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虹、あるいは浮遊する音楽 |〈孤狼の領域〉|  作者: Mareureu08
第3章 店主からの条件
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虹、あるいは浮遊する音楽 §8 |〈孤狼の領域〉|

§8



ベレグリア統治圏トウキ共和国領、晏玲アンレイ


すでにおよそ半月にも及んでいた、「神聖建国宣言」を名乗る集団の武装占拠からの、町の解放作戦の始まりを、住民たちは未明の市街に鳴り響いた砲撃の轟音で知った。


だが皮肉にも、彼らの多くはその事実を、武装状態で家に踏み込み、彼らを市街へ追い立てた「宣言」の構成員から告げられて確かめることになった。


「宣言」は、非武装の民間人がいまだ数多く市中から出られないままになっていることを示すことで、晏玲を占拠する自勢力への攻撃の激化に対する歯止めをかけようともくろんだのである。


晏玲の住民であったトウキ共和国人の少女、17才のミーナン・ポーもまた、その運命の朝を、労働讃歌通りの路上で、幼い弟とともに「宣言」の構成員たちに包囲されながら迎えることになった。


すぐ横の車線を、「宣言」の装甲車が隊列を組んで走っていく。


向かう先に目を凝らすと、晏玲中心部の方角から煙が立ちのぼっているのが見える。


と、いきなり、別の方角から上がった轟音に、ミーナンと弟は悲鳴を上げた。


砲撃音ではない。


通りの舗装をうじゃうじゃとうごめく脚で破壊しながら、巨大な機甲マシーンの群れが、装甲車の隊列を追ってきたのだ。


「お姉ちゃん、あれ何!?」


「守備隊の”蜘蛛”《クモ》よ! 助けにきたのよ!!」


機種や塗装から所属がわかるほど詳しいわけではなかったが、その外見上の特徴から”蜘蛛”と称される多脚駆動構造体という種別の機甲装具マシーンスーツが、ベレグリア統治圏各地の守備隊に幅広く配備されていることは、ミーナンでも知っていた。


最後尾の装甲車が走行しながら後部砲門の電撃砲を”蜘蛛”に撃ちはじめ、通りじゅうが砲撃音と群衆の騒ぐ声で大混乱になった。


砲撃を避けようとした”蜘蛛”の何台かが車線を超えて住民の集まりのただなかへ突入し、混乱をさらに大きくする。


流れ砲から、あるいは”蜘蛛”から逃げ出そうとした人々が動きはじめ、群衆の中にいた人々はみながもみくちゃにされた。


突き飛ばされ、倒れた弟のウーリャンが小さく叫びを上げる。


駆け戻って脇にかがみこんだミーナンは、重なる人垣のわずかな隙間から、それを見た。


ミーナンの体躯とさして変わらないような大きさの、小さな小さな人影が、”蜘蛛”の群れの間を縫うように現れたのを。


“それ”はすさまじい速度で、入り混じる群衆と”蜘蛛”を追い越し、装甲車の先頭集団に追いつくと、浮かび上がって車列の上空のある一点に留まった。


新手の姿を認めた「宣言」の隊列が、とっさに反応できずにやや列を乱した一瞬。


“それ”は全身から衝撃波のようなものを放ち、目に見えないすさまじい風のような力で、付近の装甲車を跳ね飛ばした。


――月をも欺く鎧冑の冷光。


ミーナンの印象はこうだった。


研ぎ澄まされた刃の閃きを備えた、鋼鉄の、狼。


そしてミーナンは聞いた。「宣言」の構成員が覆面の中から喘ぐように漏らした呟き。


“エッキョウシャ”――……


                        *


未明から始まった解放作戦は、その日のうちに終了し、晏玲は再びベレグリアの手に戻った。


晏玲市の解放後も、ミーナンはあの日見たことについて人に話さなかったし、ましてや聞いたことばのことは弟にも学校の友だちにもだれにも言わなかった。


夏になって突然に市の福祉課から〈領域A〉行きの通達が届いた。


措置決定の理由は「言動に見られる危険思想の兆候に著しい逸脱傾向が認められる」というものだ。


だが、いったいミーナンの言動のどのあたりが問題とされたのか、それを聞かされてもミーナンと家族にはちっともわからなかった。

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