049 王立劇場で3
本日行われている『嘆きのロザリンド』という劇は、主人公が恋をし困難を乗り越えて結ばれるまでの物語だ。今回のヒロインはメインタイトルにもなっているロザリンドというお姫様が活躍するもので、その彼女に言い寄る美丈夫な騎士ランスロットと恋の鞘当てをする内容になっている。
物語はこの美丈夫な騎士のランスロットと、美女であるロザリンドが様々な困難を経験する中で愛を育んでいくという、わりと王道なストーリーとなっている。
この演目は人気が高くチケットも完売する事がしばしば。
ようやく二人が愛を誓いあったと思ったら、ロザリンドに他国の王子との結婚話が持ち上がるというところで、丁度前半部分を終えて休憩に入った。
幕間の休憩は三十分あるので、私とシリルは、カフェのある休憩所にて歓談中。
因みに今日は二人共、劇をきちんと楽しむためにアルコールは飲まず、紅茶とスコーンで後半に向けて腹ごしらえしているところだ。
「他国の王子様って、空気読めないよね」
「でも政略結婚なんてそんなもんだろ?それに物語を盛り上げるためには仕方ないしさ」
シリルは身も蓋もない感想を漏らす。
家族である私ならいいけれど、デート中に今の回答は、わりと幻滅されるのではないだろうか。
私はシリルの婚活がうまくいくかどうか、途端に不安になった。
「それにしても、ここもまた豪華だよな」
立食用の背の高いスタンドに寄りかかりながら、シリルは辺りを観察している。
「確かにね。シャンデリア、歴史画、装飾のなされた立派な柱。まるで宮殿みたい。それに何よりアルコール。あの足の長い三角のグラス、あれを持ってるだけで大人っぽく見えるよね」
「飲みたいわけ?」
「そうじゃないわ。ただ、大人っぽいって、あ、コリン様だ」
「え?」
丁度ボックス席の扉を出て、女性をエスコートしながらこちらに向かって歩いてくるのは、私の密かなる想い人コリン様だ。
「声をかけなくていいの?」
シリルの囁きに、私は首を横に振る。
「コリン様だって今日はお友達と来てるみたいだし」
明らかに恋人のような雰囲気の二人を前に、認めたくない私はお友達と言ってしまう。
なぜならコリン様の隣を歩く、シルバーのドレスを着た女性は私とは正反対。女性らしい体つきに完璧なお化粧。色香を放つ大人っぽい女性だったから。
誰かどう見ても、年齢も見た目も落ち着いた雰囲気も全てが釣り合う、お似合いの二人にしか見えない。
「コリン様はやっぱり大人の女性が好きなのね」
思わず感じたままを漏らしてしまう。
「当たり前。だって二十歳は超えてるんだろ?」
「今二十六歳」
口にして、私は彼と十歳も離れている事をとても悲しく思った。
あと十年早く生まれていたら、私は今コリン様の隣を歩けたかも知れないと思うと、自分の十六という歳すら恨みたくなってきた。
唯一勝てる何かがあるとすれば、コリン様が毎回絵の中心に描く女性が、今彼の隣を歩く大人っぽい女性ではないこと。
色香を放つ彼女とはむしろ真逆。私みたいな社交界にデビューしたばかりのような、若い女の子を題材としているところだろう。
でもそれは溌剌として明るい未来を感じさせる代表格である若者と、人にとって終わりを意味する死という真逆のテーマを上手くマッチさせるための、いわば舞台装置みたいなもの。
だからコリン様が隣にいて欲しいと思うのは、年相応に落ち着きある大人の女性なのかも知れない。
「早く大人になりたい」
私は心の叫びをしんみりと口にする。
「シャーリーはまだお子様だからね。当分無理じゃない?」
「なによ、自分だってお子様の癖に」
ぶすっとした顔でシリルに同類だと告げる。
「それにしても、やっぱり画家ってモテるんだな。あんなに綺麗な人を連れて歩ける訳だし」
若干羨む気持ちもありそうだけれど、目にした物から受ける印象を、そのまま口にするシリル。
でもそれは大きな間違いだ。
「コリン様は才能豊かで見目麗しくて、お話もためになるし、知的な感じもするし、何より大人だもの。だからモテるんだと思うわ。画家だから誰しもモテるってことは、絶対にないから」
私は断言する。
「なんかあいつの事はすごい褒めるんだな。ヨシュア殿下の事もそれくらい褒めてあげれば喜ぶのに」
「褒めるところがあれば、褒めてるわ」
「うわぁ、辛辣。あ、ほら、こっち見てる」
コリン様が私に気付き、笑顔で手をあげてくれた。
私は笑顔で手を振り返す。まさか今日会えるとは思っていなかった。だから偶然が嬉しくて飛び跳ねたい気分になる。
会える約束をしていない時に、好きな人に偶然会える。その幸せを私は今知ってしまったようだ。
「シャーリー、まさかとは思うけど、あいつのことが好きなの?」
突然シリルが私の気持ちを言い当てる。
「そんなことない。なんでそう思うの?」
私は動揺しつつも、シリルがそう感じた理由をたずねる。
「まるで主人の姿を見かけた犬みたいに嬉しそうだから。君に尻尾がついてたら、周囲に風を起こすくらい振ってそうだよ」
大真面目な顔で告げられた。
だけどそのように見えたとしたら、確かにそれはわかりやすい。
今後気をつけなければ。
殿下には知られてしまったけれど、これは一応秘密の恋なのだから。
「でもさ、コリン・ウィンドリアとは上手くいくはずがないって、わかってるよね?」
「別に好きじゃないもの」
強がってみたものの、シリルの言葉は重く心にのしかかる。
好きなのに、側にいたいのに、もっと喋りたいのに、むしろ私だけ見て欲しいのにそれが叶わない。
なんて切なくて辛い思いなんだろうと実感する。
「人間が繁殖するのが目的なら、わざわざ恋なんてしなくていいのに」
恋なんてするから、こんな気持ちになるんだと、恨めしい気持ちで呟く。
「だからツガイが現れるのをみんな望むんだよ。どこかの誰かさんと違って、普通は出会った瞬間からお互い好き同士になれて、普通は幸せでしかないんだろうから」
何気なくシリルに責めた口調で言われ、ハッとする。
確かにツガイ制度は確約された恋だ。
私がヨシュア殿下を好きになれたら、何の問題もない。今コリン様に感じる、まるで完成した絵を引き裂いたような、苦しくて辛くて絶望的な気持ちにならないで済む。
「そっか、ヨシュア殿下も」
私に対してそんな気持ちなんだ。
片思いという、一方通行の感情がどれほど自分の心を痛めつけるものなのか。私はようやく彼の気持ちが理解できた気がする。
と同時に、私はなんて酷いことをしてきたのか。その事が身に染みて理解できてしまい、辛い。
「そんなに落ち込むな、妹よ」
シリルはふざけて私の肩をつつく。
「落ち込んでないって」
私は慌てて笑顔をつくり、シリルの手を払う。
するとシリルはふぅとため息をついた。
「あのさ、シャーリーが良くも悪くも初恋を経験したって事は、一気にヨシュア殿下への気持ちが爆発するかも知れないってこと。今まで知らなかった感情を知れた訳だしさ。だから、前向きに考えなって」
どうしたってシリルはヨシュア殿下贔屓のようだ。でもまぁ、ツガイなのだからそう考えるのが当たり前なのだけれど。
「そうだよね。前向きに考えることにする」
シリルの手前、そう口にしてみたものの、私はやっぱりコリン様と、それから彼の隣に堂々と並び立ち、色香を放つ美しい女性。どこからどう見てもお似合いの二人が、顔を見合わせ微笑み合う姿を、目で追ってしまうのであった。




