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虹、あるいは浮遊する音楽 |〈孤狼の領域〉|  作者: Mareureu08
第4章 宝さがし
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虹、あるいは浮遊する音楽 §9 |〈孤狼の領域〉|

§9



1月20日金曜日、夜。


「よしっ……と。これでできました」


暗がりを照らすペンライトの明かりをたよりに、エンマはペッパーポットの組み立てを終えた。


魅羅の夜市からセットで借りてきたプリペイド式の通信カードはすでに本体に入っている。


エンマの指が起動スイッチを押すと、本体中央のまるい立体スクリーン上に、立体映像でペッパーポットの商標が立ち上がった。


ゾエは黙ってそれを眺めていた。


エイダの部屋にも立体映像投影装置はあったが、ペッパーポットほど小型化されてはおらず、通信に特化していたというわけでもなかった。


どうやら今ここにある機器マシンのほうが新型らしい。


続いて、エンマは、今日の談話スペースで打ち合わせておいた手順どおり、ペッパーポットの制御盤コントロールボードを操作し、ブラウザを立ち上げてレターリングのサイトへアクセスを行った。


スクリーンの映像が、ぱっと切り替わり、レターリングの企業ロゴをいくつものメニュー表示が取り囲むトップページのそれになる。


エンマが今夜の待ち合わせ場所に指定した、5号棟西階段3、4階間の踊り場の壁と窓に、機器のスクリーンから広がった薄青い光がふわりと重なった。


ゾエにもそんな趣味はなかったが、心ならずも黒ミサのような雰囲気である。


今の時間、この場所ならば、見張りが手薄だとはエンマから聞いていたものの、いつだれに見とがめられないかとゾエはひやひやしていた。


急がなくては。


長びかせないうちに今夜の”蛇さがし”を終えなくてはならない。


「理論空間のモデルは、このメニューですね……ふんふん。


 あ、これ、立体と平面と選べるようになってます。じゃ、とりあえず立体のままで見てみますか」


エンマは独り言を言いながら、また別なページを開いた。


目も眩むほどたくさんの曲線と直線が立体的に組み合わされてできた、フレームメインの構造モデルのようなものが、闇の中に浮かび上がる。


「新発売されたときのことを思い出します。


 サザキ兄さんが届くのを心待ちにしていましたっけ」


なじみのある機器にまた触れることができて、その表情はいつもよりずっと晴れやかに見えた。


立体格子構造状に組み合わさった直線が意味するのは座標軸とグリッド線。


グラフを示す多数の曲線の上には、それぞれに一個の光点が置かれ、緩慢に明滅しながら微移動を続けている。


光点の一つ一つがストレージに預けられたデータの位置を表しているはずだ。


星のように無数の光点の数だけ、星のように無数のデータがある。


この中のどれかが、自分のさがす歌う蛇、芹那のバースデーソングなのだと思うと、ゾエの胸の期待は高まった。


「エンマさん、空間モデルを見て、どの光があたし宛てのデータかわかる?」


「いいえ。


 今見てるのは実際のデータ所在を視覚化したものじゃなくて、理論空間のいわば模式図なんです。


 レターリングのストレージの現状ではなく座標上のデータ移動のイメージのみがCG化されてるということですね」


「そう……。


 じゃ、やっぱりデータの位置を知る手がかりは、パスコードだけなのね」


現在わかっている初期パスの示す座標をモデル内から見つけだし、その座標を通るグラフを辿ってデータの現在地を発見し、現在地の座標から開封パスコードを特定する――


という、空間モデルを見ながらゾエが思いついた手段は使えないことがわかった。


あてが外れてゾエはがっかりした。


「どうしてレターリングはこんな手のかかることをさせるのかしら」


「パスコードの1日1回変更のことですか?」


「ええ。初期パスコードさえ割り振っておけば、サービスとしては充分じゃない。


 5日で5回、10日で10回、パスコードが変わるなんて、いちいち解析や照会をするのが大変」


「それはセキュリティ上の理由が第一でしょうね。


 ストレージ管理側からしたら顧客の機密保持が最重要事項だもの。


 レターリングの認証システムはサインオン方式だからCOOKIEのリスクもありますし。


 でも、この空間モデルから推察するに――」


エンマの目の動きに合わせてゾエはもういちど立体映像を覗き込んだ。


「将来的に、位置情報でもデータの開封が行えるようにするつもりなのだと思います。


 今は理論空間のみに割り振られている座標を、のちのち仮想空間もしくは現実空間にも割り当てる。


 仮想空間や現実空間で、座標の示す位置に立ってレターリングのサイトにアクセスすると、位置情報がパスコードがわりのキーになってデータが取得できるようになる――


そんな感じで」


理論空間上の星々が、こんどは現実の街の中に飛び散って、街の上空や建物の中、路上を走るめいめいの軌道を運行しはじめる。


拡張現実技術と位置情報を利用した観光地のオンライン観光案内サービスなら、ゾエも旅行先で使ったことがあるから、どんなふうかは想像がついた。


「あ、そうだ、試しに」


エンマは何か思いついたようすで、忙しなくペッパーポットの制御盤を叩きはじめた。


「ほら」


操作を終え、スクリーン上の立体映像を包み込むように両手をかざして見せる。


3DCGらしい都市の映像と、構造モデルの映像が、重なり合って二重映しになっている。


「これは、今、ネット上の立体地図サイトで開いた首都全区画の立体地図。


 縮尺は初期設定のままで、レターリングのモデルと重ね合わせてみました。


 これを見ると現実空間の位置情報利用時の使用イメージがさらに想像しやすくなると思います」


ゾエは首都上空いっぱいに散らばって明滅する光点に目を凝らした。


エイダの部屋のバルコニーから、毎晩のように眺めていた夜景に少し似ている。


でも、今はずっと小さく小さくなった街を見ているので、まるでスカイダイビングでもしているような感覚になる。


「データのある座標の位置まで、自分で歩いてデータを取りに行けるようになるのね。


 宝さがしみたいで、ちょっとすてきかも」


「しかも、データのありかは、座標移動とともに変わりつづけるから、隠し場所もどんどん変わってセキュリティ上も安全です。


でも現実の空間には、所有権、使用権といったものが付いて回るから、そういう問題をすべて解消しないかぎり、実現はできないんだと思います」


エンマは開いた地図を閉じ、制服のスカートのポケットから紙片を取り出した。


「開封パスコードの解析、済んでます。


 聞いていた初期パスと本来の開封日の情報を元に、今日のパスコードを割り出しておきました」

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