シェリ、足を取り替えました
「ふむ、やはり人間の体は至極単純な造りなのだな。これならば練習用にぴったりだ。」
バルフェアは、切断されたシェリィの細い足を観察しながら呟く。
シェリィの手術は、一時間ほどで無事終了した。
「ご…ご主人様…」
シェリィはバルフェアを呼ぶが、応答は無い。
「ご主人様…!」
シェリィがもう一度バルフェアを呼ぶと、バルフェアは両耳から耳栓を外した。
「何だ、何か言ったか。」
「手術って…もっと白い場所でやるものかと思っていました。」
シェリィは地下室を見回す。
壁には園芸道具の並べられた棚。天井から吊るされているのは豆電球。シェリィが今寝転がっている手術台は、普通の鉄のテーブルを溶接した物だった。
当然、シェリィの想像する手術室のイメージと合致する物は何処にも無い。
「此処は俺の家で病院では無い。当然だ。」
バルフェアはそう言いながら、先程シェリィの足を切断する際に使ったのこぎりを水道の水で洗っている。
こののこぎりも園芸用の物で、多少なりとも錆も付いている。
「そうだシェリィ。回復したら早速、お前に次の仕事を頼みたい。」
「…なんなりと。」
「お前が片付けてくれたおかげで、この屋敷が俺の予想以上に広い事が分かった。よって、お前の汚したカーペットの替えも含め、いくつか調度品を揃える事にした。」
バルフェアは胸ポケットからメモ帳を取り出し、鉛筆で軽く記入を行った後、寝ているシェリィの額にくっつける。
「本当ならば俺が直々に買い付ければ良いのだが、生憎、俺は少々目立ち過ぎるのでね。」
シェリィは、額に付けられたメモ帳を確認する。
メモ帳には、買い付けるべき物が三つと、それがどこにあるのかがイラスト付きで簡潔に記されていた。
「ごめんなさい、ご主人様。シェリ、何処が何処だかさっぱり分かりません。」
「その点は考えてあるから心配は要らない。」
バルフェアはのこぎりを棚に戻すと、シェリィの方を振り返る。
「でだシェリィ、俺の留守中に一体何してた。この傷はどう見ても切断属性による物だが。」
「それは…」
シェリィは、留守中にあった事を思い出す。
「泥棒が来たんです。3人。」
「…あ?」
シェリィは、留守中に起こった全ての出来事をバルフェアに話す。
泥棒の事、物を取られた事、右足の怪我の事、二日間飲まず食わずで過ごす羽目になった事。
「そいつら、どんな見た目だった?」
「人みたいに立って歩く、ドラゴンさんみたいでした。」
「そうか。ドラゴニュートが三体か。」
バルフェアの口元に、一瞬だけ笑みが浮かべられる。
何故だかシェリィは、それがとても恐ろしい光景に見えた。
「おや、もう点滴が空か。」
バルフェアはシェリィの側まで行くと、シェリィの右腕から点滴を引き抜く。
「お前には成人男性一人分を投与した。多すぎて何か問題が起こる事はないと思うが、万一肝不全を発症したら教えてくれ。直ぐに取り替えてやる。」
シェリィはいつもの調子で立ち上がろうとして、自分にはもう足が一本しか無い事を思い出す。
もしや、この先一生ケンケンで過ごす事になるのでは。
シェリィはそんな事を思い、気がめいってしまう。
「そうだ、そのままでは不便だろう。」
バルフェアはそう言うと、農具が並んだ棚の裏から太めの木の枝を一本引っ張り出し、シェリィの左足と丁度同じ長さになるように噛み切り、シェリィの右足のあった場所に包帯で巻き付ける。
「ご主人様…これって…」
シェリィは手術台から立ち上がってみる。
一応は、数秒の間は立ち上がる事が出来た。
「わわ、うわぁ!」
シェリィは一本踏み出そうとして、直ぐに前のめりに転んでしまう。
片足が木の枝一本になったのだから、当然ではあった。
「ごめんなさい、ご主人様。慣れるまでもう少しお待ちを…」
「なんだお前、右足を失った反動か何かで、フラックスまで使えなくなったのか?」
「…あ、そうか!」
シェリィはぎこちなく立ち上がり、右足の切断面から黒色の液体魔力を出してみる。
フラックスはまず包帯にしみ込んでいき、包帯から染み出して来たフラックスが、床に落ちたり枝に染み込んだりしていった。
“パキッ!”
枝が、特に力も掛けていないのに中央から真っ二つに折れる。
シェリィは一瞬体勢を崩したが、直ぐに立ち直る事が出来た。
折れて二本になった枝の間には黒い靄がかかっている。
フラックスにより、ただの枝だったそれに即席の膝が現れたのだ。
「おお…っとっとっと…」
シェリィはしばらくよろよろと揺れていたが、それも安定する。
シェリィはそのまま手術台一周歩き、歩き終える頃にはほとんど違和感無く歩ける様になっていた。
唯一、右足で踏み込む時に鳴る、コツンと言う軽い足音がシェリィは気になったが、一生ケンケンよりはマシなので慣れる事にした。
「ありがとうございます。ご主人様。シェリ、また歩ける様になりました。」
「もう、行動面には支障は無いな。」
「はい、勿論です。」
「屋敷の前にお前の移動手段を用意してある。治療費分は働けよ。」
「仰せのままに!」
シェリィはそう言うと、地下室のドアの前に小走りで向かう。
「お外。」
シェリィがそう言うと、カビかけの古びた木扉が独りでに開く。
ドアの向こうは、正面玄関側の屋敷の外だった。
屋敷の前には、巨大な黒いドラゴンが一体座っていた。
黒色の刺々しい外殻。腹部は紫色。夜を思わせる紺色の翼。赤く輝く瞳。
正統派の西洋型ドラゴン、それも邪竜と呼ばれる部類の物だ。
「う…」
シェリィはそのドラゴンの放つ威圧感により、思わず身を竦ませる。
「た…大変ですご主人様!お外に、でっかいドラゴンさんが!」
「あれがお前の移動手段だ。」
「…ふぇ?」




