高天からおにいさん?
「昨夜は楽しかったですね」
「そうだな。しかし、オヤジってすごく歌が上手いのな」
俺とスセリは朝食の後で、お茶を飲みながらまったりしている。
スセリは外を眺めている。
今日も天気がいいようだ。
コミュ障で女子と話すのは苦手な俺だが、なぜかスセリとは普通に会話ができる。
なんていうかこう、安心感があるっていうのかな。
気を使わなくていいというか、自然体でいられるというか、とにかく楽なのだ。
「師匠!」
ミナがやってきた。
朝の稽古がしたいというので、三人で中庭に出た。
まずは素振りの型を見てやるが、無理に構えを変えさせたりはしない。
ミナの長所はその闘争心の高さにある。
頭でいろいろ考えすぎるよりは、荒々しい感情をそのままぶつけるような剣がミナには合っているだろう。
この世界の剣技は、対人より魔物や魔獣相手に特化している感じだ。
人と人との争いがはじまったばかりだからだろう。
自然や魔物の驚異などで、生きていくことそのものが困難だという現実がある。
争うより助け合わなければ生きていけない時代が続いてきたのだ。
現代日本でもそうだが、極東の島国というのは、海に守られていてとても安全だ。
強大な外国からの侵略がないということは、とても恵まれている環境なのだ。
そして、人口が少なく、部族単位の小さな村で狩猟採集で自給自足の生活をしていたのだから、戦争が起きるはずもない。
そう、オキの隠れ里がそんな感じだったよな。
だからあそこの村人はものすごく弱かった。
しかし、今は村が町に所属し、それがまとまって国となり、その国をワ国スサノオ大王が急速にまとめあげている。
そこには、話し合いだけでは解決できない場合のほうが多く、この国に人と人との争い、戦争がはじまったのが今の状況なのだろう。
ミナの剣技にもそれが表れている。
荒くてまっすぐなのだ。
まあ、ミナほどの膂力があれば、技などなくても大概は力で押し切れてしまうだろうが、これから先は、どんな強敵が現れるとも限らない。
少しずつ技もおしえていこうと思う。
そうしてミナに稽古をつけていると、にわかに城内が騒がしくなった。
「なんだろう?」
「なんでしょうか? 兵士のみなさんが慌てていらっしゃるようです」
すると、慌しく走り回る兵士達の列に、オヤジさんが正装で歩いているのが見えた。
かけよって声をかける。
「オヤジさん、なにかあったんですか?」
「あんちゃんか。ちょっと面倒な客が来たみたいでさ。町の外で待っててもらってるんだが、おいらもこれから行くところさ」
金の冠に紫の着物、腰には豪華に飾られた剣をつけている。
実戦用の剣ではなく、王の権威の象徴としての、儀式や儀礼用の剣なのだろう。
よほど位の高い相手なのだろうが、しかし、それならなぜ町の外で待ってもらっているのだろう?
「俺も行ってもいいですか?」
「ああ、かまわねぇさ。あんちゃんにも無関係な相手じゃないもんな」
「???」
よくわからないが、俺たちはオヤジさんの後をついて町の外へ出た。
「うっわ、なにこれ?」
そこには武装した1000人ほどの兵士と、その中央に大きな牛車が見えた。
牛車は細かい彫刻がなされ、緑や赤や黄色、そして金色で塗られていた。
屋根の上には鳥の彫刻がついている。
中には偉い人が乗っているという主張にあふれている。
しかし、下品な感じではないから、本当に位が高い高貴なお方が乗っているのだろう。
「おいらがイズモ国主のフユギヌだ」
オヤジさんが気負いもなく前に出た。
牛車の横に控えるハリネズミみたいなヒゲの大男が、オヤジさんを睨みつけた。
「ここにおわすは、天照大神の長子、正勝吾勝勝速日天忍穂耳命なり」
「なんだと? そりゃ御館様の長子様じゃねぇか?」
「したり」
驚愕するオヤジさんと、ドヤ顔のヒゲ男。
こちら側の兵士達からも、ざわめきが広がっている。
どうやら、牛車の中にいるのが、正勝吾勝勝速日天忍穂耳命で、スサノオ大王と天照大神の長子のようだ。
「スセリのおにいさんってこと?」
小声でスセリに聞いてみると、はいと小さくうなずいた。
これはかなりの大物ってことだよね?
てか、未来のおにいさんになるんだろうか?
「遠く海の向こう、高天原にいらっしゃるはずなのですが、突然に来られるのはおかしいですね」
スセリが首をかしげている。
「で、今日はどんなご用件なんで?」
オヤジさんがヒゲ男に問うた。
「天照大神の勅命により、この国を治めに参った」
うーん、このヒゲ男のどや顔うぜぇ。
まてよ、神話ではどうだっけ?
あ、国譲りの神話で、天照大神に天降って国を治めるように言われるが、下界は荒ぶる神が多くて物騒だと言って、途中で引き返してしまう神様だ。
なんだか、ここだけ見ると、へたれに見えちゃうよな。
しかし、名前はとても勇ましい。
正勝吾勝勝速日天忍穂耳命の正勝吾勝の部分は、正しく勝った、わたしが勝ったの意味、勝速日の部分は、日が昇るがごとく早く勝つこと、または、日を霊として、素早い勝利の神霊の意味としている。
天忍穂耳命の天は、高天原の天津神であることを意味していて、忍穂耳は、生命力に満ちた稲穂の神の意味がある。
なんだかとても勇ましく、ありがたい名前だと思わないか?
しかも、現代日本の天皇家の祖神だったりするんだから、これはかなり偉い人なんだと思う。
まあ、ちょっと名前が長いので、以後はアメノオシホミミさんと呼ばせてもらうね。
「御館様からは何も聞いちゃいねえが」
オヤジさんは考え込んでいる。
待てよ?
アメノオシホミミさんは、下界に荒ぶる神が多くて物騒だと引き返すわけだ。
つまり、荒ぶる神の猛威を見せれば、帰ってくれるわけだよな。
「オヤジさん、帰ってもらうことできますよ?」
俺は小声でオヤジさんに耳打ちした。
「どういうことだ? まあ、面倒だから帰ってもらえるならありがてぇけどな」
「じゃあ、俺にまかせてください」
さて、一仕事させてもらうとしようか。




