好みどストライクだった件【コミックス3巻発売記念ss】
「それにしてもじれったかったよね」
「あの二人か」
「そう」
獣人領で象に乗るというめったにない体験をしてからミッドランドに戻って数日。真紀はカイダルと二人で、街歩きを楽しんでいた。
町の人はもうカイダルのことも真紀のこともよく知っていて、
「お、聖女様だ」
「ドワーフの王子さんだな」
などと声がしたりもするが、見守って微笑ましく思っているだけで、あえて話しかけたり邪魔をしたりするものはほとんどいない。つまり、真紀はもう変装しなくても自由に暮らすことができているのである。
「千春も連れてきたかったけど、なんだかエアリスに囲い込まれているんだよねえ。千春もまんざらでもなさそうだし」
「あいつ、ちょっと怖いよな」
カイダルがまじめな顔をしてエアリスをそう論評している。
「白の賢者たるエアリスをあいつ呼ばわりとか、カイダルのほうが怖くない?」
「怖くない。こう、周りからじわじわと囲い込むような甘やかし方のほうが怖いだろ」
「確かにね。千春は少し臆病なところがあるから、そのくらいのほうがいいのかもしれないけどさ」
そうおしゃべりしながら歩いている二人は、特に何の用事もない。なんとなく城にじっとしていると落ち着かないので、真紀がふらりと外に出ようとしたら、同じように外に出ようとしていたカイダルとばったり会ったので、こうして一緒に出掛けているだけだ。
「おい、あそこに屋台が出てるぞ。マキの好きそうなものの気配がする」
「どんな気配よ。でも行ってみよう!」
少し足を急がせると、それは海産物の炭焼きの屋台だった。串に刺した海産物が、炭火にあぶられてじゅうじゅうと音を立てている。
「当たりだ!」
「だから言っただろう」
カイダルがまるで自分の手柄のように威張っているのが真紀にはおかしくてならない。しかし、当たりは当たりだ。
「おじさん! その、そのなんだか赤い奴と、白い奴をください」
「俺にも同じものを」
「あいよ。海老とイカだな」
「海老とイカじゃん!」
日本とは微妙に風物が違うからとわざとあいまいに注文したのに、聖女の翻訳機能は実にシンプルだった。
屋台のおじさんはよく焼けたものを二人にそれぞれ持たせてくれたので、近くの噴水の縁に腰かけた。
「まず海老からっと」
「殻が剥いてあるのが食べやすくていい」
「んー、うむふ、ふむ」
日本ならとても串焼きにはできない大きさの海老に真横からかじりつくと、塩のみで味付けされた肉からじゅわっとうまみがしたたり落ちる。
「おーいーしー」
「だな」
「って、カイダルもう食べ終わったの?」
「ああ、一口だろう」
「ないわー」
せめて自分は味わって食べようと思う真紀だったが、気が付いたらもうなかった。
「あれ、一口だった?」
「だろ? 本当は一口じゃないけど、あっという間になくなってしまうおいしさだった」
「ほんとだよ」
もちろん、イカもおいしかった。
真紀は噴水の縁に両手をついて、そのまま海を眺めた。千春と一緒はもちろん楽しいけれど、気兼ねなく付きあえるカイダルといるのも楽しいものだ。真紀は目を細めて、ほうっと息をついた。
「俺は、怖くないぞ」
「え、なに?」
突然カイダルがそんなことを言い出すものだから、真紀は戸惑って隣のカイダルをぼんやりと見た。
「俺はエアリスみたいに、回りくどいことはしない」
「そうなんだ」
真紀のそうなんだは、本当にその通りの意味だった。つまりそうなんだと思っただけだ。千春がいたら、
「真紀ちゃんってほんとに鈍いんだから」
と怒られるレベルである。
「つまり、俺はマキが好きだ」
「うん。うん?」
真紀は考えた。なぜこんな話になったかと言うと、海老とイカだ。いや、違う、エアリスの話だ。
エアリスが怖い。それはじわじわと囲い込むように甘やかすから。でも自分は違う。つまりどういうことだ。
「俺は遠回しに言ったりしないってこと。マキが、好きだ」
「え、えー!」
思わず真紀が立ち上がったとしても仕方がないだろう。
「屋台に走って行って、自分の食べたいものを迷わず注文するところが好きだ」
「そんなところ?」
「いつでも風に向かって立って、自分の意志で先に進もうとする、そんなところが好きだ」
「いや、屋台のそれとはずいぶん違うよね……」
真紀はさっきよりほんのちょっと離れてカイダルの隣に座った。ちょっと胸がドキドキする。
「じれったいのは俺も同じだ。何となく甘やかすだけでは、真紀には一生俺の気持ちを気づかれることはないと悟ったんだ」
「あー、うん。確かに」
真紀は苦笑するしかない。
「そんなふうにカイダルたちのことを見たことはなかったから……」
「わかってる。これから意識してくれると嬉しい」
確かに遠回りではなく直球である。マキはちらりと隣のカイダルを見た。まっすぐ前を見ていると思ったカイダルは、真紀を見ていた。
緑の瞳は目じりが少しきつめに上がっていて、いかにも武人と言う武骨さを感じさせる。その顔を炎のように華やかに赤毛が縁取っていて、はっきり言うと、真紀の好みの顔立ちなのだ。
その好みの顔が、真紀のことが特別だというようにまっすぐ見て、ニコッと笑った。
「いや、むり」
「だめなのか」
「ごめん、よく見たら好みどストライク」
「それは、俺は希望を持っていいということなのか?」
真紀は視線を戻すと、ほんのり赤くなった頬を押さえ、ちょっとだけ悩んだ。そしてすっくと立ちあがると、カイダルに右手を差し出した。
「これは?」
カイダルが困ったように真紀と真紀の右手を見比べる。
「友達から、お願いします!」
「もう友達なんだが……」
「いずれこ、恋人になりそうな友達でお願いします!」
「マキ、お前……。ほんっとに男前だな」
カイダルは立ち上がると、真紀の差し出した右手をギュッと握って、そっと引いた。
「うわっ」
ぽすっと、真紀はバランスを崩してカイダルの胸に倒れこんだ。その真紀の背にカイダルの手がそっと回る。
「こここ、これは」
「いずれ恋人になるちょっとした練習ってことで」
「早すぎない?」
「ない」
しかしヒューヒューと言う周りのヤジではっとした二人はすぐに離れ、ちょっとだけ顔を背けてまた噴水の縁に座った。二人とも真っ赤だったのは仕方がない。
「そ、そろそろ戻るか」
「そ、そうだね」
ぎくしゃくと城に帰った二人を見て、エドウィがやれやれと肩をすくめたのは言うまでもない。
「これで何も変わらないのは二人になってしまいましたね、ナイラン」
「それも気楽でいいんじゃないか」
「そう、かもしれませんね」
エドウィにとっては手間のかかる姉みたいなものだったのかもしれない。ちょっと胸が苦しいけれど、二人が幸せになるのならそれもいい。
「なんて言いませんよ。それならば弟特権で、邪魔しまくってもいいわけですしね」
エドウィはにやりと笑った。
「とりあえず、何があるにしても、まだまだ先のことです。今はただ、仲間としてもう少し楽しく過ごしましょう」
「だな」
「マキ! チハールを呼んで、一緒にお茶を飲みましょう!」
聖女二人の生活は、まだまだ続くのである。
お久しぶりです!
「聖女二人の異世界ぶらり旅」コミックス3巻、4月1日、今日発売です。
3巻は、
1、魔物に湖に落とされ、人魚に救われる
2、二人さらわれる(また)
3、ついに目的地のダンジョンへ。そして……
と盛りだくさんな内容です。ぜひお手元に!




