43 それははまると抜け出せないという…。
――みんなごっめーん! 彼女良い子だった!
今日までこんなに準備していたのに。
「悪役令嬢」、すなわち妹のことを好きと言ってくれるならばすべからく良い子の枠に入れてしまう兄馬鹿極まりがここに。
「悪役令嬢……オーレリア様をそう呼ぶことには抵抗ありますが(メルヴィン内心で加点)オーレリア様のことを好きかと尋ねられたら、はい」
リィナ嬢も合点がいったと頷いていた。さらわれたことにはちょっとばかり怖かったと文句が浮かぶが、このカツ丼ですべて吹き飛んていた。
「思い出してからこの世界、自分の他に生まれ変わりがいるとは薄々思っていましたが……」
お約束でそれは「悪役令嬢」だと思っていたのだが。
彼女が自分が助かるためにあれこれとしているのでは、と。
なんせ冷蔵庫などがこの公爵家発だと、薄っすらと噂にはあり。
特許を取らなかったりしたことで、その発明は広まりやすくも制作者不明であった。
「私、ゲームにもあまり詳しくなくて……そうした世界観も、プレイ後に知ったくらいなんですが」
「そうなんです?」
「むしろ唯一触れた作品」
「なんとまぁ……」
世にはゲームにあまり興味ない方とているのだと、そこでメルヴィンはハッとしたり。
リィナにはこの作品がきっかけとなって。少しばかり触れていたことによりこの世界の違和感に気がつけた。
世界を改変したもの。それが「悪役令嬢」たるオーレリアの――だと思っていたのだが。
「まさか「悪役令嬢」の兄枠が、生まれ変わりの前世の記憶持ち……」
そのパターンかと、彼女もカツ丼を食べながら察したのだ。
「えーと、メルヴィン――様、が、生まれ変わり、で良いんですよね?」
ついつい原作プレイ中の感覚で呼び捨てしかけたのを彼の背後のすっごい殺気の塊で慌てて様付けしつつ。メルヴィンが振り返るとにこにこと笑顔のすっごい殺気の塊。
「私もそうで、前世は三十路の……ええ、普通のOLでした」
三十路。正確な年齢はぼかしたいお年頃。
「あ、はい、僕は二十歳ちょっとすぎの大学生で……」
年上さんでしたかと、ついついメルヴィンも敬語になりつつ。
見た目は妹と同じ年でも、中身は人生の先輩だから。
そして始まる前世の自己紹介――。
――おーいおいおい……。
そして泣かれるお約束。
後ろでルカも涙ぐんでる。うん、ハンカチ彼女にも貸したげて。
「そ、そんな若さでっ、妹さんたちいいぃ……」
えぐえぐと泣かれて、メルヴィンはこの「主人公」さん、悪い人じゃないなと思い始めていた。残された妹たちを思いやってくれているし。現世でも妹を好きと言っている時点で、既にだが。
「リィナ……さん、は。三十歳も十分お早いですが……」
「嬢」とお呼びするか悩んで「さん」とつけることにしたメルヴィン。この世界の身分のこともあるが、互いが許しているならぎりぎりセーフだ。呼び捨てよりよほど良い。
「あ、私は……たぶん、過労で。ブラックです」
「おぅ……」
三十路のお年で過労死。
ブラックという一言でまた察することができてしまう哀しさ。
「気がついたら死んでて、気がついたら生まれ変わってました」
「あらー……」
「記憶戻ったの、学園の入学式で」
「あららー……」
「オーレリア様の美しさで蘇りました」
「あら……え」
妹の美しさは胸を張って同意するが。妹を醜いというやつは絶許だし、たぶん最近は自分よりレオナルドが怒髪天である。
「オーレリアで」
「そうなんです」
話を聞こうか。メルヴィンは改めてその姿勢に。
「メルヴィン様はこの世界がゲームの世界だと……」
「あ、はい。妹たちが遊んでいた……くらいの知識です」
どう話そうかと悩むリィナに、後ろのルカも知っていますから遠慮なくと伝えつつ。
リィナはルカを見ても「公爵家の護衛さんかしら。執事さんにしてはなんか怖い」と。19とは気がついていないようだから後で紹介しようと思うメルヴィンである。きっと驚くだろうイタズラ心も。
そしてリィナが話し出す。前世の自己紹介の大事なところだ。
「メルヴィン様はドールってご存知ですか?」
「ドールですか?」
それはそのまま「人形」というだけではなく。
「そ、それははまったら抜け出せないという……」
「そう、沼です」
はまったら抜け出せないもの。それを沼と例えるのはオタクの証でもあり。
「私、ドール沼に深く深く……」
わかる。
頷くしかないメルヴィンだ。彼も若干オタクに片足突っ込んで引きずられていたところであった。
「そして私のお迎えした姫は、銀の髪に金の混じった輝くオレンジ色の瞳をしていまして」
姫。
彼女は愛しい人形をそう呼ぶタイプの方であったようだ。
そしてその姫のお色は。
「それ、オーレリア……」
「……です」
なので彼女はたまたま目に入ったゲームのポスターに。
彼女は妹たちがワゴン売りされていたゲームの、その販売直後で宣伝もたくさんされていた時代に生きていたと。思い出せば妹たちのはリメイク版であったか。
のちに「メルヴィン様はポケベルとか知らないでしょ?」と問われて頷くしかなく。生きた世代も少々ズレているようだ。
そして彼女は己の姫に瓜二つなオーレリアのイラストに惹かれてゲームを本体ごと定価で購入し――。
「まさかジャケ買いした姫そっくりな女の子が、悪役令嬢で可哀想な目に遭うだなんてぇぇええええ!」
こんちくしょうが!
「あちゃー……」
それはそれは。
彼女はあまりゲームには詳しくなく、なんと乙女ゲームもはじめてで、悪役令嬢とかそうしたものもあまりわからないまま手にしたそうだ。
そして彼女が自分が「主人公」であるとわかった理由は。
「この姿は、私がゲームしたときのキャラだったから、「主人公」ではあるんだと思います」
なんでも彼女がプレイしたときの設定なのだそうだ。この平凡な茶色の髪に瞳の色は。
「……姫が主人公だとばかり」
自分は黒子かか何かかと、と。
ゲームに不慣れだからこその。
けれどもいろいろと、彼女は彼女でこだわりがあったらしい。
「名前も?」
そこまで平凡に、とメルヴィンが少し驚けば。
「ええ、名前も……平凡な名前に憧れが。選択であれこれ候補出てきたこの「リィナ」に、これだ、と」
もっと「主人公」らしい華やかさや愛らしい名前もあると思うのだが。
「……?」
首を傾げるメルヴィンに、彼女は遠い目をした。
「キラキラネームをご存知で? もしくはDQNネーム……」
……いろいろ察した。
三十路でキラキラネームで、きっとご苦労なさったのだろう。
「もともとリナとかハナとかの、さっぱりした名前に憧れが……うらやましさが……」
平凡こそがリィナの中の人が求めたものか。これもまた、望んだ姿の投影よ。
まさに、乙女ゲームのキャラデザ冥利よ。
しかし彼女が「主人公」ならば、すべてが自分の杞憂、お兄ちゃん過保護すぎ、なオチになる。
リィナがオーレリア好きな女性ならば、ゲームのシナリオのようにはならないだろうし。むしろオーレリアが非道い目に遭うのを許せぬと言っている。うん、ほんそれ。
カツ丼を手を合わせてから食べる良識あるような女性ならば、魅了などにも興味ないだろう。
むしろそれで良かったんだ。
魅了対策なんかは別にあって困るものではないし。
ああ良かったと、メルヴィンがほっとため息をつきかけたとき。
リィナは真顔で親指をぐっと、上に。ぐっじょぶ、と。
その過保護、良くやりました。
リィナの中の三十路のお姉さんが褒めている。
「おそらくですが、私以外にもいます……「主人公」が」
……そうや問屋が卸さないのがお約束。
苦労人リィナ嬢です…。
彼女の前世もまた物語になるやつ。
そしてゲーム全く興味なかった人間が、何かのきっかけで本体ごと買う。実話…。




