が教会内部に響く。
きっと「経費削減」という正直すぎる告白は、神の前だから。
とにかく殿下は、ミランダ様に振り回されているようだという事は理解した。
彼女に付き合う義理はないのにと思いつつ、律儀に相手にしているところを見ると、殿下は本当に彼女に向き合おうとしているのだろう。
その事を改めて耳にすると、やっぱり心がモヤモヤした。
そして、そう仕向けたのは私だ。そのせいでさらに複雑な気持ちがモヤモヤに追加される。
「それに、君といると落ち着かないというか、触れたくなるというか。とにかくここならそういう邪な気持ちにストップがかかるから、君も安全だと思って」
「なるほど、神聖なる神様の前ですからね」
流石にバッグハグは出来ないだろう。
もしそんな事をしたら、流石に神様だってお怒りになるに違いない。
私は妙に納得してしまう。
「でも、今日は貸し切りにしてもらったから」
「え、ここをですか?」
私はそのスケールの大きさに驚く。
なぜなら、城下にあるウエストミントン教会は、ルトベルク王国教会の一部として、王室の戴冠式や王族の結婚式、葬儀などが行われる場所として知られている。その他、多くの歴史的な人物や文化的な偉人のお墓もあり、我が国の歴史と文化における重要な遺産の一部だという位置づけだ。
そんな歴史ある神聖な場所を貸し切る事が出来るのは、王族でも一握りの人間だろう。
その事に改めて気付き、私はとんでもない人のツガイになってしまったのだなと、今さら青ざめる。
「父に頼んだんだ。理由を話したらわりとすんなり許可してくれた。祈りや黙想をしたい人には悪いかなと思ったけど、他にも教会はあるしね。申し訳ないけど、数時間だけ我慢してもらおうかと思ってさ」
ヨシュア殿下は申し訳なさそうに告げた。
「わかりました、殿下のご意思を尊重します」
私がそう答えると、殿下は意外そうな顔をした。
「どうしてそんな顔するんですか?」
「怒られるかなと思ってたから。城下に一緒に行こうと誘っておいて、流石にこれはないよなって自分でも思うし」
「でも、殿下なりにお考えになって決められた事ですし、私の身の安全を考慮してという所とか、とても理にかなった良い考えだと思います」
私が正直な気持ちを伝えると、殿下はパァッと花開くように可憐に微笑んだ。
「良かった、嫌われなくて……って、今日は君に許可をもらおうと思って」
ヨシュア殿下は前半部分に漏らした本音をかき消すように、慌ててバックをごそごそし始める。
「許可ですか?」
一体なんの?と訝しむ私の横で、殿下は、バックから取り出した物を私に向かって差し出した。
「はい、これなんだけど」
差し出されたのは、手のひらに収まるサイズの小さな額縁に入った絵だった。
「これは……」
私はその絵をまじまじと見つめる。
そこには私の姿が描かれている。しかもかなり美化された姿で。
「あ、やっぱり気持ち悪い?」
少し焦った様子のヨシュア殿下が、私の様子をうかがっている。
「いえ、あの、すみません。ちょっと自分が可憐な感じになり過ぎててびっくりしただけです」
私は動揺していた。
取り出された絵自体のスキルの高さもさる事ながら、こちらを見つめる私の表情があり得ない。
天使かこれは?
そう思ってしまうくらい、キラキラした純粋な瞳で額縁を覗き込む私を見ている。
しかも慈愛に満ちた優しい笑顔で、最近どすぐろい感情を抱えがちな私からすれば「これは一体誰?」という感じだ。
でも確かに、どう見ても私。百人に聞いたら、きっと百人が私だと答えるレベルで私だ。
でもこちらに訴えかけるピュアな感じが、全然私じゃない。
「これ、どなたが描かれたんですか?」
「……僕が」
「え!?」
私は驚き、再度手元の額縁を覗き込む。
豊かな色彩と鮮やかなトーンで描かれている私の表情は、よくよく見れば、穏やかでありながらも、内に秘めた情熱や複雑な感情が浮かび上がっているような気がする。
紫陽花のような紫色の瞳は溌剌としており、見る者の心を引きつけるような輝きを放っていた。
何より、絵の構図や配置は、まさに黄金比の原理に従っているかのように調和されており、全体のバランスが絶妙で、観る者の目を引き付け、心に響く美しさを放っている。
「殿下、何でこんなに絵が上手なんですか?」
私は素朴な疑問を口にする。
「一応、 画家のユルゲン・キューネルに幼い頃から教わっていたんだ。王族として恥ずかしくないように、嗜み程度には絵が描けないといけないからって」
「え、ユルゲン・キューネルって、あのユルゲン・キューネルですか?」
私は思わず声をあげてしまい、慌てて口元を押さえる。
でもそれも仕方がないというものだ。ユルゲン・キューネルと言えば、我が国を代表する画家で、けれど私のデッサンをいつも酷評する、女性蔑視の嫌味な教授だからだ。
「因みに、ユルゲン教授は、殿下には優しいんですか?」
男性だと優しく指導するのか、気になった私は即座に殿下に聞いてみた。
「いや、凄い厳しい。男性を描く練習の時なんか、線が細いとか、まるで女性を描いたみたいだって言うんだ。全く何度泣かされたことか。でも酷評されるのが悔しくて頑張ってたら、わりと絵が上手くかけるようになったから、今となっては、彼のスパルタのお陰かなって、そう思ってる」
殿下の言葉に思わず吹き出す。
「何がおかしいの?」
「ユルゲン教授は私に、殿下と同じような事を言うんです。男性を描いた絵を見て、「この柔らかさは、まるで女性のように見えると思わないか」って。だから私も大嫌いって思ってましたけど。そっか、負けないで続けるとこうしてちゃんと上手くなれるんですね」
私は手元の絵を眺め、素人をこのレベルにするユルゲン教授は素直に凄いと思った。
「そう、そういう事。でもユルゲンに誉めてもらえた絵は、兄に下手だって馬鹿にされる時もあって。だからあんまり自信はないんだけど」
そう言って殿下は苦笑しながら、私が手にした絵に視線を落とす。
「シャーロット嬢、この絵の君はどう?」
「素敵だと思いますよ。でも実際はこんなに天使みたいにキラキラしてないと思いますけど」
私が答えると、殿下は少し残念そうな顔をしたが、もう一度額縁を見つめると口を開いた。
「でも僕には君がそうやって見えるから」
真っ直ぐ見つめられ、私は照れてしまい思わずヨシュア殿下から視線をそらす。
「それで相談なんだけど、この絵を僕の部屋に飾ってもいいかな。もちろん、ミランダ嬢に対してちゃんと前向きに付き合ってはいるから安心して。だけど、時々君の笑顔を見たくなるんだ。でもさ、実際の君に会うとなると、色々と手順を踏まなきゃならないし。だから、もしこれを飾ってよければ、色々ともう少し頑張れる気がするんだ」
ヨシュア殿下は、一気に話すと私の絵を見つめ、ジッと黙り込む。
どうやら彼は、純粋で嘘をつけない人のようだ。
だって、黙って飾っておけば私には知るよしもないのに、わざわざこうやって確認してくるのは、彼が真面目で正直者だという何よりの証拠だ。
マクシミリアン様が、まるで弟を守るように常に殿下の側にいるのは、この生真面目な純粋さに惹かれて、そして危ういと思うからかも知れない。
私だって、殿下が悪い人に騙されないか心配になってきている。
でも、一つ。私はヨシュア殿下の良い所を見つけられたようだ。
「あ、でもこれを飾るのは僕の部屋だから、君以外の人に見せたりはしない。だから、安心して。それに、メイドたちが掃除に入る時は、ちゃんと机の引き出しに隠しておくし……って何か変態っぽい?」
殿下は、自分の言葉に不安げな表情になる。
「変態じゃないし、大丈夫です。むしろ私なんかを飾ってもらえて光栄です」
私はこのくらいなら妥協してもいいと、快く許諾する。
「ありがとう!」
殿下は嬉しそうに微笑む。
私はそんな殿下の、表裏のない素敵な笑顔にドキッとしてしまうのであった。




