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最終話 この結婚は、真っ白な


「おーおー、思ったより良い感じじゃねぇか」


 マックスの声に私は振り返った。緑綺麗な季節、青空の下で今日はとても良いお天気。お洗濯物がよく乾いて、涼しい風が通り抜ける、そんな外の庭で。太陽みたいににっかと笑ったマックスは興味深そうにキョロキョロと周囲を見回している。


「マックスも手伝ってくれたのに」


 まるで初めて見るかのような様子に私が笑えば、いやー、とマックスは私を向いた。


「全体を見るのは初めてだからな。チビどもと作ったガーランド、賑やかで良い。こりゃ最高の門出だ」


 トマが管理している先代の愛した庭に、子どもたち手作りのガーランドが吊り下げられている。風に揺れる様子は穏やかだけれど、元気一杯に描かれた絵の数々はマックスが言う通りとっても賑やか。出された沢山のテーブルにはイヴォンヌたちが綺麗に洗濯してくれた真っ白なクロスがかけられている。其処に出された沢山の椅子は子どもたちの数だけ。此処で働く使用人の数だけ。厨房の皆には頑張ってもらってしまうけれど、お任せ下さいと笑って引き受けてくれた。


「ジゼル奥様! そろそろご準備を……! マックス先生も! こんなところでのんびりしてたら時間が来ちゃいますよぅ!」


 テレーズが慌てた様子で私を探しに来て、早く早くと腕を引っ張って屋敷の中へ戻ろうとする。私とマックスはそんなテレーズに笑った。


「オレは別にちょっと良い服着せてもらうだけだ。嬢ちゃんは準備に時間かかるだろ、早いとこ戻れ戻れ」


「私だっていつもとは違う良い服を着るだけだわ」


 私が返すとマックスは楽しそうに歯を見せた。


「ぶっははは! いーから、ビルに見つかる前に行けって。あいつ、オレと嬢ちゃんが話してると凄い目で見てくるんだぜ? 知ってたか?」


「ぇえ……?」


 もう少し訊いてみたかったけれどテレーズに腕を引かれて私はその場を後にした。今日のために用意した部屋へ向かい、テレーズにてきぱきとドレスを着せてもらう。結った髪に両目が隠れなくても鏡の中の私は怯えたりしない。手際の良いテレーズは活き活きとして、真剣だ。髪に沢山の小さな花を挿し、私はその名に恥じない姿になっていく。


 最後に朝摘んだばかりの花で編んだ冠とベールをテレーズが被せてくれた。此処へ来た夜は母がしてくれたその動作を、一番近くで見守ってくれたテレーズに私がお願いしていた。


「ほぁぁ……ジゼル奥様、とっても綺麗です! こんなに綺麗な花嫁様、テレーズ見たことないくらい!」


「テレーズのおかげよ、ありがとう」


「えへへ」


 母の着た婚礼衣装にまた袖を通して。けれど今度はお日様の下で。私たちは結婚式をやり直す。


 元々はビルの──ウィリアム・ヴリュメール伯爵の提案だった。屋敷の中だけで、他の誰も呼ばず、やり直さないかと。今度は昼日中に、子どもたちも特別に外へ出して。


 ──あなたと歩んで行くのだと、改めて誓わせて欲しい。


 真剣に、でもちょっとぶっきらぼうに、いつもの仏頂面で、けれど目元は見える状態でそう言われて。テレーズに相談して、イヴォンヌやトマに相談して、マックスにも相談したら皆ジゼル奥様が伯爵と同じ気持ちなら、と背中を押してくれた。私が決断した頃には話は皆の中で進んでいて、庭でやりましょう、とか、マックスが進行するとか、子どもたちにも見せてあげようとか、いっぺんにやりたいことを言われて私たちが二人で面食らったのはまだ本当に少し前のことだ。


 こういうことは早い方が良い、とスケジュールを立ててマックスやテレーズ中心に子どもたちにも話され、準備を手伝ってもらった。手作りのガーランドには子どもたちの絵が沢山描かれている。そのどれも可愛くて、眺めていたら冒頭に至るわけで。


「そろそろ旦那様がお迎えに来る時間ですよ。良かった、間に合って!」


 テレーズが言い終わるや否や、扉がノックされた。私は一瞬で緊張したけれど、はーい、とテレーズは元気な声で応えると扉を開けに向かう。開かれた扉の向こうにいる人物に、丁度準備が終わったところで、とテレーズが話しかけた。


「旦那様、見て下さい! ジゼル奥様とっても素敵なんですから!」


 じゃーん、と言いながらテレーズが扉の前から避ける。その先にいた彼がテレーズから私へ視線を移した。あの夜と同じ婚礼衣装に身を包んで、でも明るい中で見るその姿はあの夜とは違って見える。私はどんな表情をして良いか判らずにその場に佇んだ。ベールをしていて表情の全部は勿論見えないだろうけれど、全く見えないわけでもないだろうから。


「……あぁ」


 いつもの、短い返答。旦那様、とテレーズに小突かれて彼は小さく咳払いをした。部屋の中に入って良いかテレーズへ尋ね、勿論です、とテレーズは頷く。彼がこちらへやってきて私は自分の肩が緊張で強張るのを感じた。


「……ジゼル」


 落とすように零された私の名前に顔を上げれば、彼は片手の甲を口元まで上げて顔を隠そうとしているようだった。心なしか顔が赤いように見える。


「その、綺麗だ。……すまない、言葉が出て来ない。あなたがあまりに、綺麗で」


「う、そ、その……ありがとうございます……」


 恐縮して俯いたら、はぁ、と溜息が降ってきて私は恐る恐る顔を上げる。彼は私を見下ろしていた。その目が優しくて、私の心臓がひとつ跳ねる。


「最初の夜、俺は何も見ていなかったんだな。すまなかった」


「いえ、あの、だ、大丈夫です……っ」


 何だか恥ずかしくなって私はまた俯いた。下ろしたその視界の中で彼の手が差し出される。白い手袋をした、大きな手だ。


「あなたと歩いて行くのだと、皆の前で誓わせて欲しい。俺の手を取ってくれるか」


 緊張したような声だったから、私の緊張が移ってしまったのかと思った。だから私はその手に自分の手を重ねる。きゅ、と軽く握られた手を私も握り返した。


「勿論です、ウィリアム様」


 意識して、頬を上げて。そうすれば優しい声が出ることを私はもう知っている。二人で同じくらいの緊張を抱えて、二人で同じくらいの不安を抱えて、分け合って、進んで行けたら。楽しいことは、二人と言わず皆で。一緒に笑って。


「ジゼル奥様、これ」


 連れられて部屋の外へ向かったら、出入り口の傍に立っていたテレーズがブーケを渡してくれた。朝、トマと一緒になって選んで作ってくれたブーケだ。真っ白な花を集めて作られた、小ぶりながらも華やかなブーケだった。


「ありがとう」


「外に出るまでテレーズがベールやドレスは持ちます! でも足元には気を付けて下さいね」


 手を取って支えられながら、衣装に気を配ってもらいながら、私は中庭に出るために足を出した。段々と外の喧騒が耳に届くようになってくる。久々に外へ出た子どもたちがはしゃいでいるようだ。


 結婚式は厳かなもの。そう伝えられて、誰もはしゃがないようにしていたと私は聞いた。けれどこれはやり直しで、外から誰かを招くようなものではないから。子どもたちにも目一杯に味わって欲しいというのが私の希望だ。外も、料理も。


 またケーキが食べられると知るとフラヴィは喜んだ。他の子たちも覚えているのか嬉しそうだった。オーブは知らないのか、そのどれにもきょとんとしていた。


 オーブが逃げ出すことがないように今日はどの出入り口も厳重に施錠されているし、簡単に木に登れないようトマが枝を落としている。外を怖がるかもしれない。だから私たちは子どもたちが落ち着いて過ごせるようにも最大限、意見を交換し合った。手作りのガーランドはその一環だ。それから、座席を知らせるために好きな絵も描いてもらった。それが彼らの席札になる。自分が描いたと判れば不安は軽減されると思うから。


 怖がっている声は聞こえなくて、私は内心でホッと胸を撫で下ろした。隣を歩く彼が、気になるか、と話しかけてくるから私は苦笑する。


「心配です。だって外に出すのに、私たちが一番最後に出るんですもの。手伝えないから」


「大丈夫だろう。皆、優秀だ」


 すぐそう返ってくるから、そうですね、と私は頷いた。信頼の証。屋敷で働くようになった地下出身の皆を、彼は信頼している。ずっと見てきたから、というのもあるだろうし、その向けられた信頼が頑張ろうとする力になるのを知っているのだろう。私も同じ信頼を向けたいと思う。トマが、言ってくれたように。


「子どもたち皆、ウィリアム様のこと見たらびっくりするんでしょうね。“ジゼルお姉さん”と“伯爵”の結婚式だって説明してあるから」


「……俺だと判ると思うか」


 不安そうにも聞こえたから、大丈夫ですよ、と私は頷いた。ビルがヴリュメール伯爵だとお披露目する場でもある。言葉で言っても伝わらないだろうとマックスが言った。意味は把握できても理解は難しい。だから見せるのが一番だ、と。私もそうだと思う。私なんかは見てもすぐには判らなかったけど、人を見ることに長けている子どもたちだ。私よりもビルに接している子たちだから、きっと解ってくれると思う。


「信じて下さい。子どもたちのことも、一緒に過ごしてきた時間も。今日は判らなくても、ウィリアム様として地下に行けばいつかきっと。大丈夫ですよ、ウィリアム様。大丈夫」


 しっかりとした根拠を挙げられたら良かったけれど、私も信じているからそう言うしかなかった。日が昇って、沈むように。仕組みではなく昇る根拠を挙げるのは難しいように。今日も明日も、昨日と同じように日が昇るとただそう、信じているから。


「……ああ。あなたがそう言うなら」


 見上げればこちらを見る視線とかち合って、私は照れ臭くなって小さく笑った。彼も唇に微かに笑みを浮かべる。


 中庭へ続く扉の前に立つと、テレーズが持ってくれていたベールとドレスをそっと下ろして整えてくれた。それから扉の前に移動して、私たちを振り返った。


「旦那様、ジゼル奥様、準備はよろしいですか?」


 扉を開けても良いかという確認なのに、私には少し違うように聞こえた。二人で歩いていく準備。この先もずっと、一緒に。


「俺は良い。ジゼル、あなたは」


 問いかけられて、私は頷いた。


「大丈夫です。テレーズ、ありがとう」


 テレーズはにっこり笑うと扉を小さくノックした。向こうで控えている使用人が同じノックを返す。外開きの扉だから向こうから開けてくれるのだ。テレーズが急いで私たちの前から避けて、扉がそっと開けた。近くにいた使用人たちが拍手をしてくれる。手筈通りに式が始まった。


 子どもたちも拍手が聞こえたら拍手をすると言われていたから、指示に従って拍手をしてくれる。彼の腕に腕を寄せて、ブーケを持って、私は真っ直ぐの道を彼と一緒に進んだ。ベールが風にそよぎ、頬をくすぐった。


「わぁ、お姫様みたい……!」


 フラヴィの声が聞こえて頬が緩んだ。そう、見えるだろうか。彼女もいずれ、こんな未来があると想像出来るようになると良い。他の子たちも、皆。


 オーブが目を丸くしてこちらを凝視しているのを見付けて、私は彼と視線を合わせた。ベール越しでも目が合ったと判る。彼が走り寄って来たとしても私は止めるつもりはなかった。けれど彼はただ、私たちが通り過ぎるのを見送る。その目に寂しさは浮かんでいないように見えたけれど、私の願望かもしれないと思うから、私はただ通り過ぎる時にオーブに向けて微笑んだ。


「よく来たな!」


 私たちが辿り着いた道の先、マックスが待ち構えていた。にっかと笑って立つマックスはこの式の進行、本来なら司祭様の役割を担ってくれている。けれど今日、私たちが誓うのは。


「ウィリアム、ジゼル。お前たちは今日、改めて夫婦になる。それを今日此処で、皆に誓え」


 さぁ、とマックスは両手を広げて私たちの後ろにいる皆を示した。彼の手が私のベールを捲り、視線を合わせて私たちは笑う。支えられながら皆を振り返って。後ろにいるマックスをテレーズがすかさず私たちの前に押し出してくれた。


「俺は、ウィリアム・ヴリュメールは、ジゼルを妻とし、この先を一緒に歩んで行くことを皆に誓う」


 緊張した様子だったけれど、隣でそう力強く宣言してくれたから、私は彼の腕に回す手に力を込めた。驚いた様子で彼が私を見てしまって、私は笑う。あ、と気付いた様子の彼がいつもの癖で真一文字に唇を引き結ぶのを見て、ビル? とフラヴィが声をあげるのが聞こえた。


「私」


 声を出してからひとつ、深呼吸をする。


「私、ジゼル“お姉さん”は、ヴリュメール伯爵であるビルを夫とし、支え合いながら一緒に歩いて行くことを皆に──」


 言おうとして、唐突に理解した気がした。両親が、私に望んだこと。この名前をくれた意味を。


「──誓います」


 誰かと一緒に過ごし、誰かと一緒に生きて行くことを、願ってくれたのだと。そう誓える日を、夢見てくれたのだと。


 落ち着いたら両親に手紙を書こう。その時は、彼の話をしても良いか確認して。


「ほら、ビル、ちゅーだ、ちゅー!」


「……は?」


 マックスが横から囁いて来て、私たちは固まった。予定にないことをマックスは言っている。でも顔は真剣そのもので私たちは困惑した。


「古今東西、新郎は新婦にキスを贈るものなんだよ! それをしないと認めないからな、オレは!」


「マックス……?」


 困惑する私に、彼が体ごと向き直った。私が目を丸くして見上げたら、マックスと同じくらい真剣な表情をしたビルがいる。唇を真一文字に引き結んで、仏頂面の。ビルだ。


「マックスはああなると聞かない。それに俺も、そうするべきだと思う。あなたが嫌なら無理にはしないが」


 こんな状況で断れるわけがなくて、私は目を泳がせたけれど皆が注目しているのを感じ取って頷いた。見られながら、き、キスするって、どういうこと、と思うけれど結婚式がそういうものなら仕方がない。あの夜には必要最低限だったはずだけれど、キスはしなかった。偽装結婚だったから、なのかもしれない。それならこれは、本当にするための結婚式だから。必要と言うなら私も、して欲しいと思う。


「だ、大丈夫、です……」


 真一文字の唇が安堵したように緩むのを見て、私は思わずぎゅっと両目を閉じた。両肩に手が添えられて、少し震える。どんな顔をしていれば良いのかと考えている間に、ふに、と唇に柔らかなものが触れた。これが、あの、真一文字に引き結ばれていたあの人の、唇なのだろうか。


「ビル、嬢ちゃん、これで二人は名実ともに夫婦だ。幸せにな」


「おめでとうございますぅぅぅぅ!」


 テレーズが泣いていて私はびっくりして目を開ける。ビルの耳が赤くなっているのが見えた。何かに耐えるように彼も目を閉じている。唇はいつもの、真一文字だった。それを見て私は少し、笑ってしまった。


 子どもたちはきょとんとしている子がほとんどだったけれど、説明する時間はたっぷりある。二人で子どもたちひとりひとりに話しかけて、説明して、理解してもらおう。美味しい食事と食べきれないほどのケーキでお腹一杯になってもらって、楽しんでもらおう。皆きっと、解ってくれると思うから。


 やり直した結婚式は、偽装のためではない。これは本当の。真っ白なこの先を私たち自身で彩っていくための、結婚だから。




これにて「この結婚は真っ白につき〜黒い噂が付き纏う伯爵の不在〜」は完結となります!

お付き合い頂きましてありがとうございました!



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[良い点] 良いエンディングでした。 名と由来、込められた願い。 ジゼルもウィリアムも子供たちもこれから色々ありながら、乗り越えていくのでしょう。
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