身から出た必然の女難
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すごくうれしいです。
振り返ると鈍器を振りかぶったヤカミがいた。
すごい殺気を放っておられます。
「驚かせようと先触れも出さないでイズモまで来たのですが、わたしが驚かされました」
「いえ、大丈夫です。ちゃんと驚いていますよ」
震える声で敬語になる俺、なにこの修羅場感パネェ。
「なにが大丈夫なんですか!?」
ヤカミが鈍器を振り下ろす。
いてぇ、頭にガツンとした衝撃、避けられるんだけど空気を読んで避けずにおいた。
ここは避けてはいけない気がしたのだ。
「わたくしとの婚儀を控えながら、どうしてイズモの姫君と婚儀の話をしておられるのですか?」
「あぅあ、そ、それは・・・」
言葉に詰まっていると、スセリが後ろから俺の袖を引いた。
「この方はどなたでしょうか? 婚儀ってどういうことでしょうか?」
「ふ? ふぅお!? いえ、いやその・・・」
絶対絶命です。
もはや言葉がしゃべれない生物と化している俺。
助けを求める必死な目でムル教官を見つめた。
「お、オヤジ、ちょっと早いけど酒宴だったよな?」
「あ、ああ。よし行こう!」
ムル教官とオヤジさんが華麗に逃亡した。
モウグとムウラもついていきやがった。
覚えてろよおまえら!
自業自得なんだけど逆恨みのおそろしさをおしえてやるからな。
「わたくしはイナバ国王が息女、八上姫と申す者です。そこなオオナムチ様と婚姻の儀のためにイズモに参りました」
ヤカミさん、今だけは本当のことを言わないでほしかった。
スセリにはヤカミのことを話していない。
問題を先送りにしていたのだが、最悪の形で露見してしまった。
「わたしはワ国スサノオ大王が息女、スセリ姫と申します。大王主導により、オオナムチ様との挙式の準備が進められています」
バチバチに火花が散っています。
なにこの空気、戦場より戦場らしいんですがいかに?
ヤカミがこちらに向き直る。
「オオナムチ様、わたくしとの婚儀に偽りがありましょうか?」
「い、いえ・・・」
ヤカミはものすごい美少女だ。
しかし、そのまっすぐな瞳を、今の俺は見つめ返すことができない。
「オオナムチ様、わたしと父を謀ったのでしょうか?」
「いえ、まさかそんな・・」
スセリは泣いている。
綺麗な涙が俺の濁った目に映る。
罪の意識マックスです。
神様、これが修羅場というものなのでしょうか?
女神ツクヨミの祝福により精神力を強化されている俺ですが、限界はすぐそこです。
慎重に言葉を選ぶが、選べる言葉がナッシング。
緊迫感ありまくり精神削りまくりの詰め将棋ですが、もう詰んでる感じです。
「なにがおかしいのですか!」
「いえ、おかしくないです」
人間って本当にピンチになると笑っちゃうんですね。
あまりにどうしようもなくて、なぜだか笑えてしまうのだ。
だがしかし、その笑いはヤカミとスセリの怒りに燃料を注ぐ行為でしかない。
「あははは、すごいんだね」
両手を拘束された女、ヒナだ。
みんなが一斉にヒナを見る。
「見かけによらずスケールの大きな下衆野朗なんだね。ワ国大王の娘とイナバ国王の娘と同時に婚姻を進めるなんて、君はいったい何者なんだい?」
ヒナは興味深そうに笑みを浮かべている。
てか、下衆野朗とか言うな自覚してるんだから。
「いや、そういうのじゃないから!」
冷静に分析して言葉にするのもやめてほしい。
まったく否定できる部分が無いが、とりあえず保身のため否定してみた。
「こちらの方はどなたなのでしょうか?」
スセリが聞いてきた。
「イビシの挙兵の首謀者なのかな? これから調べるところだよ」
いいぞ、全力で話を逸らそう。
任務の話に持っていくのだ。
「あたしは高天原のヒナ。研究者の端くれさ。あたしもこの男に娶ってもらおうかな」
「なんですと!?」
逸らそうとしたら、むしろ巨大な地雷を踏んだ。
なにこのイミフ展開?
厄介ごとの連鎖でボーナスタイムに突入ですってなんのだよ?
いけねえ、思わずセルフつっこみをしてしまった。
現実逃避をしようとする自分を繋ぎとめておくのが大変ですよ。
「どういうことなのでしょうか?」
「どうなっているのですか?」
ヤカミとスセリに詰め寄られる。
「いや、どうでしょう?」
「こちらが聞いているのです!」
やべえ、カウンターが厳しい。
穴があったら入りたいし、崖があったら飛び降りたい。
って、待て! 飛び降りたら死ぬじゃねーか落ち着け俺。
「あ、あたしは三号とか末席の愛人でもいいんで気にしなくていいよ」
ヒナさんとやら、もうやめてあげてください。
いくら俺が上質なサンドバックだとしても限界があります。
そしてその限界はとても近いのです。
「師匠?」
ミナが俺を見る目が痛い。
子供には見せたくない修羅場です。
いつまで続くのこれ?
「ここはおねえさんにまかせてもらうわ」
「カワイキュン!?」
どこからかカワイキュンが現れた。
助け舟なのか疑問だが、とにかくこの場を収められるなら、今の俺は悪魔にだって簡単に魂を差し出せるメンタルだ。
「こんなところで立ち話じゃラチがあかないでしょう? 場を移して利害の無い第三者も交えて話さないとダメよ」
ヤカミとスセリは、カワイキュンのキャラの濃さに似合わない正論にとまどっているようだ。
「ノキの町でホヒに裁定してもらうのよ。ホヒは天照大神の勅使に選ばれるほどの男なのだから、これ以上の適任はないと思うわ」
カワイキュンすげえ。
とりあえずこの場から逃れられそうな案が出た。
ヤカミとスセリは目線で牽制しあっていたが、やがて二人して頷いた。
「いいでしょう。ノキに移りましょう」
スセリが涙目で言った。
ナイスだカワイキュン!
とりあえず少しだけ問題を先送りできた。
解決の目は見えないが、とりあえず今はこの死地を脱することが最優先課題だったのだ。
俺たちはノキに向かって歩き出した。
いつも読んでいただいてありがとうございます。