山の上の神殿
「次は西の副国主に会いに行くといい」
オヤジさんは俺たちに次の道を示してくれた。
どうやらここから西に半日ほどのところに、副国主を担う王家があるようだ。
オヤジさんの家系が東の王家であり、西の王家と交代で国主と副国主を継いでいるらしい。
つまり、オヤジさんのオヤジさんは副国主だったってことだ。
なんだかちょっとややこしい言い方だな。
これは権力が一部の地域に集中することで、そこだけが発展するようなことのないように、東西の離れた地域で世代ごとに国主を交代しているとのことだった。
国主がいる町は発展するから、それを東西で交代して発展させることで、イズモ国全土を均等に発展させるための仕組みだという。
「よく考えられているんだな」
「そうですね。よい仕組みだと思います」
スセリはとても聡明だ。
強い意志と激しい感情を持っているが、頭脳は明晰なのだ。
だから、短絡的に怒ったりはしない。
しっかりと考えて判断した上で、冷静沈着に激怒するのだ。
むしろ、単純に激情するよりもずっとこわい。
怒らせてはいけないタイプだ。
俺も気をつけよう。
オヤジさんに高天原のことについても聞いてみたが、詳しくは知らないとのことだった。
名前は知っているし、海を越えた西方にある国だと聞いているが、それ以上のことはわからないらしい。
オヤジさんはイズモ国と、ワ国に参加する連合国を統治する仕組みを任されていて、主に文官の育成と、連合国への官吏の派遣を行っているとのことだ。
正勝吾勝勝速日天忍穂耳命の来訪については、まったくもって寝耳に水で、どうやってイズモ国に入国して、ここまでやって来たのかもわからないとのことだった。
これから詳しく調査するらしい。
まあ、国境なんかも曖昧だし、道路なんかも未整備だ。
外交のルールなんかもできていない古代社会だから、何が起こってもおかしくはない。
聞くことは聞いたので、西王家へ先触れを出してもらい、俺たちもゆっくりと向かうことにした。
「あんちゃん、護衛の兵士を連れて行きなよ」
「いえ、俺たちだけで大丈夫です」
「そうか、まあ、おいらんとこの兵士じゃ足手まといかもしれねぇな」
「いえいえ、そんなことはないですよ。お心遣いはありがたくもらっておきます」
オヤジさんは本当にいい人だ。
それでいて風格も頼りがいもある。
ワ国の中心国であるイズモ国の国主を任されるだけのことはあるし、その任によって磨かれた人間力は抜群だ。
いずれ国主としての仕事を学ばせてもらうことになるだろう。
「途中で神殿を見ていくといい」
西王家までの道のりの途中に、建設中の神殿があるということで、そこを見学させてもらえることになった。
「山の神と海の神が守ってくれる。しっかり行けよ」
オヤジさんは人懐っこい笑顔で、俺の背中をバンバンと叩いてくれた。
俺たちはムル教官の案内で、西王家に向かって出発したのだった。
◇◇◇◇◇
「これは山?」
一時間ほど歩いて、建設中の神殿に着いた。
平野にある小山の上で、作業をしているたくさんの人が見える。
「行ってみましょう」
スセリに促されて、俺たちは小山を登った。
作業用の道が整備されているので、楽に登っていける。
「こんなところに環壕?」
山頂に近いところに、土を掘り下げて環壕が設けてある。
しかも二重の環壕だ。
水源がないだろうから、水を貯めて環濠にするわけではないと思うが、水がないとしてもこれだけ掘り下げてあれば侵入はむずかしいだろう。
ふたつめの環壕に近づくと、この猛暑の中で100人以上が作業をしている。
みんな汗だくで気の毒になるな。
水魔法で少し雨を降らせてやろうかと思ったが、勝手なことをして問題が起きるとあれなのでやめておいた。
仮設の橋を渡って環壕を越えると、現場監督っぽい人がいた。
「誰だ!?」
現場監督っぽい人のまわりにいた痩せた男が、こちらに気づいて声をかけてきた。
「オヤジから許可はもらってる」
「あ、ムルさんじゃないか」
ムルさんが代わりに答えてくれた。
痩せた男もムルさんと面識があるようだ。
なにげにムルさんって顔が広いよな。
「ここはイズモ国最大の神殿として建設中なのですよ」
現場監督っぽい人が説明してくれた。
まあ、もう現場監督でいいだろう。
なんだか職人っぽい真面目そうな人だ。
俺たちは山の頂上に立っている。
全体が整地してあって、草木はなく土がむき出しだ。
時折、乾いた風が吹き抜ける。
土の表面は白く乾いているが、少し掘り下げれば湿り気があるようで、掘っている場所は赤っぽくなっている。
「眺めがいいなあ」
高さ50メートル足らずの小山なのだが、思いもかけず見晴らしがいい。
東を見ると伯耆大山が見える。
現代日本で俺の住んでいたところだ。
悠久の時を越えて山は変わらないな。
伯耆富士とも呼ばれる山容は、威風堂々として本当に美しいものだ。
北には宍道湖と島根半島が見える。
こちらはちょっと現代とは景色が違う。
島根県の県庁所在地である松江市の繁華街や住宅地は見えないし、島根半島がより島っぽい。
淡水化もしてないんじゃないかな。
あれはたぶん海水だろう。
近くに行ったら確かめてみたい。
青い空の下、パノラマのような景色に心がなごむ。
思いっきり息を吸って背伸びをした。
「気持ちのいい場所ですね」
スセリもうれしそうに微笑んだ。
「ここはなんの神殿なんですか?」
現場監督に聞いてみた。
「イズモ大神と后神の神殿ですよ。国内最大の神殿で4年かかってここまで整備したところなんです」
イズモ大神?
だれだろう?
まあ、聞いたところでわからないだろうし、今は詳しく聞く必要はないだろう。
「ところでなにか困りごとでも?」
ここに着いたとき、現場監督はまわりの人と険しい表情で話をしていた。
そこで俺は、工事が難航しているのではないかと考えて聞いてみたのだ。
「心の御柱をどうやって立てるのか思案してるんですよ。いろいろやってみたのですが、どうにもうまくいかなくて困ってるんです」
見ると、地面に木で台が組んであり、そこに長さ30メートルはある巨大な丸太の柱が、とても大事そうに置いてある。
「心の御柱?」
「はい。神殿の中心となる柱です。伐り出してからゆうに10年かかって、こうしてやっとこさ柱になったのです。ここは山頂で風もあるし、どうして立てたものかと悩んでるんですよ」
この時代の木材はとても貴重なものなのだろう。
伐り出してから乾かして、こうして柱として仕えるようになるまでに丁寧に時間をかけているのだ。
「これはオヤジが伐りだした材だぞ」
ムル教官がなぜか自分のことのようにドヤ顔でおしえてくれた。
オヤジさんは木こりもするらしい。
きっと、へいへいほーとか歌いながら伐りだすのだろう。
「手伝いましょうか?」
「へ?」
困っているようなので手伝おう。
「ミナ」
「あい」
「監督さん、この穴にこの柱を立てればいいんですよね?」
「ああ、はい」
「ミナよろしく!」
「あい」
ミナが巨大な柱を無造作に持ち上げた。
「ええええええええええ?」
監督や作業員の目が点になっている。
口も開きっぱなしだ。
そして、まるでお子様ランチの旗を立てるかのような気軽さで、サクっと柱を地面に突き刺した。
「うお!」
地面が揺れた。
「な、な・・?」
監督や作業員は言葉が出ないようだ。
まあ、幼女が30メートルもある巨大な柱を持ち上げて突き立てるんだから、信じられない光景ではあるよな。
「あ、鬼子だ!」
作業員の中から声があがった。
「タ、建御名方!?」
「あい」
ミナが返事をすると、作業員の一人が尻餅をついて斜面を転がった。
おいおい、いつも思うけどミナってイズモでなにしてたんだよ?w
「よくやったな」
「あい」
頭をなでてやるとミナはうれしそうに俺を見て笑った。




