八十神との決着
「バトゥンさん!?」
炎の拳が俺とムル教官を分けた。
ムル教官は巨大な斧を放り出すと、その場にあぐらをかいて座り込んだ。
悪びれているのだろうか、険しい表情で腕組みをしている。
「これは違うのよ」
バトゥンさんは、向き合う俺とムル教官の間に立った。
「バトゥン、黙ってろ」
ムルさんが鋭い視線と言葉で、バトゥンさんを制した。
取り囲んでいた刺客たちも、集まってきて覆面を取った。
やはり、ヨドエの訓練場にいたイズモ貴族の面々だった。
何人か知らない顔もいるが、ほとんどがいっしょにイナバに行った見覚えのある顔だ。
スセリとミナは俺の後ろに立っている。
「ムイチ、おめーがむかついた。それだけだ」
ムルさんは俺と目を合わせないまま、ぶっきらぼうに言った。
「おめーさえいなければ、俺だって大王になれたかもしれねえ。突然現れて、俺から何もかも奪っていくおめーは一体なんなんだよ」
「何って別に・・・」
俺は返答に詰まった。
神話に出てくるような女神に、わけのわからないうちにこの世界に送られて、それからは怒涛の毎日だ。
正直なところ、俺のほうが一体どうなってるんだと聞きたいくらいだ。
大王になるのだって目指していたわけではないし、ヤカミ姫やスセリだって求めていたわけではない。
こっちに来てからの濃い毎日で、急速に改善されている気がするが、むしろ、コミュ障で女性恐怖症に近い感じだったしな。
ある意味、流されているだけだし、やりたくてやってるわけじゃなく、なりたくてなるわけでもない。
でも、そこで俺は気づいた。
だからこそ、むかつくんじゃないかと。
ものすごく欲しいもの、目指してきた地位、そういったものを、いきなり現れた若造が欲しがるでもなく奪っていったら、どんな気持ちになるのか。
ムル教官はイズモ国主の長子に生まれつき、そうなるための英才教育を受けて育てられたのだ。
そして、訓練場の教官であり、スサノオ大王から重要な任務や先導をまかされるほどの人材になったのだ。
そこに辿り着くまでは、厳しく辛い訓練や面倒で何回な勉学に日夜明け暮れてきたのだろう。
重い立場に生まれつき、それにふさわしい人物になるための苦学の日々を過ごしてきたのだ。
そして、目標であり約束されていた成果である姫との婚姻や大王の地位を、血筋もはっきりとしない、わけのわからない若造である俺に根こそぎ持っていかれるのだから、納得して受け入れられないのは当然だと思う。
俺がその立場なら発狂していてもおかしくない。
俺は言葉に詰まってしまった。
「ムイチ、俺を殺せ」
「え!?」
「驚くことはないだろう。俺はおめーを殺そうとしたんだぜ?」
「いや、でも・・」
「こう見えても俺は強くてな。あんまし負けたことないんだわ」
たしかに本気を出したムル教官は強かった。
俺が押していたとはいえ、バトゥンさんの制止がなければ、どんな結果になっていたのかはわからない。
もし、全員でかかってこられていたら、俺とスセリとミナが全員無事に切り抜けられた可能性はかなり低いと思う。
「剣を手に俺を見下ろしてるおめー、獲物を放り出して座り込んでる俺、わかりやすい勝敗の構図だよな? こういう惨めな時間はとっとと終わらせてほしいんだわ」
ムルさんは俺に向かって首を差し出した。
「ほら、俺の首を印にもってけ。大王になるには勲章も必要だろ」
「もうやめてください」
バトゥンさんが叫んだ。
拳を握り締めて唇を噛み、身体を震わせている。
「ムルさんをけしかけたのは、わたしたちなんだ!」
「おい、やめろ」
「ムルさんはムイチくんの実力を認めて、大王の座を譲ることに納得していた。でも、わたしたちイズモ貴族は、ムルさんが大王になるとずっと信じてきた。だからムイチくんの存在が納得できなかったんだ」
ムルさんは小さく舌打ちをして地面をにらみつけている。
「だから、わたしたちを納得させるためにムルさんは戦ってみせたんだ。そして権力争いの芽を摘むために、自分が殺されることを望んでいるんだ」
「だまれバトゥン」
ムルさんはバトゥンさんを一喝すると、俺の目を見据えた。
「ムイチ、いいから俺の首を獲れ。俺にその気が無かったとしても、今後も俺を担ごうとするやつらは出てくる。大王になるならば、後顧の憂いはしっかりと断て。事が起きる前に戦乱の芽は摘め。それが賢王の振る舞いだ」
たしかにムルさんは本気と言いながらも、全力ではなかった。
手を抜いていたというわけではなく、葛藤を抱えながら戦っていたのだろう。
森の罠なんかは、本気だったら重傷を負わされていただろうし、バトゥンさんやイズモ貴族、つまり八十神たちに見せるためのポーズでもあったのだ。
常に違和感を感じていたが、最初から俺に殺されるつもりだったとしたら、それは納得がいく。
「いや、でも・・・」
「大王が迷うんじゃねえ。しかたねえな。おいタケミナカタ、おめーが臣下として俺の首を落とせ」
「ミナ、待て!」
「?」
あっさりと大剣を抜こうとするミナを慌てて制止する。
「ムル教官、俺にはやっぱできないよ」
俺は天地理矛と生太刀を万宝袋に収納した。
「ムイチ、そんな甘いことじゃ大王の責務は果たせんぞ?」
「たしかに俺は甘いと思う。平和呆けした国から来たからな。でも、だからこそ試してみたいんだ。甘いままでやらせてくれないかな?」
叡智の祝福のおかげで俺の智慧は強化されている。
だから、ムル教官の言うことは理解できる。
しかし、俺は2000年以上もの未来からやってきた人間だ。
さまざまな歴史を知っているし、平和に暮らす現代日本を知っている。
そんな俺だからできる国造りってのがあると思うんだ。
そこにはムル教官を殺すなんて選択肢は無い。
「俺はこの国を豊かにしてみせる。人は満たされないから不満を持ち争うんだ。富国の利によって国を拡げ、豊葦原中津国としてみせる。それにはムル教官の力も必要なんだ」
「な、なんだと?」
ムル教官は、あっけにとられて目を白黒とさせている。
そして、しばらく考え込んでいたが思いついたように顔を上げた。
「つまり、武力で征服するのではなく、豊かな国に参加したいやつらを集める国にしたいってことか?」
「そのとおりです」
ムル教官はやはり有能だ。
俺の言葉から本質を掴んでいる。
「とんでもねえな。だが、おめーの目は賭けてみたいっていうだけの確信に満ちている。俺は素直に従属しねえぞ?」
「もちろんです。俺の器が溢れたと思ったら、いつでも斬ってもらえばいいですよ」
俺はムル教官の手を取り、無理やりに立たせた。
「雨降って地が固まるってやつですよ。試合ってことでいいでしょう」
俺は万宝袋からおにぎりを出してムル教官に渡した。
「ムイチ、おめーの富国による国造り、近くで見させてもらうぞ。おい、おめーらもいいか?」
「はい」
バトゥンさんもまわりのイズモ国貴族たちも大声で答えた。
「オオナムチさん、心強い配下を得ましたね」
スセリが俺に微笑んで言った。
「配下っていうか仲間だな」
ムル教官は、あいかわらずおいしそうにおにぎりを食べていた。




