荒ぶる神の底力
俺はヒゲ男の前に歩み出た。
ヒゲ男が、誰だおまえは的な表情をしている。
「俺は大波武一、スセリを娶り、スサノオ大王の跡目を継ぐものだ」
「なんだと!?」
ヒゲ男が驚いている。
「それは本当です」
スセリが歩み出る。
「まさか!? スセリ姫命?」
ヒゲ男の顔がさらに驚きに満ちた。
兵士達は平然としているが、これはよく訓練されているようだ。
内心は驚いているだろう。
「この国は荒ぶる神々にあふれ、いまだに治まらない。ひとつ荒ぶる神を治められるか試してみられるがよかろう?」
ヒゲ男はあわてて牛車の中に入っていった。
すぐに出てきて、咳払いをした。
心を落ち着けるための動作だろう。
「ならばよし。して、試しとは?」
「兵士同士の綱引きで力比べをしてはどうだろう?」
「よかろう。して、綱は?」
俺はオヤジさんに言って、ありったけの鉄を持ってきてもらった。
さすがにワ国連合の盟主イズモ国国主の本拠地だ。
山のような鉄が運び出されてきた。
俺は魔力を込めた鉄を線状にして編み上げてワイヤーロープを造った。
現代のイメージがあるからできることで、この世界の人々には想像もできないものだろう。
実際、みんな驚いている。
「あんちゃん、これはいったい?」
「綱引きの綱ですよ」
ヒゲ男にワイヤーロープを渡す。
「これは?」
「そちらの兵士全員で引いてください。それで引っ張り合って力比べをするのです」
「よかろう」
ヒゲ男が顔を真っ赤にしている。
かなり興奮しているようだ。
町の外の平原に1000人の兵士が綱を持って並ぶ。
「用意はできたぞ」
「では、やるか。ミナ」
「あい」
ミナが綱をつかんだ。
なんの気負いも無い動作だ。
「他の兵士はどうした?」
「ん? いえ、俺らだけで相手しますよ」
「なんだと!!! 愚弄するか!?」
ヒゲ男の額にいくつも血管の筋が浮かんだ。
「いやいや、そんなんじゃないっすよ」
まあ、気持ちはわかる。
屈強な高天原の兵士1000人VS俺と幼女の二人なのだ。
馬鹿にしているを通り越して、意図が読めないのだろう。
ヒゲ男があまりに怒っていて怖いので、ミナに前をまかせた。
ミナとヒゲ男の間のロープに赤い布を結んで目印にした。
そして、そこからお互い5メートルのところの地面に印をつけた。
「この赤い布を自陣の印まで引っ張ったほうが勝ちとします」
「なにが狙いだ?」
「いや、単なる綱引きの勝負ですよ」
「これでは勝負になるまい?」
「じゃあミナだけで相手しましょうか?」
「話にならん!!!」
ヒゲ男の額は今にも爆発しそうだ。
頭から湯気が出てる感じ。
審判はオヤジさんにお願いした。
「あんちゃん、大丈夫なのかい? まあ、なにか策があるんだろうけど・・・」
オヤジさんもさすがに心配そうな顔をしている。
「大丈夫ですよ。すぐ終わりますから」
俺は笑顔で答えた。
「それじゃあ、お手前さん方、おいらが手を打ったら開始だ。いいかい?」
「よかろう」
「あい」
こちら側の兵士たちからは、さすがに無茶だろうとか、なにをする気だとか、ざわざわと声がしている。
いや、別になにもする気はなくて、普通に綱引きするだけなんだけどな。
深読みしすぎなんだよみなさん。
「早くしろ!」
ヒゲ男が怒りの限界のようだ。
「はじめ!」
オヤジさんがパンと手を叩いた。
1000人の兵士たちが一斉に腰を落として綱を引く。
が、引けない。
「なに!?」
ヒゲ男が驚いている。
綱がまったく動かないからだ。
俺とミナは普通に綱を持っているだけなんだけど、1000人の兵士達にびくともしない。
「じゃあいいかな? ミナ、引くぞ!」
「あい」
ミナがぐっと体重を落として綱を引いた。
ヒゲ男の踏ん張っている足が、地面を削りながら一気に引きずられる。
「そい!」
一気に綱を引くと、1000人の兵士達は勢いで宙を舞った。
バラバラと地面に落ちる。
綱は5メートルのラインを余裕で超えている。
策などではない。
単純に膂力が違うのだ。
「俺らの勝ちですね」
「貴様、なにをした!?」
立ち上がったヒゲ男が腰の剣を抜こうとしたが、俺は踏み込んでその手を抑えた。
「ぐぅうううう」
両手で剣を抜こうとしているヒゲ男だが、俺がそっと手をそえているだけで剣を抜くことができない。
「我々の負けだ。此度は兵を引こう」
牛車の中から凛とした声が響いた。
よく通る声だ。
アメノオシホミミさんか?
「天照大神には地上はいまだ鎮まらず。荒ぶる神々が多いと伝えておくよ」
「いいんですか?」
「オオナムチよ。キミが大きな国を造ったとき、そのときにあらためて国をもらいに来させてもらうよ。そのほうが我々も無駄な労力を使わないで済むからね」
ぞっとする声だった。
アメノオシホミミさんは、へたれなどではない。
合理的に考えただけなのだ。
今ここで争うよりも、俺たちに国造りをさせて、あらためてそれをもらい受けようという宣言だ。
俺たちに勝てないから引くのではない。
果実は熟してからいただこうということなのだ。
それを宣言できるのは、己の力に自信があるからだ。
どう転んでも勝てると思っているから、本音を隠す必要がないのだ。
正勝吾勝勝速日天忍穂耳命の名は伊達じゃない。
こいつは・・・強い。
オシホミミさんと兵士たちは、ほどなく背を向けて帰っていった。
ヒゲ男は不満そうに俺を睨んでいた。
オシホミミさんたちの影が見えなくなると、集まっていた兵士や市民たちから歓声があがった。
拍手と賞賛の声があふれる。
照れくさいけど、まあうれしいものだ。
ミナは小さな胸をはって、観衆たちに手を振っている。
「おつかれさまでした」
スセリはほっとしたように笑っていた。
「あんちゃん、すげぇんだな」
オヤジさんは、さすがにここまでとは思っていなかったようで、俺とミナの膂力に驚いたようだ。
予定どおり勝った。
しかし、オシホミミさんのぞっとするような声が耳に残っている。
俺はそれを振り払うように、右手を突き上げて勝鬨をあげた。
観衆の大歓声はいつまでも続いていた。




