07:警察
ノエルと校舎裏で合流してそれなりの時間が経過した頃、少し離れた場所を二人組の大人が歩いていくのが見えた。
暗色のトレンチコートに、スーツに革靴。まるで制服のように似た服装をした彼らの横顔にはどことなく見覚えがあった。
誰だっただろうか、と記憶を掘り起こしていると、そんな私に気がついたノエルも彼らに視線を注いだ。
「見たことない人たちだ。外部の人?」
ジェムルート魔術学院に、外部の人間が訪れることはほとんどない。基本的に許可がないと立ち入ることができず、生徒の保護者でさえよっぽどの事がないと許可が下りない。
そのため、生活や勉強に必要な品物を納品する業者ぐらいしか、学院内で見かけたことはなかった。
業者の誰かだろうか。更に眉間にシワを寄せた時、頭の中で閃光が煌めいた。
「あれ、警察だよ…!」
思い出したのはアッシュ寮長の遺体を発見してすぐのこと。面接室に呼ばれた私は、学院が呼んだ警察に事情聴取をされた。
その時に立ち会ったのが、あの二人だ。
ノエルは瞳の色を変えると、睨むように遠ざかる二人の背中を見つめた。
「アメジスト寮の方角に歩いてる」
「もしかして、あの泉に行くのかな?」
ノエルの言葉に頷きを返し、自然と浮かんできた予測を伝えた。
お互いに声を潜ませる。
心臓がドキドキと煩いのは、この後の展開を容易に想像できたからだろう。
「後をついて行ってみる…?」
一石を投じたのはノエルだった。
標準装備になっている笑みを消し、彼は真剣な表情でそう言った。
私はそれに対してすぐに頷きを返した。そうするべきだと思ったし、何か重要な情報が得られるような気がした。
「ノエル、影の魔法を使うから近くに来て」
懐から杖を取り出し、構えた。
杖の先端につけられたアメジストが、私の魔力に反応して、影の中でも妖艶に輝いた。
「一応、注意点を伝えておくね。まず、魔法が解除されちゃうから、私からあまり離れないで。次に、薄くなるのは存在感だけ。声は普通に通るし、草にぶつかったりしたらその音も響く。だから、私のメモ帳で筆談しながら、周りの物にぶつからないように注意しよう。後、私の魔力が保つのはせいぜい一時間ぐらいだから、長居は無用だ」
「わかった」
ノエルは頷くと、ぐっと口元に力を入れた。その様子から、他の魔法使いからサポート魔法をかけられた経験がないのかもしれないと感じた。
もしかしたら影の魔法を使うのも初めてなのかもしれない。アメジスト生とガーネット生では、カリキュラムがほとんど違うから、予想でしかないけど。
私はノエルを安心させるために、下手くそながらも笑みを浮かべた。
「大丈夫。痛くはないよ」
そう伝えてから、私は杖を振った。
薄紫色の光が揺れる。
「“シャドウ”」
唱えると、目の前にいるノエルの存在感が薄くなった。
そんなわけないのに、彼の姿が透けて、背景が見えるような錯覚にも襲われた。
その感覚に、上手く魔法を使えたことがわかり、ほっと胸を撫で下ろした。
そんな私とは対照的に、ノエルは自身の手のひらと私を交互に確認し、瞳を輝かせた。
「…すごい!なんか薄い!」
「うん。ちゃんとかかって良かったよ」
杖を懐にしまい、腕時計で時間を確認した。
今からなら五時までは尾行できる。
タイムリミットを胸に刻み、改めて森へと向かう警察たちに視線を向けた。
「 ── じゃあ、行こう」
風が吹き、森の木々が揺れた。その拍子に数羽の鳥が羽ばたき、空を横切った。
まるで私たちの緊張を体現しているかのように、森はいつもより少しだけ不気味に見えた。
(警察の中に魔法使いはいなさそうだな)
数メートル距離を取りながら、二人の後を追っていく。
泉へと向かう背中にはあまり緊張感がなく、雑談に花を咲かせてる。
奥さんがどうだとか、仕事終わりにいつもの居酒屋に行こうだとか、他愛もない会話が聞こえてきて、私たちの存在がバレる気配は今のところなかった。
(…警察も銃を扱ったりするけど、もしかしたら私たちの方がよっぽど戦闘慣れしてるのかもしれない)
それはやはり、授業に戦闘訓練が組み込まれているからだろう。
魔術学院を卒業する魔法使いの多くは兵士になる。攻撃魔法を得意とするガーネット生なら王道とも言える進路で、魔法道具を作る製造者や研究を志望する生徒が多いアメジスト生の中にも、多少は戦場を希望する生徒もいる。
だからこそ、授業と言えど戦闘訓練の内容は本格的なものだった。
「ここが現場か」
前を歩いていた男性の一人がそう言って立ち止まった。彼らの眼前には、やはり泉が広がっていた。
相変わらず鏡面のような水面は今日も空を映していて、まるで切り離された空間のように神秘的だった。
チラリと腕時計を確認した。影の魔法を使用してから十五分は経過していた。
それをノエルに伝えるために、肩を叩いて、腕時計を見せた。ノエルは腕時計を覗き込んだ後、微かに口角をあげて頷いた。
私たちは物音を立てないように注意しながら草むらの中に身を隠した。
そして、警察の会話を聞くことに、全神経を注いだ。
「ここは、なんか、魔力を感じるよな」
「先輩、魔力とかわかんないでしょ」
「いやいや、わかんねぇけど、なんとなく空気で、なぁ?」
彼らからは元々緊張感を感じられなかったけれど、やる気すらも感じられない会話に、思わず眉を寄せた。
彼らは、なんのためにここに来たんだろう。
そんな疑問が頭を過った。
「にしても、魔法使いっていうのは、よくわかんねぇな」
先輩と呼ばれた男性は膝を曲げると、泉を覗き込んだ。
私たちがいる所からでは背中しか見えないが、声にはため息が混ざっていた。
「“事故だと証明するために、もう一回、現場検証をしてくれ“…なんて」
聞こえてきた言葉に、私とノエルは思わず顔を見合わせた。
「拘束された跡があって、どう考えても、他殺なのにな」
やっぱりそうなんだと唾を飲み込む。
思ってもみない収穫に心臓が煩くなり、体が小さく震え始めた。それでも、せっかく掴んだ糸を逃さないために、胸ポケットからメモ帳とペンを取り出した。
そして、いつもよりも弱い筆圧で、物音を立てないように注意しながら書き記していった。
他殺は確定、と。
「アッシュ・ノアールの遺族はなんて言ってるんですか?」
部下らしき男性が、尋ねた。
服装的にも若そうに見える彼は、けだるそうに周囲を見渡している。
「最初は、息子は殺されたんだって喚いてたさ。普通の親のように。なのに、ころっと意見を変えやがった。“事故だった”って」
先輩と呼ばれた男性は、盛大にため息をつくと、空を仰いだ。
「魔法使いっていやぁ、戦場での兵器みたいなもんだろ。やっぱり、人の心がないんかねぇ」
その声は、どことなくアッシュ寮長を同情しているようだった。
それに続くように、部下らしき男性が口を開いた。
「ジェムルート魔術学院っていったら魔法学校の中でも屈指の名門で、王族との繋がりもありますからね。生徒間の殺人なんてものを安易に認めて、評判を落としたくないのかもしれません」
「本当に、腐ってんなぁ」
先輩と呼ばれた男性はゆっくりと立ち上がると、泉の周りを歩き始めた。
彼の表情が少しの間だけ泉の水面に反射した。遣る瀬なさが滲んだそれは、色んなものを諦めているみたいに味気なかった。
彼らは尚も会話を続けた。
「事故である証拠なんてどうするんですか?」
「どうもしねぇよ。少しここで時間を潰して、学院のお偉いさんたちに『事故でしたねぇ』って報告して終わり。おかげで、今日は早上がり確定だ。喜べ!」
乾いた笑い声が、虚しく響いた。
部下らしき男性は、彼と同じような表情をしながら、けれど何も反論せずに後を追いかけていった。
常識的な考えを持ちながらも、圧力に屈している。そう考察できる彼らの立場は複雑に思えた。
大人も、子どもと同じで色々とあるのかもしれない。大人になっても悩みは尽きないのかもしれない。
苦々しく思い、眉間にシワを寄せていると、ノエルが指先でメモ帳を叩いてきた。
貸してほしい、という意味なのだろう。
頷きを返し、すぐにメモ帳とペンを手渡した。
『警察の人たち、協力してくれないかな?』
クセのある文字は、そう尋ねてきた。
思わず目を丸くし、見間違いではないかと再確認したが見間違いではなかった。
メモ帳から顔を上げて、ノエルと視線を重ねた。冗談ではないことは、彼の青い瞳が教えてくれた。
頭の中で唸り、腕を組んだ。
(確かに、協力してくれそうではある。でも、機密情報をそう簡単に教えてくれるのかな)
学院側が事故で処理したいというのなら、調査をしている私たちを快く思わないだろう。
警察に事情を話した結果、協力を得られなかったら、私たちの行動が学院に筒抜けになってしまう可能性もあった。
(どうしよう…)
再びノエルの様子を確認する。
青い瞳は真っすぐに私を見つめていて、凪いでいるようにも感じた。どうやらノエルは、この選択に自信があるようだ。
(私よりも人との交流が多いノエルの方が、人を見る目がある)
私は意を決して、メモ帳越しに返答した。
『協力が得られなかった場合、学院側にバレる可能性がある。バレたら、どうなるかわからない。それでも?』
怒られるだけなら、まだ良い。下手をすれば停学や退学の可能性もあった。おそらくそのぐらい、学院側にとっては隠蔽したいことなんだろう。
ノエルは視線で文字を追いかけた後、力強く頷いた。迷いはなかった。
(ノエルの直感を信じよう)
私は懐から杖を取り出すと、くるりと回すように振った。影の魔法が解除され、薄れていた私たちの存在感が元に戻った。
それを確認したノエルは、音を立てるために乱暴に立ち上がった。
警察の視線が一斉に集まった。
「こんにちは! 俺、ノエル・モリスって言います。ここの三年生です。少しだけ話を聞いてもらえませんか?」
ノエルは両手をあげ、敵意がないことをアピールすると、よく通る声で自己紹介をした。
二人が、驚いたように顔を見合わせた。
森がざわざわと騒がしくなるのを感じながら、私も両手をあげて、立ち上がった。
「あ、第一発見者の…」
部下らしき男性がポツリと呟いた。
その肩書きだけで、なんとなく私たちがこの場にいる理由が彼らに伝わった気がした。
ノエルは追撃するように声を響かせた。
「俺たちは、アッシュ寮長がなんで死んだのかを調べています! それで、二人を追いかけてきました!」
舌打ちが鼓膜を揺らした。
後方に立っていた先輩と呼ばれた男性が、部下らしき男性を押しのけて前に出てきた。そして、鋭い眼光で、私たちを睨みつけた。
「好奇心は猫を殺すって言葉を知らねぇのか? 優秀な魔法使いのまま卒業したいなら、何も聞かなかったことにして帰りな」
濃く刻まれた眉間のシワに、無精ひげ。大声ではないのに威圧感のある声に、私は思わず後ずさった。
人に怒られるのは慣れてない。
けれど、そんな私とは対照的にノエルは態度を変えなかった。威風堂々と視線を合わせていた。
「あなたたちも、本当は真実を暴きたいんじゃないんですか?」
ノエルの言葉に、二人は目を丸くした。
「でも、圧力やルールで、学院内の情報を集めることができないから諦めてるんですよね?」
ノエルは質問の姿勢を崩さなかった。けれど、的確に二人の図星を突き続けた。
「俺たちなら、学院の情報を集めて、真実にたどり着くことができます!」
「だから、協力しろって?」
「はい!」
訝しげな顔をする先輩と呼ばれた男性に、ノエルは満面の笑みで返した。
それに拍子抜けしたのか、上司は額に手を当てて、ため息をついた。
私もノエルの強さに思わず関心していた。
「…入り口で手錠と銃を没収されていなければ、こんなひよっこ魔法使いぐらい業務執行妨害で追い払えんのになぁ」
肩を竦めて、彼は顔をあげた。
「 ── 退学の覚悟はあるか?」
その言葉に、私たちは頷いた。
覚悟は、声をかける前にできていた。
「…無謀な馬鹿ではなさそうだな」
彼の纏う空気が柔らかくなり、私とノエルは顔を見合わせた。
そんな私たちに、彼は歩み寄ってきた。
「俺の名前は、クロガネ。ここの下町で働いている」
警察手帳を取り出し、彼は名乗った。
「この警察手帳に誓って、他言しないと誓おう」
クロガネさんは白い歯を見せて笑った。




