28:日常
カーテンの隙間から差し込む日差しで目が覚めた。瞼を持ち上げると同時に小鳥のさえずりが聞こえてきた。
もっと聞きたい。あの可愛い姿を見たい。そんなことを思って、ベッドに座ったままカーテンを開けた。
アメジスト寮を囲うように立っている木の葉が、窓枠を覆うように色づいている。
小鳥はその木の枝で、忙しなく動いていた。
(…また小鳥が来るようになったんだなぁ)
笑みを浮かべて、感傷に浸った。
約一年前にアメジスト寮近くにある森の大半が燃えてしまった。そのせいもあって、多くの動物を見なくなってしまった。
けれど、生き残っていた子たちが繁殖したのだろう。まだ完全に元通りとは言えないけれど、森は少しずつ元の姿を取り戻していた。
ぐっと背筋を伸ばし、清々しい気持ちのまま、身支度を済ませた。そして、朝食を取るために階段を降りていった。
長い階段を降りていくと、だんだんと騒がしさが増していった。通り過ぎていく後輩たちが、「おはようございます」と元気な声で挨拶をしてくれて、私も丁寧に返した。
「あ、エンネ! 席取っといたよ」
食堂に足を踏み入れると、窓際の特等席からユイカが大きく手を振った。
隣にはミラもいる。
私は笑みを浮かべて、彼女たちの元に歩み寄った。
「なんと、今日の朝食はパンケーキだよ」
「うわぁ、良い日だ」
「天気も良いしね」
ユイカがニシシと笑いながら教えてくれた。それに目を輝かせると、ミラも笑みを深めて同意してくれた。
席を確保すると共に取ってきてくれたらしい朝食に視線を注ぐと、ふっくらとしたパンケーキに目玉焼きとベーコンが乗っていた。
朝食にぴったりの甘くないパンケーキだ。
小鳥に引き続き、幸せな気持ちになりながら、フォークとナイフを手に取った。
「今日、戦闘訓練の日だね」
「私、あのペアと上手くやれないんだけど」
「ユイカはガーネット生に敵意向けすぎだよ」
談笑しながら食べていたら、時間はあっという間に過ぎていった。カチャカチャと食器を片付ける音が食堂に響き始め、私もそれに倣って片付けた。
一度、自室へと戻り、授業に必要なものがカバンに入っているのを確認すると、ユイカとミラと一緒に校舎に向かった。
朝日に照らされるジェムルート魔術学院の校舎は美しかった。装飾として散りばめられた宝石の数々が星のように輝いていた。
教室へと向かう廊下も、朝の食堂並みに賑やかだ。
シャンデリアが照らす中、いくつもの黒いローブがはためいている。裾などを彩る深紅色の刺繍と薄紫色の刺繍は、まるで春の花園に咲く花のようだった。
廊下の外では、早めに登校した生徒たちが何やら笑い合って遊んでいる。ガーネット生もいれば、アメジスト生もいる。
「あの光景、いまだに慣れないわ」
ガーネット生とアメジスト生が一緒に遊んでいる光景に、ユイカが皮肉めいた表情と共に呟いた。
「わかる。でも、良いことなんじゃないかな」
ミラが穏やかに笑って、自分の感想を口にした。
「うん。私もそう思うよ」
元々、ガーネット生とアメジスト生は敵対していた。ライバルというわけではなく、明確な敵として。
でも、その関係性は少しずつ改善している。
「ツバキ寮長が交流会をしてくれたことから始まったんだよね」
ふと脳裏によぎったのは約一年前に卒業してしまった先輩の姿。たまに手紙のやり取りはしているけれど、会えてはいない。
それなのに、しゃんと伸びた背筋とそれに沿うように伸ばされた黒髪を鮮明に覚えている。
「なに言ってんの。エンネとノエルがきっかけでしょうが」
ツバキ寮長、元気かな。元気だろうな、たぶん。卒業したら会いに行きたいなぁ。
そんなことを考えていると、ユイカが呆れた口調で言ってきた。私の口から「へ?」と間抜けな声がこぼれ落ちた。
「アンタたちが一緒に昼食食べるようになったことで、アメジスト生とガーネット生は仲良くすべきって思想が広まったんだよ」
「思想って…」
私は思わず苦笑いを浮かべた。
全ての生徒が仲良くなったわけじゃない。今でもアメジスト生を馬鹿にするガーネット生はいるし、ガーネット生を毛嫌いするアメジスト生もいる。
それでも、昔ほどひどくはないし、協力し合えることも増えた。
「私は、ただノエルと一緒に食べたかっただけだけど…良い影響になってるならよかったよ」
すごいことをしたという感覚はあまりない。そもそも、すごいことではないのかもしれない。
でも、校内の雰囲気を良くできたのならよかったと思う。
「しっかもさ、アンタたち、二人して今年の寮長なんてできすぎでしょ」
「まぁまぁ、そのぐらいにしなよ、ユイカ」
終わらない憎まれ口に、ミラが制止を求めた時、廊下の反対側から見慣れた人物が歩いてくるのが見えた。
クセのある金髪に、青い瞳。明るく大きな声で、周囲に挨拶をしている。
その姿に、思わずクスッと笑った。すると、まるでその小さな音を拾い上げたかのように、ノエルが私に気がついた。
そして、ゴールデンレトリバーのような愛くるしさで駆け寄ってきた。
「エンネ、おはよう!」
「おはよう、ノエル」
シャンデリアの明かりを反射させて、彼の青い瞳がキラキラと輝いていた。
「まぁた、始まったよ」とため息交じりで呟くユイカの小さな声が聞こえたような気がした。「邪魔しないの」と続いたミラの声も。
「今日は寮長会議だね」
「そう! 再来月にある交流会について、だよね。エンネは何が良いと思う? 俺的にはやっぱり皆で体を動かすのが良いと思うんだよね」
ワクワクを抑えることなく体を揺らして、ノエルはそう発言した。
体を動かす。確かにそれは交流を深めるのに良いだろう。でも、アメジスト生には運動が苦手な生徒も数多くいる。
「食事会も良いと思うんだよね。運動が苦手な生徒もいるから」
「確かに!」
ノエルが腕を組んで頷くと、鐘の音が鳴り響いた。もうすぐ授業が始まるらしい。
ぱっと切り替えたノエルは、軽やかに足を踏み出して、私に向かって手を振った。
「あとで話詰めよう!」
「うん、また昼食でね」
「またね!」
私も手を振り返し、ユイカたちと共に自分の教室に向かった。
その時、窓の向こうでカサリと植木が揺れる瞬間が目の端に映った。
思わず視線を向け、じっと観察する。けれど、虫だったのか、小動物だったのか、植木はすぐに静寂を取り戻した。
「エンネ、遅れちゃうよ」
ミラの声が聞こえてきた。それに頷きながらも、私はしばらくその揺れた植木に視線を注ぎ続けた。
カイル副寮長とルカさんがいなくなって、もう一年近い時間が経過した。彼らは安否不明のまま、指名手配されている。
目撃情報はない。クロガネさんの言う通り、あの場で燃え尽きてしまった可能性が一番高いが、断言はできなかった。
だからかもしれないけれど、私はいまだに彼らがこの学院のどこかにいるような気がしてならなかった。
今日まで襲撃されることもなく、平和に過ごしてきたと言うのに。
(あの事件から、学院内には常に警備員が置かれることになった)
警備員は校内を回り、結界の様子も確認する。校門に配置される人数も増えて、ジェムルート魔術学院はより一層セキュリティが強化された。
(そんな中で一年以上も隠れられるはずがない)
わかってる。わかってるのに、彼らを探してしまう自分がいた。
何か伝えたいことがあるわけじゃない。自分の安全を思うなら、二度と会わない方が良いに決まってる。
それでも、きっと、私は何かがあるたびに二人を思い出す。
(ルカさん…カイル副寮長…)
私が二人を忘れることはないだろう。




